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2018.11.03
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カテゴリ:健康
バビロンまで何マイル?(仮題) 第008話

 リハビリに終わりはあるのか?という素朴な疑問を私は持つようになったのですが、ざっくりと”日常生活に支障が無い程度まで回復”とか”社会復帰して仕事を再開できる程度まで回復”とか”病気に倒れるより前の状態を凌ぐ水準まで”といった具合に幾つかのリハビリの到達目標を設定することはできるとは考えています。

 また、将来的にハイテク技術を利用した人体のサイボーグ化が当たり前のことになるとすれば、さほど苦労することなく病で倒れる前よりも優れた肉体を手に入れることも難しくない時代がすぐそこまで来ているとも言えるわけで、”病気や怪我などで生身の体が機能しなくなったのなら、再生医療で培養した自分の細胞由来の生体部品と交換するなり、サイボーグ化するなり、人工の臓器、筋肉、神経などなどとさっさと交換すればいいじゃん?”という時代の本格的な到来は医学的な治療やリハビリなどなどを根底から変えてしまう可能性が高いのではなかろうか?

 例えば、大腿骨を粉砕骨折しました!という患者の場合、3Dプリンタを使って有機物質なりセラミックなどを原材料に人工大腿骨を(すべてか粉砕骨折してる部位だけかはともかく)造って置換してしまえば、後は手術跡が治癒してしまえば理屈の上ではお仕舞ですから期間中に衰弱した筋肉を元のレベルまで鍛え直せばいいことになるのではないかと私なんぞは考えてしまうのです。

 脳の障害にしても、人の記憶などが外部ストレージにフルコピーできる目途がすでに立っていますから、生身の脳だけですべてを処理することが前提だった時代が終わりつつあるとも言えまして、人工知能の急速な発達なども併せて考えると、思考さえも外部で演算した結果を脳にフィードバックして体を動かすのが当たり前の時代も見えて来るわけです。

 つまり、別に100万冊の本を丸暗記しなくても、100万冊以上の本の内容を電子化し検索した結果を電気信号として脳に送り返してくるまでの機能を外部のマザーコンピュータで一元処理することが可能となれば、それまで100万冊の本を丸暗記することに費やしていた時間、労力、資金などなどは無駄というか不要になるわけです。

 そんな夢物語をと思う人もおいでかもしれませんが、例えば昭和の頃だと小学生の定番の習い事に”算盤(そろばん)”があったのですが、電卓が登場した頃から算盤不要論が出始め百円均一ショップで日常生活レベルの計算をするには十分な性能の電卓が売られるようになった頃には、そろばん塾に行ってまで算盤の技術を習得しようとする小学生は激減していたというのは比較的知られた話になります。

 その後、パソコンを使いこなすことが社会人の基礎的なスキルとなっていった二十世紀末ともなると、何かを計算するときに電卓(機能)や表計算ソフトを使う人の方が多数派となり、おもむろにカバンから算盤を取り出して計算するような人は絶滅危惧種と化していったのですが、この場合、人はもはや高度な暗算能力を自分の頭を手間暇かけて鍛えて体得する必要が無くなり、計算することを外部のパソコンの演算能力に委託し計算結果だけを受け取って利用するのが当たり前の時代になっていったと言えます。

 そういった技術の進歩に伴う大規模な変化に類似したパラダイムシフトが、早晩、医療の現場でもおきると予想しているわけですが、コストの問題が解決出来れば案外と変化は速く一斉に起こるかもしれません。

 しかしながら、現時点で貧乏人がそういった近未来のハイテ”ク技術の恩恵を受けるにはコスト面だけでも夢物語の領域で、”六百万ドルの男”へ人体改造するコストがせめて六千ドルくらいまで下がらなければそういう技術は既にある ・・・ で終わる話かなと(笑)。

 故に、貧乏人であればあるほど現時点では額に汗してリハビリに励むくらいしか現実的な機能回復手段が無い現実が横たわっているのですが、それ故に、リハビリの期間、リハビリのコスト、リハビリ終了と医療機関が判断したときの肉体パフォーマンスの回復度合い、リハビリ期間中の社会的な損失などなど考え込んでしまう指標が複数存在するということができます。

 現実問題、日常生活に支障が無いレベルまでの回復に数年、社会復帰して仕事を再開できるレベルまでさらに数年といった場合、よほどの富豪か保険マニアでもなければ資金面で行き詰まり、生活保護のお世話になったり、リハビリを途中で断念しても不思議ではないわけです。

 ちなみに、私の場合、一カ月程度の入院生活を経て退院し自宅療養を選択したわけですが、退院から約一週間後の十一月二日の段階で、朝のリュックサックを背負ってのウオーキングで都営新宿線の大島駅から住吉駅の間を一時間程で往復、同日の夕方には大島駅から東大島駅近くの公園まで一時間程で往復し、夜に三時間ほどお試しではあるものの整体施術を行えるところまで回復しました。

 もちろん、倒れる前と比べれば歩く速度は半減し、階段の上りはなんとかこなせるようになりましたが下りは未だに練習中といった具合で、バビロンまで道半ばといったところが現状ですが(笑)。

 墨東病院に入院していたとき働いている看護師さんたちを観ていて”過酷な激務”だと思ったのですが、その過酷な激務の上に成立している自分の入院生活が快適であったからこそ、次第に”地獄への道は善意によって舗装されている”という警句が頭をよぎるようにもなっていったのでした。

 実際、入院期間中の大半は渡された薬を飲んで四点柵のベットから出るのは(最初は尿瓶の類でしたが)車椅子トイレとリハビリ、週に一回程度のシャワー、CTやMRIの撮影程度でしたから、ほとんどベットの上で生活していましたから、自分で自己リハビリ運動でもしていなければ、”安静にして寝て過ごし、支給される三度の食事を食べたら一日に一度くらい体温と血圧を測定するのが仕事”という日々が繰り返されていました。

 私の場合、いろいろな意味で金銭面の不安が大きかったこともあって、早い段階から”私はここに三食昼寝付きのバカンスに来て、清潔で快適な環境下で規則正しい生活をしているわけではない”と呪文のように唱えながら体の調整や自己リハビリ体操などなどを試行錯誤しながら退院の日まで黙々と続けていたのですが、しばしば”このままここでず~っと暮らせたらいいのに”と思うくらい快適に入院生活を過ごさせてもらいました(しみじみ)。

 もちろん、体が動かせない時期や、動かさない方が良い時期などもあったのですが、特に説明の無いままでベットの上で二週間ほど経過した頃、自分の人生に対して腹を括ったとでもいいましょうか?何かと思うところがあったわけですが、それもまた人生かなと。

 流れに乗って素直に波風立てずに生きていくといった人生の選択もあったのでしょうが、まあ、私の場合、根が海賊ということもあってか自分の意思を最優先したわけですから、その結果を含めてすべてが自己責任であることは確かです。

 自ら望んで先に何があるのかわからない暗い夜の山道を杖の先に括りつけたランタンのささやかな灯りと、月や星の明かりを頼りにバビロンを目指して歩いている愚者の一カ月程の入院生活は、ある意味で人生において何もしなくてもよい一カ月でもあり、病院側が認める範囲ならば何をやってもよい一カ月でもあったわけですから、その間の選択に極端な幅のある奇妙な入院生活であった気もしています。

 覚えている内に、ざっと倒れてから退院するくらいまでをまとめておこうと思って書き始めたのが”バビロンまで何マイル?(仮題)”なのですが、更なる後日談などがあれば、また続きを書くこともあるかな?という程度の含みを残して、取り敢えず今回でお仕舞とします。

 では~。






Last updated  2018.11.03 14:27:01
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