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2019.05.17
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カテゴリ:電気街
プログラミング以前の話 「液晶破綻の歴史編」。

 小学校でコンピュータプログラミングの授業が、いわゆる”貼り付け”の必須授業になるという、まあ馬鹿も休み休みに言えという現状が日本の公教育にはあるのですが、文部科学省はとことん馬鹿の集団になったなあとも思ったのでした(しみじみ)。

 ある意味で文部科学省より玄人筋と言えなくもない、通産省が音頭をとった某・国策”日の丸ディスプレイ”会社が目に付いているだけで3000億円を軽く超える税金が浪費した末に、日立、東芝、ソニーといった事業を統合して”ジャパンディスプレイ(JDI)”として発足当時は中小の液晶ディスプレイを世界市場を相手に生産してそれなりに黒字であった企業の液晶部門の商売が、あっという間に赤字に転落して中国・台湾連合の傘下となったのは有名な話ですから、日本の官公庁の言うことを信じる方が馬鹿といえば馬鹿なのかもしれませんが(しみじみ)。

 ちなみに、私に言わせればですが、ジャパンディスプレイの主な敗因は3つあり、

1.自らの言動と選択を無謬とし(責任問題が生じかねない)途中の路線変更を良しとしない、通産省(というか日本の官僚)が音頭をとって指揮したこと。
2.トップの指揮官が肝心の技術と市場動向に疎く、液晶ディスプレーがディスプレー(画面表示)の主力であり続けると盲信し続けたこと。
3.アップル社の携帯情報端末のディスプレーに収益の大半を依存する体制を選択し続けるという経済音痴がトップに君臨し続けたこと。

 かなと ・・・ 酷い話。

 通産省が音頭をとったことで、天下り先の創設とかいった疑惑はともかくとして、”計画の失敗を認めない”組織になることは最初から懸念されたことでしたが、赤字を垂れ流すようになっても石川県に1700億円以上を投入して液晶モニターを生産する白山工場を新設(2016年10月に落成、12月に本格稼働)する自爆行為をアップル社から巨額の借金をしてまで行い、実際に自滅した ・・・ 例によって”誰も責任を取らないで報酬と退職金は満額受け取る”光景がそこにはありましたが(遠い目)。

 ちなみに、白山工場が落成した時点のアップル社の主力はiPhone7でしたが、ジャパンディスプレーに合流したパナソニックの液晶ディスプレー製造部門だった千葉県の茂原など既存の主力工場が2カ所あり、既に中小の液晶パネル市場は有機ELに移行が始まっていたのに”なぜ今さら?”という。

 これまたちなみに、液晶関連技術で一世風靡したものの身売りする羽目に陥ったシャープの場合、自前の液晶ディスプレー生産工場といえば”三重県なのに世界の亀山工場”でしたが、ここの落成が2002年のことで当初は液晶TV用の大型液晶パネル生産が主力だったものが次第に韓国、中国の新興メーカーに追い上げられて業績が悪化し、2009年には中国の液晶企業に生産ラインの一部を売却していました。

 TV用など大型液晶パネル市場にじり貧感が漂う中、2012年にはアップル社のiPhone向けの中小の液晶パネル生産などに本格的に移行が始まったものの紆余曲折というか凋落に歯止めがかからず、2016年に本社ごと台湾の企業に買収され、2018年には3Dセンシングモジュールなどの高度技術製品の生産などが中国の工場に移管された(今、この辺)のでした。

 液晶のシャープを自他ともに認めていた時期もあったシャープをして、既に2012年の段階で行き詰まりが表面化してテレビからスマホへと活路を求めて移行したものの、アップル一社に主要収入源を依存することのリスクの高さを回避すべくあれこれ模索することになり、模索はしたものの2015年にはにっちもさっちもいかなくなって”身売り”が本格化していた状況だったのに、呑気にジャパンディスプレーは2016年末に稼働する新工場 ・・・ それもiPhoneの液晶生産に特化した ・・・ に表面化しているだけで1700億円を投資し、アップル社は出資の見返りとして経営状態が一定水準以下になった場合にその工場一式を差し押さえることのできる権利を手にしたという、正気を疑う経営(?)戦略というか選択と事業展開がそこにはあったわけです。

*これだけの失策をして巨額の赤字を税金で補填させておいて、誰も責任を取らず経営選択の失敗も認めず、それでいて消費税を値上げしないと財政赤字で国が破綻すると言われてもねえ?
 無駄遣いして金が足りなくなったからもっとよこせ上手にもっともっと溝に捨ててやるからと言っている無能な放蕩者の言い分と大差が無いんじゃないかと。

 ちなみに、シャープから液晶技術を譲り受けたあたりから液晶生産に参入したサムソンやLGなど韓国企業は2013年頃から次世代液晶技術と目されていた有機ELディスプレーの量産に舵を切り、急速に既存の液晶市場も切り崩して覇権を手にしていったのですが、1980年代末に発明されていた有機ELの特徴は従来の液晶ディスプレーと比較して1/10以下にすることができる”薄ささ”とそれにともなう”軽量化”と”省エネ性”などにあり、製品寿命、発色や解像度などの点でも既存の液晶よりも有利だったりします。

 技術的にはプラズマ方式のTVモニターの延長上にある部分も大きいのですが、実用化における難点とされたのが”生産したときの歩留まりの悪さ”で、画面サイズが大きくなればなるほど歩留まりが悪くなるため、これを書いている時点で中小の有機ELパネルが主力と書いていいかなと ・・・ 2020年以降は次世代有機ELパネルの(量子パネルなどを含む)普及が始まるとも予測されていますが。

 まあ、1980年代にノートパソコンなどの画面に白黒・液晶モニターが採用されるようになり、加速的に機能が向上してゆき、1990年代半ば頃にはカラー液晶モニターに主力が移行したのですが、初期のノートパソコンなどのカラー液晶に2~3カ所の発色不良カ所(というか反応しないドット)があるのは”当たり前”とされ初期不良と見做されなかった時期さえあったことを考えれば、有機ELにだけ最初から完璧を求める方が野暮だと私は思いますが、確かなことは、日本の家電メーカーが優位に立っていた液晶技術に安住して有機ELなどへの対応を怠ったことで、技術革新競争の蚊帳の外になっていったということです。

 というか、先行している技術が時間の経過とともに後発に追い付かれ陳腐化、廉価化し、やがて新技術の普及で消えていくことは人類の歴史で何度となく繰り返されてきた現実ですから、常に次の発明、常に”新しいナニカ”へと進むことができなければ勝者の座に留まることができなくなることもまた時間の問題と考える日本人が少数派すぎるということです。

 このブログで何度となく、”新しいナニカ”が日本では1990年代に入った頃から露骨に出てくる頻度が減少していったという話を(主にオタク文化の視点で)していますが、それは”妄想”とか”夢想”とか呼ばれるものが出発点と言えなくもないのですが、発明王と言われたエジソンが言うところの”1%のヒラメキ”も新しいナニカの部類ですし、学業優秀というか正解がある問題の解答を最短で提示することが得意な官僚思考型の秀才に欠落が目立つ才能かなとも思います。

 ちなみに、エジソンの”発明は1%のヒラメキと99%の汗”という名言の、”99%の汗”を日本人は重要視したがるのですが、そもそも1%のヒラメキが無ければ何も始まらないという意味ですし、エジソンも”1%のヒラメキ”の方が重要としています ・・・ 日本ではあまり知られていないかもしれませんが。

 現実問題、100匹の猿の群れがいるとして、新しいナニカを思いつくことのできる一匹の猿の価値は、他の99匹の猿すべての価値より上というか、その集団の生活に変化をもたらす変化の始まりになるのですが、なぜか日本の公教育では”皆が平等”であることを大前提とし、そうした”ほったらかしておいても新しいナニカを発案できる一匹を意図的に潰し”ておいて、発案できない99匹に対して”さあ、個性的に考えられるように皆でなりましょう”と真顔で主張し芸を仕込もうとしているわけです(黒い笑)。

 誰かが考えた”個性的”という行動指標や思考の傾向に画一的に染め上げることを”ゆとり教育”とか”個性を伸ばす教育”と主張してミスリードを続けているのが日本の文部科学省の亡国教育だと私は結論づけているのですが、それ以前の戦後の公教育から既に欠落が目立つのが”決断する勇気”とか”自立する覚悟”の類の養成ではないかと。

 ざっくり書くと、”個性”というのは”所属する集団の中で異を唱える力”であり、それと同時に”所属する集団の中で孤立することを恐れない”性格の形成が日本型社会では特に必須の前提になりますが、欧米では重要視されるリーダーに必須のリーダーシップ教育を”所属集団に同調しないで最適解を求める”性格の養成を含むと考えるとこのあたりのことは分かりやすいかもしれません。

 つまり、”集団の皆の意見を集め、失敗のリスクがある前例の無いものは極力排除し、最大公約数の意見に従って全員で一糸乱れず行動すべし”というのが日本型社会の典型的な”行動するまでの流れ”とすればですが、皆の意見を集めて(=誰も責任を取らないように広く皆に責任を持たせて)いく昔ながらの行動に移るまでの準備時間というか方針決定までの長さが、1995年以降に日本以外の国では加速していった”実行に移すまでの時間の劇的な短縮”という、IT革命後の世界の産業界では当たり前のように普遍的に生じた変化の前に致命的な欠陥になっていったということ。

 おそらく、この春から就職して企業人や官僚として働き始めた人の中には”ホントに、会議を開催するための会議、ってあるんだ~”とか”何かと、誰が責任をとると思っているんだと上役は言うけれど、上役は誰も失敗の責任をとってないじゃん?”と既に何度か思ったことがある人が出始めている頃合いではないかと(笑)。

 新しいナニカを提案できる能力というのは、ある意味で絶対音感のような生まれ持っての才能という側面が強く、後天的な学習で養成された能力が先天的な能力にどうしても及ばない現実があるが故に、そういった才能を有する技術者や研究者を日本以外の先進国では優遇するようになった企業や研究機関が多く、国外への頭脳流出が日本などで慢性化している主因になってもいるのですが、公教育で”皆が平等”とか”才能には大差が無い”とか”これが個性(的)な言動と選択”と刷り込まれた(特にゆとり教育以降の世代は)、競合する海外の同世代と比べると”鍋と葱を背負って味噌を首から下げて歩いている太った鴨の集団”みたいな存在だなあと。

 それはそれとして、日本の小学校などで、黒板にチョーク書きの授業スタイルが廃れて、大型ディスプレイを使った電子黒板(スマート黒板?)へと移行し、子供たちに専用大型タブレットが支給されるように全国的になってきているそうですが、前職の頃、1990年代後半の講習会で講師をやった時に既に(当時の)大型ディスプレイの電子黒板を使っていただけに、”なんで20年も遅れてるんだ?”と私なんぞは思ってしまうのですが、授業で電子黒板に書かれた内容が(これを買いている時点で)配布された専用タブレットに配信されたり累積されていないと聞いて二度びっくり ・・・ ほんとに20年前の技術(利用)水準で子供の遊びレベルじゃん(大笑)。

 私の感覚だと、病気や家庭の事情で欠席したり、一度の授業では(注意が散漫で)理解が今一つだったとかいう場合に、電子黒板に書かれた内容を時系列に即して再生する”授業の一部を再現”する利用というのは、やって当たり前の公教育サービスだと思うのですが?

 というか、そいった利用を前提にした電子黒板の利活用と板書の仕方を研究していくことの方が、素人が小学生にプログラミングを教えて自己満足するより先にするべきことではないかと。

 或いは、教え方が優秀とされる先生が電子黒板に板書していった書き込みのデータを同じことを教えている先生たちが共有することで全体の効率や技能水準などが上昇することは馬鹿でもわかる話ですから、そういった既に電子黒板授業に対応している先生の教え方を(現場見学といったアナログな方法ではなく)ハイテクを利用して他の先生がしないでいることは怠慢の部類ではないかと ・・・ まあ、それを言ってしまうと1995年以降の公教育の先生たちは可能な限り授業のハイテク化にサボタージュを決め込んでいたと言えなくもないのですが(笑)。

 それはそれとして、プログラミングといっても基本中の基本の基礎学習の類を除くと、一から全てを手打ちしていくスタイルは既に過去の話で、プログラミングツール(まあ、プログラムをするためのアプリケーション集のようなもの)を使うことの方が圧倒的に多くなって久しいのですが、費用の面でも、ユニックス系のOSを前提にスクリプト系のプログラミングから手掛ける方が比較的簡単かもなあ?

 そういえば、”ロボットを動かすプログラムも云々”という話も耳にしたのですが、少し聞いていて”前提知識を付ける方が先なのに馬鹿じゃね?”とやはり思ってしまったのでした ・・・

・・・ そんなこともあって、補講ということで本編の”オはオタクのオ”の方でロボット制御関係などの話を少ししてみようかなと考えています。

 例によってせっせと歩いていますので、少し先の話になるとは思いますが、では、また本編の方で~。






Last updated  2019.05.17 05:22:09
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2019.05.09
カテゴリ:カテゴリ未分類
皇位継承問題。

 冒頭で、私には皇位継承権が無いことを明記しておきます。

 基本的に、”皇室制度を無理に継続しなくても、ぼちぼち廃止してもいいんじゃない?”と私は考えているのですが、その理由の一つは”今の皇族って誰が本物なの?”というところにあります。

 商売柄、人の骨格などに自然と目が行くことが多いのですが、明らかに入れ替わってますよね?

 ここの所、1960年代~2019年頃までの皇族の写真資料などを時系列に沿って短時間に連続してみる機会が増えていて違和感が半端ないのですが、”影武者”とか”W"の類が偶に混ざっているというレベルではなく、上皇婦人に至っては”5人以上いるの?”というくらいのレベルで別人ではないかと。

 解剖学的な常識などから考えても、頭蓋骨における耳孔(じこう:みみのあな)の位置は基本的に外科的な整形手術でも移動させることが(ほぼ)不可能ですし、顔認証システムなどでも人物判定や特定の際の基点の一つとして利用するソフトが意外と多かったりするのですが、耳の穴の位置と目の位置の関係などが時期によってかなり違っている皇族として(中略)いるなあと。

 まあ、上皇婦人の場合、それ以前に”身長”の増減が激しく、脚の形状も”露骨にO脚と分かる”時期と”モデル脚に近い”時期があり、よほど腕利きの美脚トレーナーが付いていた時期でもあったのか?単にその期間は別人だったのか?と。

 O脚矯正そのものは、本業の方で営業項目にしていますから、遺伝の影響や事故、長年の生活習慣などで骨が物理的に変形しいていなければ、数カ月程度でかなりまっすぐな脚にすることができ、その後の維持も可能というのが今のところの(私のですから)ささやかな実績ですが。

 他の脚の観察点としては、”くるぶし”と”ひざ”の位置関係なども比較的知られていますが、内踝と外踝の位置関係などにも意外と(中略)ですが、女性の場合はハイヒールなどヒールの高い靴を履いていることが珍しくないこともあって普通はこれとぱっと見た目で分かるほど変化に気が付くことは稀ですが(後略)。

 或いは、特に女性アイドルの場合、デビュー前(の学生時代)の写真と、デビュー直後の写真、人気が出てトップアイドルになった頃の写真、芸能界を引退して10年くらい経過した後の写真が”まるで別人”といった話は珍しくないものの、”整形疑惑”が囁かれたり、自ら告白したりする話も珍しくないことは御存知の通りで、腕のいい美容整形のドクターにかかると”双子の姉妹?”と思ってしまう水準で似たような顔に仕立て直すことが可能だったりするのですが(その場合も、耳孔の調整は難しいかと)、その手の美容整形手術を皇族が受けているのか?いないのか?下級国民の私は寡聞にして知らないが故に”別人?”と思ってしまうのかおしれません。

 しかしながら、デジタル画像の加工に関しては(おそらく一般人よりは少しだけですが)詳しい方なので、写真の後加工には意外と気が付くことが多いのですが、普通の人でも撮影後の写真のデジタル加工が一般化しはじめた1995~2005年頃の(いろいろな意味で技術が未熟な時間帯の)写真が撮影された後のデジタル加工の痕跡は見つけやすいと思いますし、この観点だと某秋(中略)の2人のプリンセスの、ある時期からの、違和感がはんぱなかったりします。

 というか、露骨に入れ替わっているのになぜマスゴミは指摘しないのか?といいうレベルで大学の途中あたりから明らかに別の人の写真がプリンセス本人として混ざりはじめ、件の婚約騒動の時の唯一のスクープ写真に至っては、SPはどこへ行った?職場放棄か?という謎もさることながら、前述した耳孔の位置関係など人体の特徴で検証する限りにおいて”別人なのになんで?”と。

 その後、婚約騒動がこじれた頃から後の写真や映像を見ていると、完全に姉妹とも入れ替わっているにになぜ誰も騒がないのか?がわからないレベルで別人のように私には見えるのですが、そうすると、幼少期から大学に入った頃までプリンセスとされていた人はどうなったのか?という都市伝説めいた話になるのかもなあと。

 影武者疑惑ということでは、令和天皇の息女も二人いるというか、これを書いている時点で息女とされている人は息女なのか?という素朴な疑問を抱くに至っているのですが、この件に関しては画像だけでなく、ここで(中略)だけに、この辺で。

 しかしながら、令和天皇婦人に関しては、そもそも公開されている系図がおかしいあたりを振り出しに、華麗な経歴も少し調べてみるとアレれ?な代物ですし、十年以上も”公務をまともにこなせない”レベルで精神を病んで御静養するしかない病状だったはずなのに、なぜか急に奇跡的な快復とマスゴミが報じる御都合主義なところがあるのは比較的知られた話かなと。

 まあ、令和天皇も皇太子時代に新嘗祭に途中参加したり、神事を弟が複数回代行したことで健康不安説が出ましたが、神事がまともに行えないレベルで病気というわけでもなかったのなら、そもそも皇室神事にもさほど熱心でないか興味がないのかもなあ?皇太子時代の夫婦の実績を考えると、血税を使って無理に天皇制を維持してもしかたないんじゃない?と思うことが多々あるわけです。

 上皇に関しては、憲法9条信者がなぜ指摘して騒がないのか謎ですが、明らかに政府(内閣)を通さずに、NHKを使って生前退位を直に国民に対して独断で宣言するという明らかな憲法違反行為をやったわけですが、その後、生前退位を強行したことで、今後、”天皇は退位させることができる”という実例を作ってしまったことはかなり問題ではないかと。

 マスゴミはお祭り騒ぎでしたが、令和天皇の健康が悪化し公務に耐えられなくなれば退位して上皇になることを止める制度上の歯止めや、法的根拠を平成天皇が自らの意志と行動によって破壊したということですし、理由の如何を問わず”今上天皇が「もうや~めた。医師の診断書もあるよ。」と言い出した場合”も、”「あまりに御乱行が過ぎ」たり「公務を放棄し代行が恒常化」していることを根拠に退位させることになった場合”も ・・・  「平成天皇は高齢を主な理由に生前退位して上皇になった」前例があるが故に否定できなくなったことの意味はかなり大きい。

 というか、過去の日本の歴史を見る限り、上皇と天皇の二重構造になった場合、かなりの高確率で戦乱に繋がっている史実があることは軽視できませんし、この後、上皇が京都に戻った場合には”日本の首都問題”が生じることをどのくらの人が認識しているのか?

 別の視点だと、少なくともこれを書いている時点で、憲法にも他の法律にも”日本の首都は東京”と明記も定義もされていない現実があり、明治維新の頃からの時系列で考えても”京都から東京への遷都は行われてない”と解釈できる余地があったりもします ・・・ ある意味で、独逸も伊太利も対象外になって久しいのに、国連において日本だけが未だに敵国条項の唯一の対象国でありつづけている現状と似ています。

 最後に、オカルトチックな話をしておくと、そもそも天皇家は天孫降臨の血統とされているのですが、その裏付けとして神事を行い、神事を行うことで大雑把に言えば天候をコントロールする能力を有する一族とされてきました。

 つまり、天皇が雨乞いをすれば雨が降り、長雨が終わるように特定の神事で祈れば雨が上がることが、天皇と一般人の違いの一つということですが、逆に言えば、異常気象が続発するようなら天皇の資質に疑問を持つ者が増えてくということになります。

 もっとも、”異常気象は為政者の能力不足を天が告げている”とでもいった考え方は東洋ではかなり広範囲で昔から支持されている考えですし、天候不順で農作物の収穫が減少すれば社会体制が崩壊することが珍しくなかった時代の方が長いことは御存知の通り。

 令和への代替わりに際して、そこはかとない不安を感じた人もいれば、特に気にならなかった人もいるかとは思いますが、令和天皇が何をしたとき空模様などはどうだったか?といった視点で今後も見ていくと、あれこれ思うことがあるかもしれません。

 或いは、”そういえば、あれから100年以上経過してる”と神事継承に関してもあれこれ思うことがありますが、私的に君といえば昭和天皇なので平成以降の皇室に関しては、良くも悪くもあまり興味がありませんので、関係者各位に能力もやる気も無いのなら制度そのものを廃止してしまってもいいのではないかと。

 一般人と同じことがしたいというのが皇族の希望で、神事の伝承を継続する能力も意思もないのなら、敢えて天皇制を継続する必要があるのか?ということで、税金による金銭的な保障や数々の社会的な特権は引き続き保持するけれど、従来の天皇や皇族の義務や宗教儀式などは非人道的だから止める!と言い出している一族に無理にお願いする必要もないんじゃないかと思うようになってきています。

 というか、旧制度下の本来の皇族はどのくらい存命なのか?現状では平成天皇の血統だけに限定されることになる女性宮家を云々より先に、皇位継承の正当性からすれば、GHQによって地位を剥奪された旧・皇族の宮家としての復帰の方が現実的な対応だと私は思います ・・・ どうしても天皇制を継続するとすればですが。






Last updated  2019.05.09 07:08:54
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2019.05.02
カテゴリ:電気街
オはオタクのオ 第0035回 プログラミングの素

 文字数制限もあれば、惚けの進行もある今日この頃、プログラミングに関して少し具体的な話をして、この手の話を完結としようかなと ・・・ ま、本業の方の常連さんは営業の際に詳細説明が必要なら聞いてちょということでネット上の無料レクチャーとは差別化します(1円も払ってなのに、何かとめんどくさい人も世の中にはいるし・・・笑)。

 それはそれとして、前回、”陰陽(2)→八卦(8)”という話をしたのですが、”なぜ(2)の3乗の(8)になるのか?(4)はどうしたのか?”といった質問がありましたので、プログラミングとは関係ないじゃんとは思ったものの解説しておくと、

陰と陽に分けた後、陰を陰の陽と陰の陰に、陽を陽の陰と陽の陽に分けて考える過程があり、この段階で(4)になっているわけですが、陰陽の思想を図形化したものが”太極図”と呼ばれるもので、中国拳法の太極拳という名称もこのあたりから来ているのですが、太極拳(たいきょくけん)、形意拳(けいぎけん)、八卦掌(はっけしょう)の3つの門派は、内家拳という大枠で括って語られることがあるのですが、どちらかといえば道教(仙術系)の思想を取り込んでいる門派になります。

 太極拳と八卦掌は、ずばりそのまま門派の名称で分かりますが、形意拳の場合は、ある意味で基本でボクシングだとジャブ、ストレート、フック、アッパーカットといった区分に該当する五行拳と、ボクシングのコンビネーションブローの発想などに似てなくもない(架空を含む)動物の動きをモチーフにした十二形の体系に分かれ、応用編的に十二の動物を二つ、例えば虎形の動きと馬形の動き、虎形の動きと蛇形の動きといった具合に、掛け合わせることで変化を多様化させる(2つだけの組み合わせだけで単純計算で(12×11=)132パターンの新しい形が追加されて、基本の12と併せて144形に拡張されるといった技術体系になっています ・・・ これまでに一般にもオープンになっている範囲で説明すればですが(笑)。

 まあ、形意拳の場合、ほとんど蹴り技が無いことでも知られているので、ボクシングと技術体系を比較したくなるのですが、日本の武術で言えば基本の12の形ということになる十二形意は、それぞれに関連付けられている動物の名称もさることながら、11でも13でもなく12の区分で制定したところに意味というか工夫があるなあと思ったことがあります。

 五行拳の五行というのは中国系の占いなどでも採用されてることがありますが、五行理論として体系化されていて、五行をこの世を構成する基本を5つの要素(木、火、土、金、水)とし、その要素の相性のような関係性を、五行相生(ごぎょうそうしょう)、五行相克(ごぎょうそうこく)といった考え方で説明というか体系化しているのですが、まあ、この手の話をしているとそれだけで日が暮れてしまいますので、話を元に戻します(笑)。

 そんなこんなで、2→4→8 に関する補足説明は終わったことにして、フローチャート(呪文の流れ図)を念頭にプログラミングを解説していくと、まず大前提として、

1.そもそも何をやるつもりなのか?

が、明確になっている必要がありまして、それは、料理を作る場合、最初に何を作るか?を決めてから料理に取り掛かるのと同じようなことで、ここがいい加減だと、湯豆腐を作るつもりで始めたのに出来上がったのは麻婆豆腐だったという漫画のような結末になりかねません ・・・ いえ、本当に。

 抽象的な話をしてもしかたがないので、

1’.「重さの単位である匁(め:匁目、もんめ)をグラムに換算する」プログラムを作る。

とします。

 ぼちぼち、実際に匁に慣れ親しんだ世代が還暦を越え定年を迎えている頃合いですから、お題として適当でしょう(旧正月、旧暦、太陰暦、数え年、などなども昭和の40年代中頃までは意外と身近でしたが暦が絡むとややこしいくなりますしねえ?)。

2.扱う要素を考える。

 世界を構築する要素は何か?と分析するわけですが、匁→g(グラム)と変換するとすれば、要素1”匁”、要素2”グラム(g)”となり、要素3として”両者の換算比率”くらいは最低限の要素としてかかわってくることがわかります。

 とりあえず、匁を”m”、グラムを”g”、換算比率を”ちぇんじ”から”c”と仮称すると決めてしまい、m、g、c を”変数(条件によって変化する数値)”として予約しますと、

 m ×  c = g

といった数式(?)が成立し、これがプログラムの計算部分の肝(きも)になりますし、”m”の数値が具体的に決まれば、C は最初に定数(文字通り値が定まっている数)で固定しておけば新たに入力する必要が無く、g も m×c という計算の結果ですから入力する必要が無いことが分かります。

とすれば、キーボードなどから具体的な”m”の数値が入力(いんぷっと)されて、その数値をコンピュータ側(というかプログラム)が受け取れば自動的に作業が進んで画面上に”g”の数値が出力(あうとぷっと)されれば初期の目標はとりあえず達成されたことになります。

フローチャート的には、「mの数値は入力はまだか?入力されたか?を判断」→「m × c を計算」→「計算結果のgを出力」→「次の換算を行うか?終わるか?を判断」といった程度のカキコでもかまいません。

 もっとも、より具体的に考えていくと、プログラムの主流(メインストリーム)は、基本的にプログラムとして記述された処理工程を逐次処理していきますから、

「変数 m,c,g の初期値を定義」
「mの数値がキーボードから入力されたら次の工程へ、それまでは待機」
「mの数値が入力されたら変数 c と掛け算をして、その計算結果を g として出力」
「gの数値が出力されたら、冒頭に戻って再度繰り返すか、終わりにするかを判断」

といった辺りで、”あれ?冒頭に戻るか、プログラムを次の終わりにする方向に進めるかを判断するために、最低でもあと一つくらい変数が必要なんじゃね?”と気が付くわけです。

 そうなると、m、c、g の3文字は既に予約済みで初期値も定義してありますから、残りの文字、例えば”もう一度”だから”アゲインということで a”とかいった程度のノリで判定用の変数を追加して、

「変数 m,c,g の初期値を定義」は
「変数 m,c,g,a の初期値を定義」と変更し、

「もし、キーボードから変数”a"の値として数字の"9"が入力されれば冒頭に戻り、それ以外なら終了する」
といった記述を加えれば、とりあえず完成とします。

 後は、プログラミング言語に翻訳していけばいいだけのことですが、比較的わかりやすいベーシック言語風に主要部分を書くと、百匁が375グラムですから、c=3.75 となるので、

01(行目) m=0,c=3.75,g=0,a=0
02 INPUT "m"
03 IF m>=0 THEN g=c×(実際には*)m ELSE GOTO 01(行目)
04 PRINT SCREENg
05 INPUT "a"
06 IF a=9 THEN GOTO 01 ELSE GOTO 07
07 ALL CLEAR
08 END

とかいったことになるのですが、使うプログラミング言語や、同じプログラミング言語でもバージョンによってプログラム中の命令(コマンド)文や記述の仕方などが違ってきますし、上記の例もそれこそ、見やすさ優先でベーシック風に取り敢えず書いただけという質の悪いものですが、雰囲気は伝わったかなと。

 ちなみに、06行の IF a=9 云々というのは、05行で変数a の値としてキーボードから入力されたデータが 9 ならば01行目に戻って再度の処理、それ以外だと07行目に進むと理解されたい ・・・ 実際のプログラムだと、a="a" とかもう少し見づらく混乱しやすくすることもできることが多い(笑)。

 ベーシック言語がベーシックと呼ばれる所以が、簡単な英語と数学の変数の概念が分かっていれば(なんとなくであっても)プログラムの内容が分かるところにあると(私は)思っているのですが、マイクロソフト社のオフィスのエクセルやワードなどに実装されているVBA(ビジュアルベーシック)もベーシック言語の一種だったりします。

 いずれにしても、ここまでの話が理解できていれば、逆方向の”グラムを匁に換算する”プログラムを1から書くことも、既にあるプログラムを改変してでっちあげることもできます。

 もっと手を入れて、表示というか画面表示の位置設定や配色なども定義して使いやすくしたり、一つの画面で「匁→グラム」と「グラム→匁」の選択をさせたり、「グラム→ポンド」の変換を追加したり、結果を画面表示ではなくプリンターに出力させたりする程度の改変は比較的簡単にできますし、計算結果を事前に登録している特定の相手にメール添付などで自動送付することもできます ・・・

・・・ できますが、実際の仕事で使うプログラムの場合は、それがプログラムできることと、そのプログラムをすることで時間や経費が節約できることがイコールになるとは限らないこともままあります(笑)。

 その辺り、自分の仕事の作業効率を上げることが、(簡単な)プログラミング技術を持っていれば可能になるものの、職種にもよりますが、実用レベルの水準でいつまでプログラミング技術を維持できるか?そのための学習時間や費用はどのくらいになるか?とか、それによってどのくらい収入増が見込めるか?といった費用対効果の側面から考える必要もあるんじゃなかろうか?

 前にも何度か書いたことがありますが、プログラミング技術の優劣などよりも、既存のアプリケーションを使いこなして情報を作成したり情報を発信したり情報を収集したりする能力の優劣の方が大多数の中級・下級の民にとっては収入の増減に直結する時代に既になっていて、今後、高度で専門的なプログラミングは主にプログラミング作業に特化したAIの仕事になり、一握りの人間のプログラミングの専門家はプログラムの仕様書を作成して専門のAIに発注したり、完成したプログラムの使い勝手や作動確認をする程度の、AIのプログラミング作業の下請け作業が主になっていくのではあるまいか?

 もちろん、過渡期にはAIが人のプログラミングの補助をする時期もあるでしょうが、コンピュータ関連のシンギラリティの予測などから考えて、遅くとも2040年頃には、私が今の時点で書いていることが”オタクな爺の妄想”だったのかどうかの結論が出ていると思いますが、その頃まで私が生きているかどうかを含めて、今の時点では神様だけが御存知の近未来の話ではありますな。

 比較的、最後の方まで残るのはゲーム分野かなあ?とも思うのですが、それこそ、プログラミングの技術より、今までになかった新しいナニカを考え付いたり、面白い漫画や小説などをかくような才能とか、見たことも無いような映像表現を思いついて形にするような才能の方が求められるのではないか?

 そうした才能が個人の個性に由来すると考えるとき、文部科学省がこれまでにやらかしてきた”ゆとり教育”に象徴される”個性を育てる教育云々”の成果というか結果を見ている限りにおいて、ここまで見事に個性を均一化し規格化して刷り込んでしまった公教育ってある意味ですげえなあと、暗記主体で個性を伸ばす教育を受けていない受験戦争世代の一員としては素直に思います。

 最後に、念のために書いておくと、匁からグラムに(尺貫法からメートル法へ)切り替わったのは昭和34年(1959)1月1日のことなので、これを書いている時点の上皇(平成天皇)が御成婚された年の話になります。






Last updated  2019.05.02 00:51:53
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2019.04.30
カテゴリ:電気街
オはオタクのオ 第0034回 プログラミングと魔法。

 ノイマン型コンピュータにおいて、パソコンのプログラムの大前提は”パソコンは0か1かしか認識しない”ということがあります。

 具体的には、電気が流れている状態か?流れていない状態か?で判断しているということで、これが俗に言われる「”0”と”1”の組み合わせでコンピュータ(のプログラム)が動いている」といった話の基本になるのですが、当然、流れている方を0にしても1にしても理論的にはかまわないのですが、基本中の基本だけに各自が好き勝手に決めてしまうと混乱することはおわかりかと思います。

 もっとも、例えば、”電気が流れている状態を0、流れていない状態を1”とする定義をタイプ1とし、その逆の”電気が流れている状態を1、流れてな状態いを0”とする定義をタイプ2とすると決めてしまえば、タイプ1を前提にした基本プログラムを逆の信号に入れ替えるプログラムを間において変換すればタイプ2を前提にした基本プログラムも正常に作動することになります。

 ここで、陰陽道や仙術では定番の”陰陽理論”との共通性が出て来るのですが、ざっくりと、”この世のすべては陰と陽で成立していて、陰と陽で説明がつくと”でもいった理論体系で、例えば、男を陽とすれば女は陰になり、男は陽だから体温が高く女は陰だから体温が低い(冷え性)といった具合に話が進んだりするわけです。

 ある意味で、陰陽理論というのはコンピュータの基本と同じ0か1かの2進法で世界を説明しようとする理屈とも言えるのですが、0か1かの組み合わせでアルファベットや数字といった”人にもわかる記号”を定義しないと人によるプログラミングがほぼ不可能なことはおわかりかと思います。

 まあ、世の中にはコンピュータが理解というか処理しやすいプログラミング言語として”マシン語”というものも存在するのですが、マシン語のプログラムはまさにコード(暗号)のようにしか普通の人間には見えませんというか、0と1の羅列の連続のように見えるかなと。

 そこで昔の偉い人たちは考えたわけです、例えばアルファベットの”A”を”0”、”B"を”1”としようと ・・・ あれ、そうなると、”C"より後はどう定義すんの?と不思議に思った人はロジックに考えることができる人で、ならばアルファベットと数字、基本的な記号(四則計算関連の記号など)といった、ざっと100個くらいの要素は最初から定義できるようにしておけばいいんじゃね?といった具合に話は広がっていくことになります。

 となると、絶対の基本が2進法ですから、2進法で、00がA、01がB、10がC、11がD ・・・ アレれ?と行き詰まり、ならば、000がA、001がB、010がC、011がD、100がE、101がF、110がG、111がH ・・・ アレれ??と行き詰まり、にゃらば、0000がA、0001がB、0010がC、0011がD、0100がE、0101がF、0110がG、0111がH、1000がI、1001がJ、1010がK、1011がL、1100がM、1101がN、1111がO ・・・ アレれ??

 0か1か?という最小の判定単位を”ビット(まあ、”欠片”くらいの意味)”と呼ぶとすれば、00~11という2ケタの括りは2ビット、0000~1111の4ケタ括りだと4ビットということに慣例としてなっていると、取り敢えず覚えておいてください ・・・ まあ、このあたりのことは忘れてもかまいませんが(笑)。

 ちなみに、4ビットでもA~Oまでの15文字が割り振れたわけですから、アラビア数字の0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、の10文字、+、-、=の3文字、始まりと終わりの記号の2文字くらは定義できることにもなるといった辺りまでは理解できた ・・・ かな?

 ということは、例えば掛け算は足し算の連続、割り算は引き算の連続と考えれば、4ビットもあれば四則計算(+。-。×。÷。)の計算と結果を表示する程度のプログラムってできるんじゃね?ということも、なんとなく見当がついたことと思います。

 そして、0000は”A”でも”0”でも”ア”でも、あるいは”a”であったとしても、最初に定義して他の記号と重複(ダブり)さえしなければ何でも意味付けできることも理解できたかと思います。

 残念ながら、ここまでの説明についてこれないようなら、プログラミングを習得しようと考えない方がよろしいのではないかと。

 さて、0000~1111の15要素を前提にした4ビットくらいならまだしも、00000000~11111111で8ビットとか0000000000000000~1111111111111111で16ビットとかいった辺りから普通の人の頭では何が何やら分からなくなってくるというか、人力で入力するの無理じゃね?と思う人が増えて来るかなと。

 当然、その上の32ビットとか64ビット、128ビット、256ビットといった単位で考えるとうんざりすることになることは言うまでもありますまい ・・・ そういった認識したくない事態に直面すると大多数の人は思考を停止させて分かったような顔で頷くだけになるとはしたものですが(笑)。

 もちろんというか、ここまでの話は初心者が分かりやすいように”こんな感じ”といった例えばなしのようなもので、実際の正確な定義とは異なるのですが、プログラミング用の(普通の人でも理解できる)言語でプログラミングする際には、ほぼ不要の知識なのでなんとなく覚えていれば十分かなと(私は)考えています。

 ちなみに、アルファベットも数字も基本定義できたなら、0と1だけではなく、アルファベットも使った方が”人が理解するためには便利じゃね?”と、さすがに頭の良い人たちも考えたようで、0、1、A~Fを組み合わせて8ビット以降は定義する方式が普及していくことになります。

 つまり、2ビットから基本の4ビット、4ビットと組み合わせることを前提に拡張して8ビット、8ビットを拡張して16ビット、16ビットを ・・・ と拡張していったということですが、ここでアレれ?これって何かに似ていない??とオカルト関連に知識のある人は連想したことと思います。

 易占の、陰陽→八卦の拡張と類似した発想で、八卦から64とか128、256と事象が拡張されていくほど占いの精度が上がっていくのも、精度が上がるということは、そのための卦を解釈して象にするまでに高い能力(か時間)が必要になっていくあたりも似ている ・・・ なあとか思っていれば間に合うかなと(笑)。

 その意味でも、コンピュータというのはプログラミングによって”世界の構築”を試みることができる機械であり、おおよそこの世で生じている現象を再現することも事象の変化を(過去方向にも未来方向にも)シミュレートすることが可能な機械ということになるのですが、当然、その再現性や演算結果などがプログラムの出来に左右され、演算結果が出るまでの時間はプログラムの出来とハードの性能に左右されることになります。

 前述したように、コンピュータは0か1かしか認識できないという大前提があり、その前提の上でプログラムを動かして演算結果を得ようとすれば、最初に基本的な要素を定義して利用する人たちの間で共通の決まり事として共有させておいた方が利便性が高くなる ・・・ 日本語、英語、中国語、仏蘭西語、露西亜語、西班牙語などなど好き勝手に話すより、公共の場の共用言語はエスペラント語(とかピカチュー語とか)最初に決めてしまった方が意思疎通もスムーズ?)で作業効率も良くなるというのと同じようなことがコンピュータ関連でも起こるということ。

 逆に言えば、その共用言語は一つの世界市場も意味するわけですから、採用する人や集団が多くなればなるほど他の言語の出る幕は無くなり、まさに”ワン・ワールド”が加速度的に形成されてくことになり、その流れに逆らうことは多数派に逆らうことですから孤立化していくことにもなり、ある種の鎖国状態に陥るのですが、グローバル経済化に同調せずに鎖国して国内で自給自足する道を選択してもそれはそれでアリかもしれません。

 話を戻すと、基本的な定義として、0~9やアルファベット、演算関連の記号などなどを特定の数値に割り振る(予約する)ことが終われば”文字の定義”が終わったことになりますから、次に、”文法”を決めていく必要が出てきますが、ここまで適当に解説してきたのが”文字の定義”関連の大枠(と言えなくもない)の話なわけです。

 まあ、娯楽小説でも読みながら気軽にこのあたりの正確な知識を知りたいという人は、

「すべてがFになる(森博嗣、1996)」

が、初出の時期が時期だけに当時は先端の話がいささか昔話になってはいますが、コンピュータの素人にもミステリーファンにも、お薦めです。

 それはそれとして、”文法”に関しては、コンピュータにとって理解しやすく処理しやすい文法ほど人にとっては0と1の羅列に近くなって理解しずらくなり、逆に、人が理解しやすい文法ほどコンピュータは自分が理解できるようになるまでの手間が増えて作業効率などが下がる傾向があります。

 もちろん、コンピュータのハードとしての性能が向上し、演算速度が増加すれば同じプログラムを処理しても処理結果が出るまでの時間が(一般論として)短くなるのですが、コンピュータの処理速度が同じでもプログラムを効率のよいものに変えることでも処理結果が出るまでの時間が短くなります。

 その意味で、ハードの処理速度が向上し、ソフトのブラッシュアップ(処理工程を見直して効率化する)も行えば、それ以前よりも演算結果が出るまでの時間が短縮されるため、使う側の待たされるストレスは減り、同じ時間内で出来ることが多くなります ・・・ 初代ファミコンのゲームとプレーステーション4あたりのゲームを比べてみれば分かりやすいかな?

 ところで、例えば手紙を書くときなどに”定型文”というか”決まり切った定番の書式”があることは知られていますし、俳句などで季語、和歌だと枕詞、掛詞、縁語などなど定番の決まりごとがあるといった程度のことは知っているというか覚えている人が多いかなと。

 コンピュータの場合も、決まりきった定番の”作業(オペレーション)”に関しては、前もってプログラムを作り置きしておくことで作業効率を上げる工夫が一般化していまして、そういった定番の作業用ミニプログラム集のことを”OS(オペレーションシステム)”と総称することも一般化しています。

 アレれ?ではハードの仕組みなど幾つかのことが分かっていれば、”自分でOSを作って、そのOSでパソコンを動かすこともできるの?”と聞かれれば、”できます”ということになるのですが、同時に”そんなめんどくさいこと、今となっては普通はしませんけどね”と話は続きます(笑)。

 実際、1980年代に、ハードも作っていたIBMが自社パソコン用のOSとしてフロッピーディスク環境を前提にしたDOS(ディスク・オペレーション・システム)を提供していたのですが、そこにビルゲイツが目を付けて互換性のあるMS・DOS(マイクロソフト・)を開発して売り出すと、使い勝手の良いMS・DOSが売れて普及してしまい、ハードはIBM製なのに、そこで動いているOSはマイクロソフト社製という状況になってしまったことがありました。

 その後、ハードディスクが普及したあたりから、実質的に基本のDOSを拡張して作業効率を上げるためのプラットフォームとして”ウインドウズ”をマイクロソフトが開発して市場に投入したのですが、その普及の速さ(=市場の寡占)もあって米国で公正取引委員会の審議対象になったり裁判沙汰になったりしたことがあるのですが、当時のMSは”ウインドウズはOSとは別物のOS上で動くアプリケーションソフトの一種”といった主旨の主張をしていました。

 実際、ウインドウズ95あたりまでは、まずDOSをインストールした後にウインドウズのプログラムをインストールするといった手間が必要で(その複雑性のためかよくクラッシュしていましたが)、ウインドウズを終了させてDOSの画面(というかDOSのモード)にすることもできました。

 ま、初期の裁判沙汰を切り抜けて市場の覇者となってしまった後は、パソコン市場のシェアを失ってひだりまいになっていたアップル社に援助の手を差し伸べて倒産を防ぐことで独占禁止法云々を回避したりもしたのですが、次第に(作動の安定などを目指せば当然ですが)DOSとウインドウズの一体化が進み、ウインドウズ画面から(一種のアプリケーションを操作するように)DOSを操作することもできる仕様になっていきました。

 これを書いているウインドウズ10(64bit)どころか、ウインドウズXPあたりからパソコンを使い始めた人の中にはDOSモードを知らないか、知っていても実際に操作したことのない人が珍しくない時代になっているとは思いますが、今更、コマンドライン入力でオペレーションと言われても困るでしょうしねえ?

 ハード的には、よりコンピュータ処理というかCPU処理に近いところに、BIOS(バイオス)という、人で言えば心臓を動かすとか呼吸をするとかいった基本中の基本の定番動作に相当するオペレーションを定義した(これはさすがにハードメーカーが提供ないし関与するものが主流)OSがマザーボード(CPUなんかが装着されている基盤)実装されていて、理論上は後から書き換えることが可能になっています。

 実際、出荷して市場に出た後になってBIOSに”ソフト的な不具合(バグ)”が発覚した場合などにBIOSの書き換えが実施されることが稀~にありますし、周辺機材や通信環境の変化などで発売から数年後にバージョンアップのBIOSが提供されることもあります ・・・ あるのですが、だいたいBIOSの書き換えを素人がやると悲劇と苦難が待ち受けていることが多いので、ベテランユーザーほど(致命傷でなければ)BIOSを書き換えずに使い続けるか、さっさと新しいパソコンに買い替える傾向が顕著です。

 逆に言えば、パソコンの寿命は5年程度が平均寿命で、がんばってあれこれ手を入れても主力機材として使えるのは(私の37年ほどのパソコン経験上)10年くらが上限ですから、購入から数年後に安定して動いているパソコンのBIOSを更新する手間暇をかけることにさほどのメリットは無いのではないかと ・・・ スマートフォンの機種変更のサイクルを考えても分かりやすい話かなと。

 当然、プログラミング言語はそのプログラムを動かすハードの処理性能などを前提にしていますから、やはり10年程度でプログラミング言語そのものが別の言語に変わったりすることがありまして、それは3年前までは独逸語が公用語だったけど、今は中国語が公用語で、5年後には英語が公用語になる見込みといった社会で生活しているようなものかなと。

 プログラムの前提であるOSについても、例えばマイクロソフトかアップルかで違いがあり、マイクロソフトのOSを前提にしたプログラムがアップルのOSを実装しているパソコンで同等に動くとは限らず、当然、その逆も言えるのですが、そう考えていくと、実際に社会人になって役にたつプログラミング技術(や知識)という曖昧なふわっとした表現がいかに”胡散臭い”代物か分かりそうなものではなかろうか?

 それは、プログラミングの勉強をするなと言っているのではなく、どういったハード、どういったOS、どういった社会環境を前提ないし想定しているのか?を抜きにプログラミング技術を曖昧なままなんとなく勉強しても無駄が多すぎだから、小学生にはプログラミングを書いていく上で必要になる算数の知識や作文の能力、文書の読解力などを底上げすることを優先し、具体的なプログラミングは中学に進学した後で十分というか、中学でさえ表計算ソフトなどのマクロ処理程度を理解し使いこなす程度で十分ではないかと。

 本格的な飯が食えるプログラマーの養成ということなら、高校の専門学校化を進めて4年制にした上で希望者には3年時あたりから提携先とのインターン制度も取り入れ、さらに高度なプログラミングのために専門性の高い大学に進学するもよし、即戦力として就職するもよしとした方が無駄も不幸も少なくなるだろうなあ~と私なんぞは考えてしまうわけです。

 基本的なプログラミングでは、

プログラムの冒頭で、”このプログラムは、どういったハードを前提にして、これこれという言語で記述されたプログラムで概ねこういった用途です”といった一種の宣言をしておいた方がコンピュータも人も混乱を避けることができます。

 これは、魔法を使う場合、”この魔法は、こういったことのできる水準の魔術師を対象にしたもので、古代ヘブライ語で記述されてる火炎系の呪文です”と言っていると考えると分かりやすい世代もいるだろうなあと。

 その後に、具体的な魔術の起動呪文を記述していき、作動時のいろいろな条件と状況に応じた変化の選択などを記述。

 プログラムが実行される=魔術が発動する

 結果が出た後、同じ内容を繰り返すかプログラムを終わるかを選択したルーチン処理の後の記述で、プログラムの末尾に、プログラマーの名前、最初に作成した日時、訂正や追加した日時などを記載しておけば何かと便利かなと。
 ここで必須なのは、”これでこのプログラムは終わる”処理をすること。

 魔法だと、
”炎の魔法が成功しました。炎の精霊よありがとう感謝しますから、さっさと立ち去ってね。この魔法を考えたのは魔術師マーリンが1007年、改良したのは魔術師ヤンが3572年。以上。”
とか唱えたりする終了処理になるかなと。

 こうした内容を、コンピュータが理解しやす言語で記述するか、人が理解しやすい言語で記述するかがプログラミングの基本記述ということで、具体的な処理に関わるプログラムの記述は、やはり古典的なフローチャートで大筋のマップくらいは作った上でプログラミングしていった方が無難かなと ・・・ フローチャートを作らなくても小さなプログラムなら行き当たりばったりでもなんとかなりますが、それは設計図や組み立て説明書無しでプラモデルを組み立てたり、完成写真の類が無い状態でジグソーパズルを組み立てるのに似ていると思います。

 何も起こっていない空間へ、規則性のある言葉を一定の法則で唱えることで世界の創造をはじめて、別の空間に隠されている要素を呼び出して形にし、その形に動きを与え、目的を達成したら要素へと解体し元の別空間へ戻し創造した世界を更地にして終了するのが魔術の基本とすれば、当然、魔法の呪文を間違えれば”暴走”とか”思ってたのと違う結果”が返ってくるのもコンピュータプログラミングと似ているな~と。

 そう考えると、コンピュータのプログラミングというのは、音楽の作曲や絵を描くこと、料理をしたり小説や論文を書いたりする創作活動と本質的なところで同じで、”何を作りたいか?”が実は最重要で、”どう作るか?”という文法の部分は要領よく教えれば1週間に1日、1日あたり1時間程度としても、3か月(12時間)程度で、”では、後は自分で勉強してちょ。”の中級レベルくらいまでなら到達するだろうなあ~と思います。

 だからこそ、大本になる”算数の授業の立て直し”とか”作文の練習”、”本を読むこと(=長文読解力の養成)”といった土台の力を養成することの方が優先順位が高くなると(私は)考えているわけです。

 例えば、画面上に〇を描くだけのプログラムを作れ!と言われた場合、

1 画面のサイズ(画素数、ドット数)= 縦横の長さ
2 円の中心をどこに置くか? = x軸、y軸といった2次元グラフの基本
3 円の半径の長さをどうするか? = 変数の概念

は必須の知識となり、

4 背景の色
5 円の色

が同色だと円を描いても背景と区別できないことが分かる程度の周辺知識があることも前提となり、

6 描いた円を表示させ続けるのか、描き終わると同時に消すのか、描き終わった後に一定の時間が経過したら消すのか?

といった、中途半端な秀才がやりたがる、見た目が派手な作業の選択分岐の処理などは、思ったほどたいしたことのないプログラミングに該当するのではないかと。

 他にも、

7 背景や円の色を一定周期で変えるとか、一定の(或いはランダム)間隔で円を消して、別の場所にっ別の大きさ、別の色で円を描くといったループ処理

のような(私に言わせれば)ど~でもいいようなことをやって悦に入る暇人が多いかなと。

 いずれにしても、円を描くプログラムを作れ!と言われて、

8 円を描くためのコマンドを使って、何かミニゲームでも作れないかな?

と言われてないことを考えて試行錯誤してしまうような地力を育てておくことができないでいる公教育の現場で行われるプログラミング授業は、生徒の側の知識が増えれば増えるほど退屈になるだろうな~(大笑)。

 既に誰かが過去に作ったプログラムがあるのなら、”コピーの仕方”と”操作の仕方”を知っていればそれで十分なわけで、自分で新しく何かを作ることができる人やプロのプログラマーを目指す人以外には必要性も意味も無いんじゃなかろうか?

 これを書いている時点だと、バーチャル・ユーチューバーを自力で3Dモデリングして造り、音声サンプリングして人工音声もでっちあげ、ユーチューブで荒稼ぎするような技術を持つ小学生を量産するような近未来を想定してのプログラミング授業なら賛成なんですけどねえ?






Last updated  2019.04.30 12:43:10
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2019.04.27
カテゴリ:電気街
オはオタクのオ 第0033回 プログラミング入門より前の話

 はっきり最初に書いておくと、

「現行の教職員採用試験で採用された教職員にコンピュータプログラミングを教える能力が無いのに何をとちくるったのか?」

という最大の問題があります。

 というか、そもそも日本の教職員と学校組織がこれまで可能な限り教育現場へのコンピュータを使った事務処理の合理化を行ってこなかったことは、怪しい話を書いていた頃から何度となくネタにした現実ですが、手書きの教育に固執して1996年からこちら、これを書いている時点で25年近くあった時間という貴重な資産を無駄に浪費してきたのが”ゆとり教育”に象徴される日本の左派系公教育だったことを総括せずにとってつけたようにプログラミングの授業を小学校から必須にしても、それは”予算と人員を確保するためだけのアリバイ工作に過ぎない”時間と金の無駄ということ。

 そもそも、何を目的としているのか?が意味不明で、具体性に欠けたままプログラミング授業を行ったところで投資効率は極めて悪く、はっきり書けばそこに生じるのはプログラミングができる小学生よりも新たな利権構造であることは指摘するまでもありますまい。

 小学生にプログラミングを公式の授業で教える暇があるのなら、もっと数学の授業時間を増やすのが先で、プログラミング技術そのものは中学、高校からで十分に間に合います ・・・ というか、生まれたときから(機種や年式を問わなければ)家庭用ゲーム機やスマートフォンがほぼすべての家庭で身近なところにある日本の一般家庭を前提に考えれば、”コンピュータの素人集団が何を教えられる気でいるのか?”と私は思いますが?

 それよりは、小学生には深夜アニメなどでも散々ネタになっている、社畜と化して過労死しかけている現実のプログラミングで飯を食べているプロのプログラマーの職場見学とか、プロないしセミプロの楽団員に出張コンサートをして”生でプロの楽器演奏に触れてもらう”経験をさせるのと同様に現役プログラマーのプログラミングのデモンストレーションを出張して見せてもらうところから始めるのが筋ではないかと。

 興味を持てば、別に学校の授業で素人にプログラミングを教えられなくても学生たちは勝手にプログラミングを始めるでしょうし、学校で教える以上は”技能の到達度を評価し教育効果を検証する”=”教える教職員の能力評価”も不可避になると思いますが、素人に教えられて素人に採点されて、実用性に乏しい時代遅れのプログラミング授業に強制参加させられた末に嫌悪感だけが育まれる近未来の光景が今から目に浮かびます。

 そもそも論で言えば、小学校に入学するのが6歳、卒業するのが12歳と仮定して、彼らが成人年齢になるまでに6~12年あるわけです(これを書いている時点で小学生という世代は成人年齢が20歳から18歳になっているでしょうから)から、10年後くらいの近未来の社会を想定したプログラミング授業を行う必要があるわけで、”現在”の社会状況を前提に計画立案して授業を実施しても使えない人材を量産するだけじゃね?と。

 つまり、これを書いている時点から10年前を2010年頃とすれば、そこにはスマートフォン市場が実質的に存在せずいわゆるガラケー(フューチャーフォン)がまだ携帯情報端末の主流だった時代ですが、その時点でガラケーで動くことを前提としたプログラミング技術を時間と金をかけて教わった小学生がいたとして、その小学生が社会人になって就職する時点で世の中は実際にスマートフォンが主流の時代になっている現実があり、ガラケープログラミング技術で飯が食える職場は限りなく将来性に不安のある職場ではないかと私は思いますが?

 少なくとも、2020年の近未来というかこれを書いている時点で、8カ月ほど後の世界でスマートフォンのアプリを製作できるプログラマーとガラケーのアプリを製作できるプログラマーのどちらに需要があり、どちらの年収が多くなるか?を普通に予想すれば私の言わんとするところの一端は、それこそ”猿でも理解できる”レベルの話ではなかろうか?

 現実問題として、これを書いている時点で小学生という世代が社会人になった頃には、おそらく世界のどこかで”量子コンピュータ”が当たり前のように製品化されて実働している可能性が高く、これを書いている時点ではスーパーコンピュータに区分されている高性能なコンピュータが過去の遺物になっていても不思議ではないだけのパラダムシフトが生じかねないことを認識も理解もしていない”教育関係者”の主張するプログラミング授業は時間と金の無駄どころか、その時間と金をもっと有意義なことに使った場合のリターンを考えれば有害ではないかと。

 時代のニーズに即応した、飯が食えるレベルのプログラマーを量産したいのなら、高卒資格も取得できる4年制のプログラマー養成専門学校を増設し、そこに今回の小学校でプログラミング授業を実施するために必要な予算を全額振り向けれた方がよほど現実的で、小学校では数学の授業時間を増やし、作文能力を向上させる授業を増やすことを優先させる方が急務だと思いますが?

 結局、今回の小学校でプログラミング授業を云々というのは、本人が本格的なプログラミングをした経験のない素人が小学生相手にプログラミングを教えようとする ・・・ 明らかに教職員の既得権益を保持することが前提であり主目的という無駄というより有害な行為にすぎないということ。

 それを煽り唆している連中も、コンピュータ関連に詳しい人ほど自分がペテンを仕掛けている自覚があると私は思いますが(黒い笑)。

 量子コンピュータに限らず、これを書いている時点で主流のノイマン型コンピュータと根柢のところで発想が異なるコンピュータが主流になるということは、従来型のコンピュータがガラケーどころか固定式の黒電話の類の位置になり新方式の次世代コンピュータはスマートフォンの類の位置になると考えるとイメージとしては分かりやすいかと思うのですが、そうなってくるとそうした次世代コンピュータのプログラミングは特化した専用の人工知能(AI)が作業の大半を行うことになることもこれを書いている時点で予想の範囲内の話になります。

 つまり、コンピュータの進化に人の脳味噌が付いていけなくなり、人工知能という人間以上の能力を持つ存在でなければプログラミング効率が悪くなりすぎる ・・・ 人力で1年かかるプログラミングが人工知能プログラマーを使うことで1カ月とか1週間で終わったりするならまだいい方で、人力だと一生(実質的には40年程度)かけても終わらないプログラミングを人工知能が1カ月とか1週間程度でこなすのが当たり前という時代を、これを書いてる時点で小学生という世代は平均寿命まで生きることができれば目にすることになると思います ・・・ しみじみと、今の時点で爺でよかった~(笑)。

 これを書いている時点で、お気に入りの常連客である御年1歳半ほどのアブラハム君をいじりながら思うのが、この子たちの世代が当たり前のように見るであろう50年後の世界を自分が目にすることはおそらく無いけれど、そこがどのような世界になっていたとしても、”まあ、がんばれ。日本で日本の公教育を受けないで済む選択肢のある君の未来は明るい”ということ。

 1995年にウンドウズ95が登場し、それは実質的に世界で同時に、事務処理の本格的なコンピュータ処理時代の到来と世界システムであるインターネットの普及と利用が本格化したことを意味していて、当時、”IT革命”という言葉で語られた近未来社会の変化は携帯電話が単なる持ち運びのできる電話機から携帯用小型情報端末化したことで事前の予測以上に加速し、2015年以降に次世代携帯情報端末であるスマートホンが1996年当時の普及価格帯パソコン以上の処理性能を持ち始めると、実質的に24時間体制で通信機能を有するコンピュータを人類の大半が使える時代になったと言えます。

 誤解のないように書いておくと、”パソコン+通信システム”の環境であれば、据え置き型のパソコンでもウエアブルなスマートウオッチの類でも該当するのが24時間体制で通信機能を有するコンピュータを使える環境に該当し、別にスマートフォン(環境)が完成形でもなければ到達点でもないということですから、スマートフォンを前提としたプログラミングを教えろと主張する気は爪の先ほどもありません。

 あれこれ考えていると、これを書いている時点の小学生って”下手にコンピュータのプログラミングに関わらない方が幸せではないのか?”と思うことが多いのですが、それは自動車を運転するときに自動車を制御している既に搭載されている(燃料制御や安全システムなどの)コンピュータのことって知らない人の方が圧倒的に多いし、そのコンピュータで動いているプログラムを製作したり改変したりする必要のある人達って世界でも数百名規模の一握りのプロで、少なくとも、そのプログラミングができる能力のある人がすべてその職業に就職できるほどの市場規模でない現実もあるじゃん?ということ。

 既に今の時点で、プロのピアニストといった音楽家や野球、サッカー、テニス、ゴルフといったスポーツ選手の大半が、学校の授業だけでプロになることは稀と言うか皆無どころか、学校教育の”皆と平等かつ公平な授業”とかが足枷になることから”プロを目指すなら早い時期から専門家ないし専門知識のある指導者の教育指導を受ける”もしくは受けた人が実際にプロになっている現実がある以上は、今後さらに専門性が求められるコンピュータのプロのプログラマーが日本の義務教育で養成されるとは、私には、思えません。

 というか、今後ますます個人の手元の情報端末はブラックボックス化が進み、素人プログラマーが義務教育で教わったレベルのプログラミング技術で何かできる頻度は加速度的に減少していくでしょうし、下手にいじることができるハードの仕様はハッキングを含めてセキュリティリスクを増加させますから、一般人に許されるのは提供されるプログラムというかアプリ(ケーション)のカスタマイズ程度で、いかに提供されているプログラムを使いこなすか?がコンピュータを使いこなすこととほぼイコールになると、私は、予想しています。

 ある意味で、公教育で小学校から教えて置いて将来的に無駄にならないのは、ブラインドタッチができる程度のキーボード入力くらいじゃないか?と思うのですが、音声入力は長々とやっていると口が疲れ喉が枯れてしまいますし、スマホから普及した指を使ったフィリップ系の入力は(長々とやっていると)キーボードと比べて体の歪(これを書いている時点だと、ストレートネックや巻き肩、そしておそらくは白内障など)を惹起しやすいリスクがあります ・・・ ま、入力方法にはそれぞれメリットもあるので、プロの事務処理としての使用頻度や中長期的な健康問題から考えるとという話ですが。

 それ以前というか、素人の学校の先生が既得権益保持のためにプログラミングの授業を行って小学生に不幸をまき散らすより前に、

1.通知表の電子化。*小学校高学年以上はペーパーレス化と希望する保護者への電子メール等での送付。
2.成績管理の電子化。*全国共通規格の制定と導入。

3.公立学校の定期テストの電子化および共有化。

4.家庭学習用教材(いわゆる宿題)の電子化および全国的な共有化。

5.授業のビデオ化(単位ごとの動画化)及び、その動画のネット公開。

くらいは実施を優先するべきではないかと。

 下手にプログラミングの授業を小学校で行えば、”あの先生って、(同級生の)A君やB子さんより馬鹿?”とか”いやいや、保育園に通っている妹のC美や弟のDより使えね~”と言われるようになる事例が加速度的に増加し定説化するであろうことも既に予想の範囲ですが?

 コンピュータを使う奴は人間性に問題があるとか、薔薇、憂鬱、檸檬といった漢字が手書きできないのは大問題だからコンピュータを使わず手書き優先教育を堅持しようとか、固定電話の頃と比べると暗記してる電話番号が極端に減ってるのはコンピュータ(や携帯情報端末)を使うことの弊害で教育の根幹にかかわる大問題だ~とか、実際に発言し、散々に社会のコンピュータ普及を妨害してきたのが文部科学省であり公教育に関わってきた連中の過去の言動じゃね?殴った方は忘れても、殴られた方は忘れませんが??

 或いは、既に大半の民間企業や、国の管轄する官公庁(国家公務員)ならば職場から持ち出し禁止とか、そもそもコンピュータ関連業務で私用(使用)禁止にしているUSBメモリやSDカードの類に、生徒の住所氏名、成績、賞罰といった個人情報を入れて学外にも持ち歩き、紛失したのが発覚して謝罪する騒動が現在進行形で起こり続けているのも”学校関係者”に特有の光景で、過去にその手の情報が入ったノートパソコンを学校帰りに立ち寄ったパチンコ店の駐車場に停めていた自家用車から置き引きされた云々といった騒動が発覚したのも1度や2度の話ではないのも比較的知られた話ではないかと。

 将来、飯を食うことに直結しない素人の教えるプログラミング授業を必須にする前に、現存システムを前提にしたものであっても、セキュリティ教育やネットリテラシー教育を徹底して欲しいというのが、大多数の保護者の要望ではないのか?

 或いは、世界レベルで評価されるプログラマーを量産している印度で行われている(日本の九九のような)二桁の掛け算を含むい印度数学教育の導入といった、先進事例を導入するのが先で、まずは日本の既存の公教育体系が時代遅れというか時代錯誤の役立たずになっていて、学校の教職員の能力も特にコンピュータ関連では平均的な日本のサラリーマンより下になって久しい現実を直視し認識するとことから始めないと、単に新し利権構造が追加され、本来行われるべき有益な授業が減って無駄な時間と金の浪費だけが増えていくだろうなあと。

 そもそも、これを書いている時点でプロのプログラマーという人も、事務処理などでコンピュータを日常業務で使っている人も、「義務教育で”あの”学校の先生がプログラミングの授業を行う」と聞いてどう思うか?といった観点がごっそり欠落し、お手盛りの自己満足臭がぷんぷんしているのにドヤ顔をしているのではなかろうか?

 結局、富裕層はもちろん、少しでも現実が分かっている親ならば、ピアノ教室や水泳教室の類に通わせるように、公教育以外のプログラミング教室に通わせる ・・・ というか、既に通わせている親が増加していますし、そうした親たちが学校の公式カリキュラムになるからといって、そういった教室通いを止めさせる可能性は低いと思いますけどね。

 或いは、これからオタク第一世代が定年を迎えて年金が目減りしながら暇になってくると、孫の世代と一緒になってプログラミングを再学習する光景も珍しくなくなっていくでしょうから、素人の学校の先生がおこなうプログラミングの授業に対して”こんなことで高額な給与と高額な年金がもらえるなんて”という声は大きくなるでしょうなあ ・・・ ま、学校の先生たちがそんな世間の声を気にするとは思ってませんが(大笑)。

 いずれにしても、だらだらと書いてきたように、小学校でプログラミング授業を必須にするより前に”算数の授業をインドの数学教育も参考にして立て直す”のが先だと思いますし、プログラミングというのは外国語の作文のようなものですから、まずはしっかりと本を読ませ、作文を書かせる時間を増やすことを小学校では優先すべきだと私は思います ・・・

・・・ ま、ぼちぼち四半世紀前の話になりますが、前職の霞ヶ関の時代に”あいつは宇宙人だ”とか”(一般)人のわかる言葉で話せ!”とか散々言われた過去があり、脳出血で1カ月ほど入院して出てきて半年ほどの私があれこれ言っても説得力に欠けるとは思いますが(大笑)。

 では、次回は、プログラミングと魔術とでもいった話になります ・・・ たぶん。






Last updated  2019.04.27 07:41:39
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2019.04.26
カテゴリ:電気街
オはオタクのオ 第0032回 プログラミング入門?

 小学校でコンピュータプログラムが張り付け(いわゆる必須授業)になるそうで、小学生の我が子を抱える常連のお母さんたちの中から”プログラミングって何?”と聞かれることが何度かあったのでした。

 個人的には、フォートラン、コボルあたりを振り出しに、ベーシック言語(IBM ,NEC,富士通。の3系統とMSX)、マシン語、あたりまでは意外と時間をかけてプログラミングの勉強をしていた時期があり ・・・ 公的な情報処理資格試験の類が登場する以前の太古の昔の話ですが ・・・ C言語の普及が始まったあたりで”(総合ソフトというか表計算ソフトに簡単なワープロ機能などが付いた)ロータス123が使えれば十分じゃね?”と思うことがあり、プログラミングから脚を洗ったというのがプログラム関連の略歴になります。

 なお、ロータス123だと、”スクリプト”というか(”マクロ処理”ということで)スクリプト系のはしりのようなミニプログラムを自分で記述して組みこむこともでき、それは後にロータス123を駆逐することになったマイクロソフトのエクセルなどオフィス系の市販ソフトなどにも実装されることになりました ・・・ 個人的には集団で事務処理をする場合にはトラブルの素だと思いますが(笑)。

 つまり、ロータス123が表計算ソフト系の市場で圧倒的なシェアを誇っていたとき、後発のエクセルを売るための戦略として、

1.安価(オフィスで買って、ワード、エクセルといった含まれているソフトで頭割して比較すると、4分の1くらいの感覚)。
2.ロータス123で作成したデータファイルを読み込んで利用することが、ほぼ100%可能(過去にロータス123で作成したデータや計算表などを継続利用できる)。
3.ワードとエクセルの間でデータの切り張りの類が可能(エクセルで作った表やグラフなどをワードに落とし込んだり、逆にワードで作った文書をエクセルに流し込んだりすることができる)。

といったあたりがセールスポイントでしたな。

*後に、エクセルの方が”グラフ作成機能”の優位性を主張するようになっていったのですが、その辺りは、エクセルのデータも使えてエクセルより多彩なグラフ作成に特化した”グラフ”というソフトもありましたから、どんなもんかな~と思っていました。

 表計算ソフトといえば、参照するセルの地番の定義の仕方とか前述したマクロの文法とかがメーカーごとで異なっているのが一般的な仕様でしたが、その辺りを自動的に読み替えて利用でいるようにしてしまうための互換プログラムが組み込まれていたわけです。

 先行するロータスからすればたまったものではありませんから、”より便利に使える機能を強化したバージョンアップ”を定期的に行うことで、そうした他社の互換プログラムを作動不良に追い込み顧客の囲い込みを試みたのですが、マイクロソフトの追撃は厳しく、ロータス123がバージョンアップするとエクセルもすかさずバージョンアップしてより互換性を高めてった時期がしばらく続きました。

 まあ、ざっくりと書くとウインドウズ3.1でエクセル(というかオフィス)が動く環境下となると、表計算ソフト単体で比較して同等の機能で作成したデータに上位互換性ありとなると、後は”お値段次第”となり、急速にロータス123の市場シェアは切り崩されてしまい、実質5年程度でエクセルの方が表計算ソフトの代名詞的な存在に成り上がってしまい、最終的にロータス123をロータス社がIBMに身売りしてしまいました。

 この表計算闘争はウインドウズ95が登場した頃には、既に勝負あったという状況だったのですが、マイクロソフト社の打ち出した”オフィス”という名称でかなりの部分の操作を共通させたワープロソフト、表計算ソフト、通信ソフト、紙芝居ソフト、データベースソフトなどをセット販売する戦略は、他のメーカーの一般事務用の市販ソフトを駆逐することにもなり、迎え撃つ形になった先行していたメーカーからは旗艦ソフトを中心にやはりオフィスと同じコンセプトでセット販売することで抵抗する動きも出ました。

 ただ、先行してそれぞれの専門分野で圧倒的なシェアを既に獲得していた(例えばロータス123のような)ソフトの場合、その操作の互換性というか共通性を他の分野のソフトにもたせることに難があり、素人が1から学習する場合に一般的な事務処理が可能になるまでの時間がマイクロソフトのオフィスを使った場合よりどうしても長くかかることも弱みになりました。

 そういったオフィスソフトが各社から出されていた黎明期、ある意味で日本語ワープロソフトの代名詞で純国産でもある”一太郎”を中核にしたオフィスも市販されましたが、一太郎が実用域に入ったのがOSがDOSの時代でバージョン3からでしたし、ウインドウズ3.1+オフィスの組み合わせでマイクロソフトが勝負に出た頃でバージョン5でしたから、先行していたといってもたいして歴史があったわけではありませんが(笑)。

 ちなみに、一太郎の開発販売元であるジャストシステム社(本社は徳島)が投入したオフィスは、一太郎(ワープロソフト)+花子(お絵描きソフト)+三四郎(表計算ソフト)がメインで(手裏剣はどうしたもんか?)したが、既存の一太郎と花子の操作に互換性が乏しいといえば乏しく、三四郎はエクセルと比較して表計算ソフトとして微妙~なところがありました。

 当時、パソコン用のワープロソフトだけでも、一太郎、ワード、ワードキング、ワードパーフェクト、あたりがメジャーと言えばメジャーで、我が道を突き進んでワープロ専用機としては圧倒的な市場シェアを独占しつつあった富士通のオアシスはパソコンにおけるデータ互換利用の流れへの対応が遅れというか、そもそも対応する気があったかどうか謎ですが、今となっては跡形もなくなっていますな。

 ちなみに、一太郎のバージョン5はDOS版とWindows版の2つの環境別に市販されるという過渡期(1993年頃)ならではの商品になったのですが、それを最後にDOS版の一太郎は市場から姿を消してゆきWindows版だけがしばらくバージョンアップを続けることになり、バージョン10あたり(1999年頃)が一太郎オフィスとしても最後の輝きだったかなあと。

*一太郎オフィスは、これを書いている2019年の時点でもバージョンアップを重ねながら販売継続中。2012から三四郎というか表計算ソフトはJUST Calcへ移行。念のため。

 ずるずるとDTP的な作業をする分には、ワードより一太郎の方が楽でした(笑)が、論文など一定の書式や文書構造で書類を作成する場合はワードの方が多機能といった具合にワープロソフトといってもメーカーによって癖のようなものがあるのですが、それでも一太郎が早い段階からウインドウズ環境に移行したこともあってか一太郎とワードの操作に大差が無く、独自テキストを参照しながらの数日程度の乗り換え訓練で大半の人が移行できていました。

 実際、前職の時に、”一太郎→ワード乗り換え”と”ワード→一太郎乗り換え”という2種類の乗り換え用の独自テキストを執筆したことがあったのですが、実用レベルで言えばA4用紙で20枚くらいにそれぞれが納まりましたし、ワープロ系で問題になりやすいのは”罫線の引き方”関連と”段組み”の癖あたりかなと。

*若い世代が学生時代に”ワード”しか使ってこなかったので、就職先に一太郎しかなかったり、一太郎とワードが混在している環境だと”なんで一太郎を使えるようにならなければならないんだ”とごねるようになったと主張し、それ故に一太郎を止めて官公庁でワードの普及を進めるのだ云々という話が全国ニュースになったとき、国産ソフト産業を公的機関が守らなくてどうするというもっともな意見も出た。
*前職の頃に主要なワープロソフト(8種類以上)を実用レベルで使い、その内の一太郎とワードに関しては当時の最新版までをマクロ機能を含めて内部の講習会で講師ができるレベルで使っていた私的には、”ワードしか使えない”対応能力の低さを肯定する方が問題だと思ったけど?
**まあ、テキストエディタ系というか”メモ帳”を使ってテキスト形式で文書を作って手元とネットワーク上にミラーリングしながら保存しておけば、中央官庁の公文書程度なら公文書の電子化を念頭においても本来は十分で、データ互換性の点でも特定のワープロソフト固有の機能を使う必要がそもそも無い気がしますが、やたらと時間の無駄に繋がる実用上の意味の無い(飾り)罫線の類を引きたがる人がいたっけなあ(大笑)。

 ワープロ専用機からパソコンがDOS主流で動いていた時代にかけてかなりのシェアと信者の獲得に成功していた日本語ワープロソフトが富士通のオアシスで、独特の親指シフトという入力方法、それを支えた独自仕様のキーボードといった仕様は信者の囲い込みに成功し、信者の脚抜け時の障害にもなったのですが、岡山時代にオアシス教徒撲滅に暗躍したという話は半分くらい冗談です。

 ま、私がオアシス撲滅に暗躍しなくても、ウインドウズ3.X環境で各社のオフィス製品が競合する時代になると作成した”データの互換性”が課題となり、それはインターネットの普及で、さまざまな機械やソフトで作成された電子データが利用されるのが”当たり前”の時代になると、ネットで利用できる特定の共通フォーマットで作成されていない電子データは使い勝手が悪い時代へと繋がっていくことにもなります。

 というか、インターネットというかワールドワイドウエッブ(WWW)のそもそもの出発点が、同じ場所で同じ研究に従事していた科学者たちが、パソコンなどがメーカーごとの独自仕様が原因で作成したデータに互換性が乏しく(文字化けや段組みの崩壊などが頻発)、研究のデータの受け渡しやデータの加工、二次利用とった研究の本筋ではないところで手間暇と時間がかかり過ぎたことにブチ切れたことで、”どのメーカーの機械でも、どのOSでも、どのソフトでも関係なく、特定のフォーマット形式にさえ準拠していれば電子データが(再)利用できる環境の構築を試みて一定の成果を上げたことだったりします ・・・ ま、一種のオープンソース化で作成したデータの利用範囲が広がり、ユーザが増えたことで主流になったということ。

 逆に言えば、独自仕様に最後までこだわったワープロ専用機が起源の”オアシス”は、パソコンでウインドウズという共用プラットフォームが一般化し、その環境で作成されたデータなどの互換性が高くなったことで既存の市場の再編・統合が進み、ネット環境の普及もあって”データの受け渡し”や”データの再利用”の効率化が当たり前の改善課題となっていった時代の変化に置いていかれることになったのでした。

 笑ったのが、ワープロ専用機のオアシスがCPUなどハードの仕様を強化して(なにせ富士通ですから)”ほぼパソコン”と機能を強化することで”オアシスでもパソコンと同等の処理が可能な高性能”といった機種も登場させたことで、なら同等かもっと安価な価格で購入できるパソコンを買ってデータの互換性の高いソフトを導入した方が事務処理効率もコストパフォーマンスも良くなるんじゃね?と(黒い笑)。

 というか、富士通といえばパソコンのFMシリーズで知られる老舗でしたから、さっさとワープロ専用機のオアシスに見切りをつけて、パソコンで動くソフトとしてのオアシスに切り替えていけばよかったものを、不思議なくらいずるずるずるずるずるずると縮小していくワープロ専用機市場にこだわっていました ・・・ まさに、”茹で蛙”現象ではなかったかと。

 それでも、遅まきながらも、ウインドウズ95が登場したあたりでやっと(ワープロソフトとしての)ウインドウズ版の”オアシス”のVer1が市場に投入されたのですが、ハードの独自機能も巻き込んだ独自仕様があだとなり、”ウインドウズ版のオアシスで、ワープロ専用機で過去に作成したオアシスのデータが(完全)再現できない”という見切り発車でしたな。

 まあ、時期的に”これより遅れてしまうと、完全に勝ち目がなくなるどころか消えてしまう”危機感がやっとメーカー内で共有された末のドタバタだったのではないかと勘繰ったものですが、特に罫線の再現には難がありましたなあ(遠い目)。

 結局、ウインドウズ版のオアシスにはバージョン2までは(自腹で)付き合って検証していたのですが、開発元が作成してこの程度の互換性と再現性なら、過去のオアシスデータを”損切り”して少なくとも新規の入力は、テキストデータ、CSVを念頭に、マイクロソフトのオフィス系ソフトのデータフォーマットを主力にすべしといったあたりに落ち着いたのでした。

 パソコンだとマッキントッシュ系の信者もいたというか、日本だと医者や弁護士、高級官僚に愛用者が多かったこともあって、ネットワークを管理運用する側からすれば作業効率でも費用対効果などでもセキュリティ対策でも使用する機材をウインドウズ系に統一したかった組織が多かったと思いますが、たいして使いこなしてもいないのにマック信者の抵抗が頑強でしたなあ(大笑)。

 ま、その後、マックもウインドウズ系のデータフォーマットにも対応する時代となり、インターネットの利用は当たり前で、企業の事務処理でも(大規模)共用データベースの構築や電子メールの送受信などが作業の前提となっていく時代になると次第にデータフォーマット問題は過去の話になっていったのですが、そういったドタバタが一段落した後に普及した携帯情報端末のスマートフォンの時代になると、そもそも末端のユーザは猿レベルの知識で十分な状況となったのでした。

 冗談抜きで、サルがスマートフォンを意外と達者に使いこなしている実録の動画がネットに上がる時代になっていますから、スマートフォンを使って得意になられてもねえ?と思う今日この頃だったりはしますし、そんな端末が既にブラックボックス化している時代にプログラミングと言われてもねえ?

 とか、あれこれ思ったのですが、”プログラミング的な思考”は今後も有益でしょうし、スクリプト系ないしショートプログラムがある程度書けたり内容が理解できた方が有利だろうなあとも考えていますので、基本的な考え方くらいは常連さんたちに解説してもいいかなと ・・・ ま、私自身がプログラミングすることは二度と無いとも思っていますが(大笑)。






Last updated  2019.04.26 11:09:17
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2019.04.22
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池袋で起こった自動車を使った殺人事件の考察。

 2019年4月19日に、

 豊島区の路上で飯塚幸三(87)が自家用車を運転中に、距離にして約150メートル程度の暴走行為(制限時速50キロ/hのところを最大で100キロ/hを超える速度が出ていたとこれを書いている時点では推定されている。加害車両に搭載されていたドライブレコーダーの映像、音声データや街角の監視カメラの類の映像あり)を行い、歩行者や自転車を次々にはねた後、ゴミ収集車に衝突したことでやっと停止する事件が発生した。

 これを書いている時点で、3歳の女の子と31歳の母親が犠牲になり、8人が重軽傷を負う死傷事故と報道されているが、事故直後に携帯電話で消防に救急車を要請したり、警察に連絡せずに”(既に報道されている情報では)息子”とされる人物に第一報を入れているドライブレコーダーの映像記録も音声付で残されている。
 つまり、加害者男性は事故の際にエアバックが完全かつ有効に作動し事故直後に筋道の経った(呂律のしっかりした状態で重大事故を起こしたことを認識した上で)電話連絡を入れられる状態であるにもかかわらず、自動車運転免許を交付されるまでの段階でも何度か教えられる”事故を起こした場合、運転者には事故の被害者を救助する法的な義務が生じる”という ・・・ 法律がどうこう言う以前に”人道上の人としての責務”を放棄した点で悪質ではないかと。

 疑ってかかれば、連絡した先の相手というのは、これだけの事故(というか事件)を起こしても刑罰を軽減できたりもみ消したりすることが可能な社会的な地位にいる人物だったからこそ、ごく普通の人が死傷者が生じるような交通事故を起こして自ら電話できる状態の場合に最初に連絡を入れる消防(救急車の出動要請)、警察への通報よりも優先したのだろうか?

*その連絡の後、本人が消防、警察に電話連絡をしたのかは不明。

 実際、事件直後のマスゴミ報道は不可解なものが多く、事故を起こしたのは”無職の男性(87)”程度で死亡した母子に関しては実名で報道されただけでなく、現場検証なども終わっていないであろう時間帯なのに加害者男性の”(踏んだ)アクセルが戻らなかった”といった主旨の警察に対する説明(?)だけは、これも疑ってかかれば意図的なミスリードを誘発させるかのように、極めて早い段階から事故の有力な原因であるかのようにニュース報道されていた。

 これが新聞、ラジオ、TVといった一過性の報道でしか情報が拡散されていない時代であれば、加害者の男性が、”大幅な速度超過、信号無視、通常のブレーキを踏んでの減速を行わなかっただけでなく完全なノーブレーキ(サイドブレーキの類を引いたり、エンジンのカット、ガードレールなどへの意図的な接触による制動等といったブレーキが機能しない場合の減速や停車に至る行為も何一つ行っていない)であったこと”といった詳細が報道されたかどうか怪しいところで、”名も無い高齢男性が自動車の暴走事故を起こして複数の死傷者が出ました。ここの所、増えている高齢者の起こした自動車事故の一つ”であっという間に沈静化し、風化していった可能性はかなり高いのではないか?と。

 ただ、ここのところ、”人が死傷した事件、事故などが発生した直後に、マスゴミが被害者の実名報道は直後に行っても加害者の実名報道を行わない場合は「なんらかのタブー」や「政治的な忖度」が行われている”可能性が極めて高いことを、私のような陰謀論者だけでなく、ごく普通の若い衆までも勘繰るようになってきているのは比較的知られた話ではないかと。

 実際、ネットの匿名探偵団の類はただちに動き出し、SNSの類でも活発に情報が飛び交い、マスゴミが報道しなかった情報が次々と表面化していき、そうしたネット情報圧力もあってか、マスゴミの中からも追加報道が行われる異例の展開となったのでした ・・・ まあ、これを書いている時点のワイドショーなどの報道姿勢には未だに”忖度”の匂いが漂っていますが。

 例えば、池袋事件の翌日には、かなりの時間と面積を割いて、芸能人集団の”AAA”のリーダーが早朝(午前5時頃)に酒に酔った状態でコンビニ店内で20代の見ず知らずの女性のナンパに失敗して激怒して平手打ちし、逃げる女性を追いかけて女性が逃げ込んだエレベーターの中で蹴りを入れた ・・・ という、(少なくとも複数の死者も重傷者も出ていない)芸能スキャンダルに区分される程度の事件が、なぜか池袋の自動車事件よりも大きく、熱心に報道され、続報も、直接の関連性の無い(加害者よりもネームバリューのある先輩芸能人にむりやりこじつけて)周辺情報までしつこく報道され続けていることもまた、”消したいニュースには話題性のあるニュースを意図的にぶつける”という情報工作の基本的な手法を想起しないでもありません ・・・ 勘繰り過ぎだとか、何が重要で報道すべき事件かを取捨選択するのはお前のような貧乏人ではなく、社会を動かしているマスゴミ関係者と***の特権だ!と言われればそれまでですが。

 ただし、当初は男性(87)だった加害者のプロフィールが次第にネット経由で拡散露呈して、”
元霞ヶ関の高級官僚(通商産業省の工業技術院の院長経験者)であり、後に(実質的な天下りじゃね?という指摘がネットでは上がった)農用機械などで知られる業界大手の企業”クボタ”の副社長でもあった云々”といったあたりが確定情報になり、約2年前の自動車運転免許の更新時に認知症などの問題なしであっさりと免許が更新されていたといった情報や、その後の警察の捜査で自動車の方に事故直後に加害者が警察に説明した”アクセルが戻らなくなった云々”という故障の類や床とペダルの間にペットボトルなどが挟まってた痕跡の類なども(今のところ確認されては)いないといった追加情報が加わったわけです。

 少なくとも、事故直後といってもいい時間帯にも関わらずマスゴミの報道は、
前述したように、

1.無名の単なる高齢男性(87)が起こした自動車事故。
2.事故の原因として、警察発表より前に、加害者の”(踏んだ)アクセルが戻らなかった”という主旨の発言が、あたかも事故の主因であるかのように報道。
3.被害者の内、即死した母子2名は直後に実名報道、実名報道されなかった他の被害者の(後遺症の有無などを含む)状態は意識の有無などを含めて非公表。
4.加害者の事故直後の状態、同乗者の有無なども非公開。

だったわけですが、それでいて、不思議なくらい早い段階から、

5.加害者男性は昨年くらいに自動車運転を止めるようなことを言っていたといった主旨の周辺に住む匿名住民の証言なるものは、証言の裏付けをどのようにして誰がとったのかどうか知りませんが、報道され。

ネットで身元が露呈した頃からは、

6.足が不自由で杖を(日常的に)使っていた ・・・ という周辺の匿名情報。

報道が追加され、あたかも”足の不自由な高齢男性がたまたま脚の具合が悪くて起こした事故”であるとでもいいたげな情報誘導が始まったかなと。

 しかしながら、

A.約2年まえ(誕生日によっては実質的に1年数カ月前ということも当然ありえますが)の自動車運転免許時に本人も周辺も免許証の自主返納なり、免許の失効なりを意図して選択しなかった。
B.上記の免許更新時に、高齢者の免許更新に義務化された認知症のチェックなどで”問題なし”とされて継続交付されていた。
C.事件発生時に奥さんが同乗していたことは、”当日の自動車運手(の開始)を長年生活を一にしてきた配偶者が制止する必要性を感じない体調”であったと推定するのに十分に合理的な根拠たりうる。
D.事件発生後にマスコミが報道した、(前述の)周辺に住む匿名住人の証言に関して、仮にそういった発言をしていた事実があったとしても、実際には免許も更新し、更新後も運転を日常的に継続し、配偶者を含む(直系の)保護責任を問われる親族も放任ないし放置していた。

状況下で事件は発生したわけです。

 或いは、本当に不思議なことの一つが、政治部記者でもないのに畑違いの”菅官房長官の国の正規の広報活動”で筋違いの議事妨害を日常的に続けている東京新聞記者のイソコがこの件に反応せず、あいかわらずアベガーとか私が思うにはとやらかし続け、”私の質問(というか実質的な演説)を遮るのは報道の自由に対する弾圧であり国民の知る権利を妨害”だといった主旨の主張を取り下げていないこと。

 おそらく、少なくない日本国国民が”加害者が事故直後にまっさきに連絡を入れた相手の名前ないし社会的な地位。その人物にマスゴミが忖度しているのかどうか。”を知りたがっているとか”加害者が公務員共済年金、企業の厚生年金、国民年金の少なくとも3つの年金の受給資格を有している以上、どのくらいの年金を年間で受け取っていて、どのくらいの資産を持っていて、どのくらいの賠償が可能なのか”といったあたりのことも知りたいのではないかと。

 かって、霞ヶ関で一つの通産省の一つの院のトップを務めた経験者であったとしても、年齢を考えると20年以上前の話ですし、その後、民間企業に再就職しそこでも退職金を受け取り厚生年金の上乗せも得ているわけですから、現役の霞ヶ関の高級官僚でもない高齢男性にここまで手厚い忖度報道がなぜ行われているのか?を不思議に思わない人は、かなり情報分析能力が鈍いんじゃなかろうか?

 というか、元・高級官僚、元・政府高官に関しては、明らかな刑事事件を起こしても警察の対応が名も無い一般市民が同様の事件を起こしたときよりも優遇して対応したり、マスゴミも意図的に忖度報道を行うことが恒常化しているとすれば、司法も行政もマスゴミも存在意義を根底から疑われ、解体論や不要論が出て来る ・・・ フランス辺りだと暴動に近いデモが長期化しかねない状況ではないかと。

 一般論として、包丁やナイフを用いて素面の状態で交通法規に従って道路を横断している面識のない母子を殺害し、他にも面識のない複数の通行人に傷を負わせた場合、死刑か無期懲役が求刑されても不思議ではない犯罪行為とされるのに対して、今回の場合、民事での示談が成立すれば特に、年齢や過去の業績なども加味して執行猶予付きの判決が出てお仕舞ということも十分にありうるかなと。

 忖度報道と勘繰っているのも、実に早い段階から裁判を念頭においた印象操作がおこなわれているように感じる報道内容、報道姿勢が目に付くからですが、おそらく日本のマスゴミはこの池袋事件の裁判結果などをまともに報道することもないのではなかろうか?まあ、この手の邪推は単なる私の思い込みで、外れた方がいい将来予想だとも思いますが。

 まあ、下手をすると”一時的な心神喪失状態であった(と推測される)ため事件性なし”とか”本人も反省し十分に社会的な制裁を既に受け、被害者家族とも示談が成立している”とか”高齢で事故後に急速に悪化した健康状態などを勘案し”て実刑を免れて”執行猶予付きの判決”どころか”不起訴”もありうる展開でも不思議ではないかもな~とか、あれこれ考えこまないでもないですが。

 この事件に限らず、不思議なのは、

1.正規の手続きで運転免許を取得したり更新したりしている。
2.助手席などに酒、薬物、違法薬物など正常な判断に影響を及ぼすものを摂取していない同乗者がいる。
3.意識を日常的に喪失するような持病を有していないか、正規の医療行為でそういた状況を惹起する恐れのある投薬治療を受けていない。

といった場合は特に、”心身耗弱”とかの情状酌量を一切行うべきではないと思いますし、自動車などを運転する可能性が高いと推測される状況で酒を勧めたり、飲酒運転状態の車の助手席に乗っているだけで”飲酒運転幇助”で処罰されうる現状を前にすると、”自動車も凶器と見做し、道路交通法の罰則ではなく刑事事件として刑法で処罰する”のが妥当ではないかと。

 それが嫌なら、さっさと自動車の自動運行システムを実用化すればいいだけのことで、その点でも日本は自動運転に関する技術面でも、道路のマーカー整備といったインフラの投資でも周回遅れになりつつあり、その面での遅れは自動車産業の急速な没落に直結しかねない状況になってきています ・・・ が、最大の遅れというか、21世紀に入ってからこちらの日本の産業競争力の低下のかなりの部分が法整備の遅れというか、利権保護のために法改正が意図的に行われていないのではないか?と勘繰りたくなる司法関連の硬直性に根本的な原因があるのかもな~と。

 というか、こういった不可解な交通事故ほど”裁判員裁判”の対象にすべきで、素人の裁判員に死刑もありうるような刑事事件に関わらせるよりは十分な合理性もあるのではなかろうか?と思ったのでした。

 流石に、スピード結審して、即位に関する恩赦の対象とかになる可能性はさすがに無いとは思いますし、そこまで考えると考えすぎだとは思いますが、加害者の年齢を考えると裁判の結審が遅れれば遅れるほど(この事件に限った話ではありませんが)、生物学的に考えても結論が出る前の被疑者死亡の可能性が上昇していきますから、高齢者の運転免許制限を早急に実行しなければ根本的な解決にはならないのではないかと。






Last updated  2019.04.22 07:11:38
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2019.04.19
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オはオタクのオ 第0031回 趣味は”映画鑑賞”って本当?疑惑。ーその3ー

 江戸時代の庶民の娯楽の一つに”寄席(よせ)”があり、歌舞伎の観劇などが金と手間のかかることもあって年に数回程度の贅沢な娯楽とすれば、寄席はひと風呂浴びて夕餉を済ませてからちょいと訪れるといった庶民の日々の娯楽だったようで、江戸御府内だと気軽に歩いて行ける範囲に一つや二つの寄席があるくらいには盛んになっていったようです。

 圧倒的に素人が演者の主力という素人寄席が主流でした(から安価に楽しめもした)が、寄席の数が多くなると演目によっては(セミ・)プロ化していく演者も出てきたようですし、演目も多彩になっていったようですが、話題になっている歌舞伎の演目などを部分的にまねしてみたり、手品、落語、講談、百物語の類は定番だったようです。

 それはそれとして、仏蘭西のリュミエール兄弟などは映画の素材として世界のあちこちの風景や風俗を撮影してまわるようになり、日本の明治の初めの頃の光景とされる映画フィルムも現存しているのですが、それまで文書やスケッチを含む絵画でしか知ることの無かった異国の風景や風俗を自国に居ながらにして見ることができる時代が到来したことでも映画は大衆の娯楽の王座へと急速に駆け上がっていったのでした。

 ちなみに、日本だと1970年代くらいまでは異国の風景や風俗のような一般人がおいそれと訪れることができない海外の光景の映像や、世界のあちこちで発生して話題になった出来事を撮影した映像というのは多少の時差があっても貴重でしたが、時間が経過するほど映像記録は増加しながら貴重な記録になってもいき、第一次世界大戦といった大規模な戦争を記録した映像は政府の公式映像、民間企業の映像、個人の残した映像といった具合に多様化もしていくことになりました。

 そうした記録映像は当初は白黒映像だけでしたが、カラー映像でも残されるようになり、現存するものだとヒトラー関連のカラー映像が最古のものになるようですが、さほど間をあけることなく、米国(というか米軍)でもカラー映像が公式記録で残されるようになりましたから、1940年代初頭あたりからカラー映像が記録映像として残るようになっていったようです。

 いずれにしても、世界のあちこちで撮影された(ニュース)映像も早い時期から映画館で上映されることが珍しく無く、日本の場合だと第二次世界大戦後というか、場を繋ぐ目的を含めてなんやかやで1960年代くらいまではあちこちの映画館で普通にニュース映像が上映されていたのですが、往時を知る人に共通した見解は”珍しいとか貴重とか思う(ニュース関連の)映像も多かったけど、映像が白黒だったのでさほど面白いものではなかった。TVが普及してくるといつの間にか見かけなくなった”そうです。

 ま、確かに、ラジオやTVなどと比べると映画は”即時性”という点でどうしても後れを取ってしまうシステムですが、撮影されている数が限られていることや、意外とフィルムが経年劣化に強く、傷等が生じた場合の修復や白黒映像のカラー映像化といった技術の進歩などもあって19~20世紀の人類の貴重な記録となっていることには留意が必要ではないかと。

 この、動画データをどの媒体で残すか?という問題は、文書の類だと和紙に墨で記録して適切に管理していれば、実際に千数百年前の文書が21世紀のこれを書いている時点まで現存していることは日本人にとっては常識の部類かなと。

 コンピュータのデータは、フォートランやコボルがプログラミング言語の主流だった時代から知っている人には解説不要ですが、厚紙の専用紙に一定の法則で穴をあけたパンチカードが交換可能なプログラムやデータの記録媒体だった頃から話を始めると、それが音楽のオープンリールテープとほぼ同じ仕組みの磁気テープが主流の記録媒体へと変わり、なんやかやで1980年代末くらいまでは磁気テープがデータを記録保存する主流の媒体という時代が続きました。

 ただ、そこで日本人のドクター中松(中松義郎:1928~)も絡むという都市伝説めいた話のある、IBMが1971年に実用化したフロッピーディスクの時代が到来し、1枚で0.6~1.4メガバイト程度の容量のフロッピーディスクの時代から、1台で50メガバイトを越える容量になったあたりからハードディスクの普及が本格化し、1990年代にギガバイトの単位が個人のハードディスクでも珍しくなくなってくるとフロッピーディスクが急速に衰退し、21世紀に入ったあたりから(当初はシステム全体を合計して)1テラバイトを越えるハードディスクを個人所有できる時代が到来し、これを書いている時点だとヘビーユーザーだと10テラバイトを越え始めた頃合いかなと。

*1990年代半ば頃から、CD-R、MOといったフロッピーディスクに換算して500~600枚に相当すると、情報の保存や受け渡しの媒体として利用されるようになり、より大容量のDVD-Rも利用されるようになった ・・・ が、後にセキュリティの面で問題が指摘されるUSBメモリの容量が1ギガを越えたあたりから情報の持ち運びや一時保存の媒体として重宝されるようになりました。

 日本だと1980年代の中頃から、3.5インチの(プラスチック製ハードケースを外装にした)フロッピーディスクが一般に記録媒体として普及を始めたのですが、(片面)500~700バイト程度の規格もありましたが、約1.4メガの規格が一番普及したかなと ・・・ 今となっては昔の話というか、あの頃から35年くらいしか経ってないんですけどね~(しみじみ)。

 逆に言えば、1980年代半ばから1990年くらいまでは、フロッピーディスク1枚の実質1メガバイト程度の記録領域でゲームもプログラミングしていましたから、同時期のファミコンのソフトにしてもプログラムのエンジン部分というか中核システムを記述しているサイズはそれほど大きいものではありませんでしたから、どちらかと言えばデータ部分の肥大化とデータ部分への高速アクセスにおける利点がFDではなくカートリッジ型が主流になった主因と言えなくもないかなと。

*その意味で、家庭用ゲーム機の”メガドライブ”という呼称は当時としては大容量を意味していた ・・・ 単位的には1メガは1ギガの1000分の1ですけどね。

 テキストデータだと、これを書いている時点でも1メガバイトというのは個人で入力するにはかなり大容量と言えるサイズですが、音声や静止画像記録するとなると一気に厳しくなり、CDだと600~800メガバイト程度が、DVDで4~8ギガ(1ギガ=1000メガバイト=1000000ギガバイト)程度となります。

*ブルーレイの説明もしようかと思いましたが、規格が拡張につぐ拡張を続けている上に、ぼちぼちコンピュータ関連で光学ディスクが脇役になってきているので、DVDの約10倍以上の容量という程度で詳細は略とします。

 ちなみに、ごく短期間、CD-MOVIE とか CD-VIDEO といった動画規格が存在していて、市販ソフトもハリウッド映画のタイトルが幾等か市販されていたのですが、要は音楽CDと同じ規格で同じ容量(それ故に既存のCD-ROM装置で読み取れる)のCD媒体に独特なフォーマットの動画ファイルを記録した代物でした ・・・ 視聴にパソコンが必須でしたが。

 まあ、CDのデータ容量はDVDの低容量(片面4ギガ程度)規格と比較しても1/7程度でしかないのに、そこに同じタイトルの映画を動画データにして収納しようとすればどうなるか?ということですが、画質も音声も”比べるのは止めてあげて”という水準で、DVDとブルーレイの同一タイトルを比較する場合より悲惨でした。

 記憶が確かなら、1997年頃に秋葉で”ロボコップ”など幾つかのタイトルを1枚500~1000円程度で購入した覚えがあるのですが、21世紀に入って、ふと思い出して再生しようとしたら、いつの間にかパソコンの動画再生ソフトで該当する規格に対応しているソフトが見当たらなくなっていました(笑)。

 実用面だと、VHSとDVDで同じ作品を鑑賞した場合、明らかにDVDの方が輪郭が鮮やかで色の再生も素直(VHSの場合、デッキ本体のメーカーや型番などの違いや記録媒体のテープの性能などでも再生したときの発色が異なっていた)で音域も広く安定していることが素人にも分かるれベルでDVDの方が良好でしたが、CD-MOVIEだとVHSより下かな~という程度でした。

 ちなみに、レーザーディスクは音声データがアナログ信号で収録される規格ということもあってか音質が今一つ(よく言えば音が丸く感じられる)でしたし、その製造方法が張り合わせ方式だったことから(当初、半永久的に保存可能のような触れ込みだったにも関わらず)劣化しやすく、LPレコードと同程度のサイズということもあってか下手に立てて(寝かせても)保存していると自身の重みで再生できなくなるレベルの反りが生じることも実際に起こるようになると、後発の規格でCDと同じサイズながら画質も音質もレーザーディスクと同等以上のDVDへシフトする人が増加しました。

 具体的には、1996年頃までは、例えば秋葉原の石丸電気本店あたりだと、2Fのフロアがほぼ全面LD売り場で、その片隅でDVDは棚一つ、最初期のタイトル総数がどうにか二桁という程度から話が始まり、しばらくは、同じ作品がVHS、レーザーディスク、DVD の3つの媒体で販売されるという混迷の時代が続いたのでした。

 その混迷の時代の一つの象徴が”新世紀エバンゲリオン”で、意外と早くにDVD化されたのですが、その分、早くからDVDの中古市場に並ぶようにもなりましたが、ソニーのプレーステーション2が登場した頃に、ゲーム機よりDVD再生機として購入し利用する人を想定して純正で専用リモコンが別売りされていましたな。

 レーザーディスクが最初に脱落した後の混迷の時代に終止符を打った(と思う)のが”カーボーイ・ビバップ”で、ほぼすべてのタイトルがVHSとDVDで市販されたものの、DVD黎明期ということもあってか、DVDの”#0(番外のプレシリーズ)+プラス”は製造枚数が少なく、後にTV放送などでビバップの人気が広がった頃には入手困難で一時は中古にプレミアがついていました。

 瞬間最大風速で、”1万数千円で買い取ります”という時期もあったのですが、あまりの人気(?)に再販が行われて市場は一気に沈静化し、たぶん中古価格も大暴落したことと思いますが、まあ元値が*円でしたし、最初期にDVD規格のそれを買うような濃い連中が後にプレミアがついたからといってそうそう手放すことがないというのは常識の部類ではないかと ・・・ え?もちろん手元に未だにありますけど何か?(大笑)。

**#0+プラス、1998年、税抜き2500円。DVDにプラス分のCD(Tank!のfull)が付いていた。

*他のカーボーイ・ビバップ関連DVDの個人的なレアものということでは、2001年の前売り鑑賞券付きの”スペシャル・プレビュー”ミニDVD(当時、税抜きで2300円也)が全国共通前売り券未使用、開封済みで手元にあります ・・・ ちょうど前職の退職絡みで何かと忙しかった時期だけに買ったはいいけど使わないままに終わったという意味で個人的な記念品(しみじみ)。

 ちなみに、カーボーイ・ビバップのDVDは不思議なくらい経年劣化(?)が激しく、既に2/3程度が再生不能状態になっていまして、それ以前や同時期に購入した他のDVDや同時期に焼いたDVD-Rと比べてもワースト ・・・ 市販DVDも半永久的に再生できる保存性の高さが売りの一つだったんじゃなかったんかい~!と叫びたい。

 あえて同じくらいの再生不能割合になったタイトルといえば、枚数的には少ないものの、初期のボックスで買ったルパン三世ファーストシーズンで、退院した後、久々に再生を試みて”なんじゃこりゃ~”と ・・・ 今思えば、時期的にモンキー・パンチ先生より、少しだけ早く天国の扉をくぐることになったのかもなあとも。

 かくのごとく、DVDが登場したころの、”20~30年どころか、50年を越えて大丈夫”といった触れ込みを信じて、随分と市販DVDも購入したのですが、30年もたたない内に劣化して読み取り不能状態になるDVDが多発していまして、そうなってくると”ブルーレイは長寿命で云々”と言われても素直に信じる気にはなれないな~ということでブルーレイへの移行は今のところ行っていません(黒い笑)。

 正確には、50枚くらいあったブルーレイ作品は中古市場に売ったり、知人に配ったりして処分し終わったのですが、そもそも論で言えば、今の住居に転居する際にTVを処分してからこちら、パソコンモニターしかない時代が続き、そのモニターもウインドウズ10に乗り換えたときにお役御免となりましたから、モニターが14インチ以下のノートパソコンの類で視聴する限りにおいてブルーレイは既にオーバースペックの規格だったりします(笑)。

 ちなみに、4K.とか8K.とかの放送における解像度はブルーレイの解像度を越えていますし、それを踏まえてブルーレイの規格もより解像度の高いアッパーコンパチブルというか上位互換の新しい規格フォーマットが登場していますから、これを書いている時点で最高の解像度、最高の音質で記録されている媒体とは言い難くなっています。

*そういえば、絶対に主流になるかのように吹聴している専門家が多かったTVやブルーレイの3D規格って2年程度で急速に尻すぼみして見かけなくなりましたな。

 或いは、マイケルジャクソンの映画”THIS IS IT!(2009)”の頃は初期のブルーレイ規格でも
十分高性能高解像度だったのが、約10年後のクイーンの映画”ボヘミアン・ラプソディ(2018)”がソフト化して市販される頃になると、”少し待てばブルーレイの上位規格版でも出るんじゃね?”と疑われる状況になっていたりします。

 市販ソフトをそれなりの高額で正規に購入しても、20年もすると再生不能のコンディションになったり、そもそも専用の再生機の製造販売でさえ登場から30年もたたずに終わって市場から姿を消してきた過去の現実を考えるとき、”市販ソフトのコピーはけしからん!犯罪行為だ!!”と上から目線で主張している人に遭遇すると、”で、あなたは金を払ってどのくらいの本数の市販ソフトをこれまでに購入してきた実績があるのか?そして、購入した市販ソフトが30年にも満たない間に再生不能になったり、次の互換性の無いハードを前提にしたより高性能な規格が出るたびに対応する市販ソフトに、何回、買い直してきたのか?”と私は聞きたい。

 東映特撮映画が隔月の書籍型DVD販売とでもいった方式で書店での販売が始まったときに、”これまでVHSでもソフト化されなかったり、ほとんど出回らなかったタイトルが含まれているから食指が動くけれど、画質や保存性を考えればさすがに今の時点でDVDという選択には問題があるんじゃね?”という話になったのですが、”確かに、後々、ほぼ同じラインナップでブルーレイ版が出ても不思議ではないけれど、それはその時にまた買えばいいだけのことで、ファンならばここはDVD版でも買うしかない。”といった声に納得する人が意外と多かった ・・・

・・・ まあ、そういった馬鹿と損は承知の消費行動をする人がマニアックな人と呼ばれるのかもしれませんが。

 ただ、そういったマニアックな消費行動が習い性になっている節があるオタク第二世代あたりまでが既に初老(40歳)を越えるようになって高齢化が進むと、”う~ん、でも買っても死ぬまでに、これから何度見るかなあ?”という視点で次第に考えるようになってくる現実もあるわけです。

 或いは、マニア世代とかオタク第一世代にとっては特に身に覚えがあるのが、”私が死んだら、このコレクションって二束三文どころか、ゴミとして処分されるだろうなあ”という近未来の現実の予想ですが、もうふた昔前の話になりますが、”まんだらけ”の主人が”・・・ 比較的、家が広い地方の(第一世代)オタクが死んだら大きなビジネスチャンス ・・・”といった主旨の発言を公の席でしたこともありました。

 商売の絶対の基本法則は”安く仕入れて高く売る”ことですから、価値の分からない遺族を言いくるめてごみ処分価格で買い取り、レアものやプレミアものを、1冊や1枚で数万とか数十万円で売り飛ばす気まんまんな発言だと思いますが(笑)、オタク第一世代がぼちぼち還暦に突入する時間帯になってくると、一種の終活というか生前整理ということでコレクションを元気な内に処分する濃い人が出始めていたりします。

 かくゆう私も50代に入った頃から少しずつ処分を始めているのですが、2,018年の後半に脳出血で入院して病院のベットの上で事実上の寝たきり生活を一カ月ほどしていた時に、”あのコレクションをどうするか?”についても真剣に考えてしまいました(笑)。

 総じて、マニアックな分野ほど”買えば高いが売ると安い(もしくは買いたたかれる)”ことが多く、めんどくさくても値段のことを考えればメルカリなどの直販を利用した方が良い時代になっているのですが、転売されて散逸するのも嫌だなあ ・・・ ということで、手持ち部分に関しては本業の方の常連さんで(いくつかの条件を満たしていて)欲しいという人に(かなりの量を)既に無償譲渡しました。

 特に手技療法や武術関連の書籍は、中古で売れば一山いくらで買いたたかれることが多いにも関わらず、初版で絶版とか、そもそもそんなに冊数が出ていないことが多い上に思ったより高額ということも珍しくありませんから若い世代が手に入れることが難しかったりします。

 実際、譲った書籍などの中には今となっては絶版で古書市場でも入手困難というよりほぼ不可能なものも混ざっているのですが、ま、これを担いで三途の川を渡れるわけもなく、早晩、どこかで処分することになるのだからということで ・・・ さすがに井本整体関連の書籍コレクションは、まだ、手元に置いてありますが、この調子だと師匠より先に三途の川を渡りかねませんから微妙なとこです。

 まあ、その内、紙媒体で書籍が出版されること自体が、下の年少さん世代から”昔はそうだったんだって。へえ~。それって100年くらい前のこと?”とか言われる時代になるでしょうから、コレクションの行く末を心配する必要も次第に無くなっていくとは思いますが、でもそれは、同じ情報でも利用するたびに利用料金を支払うのが当たり前の時代になるということも意味しているかなと。

 逆に言えば、常にネットなどから情報をダウンロードできるだけの経済力のある人とない人との間の情報格差や生活の質の差などが極端に開き、しかも、世代を越えてそうした利用格差の類も固定化される時代がそこまで来ているということで、動画のネット配信契約はDVDやブルーレイを購入するどころかレンタルするより安価じゃね?と考えている今の時点の常識も疑った方がいいのではないか?という話にもなります。

 既存のTV放送はもちろん、既存の映画産業にしても、いつまでネットの動画配信事業に飲み込まれて消えずに済むかわかったものではなく、既にネット配信業者がハリウッドの大作映画を作成する以上の費用を使って独自の番組コンテンツを作ることが珍しく無くなっていますから、趣味は?と聞かれて、”映画鑑賞”という返答は同じでも、若い世代ほど映画館で体感型の映画視聴に参加することを意味する時代に既になりつつあるかもね~と考えています。

 その意味で、下の世代ほど、従来型の映画鑑賞は、ネット動画の視聴に含まれるようになっていくんでしょうねえ。






Last updated  2019.04.26 07:12:28
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2019.04.17
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オはオタクのオ 第0030回 趣味は”映画鑑賞”って本当?疑惑。ーその2ー

 オタク第一世代の映画鑑賞の記憶で共有されていることに、TV番組の日曜洋画劇場で作品の紹介や解説を30年以上続けていた淀川長治(よどがわながはる:1909~1998)の存在があり、名前を知らない人でも番組の最後に”それでは皆さん、また次週お会いしましょうね。さよなら、さよなら、さよなら。”という締めくくりを覚えている人は珍しくないのではないかと。・・・1909年は元号では明治43年。

*”それではまた次回(の作品)をお楽しみに。さよなら、さよなら、さよなら。”など”さよなら”を3度繰り返す他は意外とバリエーションがあった。3度の”さよなら”の繰り返しは当初は時間の限り連呼していた。
*日曜洋画劇場は1966~2013年の間は単独枠の番組。当初は土曜洋画劇場だったけどね。

 家庭用ビデオデッキの普及が始まったのが1980年代に入ったあたりからの話になりますし、1980年代半ばだとビデオデッキの本体価格が10~15万円程度の普及価格帯となってきたものの、録画のために必要なビデオテープ(カセット)が標準2時間録画用で1本1000~2000円という価格帯でしたから、そうそう気軽にTV番組を録画して保存し個人ライブラリ化するハードルは高く、何度か視聴したら上書きして利用する人が珍しくありませんでした。

*当初、ビデオテープを複数本のパックで購入すると、もれなくオマケが付いてくることが多かった。覚えている範囲だと、5本パック(実売で7千~1万円程度)で組み立て式の収納箱(合板製、ガラス扉付)とか ・・・ どっちの値段やねんと(笑)。

 ビデオデッキの規格には”β(べーた)”と”VHS”の2種類があり、使用するビデオテープのカセットサイズもテープの規格も異なっていて互換性が無く、どちらの規格が覇権を握るか全面戦争の様相を呈していったのですが、ビデオデッキ本体の価格と性能には大差が無くても、長時間録画モードの差が明暗を分けたところがあります。

 つまり、記録する情報量を減らし(その分、画質などは低下しますが)録画できる時間を延ばすのが長時間録画と定義すると、ベータだと標準で2時間のテープに3時間程度録画できるようになるとすれば、VHSだと3倍の6時間程度の録画が可能になったため、録画した番組を保存する趣味の無い人はテープのランニングコストという点でVHSを選択し、デッキの所有者が増えて録画したテープの貸し借りといったことができるようになってくると多数派形成に成功したVHS陣営の方が圧勝していくようになりました。

 かくして、販売台数に顕著な差が生じるようになってくると、当初は同じタイトルでもβとVHSの両方を品揃えしていたレンタルビデオ屋もVHSを優先するようになりますから、ビデオレンタルしたければVHS規格のデッキという時代になっていったことでも勝負あったかなと。

 逆に言えば、日本では、家庭用ビデオデッキが普及し、個人間で録画したテープの貸し借りが一般化したこと、音楽レコードのレンタルショップという類似したビジネスモデルが先行して成立していたことなどで、過去の映画やTVドラマ作品などをテープに録画して公式にレンタルしたり販売しても採算がとれるのではないか?とい考える人が出てレンタルビデオ屋という新しい商売が1980年代半ば頃に登場し急速に普及したと言えます。

 ちなみに、ビデオテープの価格は規模のメリットが生じるようになったこともあって急速に値下がりしていき、1980年代後半にはVHSの標準2時間録画用(でそこそこの性能のもの)が一巻あたりで200円台になりましたから、1985年から1990年の5年程度の間で10分の1に値下がりし、テープの品質は向上していく激動の時代だったかなと。

*当初は、音楽用カセットテープの規格に似せたのか、標準(スタンダード)、HG(ハイグレード)。
*後に上位互換でワンランク上のS-VHS規格が登場し、S-HG(スーパーハイグレード)。

 当たり前と言えば当たり前ですが、当初はレンタルビデオ屋が扱う作品のタイトルが少なく、貧乏学生だとテレビで放送された作品を録画して学友間で貸し借りする頻度の方が高かったのですが、故郷を離れて他の都道府県で就学している学生などが地域によって放送されているTV番組って違うよね?ということに気が付いたことで自分の住んでいる地域では放送されていない番組が古郷の実家の方で放送されているような場合などに都道府県をまたいで録画済みのテープがやり取りされることも珍しくなくなっていきました。

*正確には受信できるTV局の電波が地域によって違っていた。ちなみに、受信できるローカルの民放が2社でNHKと併せて4チャンネルだけだったという地方は珍しくない。もちろん、そういった地域でUHF局が受信できる可能性は皆無に近く、衛星放送よりも、ケーブルTVが普及することで4局を越える多チャンネル時代を迎えた地域は意外と多い。

 今となっては昔話の類ですが、ベータとVHSの2つの異なる規格があったことで、公式に作成されコピーガード(単純にコピーするとコピー先の映像に縞模様などが入ったりする)の施してあるテープの場合、VHSからVHSに単純にコピーしようとしても市販品やレンタル商品の場合は見られたものではなくなってしまったのですが、初期の頃はVHSからβに(或いはその逆)コピーするとコピーガード信号が無効化されることがありました。

*市販品へのコピーガードは対抗策が普及して無効化されるたびに進化するイタチごっこを続けることになったのですが、結局、VHSに関しては”画像補正装置”などの名称で実質的なコピーガードキャンセラー機材の開発と販売が続き、VHSテープからDVDへ記録媒体の主流が移行した後も、DVDなどから動画ファイル配信に主流が移行した後も延々と続くことになりました ・・・ 細かく書くとそれだけでも長い話になってしまうので詳細は省略しますが(笑)。

 ま、その辺りはコピーガード方式が多様化していく過程で昔話となり、VHSの場合は専用のコピーガードキャンセラー(1万円程度)を途中に挟むことでコピーガード信号をキャンセルする手法が一般化していったのですが、当初はそういったコピー行為を著作権法などでも想定していませんでしたから個人で楽しむ分には合法でしたし、時間が経過するとテープが劣化して再生できなくなる可能性が増加するだけにコピーは必須でした ・・・ テープが劣化して再生できなくなっても販売元が無償交換してくれるわけでもないのにコピーを制限や完全規制されてもねえ?

*なお、磁気テープをデッキからデッキへダビングコピーすると、途中でノイズ信号がどうしても混入してしまうためオリジナルよりも劣化してしまい、オリジナルを親、一度目のコピーを子、その子をさらにコピーしたものを孫とすれば、孫の代のコピーは素人が見ても明らかに劣化が分かるレベルになっていました。

 このテープが使用していると劣化して再生するとノイズが出たり、物理的に縮れてしまって再生ができなくなったりする現象はレンタルビデオでもレンタル回転数の多い人気作品などでも生じやすかった現象でしたから、金を払って手間暇かけてレンタルしてきて再生したら画面や音声にノイズが多発してまともに視聴できない”ハズレ”だったという経験をする人も増加していったのでした(笑)。

 ま、そういったこともあって、画質もよく、基本的に非接触性の媒体で、物理的な大きさも小さい(CDと同じサイズの)DVDが登場すると急速にレンタルはVHSテープからDVDへとシフトしていき、これを書いている時点だと、さらに手軽なインターネット経由や有線放送経由のネット配信動画へのシフトが生じているのは御存知の通り。

 で、ネット配信動画などだと、5~10万といった単位でレンタルできる作品タイトルがあるといったサービスが珍しくありませんし、続々と新作のタイトルが日々追加されてもいるのですが、視聴する側がビデオの視聴に利用できる時間は有限ですから、何万という数で視聴可能な作品がありますよと言われてもその全てを視聴することは既に物理的に不可能な状況(というか情報量)になっています。

 皮肉なことに、利用できる母集団が大きくなるほど、見たい作品や見たら感動する名作などに(偶然を含めて)辿り着きにくくなり、金と時間を返せと叫びたくなる駄作に遭遇する頻度は上昇しやすくなるわけです。

 そうなってくると、既に過去に定番化して人気のある評価の高い作品や、現在進行形で人気が出てきている(視聴回数が増加しいている)作品、別の媒体の映画館で上映されて人気が出ている作品など、何らかのランキングを参考にして視聴する作品を選択する人が多数派になっていき、そういった選択が一般化すると”一人勝ち”する作品と”ほとんど誰も見ない”作品の両極端に視聴者が分かれてしまう傾向が顕著になっていきます。

 それは、インターネットなどで特定の事象を”検索”したときに、検索エンジンが提示する検索結果の上位に示されるサイトや情報を参照する人が多く、該当するサイトが30万件あったとしても、実際に訪れる人がいるのはその内の上位3~5件程度に集中しやすくなり、ず~っと末尾で該当しているサイトには作成した人以外はほとんど誰も訪れない現象と理屈は同じになる現象と言えます。

 その意味で、2015年頃から話題になることが増えた”ビックデータを利用した市場分析”云々というのも、この手の話と同一線上の話になる可能性が高く、”こういったトレンドがあり、複数の選択肢の中から特定のコレを選択する人が多い”とかいった結果が提示されると、特にそれまで未選択だった人が選択する際や選択し直す際などに(最大の)多数派が選択している選択肢を選択することになりやすいということ。

 それは、初動の動きでその後のトレンドが決定的になる社会の到来をも意味していますし、個人の情報収集や情報分析能力が低下し、有力なランキングを提示し操作できる存在が大衆の選択を(かなりの部分まで)コントロールできる時代の到来を意味しています ・・・ その分、従来の新聞、ラジオ、TVといった過去の(特にプッシュ型の)マスメディアを使った大衆誘導や扇動などの手法は効果を低下させていくことになりますが。

 ま、そういった流れとは別に、他人の意見に左右されずに自らの価値観で情報を発信し、その発進した情報がドミノ倒しのようにトレンドを形成していくという意味で個性的な人や小集団がいつの時代にもいるものですが、ネットの時代になってそういった”インフルエンサー”と呼ばれるような総人口の5%に満たない連中の影響も、短時間で全体のトレンドを左右する無視できない因子になってきています。

 インフルエンサーってインフルエンザの仲間のこと?と思った人は、あながち間違いではなく、良く言えば直感で動きやすい人かもしれませんが、知人への影響力が凄まじく大きく、まさにインフルエンザが急速に感染者を芋づる式に拡大していくように、ライフスタイルなどを周囲に流行させていくトレンドの起点になる頻度が極端に高い人がインフルエンサーと思って置けば大差がありません ・・・ 一種のブランドを創造してしまう才能と経済力のある階層とも申せましょう。

 なお、インフルエンサーが何かをはやらせるとしても、そもそもの何かを創ったり作ったり造ったりすることのできる”創造主”がインフルエンサーとは限らず、逆に創造主がインフルエンサーとは限らないことには留意が必要ですが、その辺りを解説するとさらに脱線が進みますので省略して話を戻します。

 さて、1980年代半ば頃から個人でビデオデッキを所有する人が本格的に増加し、レンタルビデオ屋という新しい商売が成立して急速に津々浦々まで普及した結果、過去の映画やドラマの有名作品などで素材が残っているものは次々と公式の映像ソフトとして商品化され市販やレンタル用の商品として世に出るようになったのですが、それまではTVで放送された作品を見逃したり、もう一度見たいと思ったらいつになるのかわからない”再放送”を待つしかありませんでしたから、特定の作品を自分で録画したりレンタルできる環境が10万円程度で構築できるようになった変化は、事前に考えられていた以上の変化がそこに生じた情報革命の一つの事例と言えます。

 ちなみに、ビデオデッキの普及が始まった頃に、亜米利加のTV局などがビデオデッキで番組を録画するのは作品の複製なのだから別途コピー料金を支払えといった趣旨で日本のビデオデッキ製造メーカーなどを相手に裁判を起こしたとき、日本側の言い分は”これはコピーではなくタイムシフトだ”と主張し、ざっくりと”8時に放送された番組を12時に観るだけの機械だから別途料金を支払う必要はない”といった主張に司法当局の軍配が上がったのですが、同時に映画やドラマといった放送されているコンテンツの権利を法的に保護するための法改正や新規の立法などが必要になったとも言えます。

 その過程で、”あれ?これって昔の番組や映画もビデオにすれば(価格次第では)売れるんじゃね?”
と考える人が増加し、亜米利加だと映画館で映画を見る料金を基準に価格設定が進み、どういった作品に需要があるかといった情報収集も盛んに行われるようになっていったのですが、それは大昔に封切られてリバイバル上映が最後に行われたのも数十年前といった過去の名作映画を現代の一般人が手軽に視聴できるようになった(作品の権利者はまた稼げるチャンスが巡ってきた)ことも意味していました。

 或いは、手塚治虫がディズニー映画の同じ作品を映画館で複数回視聴したという話は比較的有名ですが、ビデオソフト化された後の時代だと家庭のTVでそれ以上の回数で特定の映像作品を視聴する人が素人でも珍しくなくなりましたし、素材が残っていれば映画館で見ることがいろいろな意味でできないか難しくなっていた過去の名作をこれまた手軽に複数回視聴することが珍しくなくなっていったのでした。

 そうなってくると、それまで数十年前の若い頃に観た(今となっては古典の)名作などを関連書籍の知識などを加味してあれこれ語る映画解説者のありがたみは急速に低下することになりましたし、古参の映画フリークが若い世代に”お前たちが生まれる前の作品だから見たことないだろう”と言っても、”へ?たまたま昨日の夜に見ましたよ?”と言い返される時代にもなったのでした。

 故に、履歴書の該当欄や、学校や職場などの自己紹介、お見合いの席などで”ご趣味は?”と聞かれて”映画鑑賞”とか”読書”とかいった当たり障りの無い定番の切り返しを耳目にしたときに、特に映画鑑賞だと”どの程度の?”と私なんぞは思うようになってしまったのでした ・・・

・・・ まあ、”君の名は”と聞いて、”白黒作品の方?アニメの方?”とか”カラーでリメイクした「その後」の方?”とか当然のように聞き返すレベルの人だと、映画鑑賞が趣味と言われても納得しますが(大笑)。

 なぜにそこまで捻くれたのか?というと、機会があると”あなたのお薦めの映画トップ3は何?”とか”名作映画といえば何?”とか老若男女に関わらず情報収集するように心がけていて、映画鑑賞を趣味の欄に記載する人に遭遇する頻度に比べると、不自然にというかとっさにマイベストの映画はこれですとか、これとこれとこれとかいう返事が返ってこないためです ・・・ 私の周辺だけで生じている特殊な現象かもしれませんが。

 逆に、そういった質問をした相手に”おすすめの映画ってどんなのがありますか?”と聞き返されることが珍しくないのですが、そうなると最盛期にDVDのコレクションだけで五千枚を超えていた(脳出血で倒れる前から整理や処分を進めていて、最近やっと千の単位になりました)こともあって、”どの分野のランキングがいい?”と聞き直して返答していますから、今一つ質問の仕方を変えた方がいいのかもしれませんな。

 そう考えていて、レンタルで済まさずに、ビデオテープ、レーザーディスク、DVDといった具合に新しく高性能な記憶媒体が出るたびに買い直している市販タイトルが”お気に入り”なのは確かだよなあ?と思い至ったのですが、そうなってくると5~10タイトルくらいかな~ということになりますし、コレクションしていても何度も見直しているタイトルとなるとそういった”お気に入り”に多少プラスした程度だなあと。

 まあ、それくらい過去の”面白い作品”というのは数が限られているということで、それ故に古参に属するようになったフリークとしては”新しい作品”に期待しているのですが、何を面白いと思うのか?は人それぞれのところがありますから意見の一致をみる方が稀かもしれませんな。

 では、最後に私的な映画の総合ランキングは、

1.ゴジラ(1954年版)_原点にして頂点。
2.日本沈没(1973年版)_リメイク版は論外。
3.ロシアより愛をこめて_007.風光明媚。
4.ゴールドフィンガー_007.クラシックモダン。
5.猿の惑星(1969)_猿の元ネタは日本人という。

の辺りはほぼ不動(笑)。

アニメ映画のランキングだと、

1.攻殻機動隊 ゴースト・イン・ザ・シェル_ネットの海は未だに広大。
2.アキラ_2019年じゃん?
3.さよなら銀河鉄道999_エンディングが秀逸。
4.カムイの剣_カムイ無拍子!
5.うる星やつら 2 ビューティフル・ドリーマー_エンドレス8?こじらせすぎ。

の辺りはほぼ不動。

ただ、アニメ映画はTVシリーズのダイジェスト版とか、TVシリーズを見てないととか原作漫画を読んでないとよくわからないとかいった作品が多い。
ドラえもんやコナン君、しんちゃんのような現在進行形の長期シリーズものだと、そのシリーズの中でのランキングの方が順当かなと。
エヴァは、シリーズが完結してくれないと何とも評価のしようがない。

アニメのカテゴリーランキングのように、推理もの、恋愛もの、ホラーもの、戦争もの、アクションもの、時代劇といったカテゴリーを分けてランキングしないと上にこない名作も多い。

といったところかなと。






Last updated  2019.04.17 20:45:01
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2019.04.16
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オはオタクのオ 第0029回 趣味は”映画鑑賞”って本当?疑惑。

 オタク第一世代にとって”映画鑑賞”と言えばTVの月曜ロードショーや金曜洋画劇場で放送される映画を視聴するあたりから映画鑑賞の記憶が始まっている ・・・ と書いていいのではないかと。

 ちなみに、日本でカラーTVの普及が本格化したのは1964年の東京オリンピックの頃からという説が有力ですから、家庭で映画館で見るようなカラー映像で映画を視聴できるようになっていったのは1960年代半ばから1970年代半ばにかけての10年間くらいの間に生じた変化だったとざっくりと考えておけばいいのかもしれません。

 日本のTV放送の歴史といえば、駅前などの柱の上に白黒TVを乗せたというか括りつけて放映した”街頭TV”の頃からの話になるのですが、その当時は”TVとはどういうものなのか?”を実演して見せて知らしめるところから始める必要があったわけです。

 ラジオ放送の開始は戦前の話になるのですが、リアルタイムで情報を広範囲に(それこそ、野を越え山を越え海を越えて)拡散できる手段を人類が手に入れた初の事例で、活版印刷やレコードなどの発明と普及も普及が始まった当時は革命的な出来事でしたが、従前の情報伝達関連の発明に比べると別次元の進歩だったと言えます。

 情報伝達に関する、ラジオ放送の革新性に気が付き積極的に普及させ利用もしたのが独逸のヒトラーで、ほとんどの世帯で購入できる価格帯の国民機とでもいう規格のラジオ受信機を国策として開発させ普及させたこと自体は評価に値すると思います。

 もちろん、ラジオの有用性に気が付いたのはヒトラーだけではなく、同時代のハリウッドなど芸能界の関係者も早い時期から着目していて、例えば、後発のハリウッド映画で”(歌って踊っての)ミュージカル映画”というジャンルが開発され定番化したのも、ミュージカル映画なら劇中の音楽や歌をレコード化しやすく、そうした音源をラジオで放送することで安価かつ手軽に広域プロモーション活動ができることと無縁ではなかったりします。

 同じ国内でも複数の時差が生じるくらい国土が広い亜米利加でというか、ハリウッド映画でミュージカルが定番になったのはラジオ放送との相性が良かったからということになるのですが、そう考えttると、亜米利加などと比べると国土が狭い映画の先進地であった欧羅巴の映画業界でミュージカル映画がさほどというかほとんど発達しなかったのもなんとなく腑に落ちます。

 スクリーンで上映するタイプの映画を実用化(シネマトグラフ・リュミエール)したのは仏蘭西のリュミエール兄弟というのが定説ですが、1895年に有料公開を始めた当初は”駅に進入してくる蒸気機関車の白黒無声映像(ラ・シオタ駅への列車到着)”を上映するだけで客が払ってくれたくらい画期的な発明だったのですが、当時の観客からすれば”(スクリーンの)奥の方からやって来た蒸気機関車が手前の方にやってきたのに急に姿が消えてしまう”現象に納得がいかず、スクリーンの裏側を確認する人が珍しく無かったとされています。

 ちなみに、エジソンが1891年に発明した映画装置(キネトスコープ)は一人一人が箱を覗き込むような ・・・ これを書いている時点だとVRゴーグルと発想が似ていますが ・・・ 装置で、1枚の大きなスクリーンがあれば数百名単位で映画が同時視聴できるスクリーン方式の映画よりも設備投資やランニングコストが割高になることもあってか普及しませんでした ・・・ ま、画面から受ける迫力なども段違いですから無理のない話ではありますな。

*この頃の古典の名作で一押しは独逸(ワイマール共和制時代)の白黒無声映画”メトロポリス(1927)”・・・日本の元号だと大正15年。

 そういったこともあって、映画の作成は仏蘭西から始まって、独逸や英吉利などが戦前の映画製作のメッカとなっていた時代があるのですが、世界大戦などの社会の混乱で映画産業も混乱し、直接の戦火とは無縁だった亜米利加に一気に映画製作の拠点が移動し、亜米利加政府も政府の広報活動としての映画の利用を兼ねて積極的に映画産業を国策として育成していきました。

*この頃の古典の名作で一押しは米国なら白黒トーキー映画”モロッコ(1930)” ・・・ 日本の元号だと昭和5年。
*今だにリメイクや新作が製作される米国の白黒トーキー特撮映画”キングコング(1933)”は当時の特撮技術を考えると驚異的な代物で今見ても十分に鑑賞に堪える ・・・ と思う(笑)。

 もっとも、後に映画産業を脅かすことになるTV放送は第二次世界大戦以前に始まっていて、ベルリンオリンピックの中継放送が実用放送の世界初とする説が有力ですが、幻に終わった戦前の東京オリンピックにおいてもTVの中継放送が検討されていたというのは実話ベースの話になります。

*この頃の古典の名作は米国のカラー・トーキー映画”風と共に去りぬ(1939)” ・・・ 長編(222分)過ぎて退屈になるかもしれんけどね。

 まあ、戦前のTV放送云々という話は、当時の最先端科学技術を誇示する国家の威信をかけた採算度外視の国家事業の側面もありますし、実際に各家庭でTV放送を楽しめるようになるのは欧米諸国でも第二次世界大戦後の話になりますから、技術的には戦前に実用化と普及の目途がついていたという程度の認識でいいのではないかと。

*この頃の古典の名作で押さえておきたいのは米国の白黒トーキー映画”カサブランカ(1942)”。後にカラー作品でリメイクされたが、オリジナルをカラー化した方がまだましだったのではないか?と私は思いました。

 実際、直接の戦火をほぼ免れた亜米利加でも1940年代頃までは、映像を見たければ映画、楽曲や音声だけでよければラジオという認識が一般的でしたし、戦後の米ソの宇宙開発競争(実質的に大陸間弾道弾の実用化競争)において、開発競争で優位に立っていた(当時)ソ連の第一書記長兼首相のフルシチョフが亜米利加の副大統領だったニクソンがモスクワを訪問したときの対談(1959、キッチン討論として知られる)で、ニクソンが”いかにアメリカでカラーTVが普及しているか”を力説することで科学技術や経済力などの優位性を示そうとしたとき、フルシチョフが手ぶりを交えながら”でも、私たちのロケットはあなたたちの頭上を通過できる”と切り返してニクソンを絶句させたというのは歴史の一コマになっています。

*亜米利加ミュージカル映画の古典の定番”雨に唄えば(1952)”はカラー・トーキー作品で、さすがにこの頃になると、カラーでトーキーが定番化。
*そうした中で話題になり定番作品になったのが、米国の白黒トーキー映画”ローマの休日(1953)”。オードリー・ヘップバーンが欧羅巴から亜米利加に活動拠点を移したあたりもポイント。ちなみに英米合作映画”遠すぎた橋(1977)”を観た後でオードリーの大戦中の活動履歴を知ると二度おいしい。

 つまり、人の生き死にには直接の関係が無いカラーTVがいくら普及していたとしても、君たちは核弾頭を搭載して、旧大陸から新大陸へ、宇宙空間を経由して短時間で飛来するロケット兵器を持ってないよね?と言われると返す言葉が無かったということで、それまでの大型爆撃機に核兵器を搭載して数時間から数十時間かけて相手国を攻撃する戦略爆撃構想が事実上無効化されていることが、皮肉にもカラーTVを経由して亜米利加国民に明示された歴史的瞬間だったわけです。

*オードリーとくればマリリン・モンローということで、この辺りだと”七年目の浮気(1955)”。今見ても”亜米利加ってリッチだな~”と。
*1955年といえば、ジェームス・ディーンの”理由なき反抗”も1955年。
*ちなみに、日本だと昭和20年代生まれあたりから女性にコアなファンが多いミュージカル映画の定番は”ウエストサイド物語(1961)”。

 そうした後れを挽回する必要に迫られたこともあって、ケネディ大統領が”1960年代末までに月に自国の宇宙飛行士を送り込む”アポロ計画などに国家予算の10%(周辺関連予算などを含めるとピーク時には30%前後に達していたという説もある)を投入することになったのですが、亜米利加がアポロ17号を最後にアポロ計画を前倒しで終息させたのは、表看板の目標を期限内に達成できたことと、アポロ計画に付随して発達したロケット関連技術がソ連(当時)の大陸化弾道弾の技術に匹敵する水準となり、量産化された大陸間弾道弾の実戦配備がほぼ完了したことと無縁ではなかったりします。

 まあ、アポロ計画に投入されたいた亜米利加の国家予算は金額ベースで同時期の日本の国家予算の2~3倍の規模でしたから、いかに亜米利加でも金銭的な負担を続けることは難しかった側面もありますし、同時に泥沼のベトナム戦争の戦費も嵩んでいましたから、潮時ではあったと思います ・・・ 振り返ってみればですが。

 皮肉なことに、日本と亜米利加の間で人工衛星を経由したTV放送の衛星中継が行われて最初に飛び込んできたビックニュースがダラスでケネディ大統領が白昼のパレードの最中に狙撃されて暗殺されてしまったニュースだったというのは比較的知られた話ですが、一つの時代の終わりを告げていたのかもしれません ・・・ 陰謀論的な意味を含めて。

 そんな亜米利加に戦争で敗れて占領された戦後の日本でも、ラジオ放送は途切れることがほぼ無く継続され、戦後の復興に伴って各家庭にラジオの普及が再度始まったのですが、電源不要の鉱石ラジオの話など脱線したいネタは山のようにあるものの(笑)、先を急ぎます。

 日本でも1950年代に民需用の白黒TVの普及が始まるのですが、当初は高額で大卒サラリーマンの平均年収を越える価格だった ・・・ 貨幣価値の換算は難しい面がありますが、これを書いている時点だと白黒TVが一台で300~400万円していた感覚かと ・・・ ため、富裕層から普及が始まり、皇太子(平成天皇)の結婚式パレードとか東京オリンピックとかいった国家規模のイベント中継を節目にして普及が加速していった感があります。

 それまでの娯楽の王様といえば映画で、無声映画の時代から海外の話題作も思ったほど時間をおかずに日本で公開されるものが多かったのですが、大日本帝国の時代の日本人の生活圏が既に東南アジア全域に及んでいたこともあって、欧米諸国の租借地の関係もそこに加わって、シンガポールや上海、香港などで欧米諸国の本国における封切と大差のない時期に封切られた作品を鑑賞していた日本人は意外と多かったりします。

 まあ、ディズニーが史上初の長編カラーアニメ映画”白雪姫(1937)”を世に送り出した頃の日本の長編アニメといえば、長編白黒アニメ映画の”桃太郎 海の神兵(1945)”くらいですから、よくそれだけ国の豊かさにも技術水準にも大差があったアメリカと足掛け5年も全面戦争ができたと思います。

*ディズニーの”ファンタジア”が1940年、海の神兵の姉妹編の白黒映画”桃太郎の海鷲”は1943年。

この辺りで続きの講釈は次回に続きます ・・・ たぶん(笑)。







Last updated  2019.04.16 07:10:20
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