オリジナルポスター常設展示『時計じかけのオレンジ』1971年アメリカ
2026.2.15.グランドシネマサンシャイン池袋
#時計じかけのオレンジ #午前十時の映画祭







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レビュー『時計じかけのオレンジ』1971年アメリカ
一方的な暴力と欲望を肯定しているわけではない。
発露=自由X抑制=管理なのか。
「午前十時の映画祭15」
2026.2.15.グランドシネマサンシャイン池袋
やっとちゃんと劇場で観ました!
近未来、アレックスは仲間と徒党を組んで、欲望のまま「雨に唄えば」「第九」の調べにのって暴力の限りを尽くす。
やがて逮捕・収監され、犯罪抑止のための先進治療を施され、暴力と性欲を感じると嘔吐し自殺衝動が起きるようになる。
アレックスは、治療に協力した恩恵で、短期で釈放されるが、かつての被害者や仲間、警官たちに暴行される。
しかし、彼は、治療の反作用の苦痛を避けるため、受け入れるしかない。
大音量の「第九」を強制的に聞かされたアレックスは自殺未遂。
病院で目が覚めると、治療の効果はなくなっていた。
病室で「第九」を聞くアレックスは「完全に治ったね。」と自覚する。
これでまた、自由に欲望を抱き、暴力をふるえるようになった。
治療という名の洗脳、全体主義的な管理から解放され、自由に犯罪を犯すことができるようになったという結末。
暴力と欲望の肯定が自由、抑制が管理社会なのか。
強制でなくその両極をコントロールするのは、個人の意思によるしかないのだ。
何といっても、マクドゥエルのアドリブから採用になったという「雨に唄えば」と「第九」を使うところが見事。
どちらも喜び、歓喜の歌だ。
特に、エンドクレジットで、「雨に唄えば」のオリジナル楽曲をそのまま流すという皮肉が強烈!
良く許可が下りたものだ。
そして、マルコム・マクドゥエルの怪演、ロストヒューチャーな衣装とインテリアデザインも光る。
人間の欲望、意識、自由と管理社会を描いた深く強烈な作品でした。
#時計じかけのオレンジ #午前十時の映画祭