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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

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【56】


「花町-遊郭の町」

 花火を見るのはそんなに嫌いじゃない、屋根にのぼって、
子供時代を思い出す・・分には――いつからだっけなあ、
ひとりで花火を見て、祭り太鼓の音を聞くようになったのは。
華やかな祭り-女たちが嬉しそうに歩く。子供たちは、両親
からお小遣いをせびって、嬉しそうに走る。俺は、屋根の上
で、随分町並みが変わり、時が止まらず、こうして自分が生
きている不思議さに胸を・・打たれる――お千代ちゃんって
いう、小さい頃、よく遊んでた女の子がいてさ、彼女、いま何
してるのかなあ・・あれは十三の頃だったかな、花の町-その
時は菊とか百合とか考えてたけど、汚い大人の都合で、お
千代ちゃん、売られちゃった。別にそんな話どこにでもあった
し、俺も十三だったから、それを引きとめるとか、彼女と何処
かへ逃げるとか出来なかったんだけど・・花火を見てると、
たまにあどけないあの顔を思い出す。この前、お千代ちゃんに
会ったよ。すごい高そうな着物きてさ、父親みたいな年齢の
男を連れて、歩いて――た。厭だなって思ったのが伝わった
のかな、それとも俺のこと、思い出したのかな。目をあわせて-
目を逸らすと、・・「行きましょう」って足早に通り過ぎてちゃっ
た。淋しかったなあ、でも、あの時、もしかしてカイくん、とか言わ
れたら俺、どうしてたかな――どうしてた・・んだろう・・・祭りの
夜は、少女の清楚な顔-あどけない笑顔・・を、思い出す。彼
女の手を握って、提灯の夜-どこまでも続く明るい道を足早に
何処かへと、たとえば神社でも目指している時は、胸が痛んだ
りしなかった。俺、自分の気持ち・・を、誤魔化してるのかな。そ
うかも知れない。あの時、逃げだしたお千代ちゃんの後を追っ
て、何か、話すべきだったのかも知れない。俺は別に、彼女が
汚れてるとか、蓮っ葉な女だとか思っちゃいないよ。両親の都
合で、また逃げ出すこともできなかった彼女の気持ち、俺には
ちゃんとわか――るよ・・俺だって、両親の後を継いで、実家の
仕事を手伝ってる。そんなの嫌だと思った頃もあったけど、いま
じゃ、若旦那さ。ねえ、お千代ちゃん、さみしい――なあ、なのに
なんで花火はこんなに――キレイなのかなあ・・。


【57】



 男の心をそそる女、たとえば・・無垢ゆえに自分の魅力を現実直視できていない女。
たとえば女友達の悪戯で、胸元だの首筋だのにキスマークをつけてきて、とりあえず好
きな男をその気にさせたいなら、こういうことをしなさい、と子供のおつかい気分にい
われて、そのままそっくり実演してしまうような女。百合子はそういう十七歳の女の子
だ。細い腕に、小さな手-痩せた体に少し不似合いなくらいの胸。男はこういう女を、
オードリー・ヘップバーンさながら妖精だの、天使だのと褒めそやす。それにしても本当
に、絵の中から抜け出してきた美女という、男の妄想を肯定してしまうような女だ。も
ちろん、夏が開放的で-自由な恋を謳っていなければ自分だって海なんか来ず、もっと
違うことをしていたと思う。でも高校のクラスメートである百合子の親友、友永茉莉子
から、「ちょっと海行くんだけど・・アンタ来なさいよ。どうせ、家でオナってんでしょ」と
わけのわからない暴言をうけ、「あ、」と睨み、誰が行くかボケエ、と言いそうになった
ところで、小声で、「・・アンタ、百合子好きなんでしょ?」などと言われ、プッ、と噴きだ
したあたりで、こういう展開になってしまうのも仕方がない。ひと夏の思い出というより、
もう、どういうタイミングで百合子を口説くかみたいなのが僕の海に来た目的になって
たりする。友永が言うには、たぶん百合子は僕に気があるらしい。
 もちろん、僕は自意識過剰でもないので、そんなことはないだろう、と返す。もちろん、
これって男心のいうところの、そんなことはないけど、そうであったら僕はもちろん嬉し
いのだけれど、という裏返しだったりする。でも、どういう所が百合子姫の好意的な態
度に変わったのですか?・・などと、ふざけて聞けば、もちろん、知らん、だ。もしかした
ら、僕は友永に担がれていて、百合子は全然その気なんてなく、それでもバッファロー
さながらの僕は告白して、無論担がれているのだから失敗して、後で笑い話にされ、同
窓会なんてものがあったら、「あの時こいつさあ・・」とネタにされる。
 そういう可能性だって、ないわけじゃない――それでも、何者にも犯されない幸福な運
命の翼を信じようとしたのは、やっぱり、百合子に気があったからだ。僕と百合子との出
会いは、けして劇的なものではなかったけれど、彼女は転校生で、この春、僕等の学校へ
やって来た。おそるおそる話す声-はやく何処かに逃げてしまいたいという表情。たぶん、
クラス中の男がこの美少女に恋をした瞬間だった。でも、じゃあ誰かがこの百合子に告白
したかというと、そうじゃない。みんな百合子と話すのさえ躊躇い、たとえ隣の席の奴でも、
あえてそっけないふりをした。というか、百合子はむしろ、モテていない女の扱いをうけた
と思う。何しろ、それぐらいの美少女がいるという事自体、僕等は信じていなかったし、現
実にいても、それで、彼女を恋人にして、最高の高校生活を送るみたいなノリってお伽噺
みたいなものだ。またそこには友永という邪魔ものもいて、あるいは前世で彼女のお守り
をしていた者であると考えられ、それぐらい、友永がことあるごとに色んな邪魔をした。でも
友永ではないけれど、多くの女も、男も、彼女を守ろうとするような所はあった。うまくいえ
ないのだけれど、彼女は本当にクラスの中で特別な存在であった。
 たとえば、彼女が困っているとクラスの女の子たちは、よくわからないのだけれど、どうし
たの?・・から始まり、気がつくとその面倒を見てしまう。男ウケの悪い女の子だって、彼女
には何故か優しかった。なんだか、地上をとびたつことが出来ないで羽ばたく動作をしてい
る憐れな虫に、自ら進んで助けてやるような、そういう気持ちを感じさせてしまう女、という
のが正確な所だろうか。百合子は本当に漫画の中に出てくる変な魅力を持った女そのもの
だ。彼女が放送クラブに入って、昼にアナウンスをするようになると、学校中で評判になった
。けれど、それで何かあったかというと、何もない。彼女はやっぱりモテていなかったし、彼女
もそういうのを求めていなかった。変な感じだったけれど、段々と麻痺して、僕等はそれに
慣れた。気がつくと百合子は、クラスの中でも、もしかしたら、学校の中でも深窓の令嬢と
いう、不思議なキャラクターを確立させた。
 ともあれ、そんな百合子が、誰かを好きになるなんて、僕等は――いや、僕でさえ、殆ど信
じていなかった。でも目の前で、馬鹿なポーズをとり、友達にそそのかされている百合子を見
た時、僕は真っ赤になって、「お前、何やってんだよ」と言ってしまった。そう言うと、百合子は
ビクッとして、硬直してしまった。たぶん、誰にも、お前なんて言われたことがないに違いない
百合子は、すごくショックを受けたのかも知れない。
 でも次の瞬間、百合子は・・「好きです」と――言った・・
 「・・・初めて見た時から――」と言った。
 初めて?・・と僕はあの転校生を見た、百合子を見た――彼女はこの世に生まれた、あら
ゆる罪悪を知らない、天使のようにしか僕には見えなかった。


【58】


またたきするほどの短い時間
the short time interval of a blink

精神の奥底に
 『アリス』
  彼女は飛べない鳥だし、
   巣にいる夜の雛・・

警官は
 ――「止まれ」と合図するが、
   視覚は演説・・・
    
彼女は中央の内側
 “遠い国”

・・・夜のアリス。

人が出て行くべき 
 時間――演劇で、
  開幕する時間・・

カーテンがはたはたと
 揺めいている
  またたきがそこから
   消えてゆく――まで・・





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