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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

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2015年04月15日
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カテゴリ:象の椅子
                 詩小説:香鳴裕人さん
                 ツイッター:香鳴裕人/am @zxam9

                 フォト・アート:羊谷知嘉さん
                 ツイッター:羊谷知嘉 Chika Hitujiya @hail2you_cameo
                 ツイッター:Engineerism @Engineerism








TWZ150414-2 Human-Fear 80.jpg


J-POP



 打算は好きだけど綺麗事は嫌いだよと言った。
 おそらくは、私が私自身を綺麗事で守っていることの負い目から。
 気持ちをどこに向けるにしても運賃は足らず、積み上げた過去が重荷になる。自分を悲劇
の客体にすることからは遠ざかりすぎている。結果として、灰皿が吸い殻であふれることに
なる。10年前よりもずっと早いペースで。イチゴヤドクガエルに思いを馳せながら、トマト
を握り潰すことしかできないでいる。せめて酸漿であれば少しくらいは格好がついただろう
に。
 あの時、有線のチャンネルをJ-POPのチャンネルに合わせていたら、汀子は死なずに
済んだだろうか。
 世界ってこんなにもくだらないんだよと、嘘を吐けていたなら。


   ◆  ◆  ◆


  季節は勤勉さだけが誉れ
  私たちを取りこぼしたりしてくれない

 汀子はバスルームでシャワーを浴びていた。シャワーを全身に浴びるだけだとしたら、も
うとっくにバスローブを着て出てきてもいい。午前中は部活だったと言うから、ちゃんと洗
いたいのかもしれない。まだ春先、不快な暑さはないにしても、陸上部の長距離ランナーな
ら汗もかくのだろう。
 所在なかった。このホテルの利点は駅から近い、というだけで、他に美点を挙げることは
できない。ゲームもカラオケもできないし、ジュースが買える冷蔵庫すらない(小さな冷蔵庫
にはウーロン茶の缶がひとつだけ入っている)。愛を盛り上げそうな工夫(鏡とか)もどこにも
見当たらない。テレビのリモコンをいじってみても、ろくなチャンネルが入らない。
 有線だけは入っていたので、チャンネルを回して、フィリピンポップスをかけていた。
 自分の生きる気配が濁っていく気がした。

  3月末のハレーションは
  月夜烏のお遊戯
  諾々と月桂に浴する
  めくるめく蕾
  浮き世をすり抜ける
  さんざめいて開花
  まかり間違って惚れてるなんて言ったって
  あと1週間もすれば花は見頃
  全部を嘘にしてしまうだろう
  日差しにやられて

  打算に徹することができていたなら
  散る花弁のひとつやふたつが
  あるいは全てが
  ハレーションを引き裂いたかもしれない
  まるで真実のように
  でも待てないよ
  引き寄せたいよ
  不覚にも思うだろう

  私は言う
  月夜烏が愛を囁くのを
  少しは信じる気になってほしい、と
  吐き気のするような綺麗事で
  ハレーションを背負って
  ずいぶん卑怯だ
  期間限定だよ
  咲き誇るまでは
  正直者でいられる

 バスルームから出て来た汀子は、何も着ていなかった。「女としての恥じらいはどこに捨
ててきたの?」私は問うた。「私の恥じらいは、笹峯中学校の第三倉庫に転がってるよ。そ
こ、ラブホ代わりにしてたから」やたら具体的な答えが返ってきた。

  3月末のハレーション
  傷みも喪失も何もかもなくて
  曖昧な線上で
  危険のない綱渡りみたいなことをしている
  そんな日常が私たちの証左

 私は気になっていた。「なんで私を誘ったの?」私の質問を背中で聞いて、汀子はテレビ
のリモコンを手に取った。チャンネルをアダルトに回したのだけれど、音はすぐに消した。
「音は要らない」テレビに映るのは、当然ながら、男と女の組み合わせ。汀子はそれで楽し
めるのだろうか。「なんで私? 彼氏いた時も知ってるでしょ? フツーに男子が好きなん
だけど」ここまで来ておいて今さらなのは重々承知。

  3月末のハレーション
  きっときみは情熱を傾けているんだろう
  持て余した気持ちも時間も、体温さえも
  意味なく消費してしまうことに
  それを私に求めてしまうほどに

 汀子はこちらへ振り向かなかった。けれど熱心にテレビを見ているふうでもなかった。
「別に、たいしたことじゃないよ。人生とお金を無駄遣いさせたかっただけ。あなたのね」
汀子の言ったことの中から、読みとれたのはひとつだけだった。「あ、やっぱワリカン? 
ここ?」

  証左を捨てられないから
  幸せを甘受して
  生き物になるでもいいだろう

 今月はだいぶ厳しいんだけど。「性別も学年も同じなんだから、ワリカン」いつの間にか
汀子はこっちを向いていた。今、休憩料金の話をしている時が、一番かわいい汀子だった。

 たぶん、汀子はもっと通俗的なものに浸るべきだった。
 けれど私は、J-POPのチャンネルに合わせなかった。
 体重と熱とわずかばかりの後悔がベッドに沈んでいく。

  春だね
  春だよ


  ◆  ◆  ◆


 気がついたら私は、灰皿にどれだけ吸い殻を押し込めるか、新記録に挑戦していた。

  桜雲を飛び越えて
  ひとりの吐息を繋ぐ

  あの時のベッドから
  咽ぶ雫をこぼしてよ
  もうきみとワリカンのできない私を
  潤して



TWZ150414-2 Inside-of-Female 37.jpg













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最終更新日  2015年04月15日 08時02分44秒
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