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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

2015年05月04日
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カテゴリ:象の椅子
フォルム

 詩における本質とは、フォルムのことである。形。文体。余白。音。これらがフォルム

 
を形成する。意味内容といったものは、詩においては、本質でもなんでもない。しかし、
 
意味内容には味わいがある。ただし、この味わいは、一人の鑑賞者においても、時ととも
 
に変化することがあり、それゆえに、詩において、意味内容は本質でもなんでもないと判
 
断したのだが、それは鑑賞者の経験や知識に大いに依存するものであり、鑑賞者が異なれ
 
ば、決定的に異なったものにならざるを得ないものでもあるからである。本来、詩には、
 
意味内容などなくてもよいのだ。俳句や短歌からフォルムを奪えば、いったい、なにが残
 
るだろうか。おそらく、なにも残りはしないだろう。詩もまたフォルムを取り去れば、な
 
にも残りはしないであろう。
 



ホラティウス


 古代の詩人より、現代の詩人のほうが実験的か、あるいは知的か、と言えば、そんなこ

 
とはないと思う。ホラティウス全集を読むと、ホラティウスがかなり実験的な詩を書いて
 
いたことがわかるし、彼の書く詩論もかなり知的だ。現代詩人の中で、ホラティウスより
 
も実験的な詩人は見当たらないくらいだ。そして、エミリ・ディキンスンとホイットマン。
 
このふたりの伝統に対する反抗心と知的な洗練度には、いま読み返してみても戦慄する。
 
さて、日本の詩人で、知的な詩人と言えば、ぼくには、西脇順三郎くらいしか思いつかな
 
いのだけれど、現代に知的な詩人はいるのだろうか。ぼくの言う意味は、十二分に知的な
 
詩人は、だけど。ホラティウスの詩でもっとも笑ったのは、自分がつくった料理のレシピ
 
をただただ自慢げに開陳しているだけという料理のレシピ詩と、自分の知っている詩人の
 
実名をあげて、その人物の悪口を書きまくっている悪口詩である。ほんとに笑った。彼の
 
詩論的な詩や詩論はすごくまっとうだし、ぼくもおなじことを思っていて、実践している。
 
詩語の廃棄である。これができる詩人は、現代においてもほとんどいない。日常語で詩を
 
書くことは、至難の業なのだ。
 



膝の痛み


 左膝が痛くて足を引きずって歩かなければならなかったので、近くの市立病院に行って

 
診てもらったのだけれど、レントゲン写真を撮ってもらったら、右足の膝の骨が奇形で、
 
体重を支えるときに、その骨が神経を刺激しているという話で、なぜ右膝の骨が奇形なの
 
に、左膝が痛いのかというと、右膝をかばうために、奇形ではないほうの左足が負担を負
 
っているからであるという話だった。これまでのひと月ほどのあいだ、歩行困難な状態で
 
あったのだが、そのときに気がついたのは、足の悪いひとが意外に多いなということだっ
 
た。自分が膝を傷めていると、近所のフレスコで、おばあさんたち二人が、「ひざの調子
 
はどう?」「雨のまえの日はひどいけど、ふだんはぼちぼち。」みたいな会話をしている
 
のを耳にしたり、横断歩道を渡っているときに、おじいさんがゆっくりと歩いているのを
 
目にしたときに、ぼく自身もゆっくりと歩かなければならなかったので、気がつくことが
 
できたのだった。それまでは、さっさと歩いていて、ゆっくり歩いている老人たちの歩行
 
になど目をとめたことなどなかったのである。このとき思ったのは、ぼくのこの右足の膝
 
の骨の奇形も、左足の膝の痛みが激しくて歩行困難になったことも、ぼくの目をひろげさ
 
せるための現象ではなかったのだろうかということであった。ぼくの目により深くものを
 
見る力をつけさせるためのものではなかったのか、ということであった。左膝の痛みが激
 
しくて、仕事の帰り道に、坂道の途中で坐りこんでしまったことがあって、でも、そんな
 
ふうに、道のうえに坐り込むなんてことは、数十年はしたことがなくって、日向道、帰り
 
道、風は竹林の影のあいだを吹き抜けてきたものだからか、冷たいくらいのものだったの
 
だけれど、太陽の光はまだ十分にあたたかくて、ぼくは坂道の途中で、空を見上げたのだ
 
った。ゆっくりと動いている雲と、坐り込んでいるぼくと、傍らを歩いている学生たちと、
 
坂道の下に広がる田圃や畑のある風景とが、完全に調和しているように感じられたのであ
 
った。ぼくは、あの動いている雲でもあるし、雲に支えられている空でもあるし、ぼくの
 
傍らを通り過ぎていく学生たちでもあるし、ぼくが目にしている田圃や畑でもあるし、ぼ
 
くの頬をあたためている陽の光でもあるし、ぼくが坐り込んでいるざらざらとした生あた
 
たかい土でもあるのだと思ったのであった。






最終更新日  2015年05月06日 21時51分09秒
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