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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

全15件 (15件中 1-10件目)

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象の椅子

2015年05月19日
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カテゴリ:象の椅子
Survival_in_Ordinary_Life 38.jpg


   ついやさ れた  

   つちかわ れた 

 (柔軟を奮って弾丸になれ!

    瞳孔は光に焼かれ、泥になった!

       ―――円周率を数直線上で点で表すのと同じ!
 、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、
 眠らなければいいのに。必死こいて勉強すればいいのに。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、
 どうしてそういう当り前のハードルを、
 、、、、、、、、、、、、、、、、
 自ら無理だと決めつけてしまうのか。

 (コンクリートの衝立を却下した。

       ただ「ヒトの暮らしも楽ではないな」・・・

       ただ「時間が奪う安らぎ、かな」・・・・・・

         うんきっとそう―――

         うん、きっと、そう・・・・・・・・

 ここにも心理学がある。要領がいい人

 目的達成のイメージが強い人は余裕でクリアでき

 (繊細なのではなく、狡猾。それは我儘なのだと、

 甘えなのだと、言われない人たち。


    ・・・・・・蝉の脱け殻を着て雨を凌ぐ。

                ただ、短期間の学習であるため、

      (蟻が行列になって運んでいく。

      ...水が押し寄せている、雨、外は寒いからね、雨は。
 完璧にきれいな字になるわけではない。

 これは素養のない人が、無理に負荷をかけて、

 (上睫毛と下睫毛を固く結んで拒んだ景色。

 たとえば「虫入り琥珀のえいえん。

 表面上を取り繕った結果からはけして生まれてこないも

 (閉鎖的な幸福感は、自尊心を肥大させ、魂を根腐らせてゆく。

   「目の前を振り子がとおる」――

      「灰皿に一万円札が燃えている」・・・・・・

 やらないよりはいいが、やった分だけよくなるのも確かだ
 
 それでもお手本通りの文字になるわけではな

 (いくつもいくつも重なってゆく騒音は、仲間意識。

 そしてプライドの高い人が辞めてしまうケースが多いんだ

 というのを思っ

 (宇宙船で逃げてゆく。

    ・・・・・・きれいな名前をもらった、あなたの名前がウソになる

   ついやさ れた  

   つちかわ れた 

 (柔軟を奮って弾丸になれ!

















最終更新日  2015年05月20日 06時50分03秒
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カテゴリ:象の椅子
                 詩: 塚元寛一さん
                 ツイッター:びいふじゃあきい・かもめ @kamome7440

                 フォト・アート:羊谷知嘉さん
                 ツイッター:羊谷知嘉 Chika Hitujiya @hail2you_cameo
                 ツイッター:Engineerism @Engineerism








God_in_Amber_Fossil 45.jpg


ホット・ジュピター 51 Pegasi






                社会保険労務士の試験では、

      (大木を根こそぐ竜巻の強さで、

              ...ゴミを捨てたいけれどゴミを出せる日が決まっているのだ。
 問題制作者が意図して必ず解けないように作られている問題が、

 過去が継ぎ目から染み出るように、二三割程度あると言わ

 (自然に身に付く当たり障りのないニュースや、常識とは違う。

 たとえば「虫入り琥珀のえいえん。

 その問題に対しては対策を取ることができな

 で、ひきのばして大きな一枚にし・・・・
 
   (欲しい欲しいください、

   して欲しいください
。)

     オマエや、オマエや、オマエや、

     オマエや、オマエや、オマエや、

     オマエや、オマエたちも、

     一切合切が埋もれちまうのさ。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、
 学校の講師でも解けないほどの難問を、

 (消えてしまえ、と罵りたいやさしく押し込めた感傷を、

 (かくかくしかじか、魚の骨が喉に刺さっている、

 勉強しようとする教材が多く存在

 あれ?pm11:00

 (「」が「今日」生まれたのではない)

 結果的に膨大な量を覚えることにな

 無駄な勉強をす

 (夕方時には戦争のように込み合う駅が、医療事務、調剤薬局事務、

 ケアマネジャー、宅地建物取引師、介護事務、行政書士、保育士、

 介護福祉士、簿記というもので説明されているように感じる
。)

 (きらびやかに装飾された深海アパートの夜だ。

                社会保険労務士の試験では、

      (ニッポンってどこにあるのでしょう、

            ...でも世界はもしかしたら、ずっと昔からこういう風だったのかも。
 そう、社会保険労務士の難しいところはその出題範囲の広さで、
 
 ふぁんたじいを映してげんじつが困ってしまうような視線。

 イミシンナゾカケホンロウされてる気分。

 (しん、と澄み切った屋上の一隅で煙草を吸っている僕。

 たとえば「虫入り琥珀のえいえん。

 覚える量が膨大にあるこ

 (断念された線路にしゃがみこむ。

     エンジン音に髪が絡まる―――

        [フラスコの中にいる朝焼けの鳥のはばたき]

 それを完璧に全て勉強していたので

 合格するのに何十年とかかってしま

 (東大より難しい。次々に衝突する、檻。

 <死灰>の街。

 ステーションはプライベート・エリアへウォークする。

 ウォークするウォークする

 (燃える、にじむ、あふれだす、

       ただ「感じている」・・・

       ただ「何となく」・・・・・・

         うんきっとそう―――

         うん、きっと、そう・・・・・・・・

 お金も時間も勉強する熱意もあればいいが、一度塞いだ傷口

 もう一度見たいというマゾヒストはおそらくこの日本にはいな

 (ちいさくひかる固まりを手にとりそれぞれの速度でひとは文字と呼ぶ。

   みえませんひょうじょうゆれているからかきけされてしまうから

 にもかかわらず、満点を取るような膨大な量のテキストを提供す

   間接的なその距離感文字の依存ゆれているからかきけされてしまうから

 通信・通学は多く存在す

 (天国って宇宙のどっかにあるのかな?

    ・・・・・・世界の破滅みたいに大きな月が浮かんでいた。

                ユーキャンの実用ボールペン字の話で、

      (出世と愛をごまかす強さで、

      ...テレビを見ながら寝てしまいます、愛は人をねむらせてしまいます。
 ハネや払い、線の角度など、癖を理解し矯正するのに、

 一、二週間でよいような印象を受け

 *** ERROR 誤った文字を選択し消去するのをくりかえしている ***

 (高層階の一つを拠点に、

 たとえば「虫入り琥珀のえいえん。

 こういうものの常識で、無理なく続けるというのだが、
  
 (不安定な足元と息に煽られる境目にせこせこしている口、

 本来人には生活があるから無理なく続けるのは不可能なのだが、

 スト・・・

   それでも無理なく続けようとする人が大勢いて、必要なのは、ダメージだ。

   ク・・・・・・

      無理が生じると止めてしまう人がいるようだ。よう

 (優越になっていく、保護になってゆく、

 そして体温になってゆく、


   ――金魚のように殺していくのだろう、

   そして本能はお前を駄目にしてしまうんだろう


     オマエや、オマエや、オマエや、

     オマエや、オマエや、オマエや、

     オマエや、オマエたちも、

     一切合切が埋もれちまうのさ。

 ある人は子供を言い訳に、仕事を言い訳

 できないという理屈を作り上げ






最終更新日  2015年05月20日 06時40分26秒
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2015年05月06日
カテゴリ:象の椅子
火の酒

 きょう恋人からプレゼントしてもらったウォッカを飲んでいる。2杯目だ。大きなグ

 
ラスに。ウォッカって、たしか、火の酒と書いたかな。火が、ぼくの喉のなかを通る。
 
火が、ぼくの喉の道を焼きつくす。喉が、火の道を通ると言ってもよい。まるでダニエ
 
ル記に出てくる3人の証人のように。その3人の証人たちは、3つの喉だ。ぼくの3つ
 
の喉の道を炎が通り過ぎる。3つの喉が、ぼくを炎の道に歩ませる。ほら、偶然に擬態
 
したウォッカが、ぼくの言葉を火の色に染め上げる。さあ、ぼくである3人の証人たち
 
よ。火のなかをくぐれ。3つの喉が、炎のなかを通り過ぎる。ジリジリと喉の焼き焦げ
 
る音がする。ジリジリと魂の焼き焦げる音がする。ジリジリと喉の焼き焦げるにおいが
 
しないか。ジリジリと魂の焼き焦げるにおいがしないか。ジリジリと、ジリジリとしな
 
いか、魂は。恋人からのプレゼントが、炎の通る道を、ぼくの喉のなかに開いてくれた。
 
偶然のつくる火の道だ。魂のジリジリと焼き焦げる味がする。あまい酒だ。偶然がもた
 
らせた火の道だ。ほら、ジリジリと魂の焼き焦げるにおいがしないか。My Sweet Baby!
 
Love & Vodka! 「運命とは偶然に他ならないのではないか?」(フィリップ・ホセ・
 
ファーマー『飛翔せよ、遙かなる空へ』下・48、岡部宏之訳)「だれもが自分は自由だ
 
と思っとるかもしれん。しかし、だれの人生も、たまたま知りあった人たち、たまたま
 
居合わせた場所、たまたまでくわした仕事や趣味で作りあげられていく。」(コードウ
 
ェイナー・スミス『ノーストリリア』浅倉久志訳)「すべては同じようにはかなく移ろ
 
いやすいものだ。少なくともそのために、束の間のものを普遍化するために書く。たぶ
 
ん、それは愛。」(サバト『英雄たちと墓』第II部・四、安藤哲行訳)「ぼくにとって
 
これが人生のすべてだった。」(グレッグ・イーガン『ディアスポラ』第三部・8、山
 
岸 真訳)「なんのための芸術か?」(ホフマンスタール『一人の死者の影が……』川村
 
二郎訳)「作家は文学を破壊するためでなかったらいったい何のために奉仕するんだい?」
 
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・99、土岐恒二訳)「言葉以外
 
の何を使って、嫌悪する世界を消しさり、愛しうる世界を創りだせるというのか?」
 
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)ウォッカ。火のようにあまくて、うまい酒
 
だ。喉が熱い。火のように熱い。真っ赤に焼けた火の道だ。ほら、ジリジリと魂の焼き
 
焦げるにおいがしないか。



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最終更新日  2015年05月06日 21時59分34秒
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カテゴリ:象の椅子
人間であることの困難さ

 言葉遊びをしよう。言葉で遊ぶのか、言葉が遊ぶのか、どちらでもよいのだけれど、

 
ラテン語の成句に、こんなのがあった。「誰をも褒める者は、誰をも褒めず。」ラテン
 
語自体は忘れた。逆もまた真なりではないけれど、逆もまた真のことがある。一時的に
 
真であるというのは、論理的には無効なのだけれど、日常的には、そのへんにころころ
 
ころがっている話ではある。で、逆もまた真であるとする場合があるとすると、「誰を
 
も褒めない者は、誰をも褒めている。」ということになる。さて、つぎの二つの文章を
 
読み比べてみよう。「どれにも意味があるので、どこにも意味がない。」「どこにも意
 
味がないので、どれにも意味がある。」塾からの帰り道、こんなことを考えながら歩い
 
ていた。ぼくに狂ったところがまったくないとしたら、ぼくは狂っている。ぼくが狂っ
 
ているとしたら、ぼくには狂ったところがまったくない。じっさいには、少し狂ったと
 
ころがあるので、ぼくは狂ってはいない。ぼくは狂ってはいないので、少し狂ったとこ
 
ろがある。「おれなんか、ちゃろいですか?」「かわいい顔してなに言ってるんや。」
 
「なんでそんな目で見るんですか?」。「なんでそんな目で見るんですか?」いったい、
 
どんな目で見ていたんだろう。そういえば、付き合った子にはよく言われたな。ぼくに
 
は、どんな目か、自分ではわからないのだけれど。よく、どこ見てるの、とも言われた
 
なあ。ぼくには、どこ見てるのか、自分でもわからなかったのだけれど。「人間である
 
ことは、たいへんむずかしい」(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)「人間であることはじ
 
つに困難だよ、」(マルロー『希望』第二編・第一部・7、小松 清訳)「「困難なこ
 
とが魅力的なのは」とチョークは言った。「それが世界の意味をがらりと変えてしまう
 
からだよ」」(ロバート・シルヴァーバーグ『いばらの旅路』1、三田村 裕訳)「き
 
みの苦しみが宇宙に目的を与えているのかもしれないよ」(バリー・N・マルツバーグ
 
『ローマという名の島宇宙』10、浅倉久志訳)ほんと、そうかもね。
 



放置プレイ


 さて、PC切るか、と思って、メールチェックしてたら、大事なメールをいったん削

 
除してしまった。復活させたけど。あれ、なにを書くつもりか忘れてしまった。そうだ、
 
オレンジエキス入りの水を飲んで寝ます。新しい恋人用に買っておいたものだけど、自
 
分でアクエリアス持ってきて飲んでたから、ぼくが飲むことに。ぼくのこともっと深く
 
知りたいらしい。ぼくには深みがないから、より神秘的に思えるんじゃないかな。「あ
 
つすけさん、何者なんですか?」「何者でもないよ。ただのハゲオヤジ。きみのことが
 
好きな、ただのハゲオヤジだよ。」「朗読されてるチューブ、お気に入りに入れました
 
けど、じっさい、もっと男前ですやん。」「えっ。」「ぼく、撮ったげましょか。でも、
 
それ見て、おれ、オ ナニーするかも知れません。」「なんぼでも、したらええやん。
 
オ ナニーは悪いことちゃうよ。」「こんど動画を撮ってもええですか。」「ええよ。」
 
「なんでも、おれの言うこと聞いてくれて、おれ、幸せや。」「ありがとう。ぼくも幸
 
せやで。」これはきっと、ぼくが、不幸をより強烈に味わうための伏線なのだった。き
 
ょうデートしたんだけど、間違った待ち合わせ場所を教えて、ちょっと待たしてしまっ
 
た。「放置プレイやと思って、おれ興奮して待っとったんですよ。」って言われた。ぼ
 
くの住んでるところの近く、ゲイの待ち合わせが多くて、よくゲイのカップルを見る。
 
西大路五条の角の交差点前。身体を持ち上げて横にしてあげたら、すごく喜んでた。
 
「うわ、すごい。おれ、夢中になりそうや。もっとわがまま言うて、ええですか?」
 
「かまへんで。」「口うつしで、水ください。」ぼくは、生まれてはじめて、自分の口
 
に含んだ水をひとの口のなかに落として入れた。そだ、水を飲んで寝なきゃ。「彼女、
 
いるんですか?」「自分がバイやからって、ひともバイや思うたら、あかんで。まあ、
 
バイ多いけどな。これまで、ぼくが付き合った子、みんなバイやったわ。偶然やろうけ
 
どね。」偶然違うやろうけどね。と、そう思うた。偶然であって、偶然ではないという
 
こと。矛盾してるけどね。






最終更新日  2015年05月06日 21時59分00秒
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2015年05月05日
カテゴリ:象の椅子
新しい意味

 赤言葉、青言葉、黄言葉。赤言葉、青言葉、黄言葉。赤言葉、青言葉、黄言葉。「言

 
葉同士がぶつかり、くっつきあう。」(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第四
 
部・22、黒丸 尚訳)よくぶつかるよい言葉だ。隣の言葉は、よくぶつかるよい言葉だ。
 
「解読するとは生みだすこと」(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・
 
71、土岐恒二訳)「創造性とは、関係の存在しないところに関係を見出す能力にほかな
 
らない。」(トマス・M・ディッシュ『334』ソクラテスの死・4、増田まもる訳)
 
言葉のうえに言葉をのせて、その言葉のうえに言葉をのせて、その言葉のうえの言葉に
 
言葉をのせて、とつづけて言葉をのせていって、そこで、一番下の言葉をどけること。
 
ときどき、言葉に曲芸をさせること。ときどき、言葉に休憩をとらせること。言葉には、
 
いつもたっぷりと睡眠を与えて、つねにたらふく食べさせること。でもたまには、田舎
 
の空気でも吸いに辺鄙な土地に旅行させること。とは言っても、言葉の親戚たちはきわ
 
めて神経質で、うるさいので、ちゃんと手配はしておくこと。温度・湿度・気圧が大事
 
だ。ホテルではみだりに裸にならないこと。支配人に髪の毛をつかまれて引きずりまわ
 
されるからだ。階段から突き落とされる掃除婦のイメージ。まっさかさまだ。ホテルで
 
は、みだりに裸にはならないこと。とくにビジネスホテルでは、つねに盗聴されている
 
ので、気をつけること。言葉だからといって、むやみに、ほかの言葉に抱かれたりしな
 
いこと。朝になったら、ドアの下をかならずのぞくこと。差し込まれたカードには、新
 
しい意味が書かれている。
 



無意味の意味


「芸術において当然栄誉に値するものは、何はさておき勇気である。」(バルザック

 
『従妹ベット』二一、清水 亮訳)たくさんの手が出るおにぎり弁当がコンビニで新発
 
売されるらしい。こわくて、よう手ぇ出されへんわと思った。きゅうに頭が痛くなって、
 
どしたんやろうと思って手を額にあてたら熱が出てた。ノブユキも、ときどき熱が出る
 
って言ってた。20年以上もむかしの話だけど。むかし、ぼくの詩をよく読んで批評し
 
てくれた友だちの言葉を思い出した。ジミーちゃんの言葉だ。「あなたの詩はリズムに
 
よって理性が崩壊するところがよい。」ルーズリーフを眺めていると、ジミーちゃんの
 
この言葉に目がとまったのだ。すばらしい言葉だと思う。以前に書いた「無意味という
 
ものもまた意味なのだろうか。」といった言葉は、紫 式部の『源氏物語』の「竹河」
 
にあった「無情も情である」(与謝野晶子訳)という言葉から思いついたものであった。
 
ジミーちゃんちの庭で、ジミーちゃんのお母さまに、木と木のあいだ、日向と木陰のま
 
じった場所にテーブルを置いてもらって、二人で坐ってコーヒーを飲みながら、百人一
 
首を読み合ったことがあった。どの歌がいちばん音がきれいかと、選び合って。そのと
 
きに選んだ歌のいくつかを、むかし、國文學という雑誌の原稿に書き込んだ記憶がある。
 
「短歌と韻律」という特集の号だった。ぼくが北山に住んでいた十年近くもむかしの話
 
だ。
 



詩と人生


 きょうは、大宮公園に行って、もう一度、さいしょのページから、ジョン・ダンの詩

 
集を読んでいた。公園で詩集を読むのは、ひさしぶりだった。一時間ほど、ページを繰
 
っては、本を閉じ、またページを開いたりしていた。帰ろうと思って、詩集をリュック
 
にしまい、さて、立ちあがろうかなと思って腰を浮かせかけたら、2才か3才だろうか、
 
男の子が一人、小枝を手にもって一羽の鳩を追いかけている姿を目にしたのだった。ぼ
 
くは、浮かしかけた腰をもう一度、ベンチのうえに落として坐り直して、背中にしょっ
 
たリュックを横に置いた。男の子の後ろには、その男の子のお母さんらしきひとがいて、
 
その男の子が、段差のあるところに足を踏み入れかけたときに、そっと、その男の子の
 
手に握られた小枝を抜き取って、その男の子の目が見えないところに投げ捨てたのだけ
 
れど、するとその男の子が大声で泣き出したのだが、泣きながら、その男の子は道に落
 
ちていた一枚の枯れ葉に近づき、それを手に取り、まるでそれがさきほど取り上げられ
 
た小枝かどうか思案しているかのような表情を浮かべて泣きやんで眺めていたのだけれ
 
ど、一瞬か二瞬のことだった。その男の子はその枯れ葉を自分の目の前の道に捨てて、
 
ふたたび大声で泣き出したのであった。すると、あとからやってきた父親らしきひとが、
 
その男の子の身体を抱き上げて、母親らしきひとといっしょに立ち去っていったのであ
 
った。なんでもない光景だけれど、ぼくの目は、この光景を、一生、忘れることができ
 
ないと思った。






最終更新日  2015年05月06日 21時58分00秒
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カテゴリ:象の椅子
有理数と無理数

 学ぶことは驚くことで、学んでいくにしたがって、驚くことが多くなることは周知のこ

 
とであろうけれど、やがて、ある時点から驚くことが少なくなっていく。ぼくのような、
 
驚くために学んでいくタイプの人間にとって、それは悲しいことで、つぎの段階は、学ぶ
 
こと自体を学ばなければならないことになる。そのうえで、これまでの驚きについても詳
 
細に分析し直さなければならない。なぜ驚かされたのかと。その方法の一つは、単純なこ
 
とだが意外に難しい。多面的にとらえるのだ。齢をとって、いいことの一つだ。思弁だけ
 
ではなく、経験を通しても多面的に見れる場面が多々ある。ぼくたちが、時間を所有して
 
いるのではない。ぼくたちのなかに、時間が存在するのではない。時間が、ぼくたちを所
 
有しているのだ。時間のなかに、ぼくたちが存在しているのだ。まるでぼくたちは、連続
 
する実数のなかに存在する有理数のようなものなのだろう。実数とは有理数と無理数から
 
なる、とする数概念だが、この比喩のなかでおもしろいのは、では、実数のなかで無理数
 
に相当するものはなにか、という点だ。それは、ぼくたちではないものだ。ぼくたちでは
 
ないものを時間は所有しているのだ。ぼくたちでないものが、時間のなかに存在している
 
のだ。しかし、もし、時間が実数どころではなくて複素数のような数概念のものなら、時
 
間はまったく異なる2つのものからなる。もしかすると、ぼくたちと、ぼくたちではない
 
ものとは、複素数概念のこのまったく異なる2つのもののようなものなのだろうか。しか
 
し、ここからさきに考えをすすめることは、いまのぼくには難しい。実数として比喩的に
 
時間をとらえ、その時間のなかで、ぼくたちが有理数のようなものとして存在すると考え
 
るだけで、無理数に相当するぼくたちではないものに思いを馳せることができる。しかし、
 
それにしたって、じつは、ぼくたちではないものというのも定義が難しい。なぜなら、ぼ
 
くたちの感覚器官がとらえたものも、ぼくたちが意識でとらえたものも、ぼくたちが触れ
 
たものも、ぼくたちに触れたものも、ぼくたちではないとは言い切れないからである。こ
 
の部分の弁別が精緻にできれば、この分析にも大いに意義があるだろう。
 



チュパチュパ


 阪急西院駅の改札を通るとすぐ左手にゴミ入れがあって、隅に残ったジュースをスト

 
ローでチュパチュパ吸ったあと、そのゴミ入れに直方体の野菜ジュースの紙パックを捨
 
てるときに気がついたのであった、着ていたシャツのボタンを掛け違えていたことに。
 
朝は西院のマクドナルドを利用することが多くて、たいていは、チキンフィレオのコン
 
ビで野菜ジュースを注文して、あと一つ、単品のなんとかマフィンを頼んで食べるんだ
 
けど、今朝もそうだったんだけど、友だちと待ち合わせをしていて、野菜ジュースだけ
 
がまだ残っていて、でも時間が、と思って、ジュースを持って、店を出て、駅まで歩き
 
ながらチュパチュパしていたのだった。いや、正確に言うと、横断歩道では信号が点滅
 
していたし、車のなかにいるひとたちの視線を集めるのが嫌で、チュパチュパしていな
 
かったんだけど、それに、小走りで横断歩道を渡らなければならなかったし、改札の機
 
械に回数券を滑り込ませなければならなかったので、そんなに歩きながらチュパチュパ
 
していなかったんだけど、というわけで、改札に入ってから最後のチュパチュパをして、
 
野菜ジュースの紙パックをゴミ入れに投げ入れるまで目を下に向けることがなかったの
 
で、自分の着ているシャツの前のところが長さが違うことに、ボタンを掛け違えて、シ
 
ャツの前の部分の右側と左側とでは長さが違うことに気がつくことができなかったので
 
あった。「西洋の庭園の多くは均整に造られるのにくらべて、日本の庭園はたいてい不
 
均整に造られますが、不均整は均整よりも、多くのもの、廣いものを象徴出來るからで
 
ありませう。」(川端康成『美しい日本の私』)「断片だけがわたしの信頼する唯一の
 
形式。」(ドナルド・バーセルミ『月が見えるだろう?』邦高忠二訳)「首尾一貫など、
 
偉大な魂にはまったくかかわりのないことだ。」(エマソン『自己信頼』酒本雅之訳)
 
「読書の楽しさは不確定性にある──まだ読んでいない部分でなにが起きるかわからない
 
ということだ。」(ジェイムズ・P・ホーガン『ミクロ・パーク』26、内田昌之訳)。






最終更新日  2015年05月06日 21時57分03秒
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カテゴリ:象の椅子
ブレッズ・プラス

 昼ご飯を食べに西院のブレッズ・プラスに行く途中、女性の二人組がぺちゃくちゃしゃ

 
べりながら、ぼくの前から近づいてきた。ぼくは、人の顔があまり記憶できない性質なの
 
で、もう覚えていないのだけれど、というのも、ちらりと見ただけで、もうケッコウとい
 
う感じだったからなんだけど、ぼくに近い方、道の真ん中を歩いてた方の女性が、ぼくの
 
出っ張ったお腹を見ながら、「やせなあかんわ。」と言いよったのだった。オドリャ、と
 
思ったのだけれど、まあ、ええわ。人間は他人を見て、自分のことを振り返るんやからと
 
思って、チェッと思いながらも、そのままやりすごしたのだけれど、ほんと、人間という
 
ものは、他人を見て、自分のことを思い出してしまうんやなあと、つくづく思った。パン
 
屋さんに入って、BLTサンドのランチ・セットを頼んでテーブルにつき、ルーズリーフ
 
を拡げると、つぎのような言葉がつぎつぎと目に飛び込んできた。「今、わたしの存在を
 
維持しているのはだれか?」(ジーン・ウルフ『新しい太陽のウールス』50、岡部宏之訳)
 
「人間がその死性を免れる道は、笑いと絆を通してでしかない。それら二つの大いなる慰
 
め。」(グレゴリイ・ベンフォード『輝く永遠への航海』下・第六部・5、冬川 亘訳)
 
「人生で起こる偶然はみな、われわれが自分の欲するものを作り出すための材料となる。
 
精神の豊かな人は、人生から多くのものを作り出す。まったく精神的な人にとっては、ど
 
んな知遇、どんな出来事も、無限級数の第一項となり、終わりなき小説の発端となるだろ
 
う。」(ノヴァーリス『花粉』 66、今泉文子訳)「人生を楽しむ秘訣は、細部に注意を
 
払うこと。」(シオドア・スタージョン『君微笑めば』大森 望訳)「細部こそが、すべ
 
て」(ブライアン・W・オールディス『三つの謎の物語のための略図』深町眞理子訳)
 
「本質的に小さなもの。それは芸術家の求めるものよ」(フランク・ハーバート『デュー
 
ン砂丘の大聖堂』第二巻、矢野 徹訳)「人生はほとんどいつもおもしろいものだ。」
 
(タビサ・キング『スモール・ワールド』5、みき 遥訳)「そうした幸せは、まさしく
 
小さなものであるからこそ存在しているのだ」(サバト『英雄たちと墓』第II部・4、
 
安藤哲行訳)「重要なのは経験だ。」(ミシェル・ジュリ『不安定な時間』鈴木 晶訳)
 
「人生のあらゆる瞬間はかならずなにかを物語っている、」(ジェイムズ・エルロイ『キ
 
ラー・オン・ザ・ロード』四・16、小林宏明訳)「経験は避けるのが困難なものである。」
 
(フィリップ・ホセ・ファーマー『飛翔せよ、遙かなる空へ』上・15、岡部宏之訳)
 
「すべての経験はわたしという存在の一部になるのだから」(ジーン・ウルフ『拷問者の
 
影』11、岡部宏之訳)「新しい関係のひとつひとつが新しい言葉だ。」(エマソン『詩人』
 
酒本雅之訳)「レサマは「覚えておくんだよ、わたしたちは言葉によってしか救われない
 
ってこと。書くんだ。」とぼくに言った。」(レイナルド・アレナス『夜になるまえに』
 
通りで、安藤哲行訳)「われわれのかかわりを持つものすべてが、すべてわれわれに向か
 
って道を説く。」(エマソン『自然』五、酒本雅之訳)「あらゆるものが、たとえどんな
 
につまらないものであろうと、あらゆるものへの入口だ。」(マイケル・マーシャル・ス
 
ミス『ワン・オヴ・アス』第3部・20、嶋田洋一訳)「創造者がどれだけ多くのものを被
 
造物と分かちもっているか、」(トマス・M・ディッシュ『M・D』下・第五部・67、松
 
本剛史訳)「作品と同時に自分を生みだす。というか、自分を生みだすために作品を書く
 
んだ」(オースン・スコット・カード『エンダーの子どもたち』上・4、田中一江訳)
 
「人生の目的は事物を理解することではない。(……)できるだけよく生きることである。」
 
(ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』下・8、岩崎宗治訳)「生きること、生き
 
つづけることであり、幸せに生きることである。」(フランシス・ポンジュ『プロエーム
 
(抄)』VII、平岡篤頼訳)。






最終更新日  2015年05月06日 21時55分50秒
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カテゴリ:象の椅子
寝るためのお呪(まじな)い

羊がいっぴき、羊がにひき、羊がさんびき……

 
羊がいっぴき、羊がにひき、羊がさんびき……
 
羊がいっぴき、羊がにひき、羊がさんびき……
 
一晩中、羊たちは不眠症のひとたちに数えられて
 
ちっとも眠らせてもらえなかったので、しまいに
 
怒って、不眠症のひとたち、ひとりひとりの頭を
 
つぎつぎと、ぐしゃぐしゃ踏んづけてゆきました。
 



寝るためのお呪(まじな)い、ふたたび


棺がひとつ、棺がふたつ、棺がみっつ……

 
棺がひとつ、棺がふたつ、棺がみっつ……
 
棺がひとつ、棺がふたつ、棺がみっつ……
 
一晩中、死んだ父親が目を見開いて棺から
 
つぎつぎ現われてくる光景を見ていたので
 
まったくちらとも眠ることができなかった
 



空気金魚


 人間の頭くらいの大きさの空気金魚が胸びれ腹びれ尻びれをひらひらさせながら躰をく

 
ゆらし、尾びれ背びれを優雅にふりまきながら、弟の差し出したポッキー状の餌を少しず
 
つかじっていた。空気金魚は、この大きさで、空気と同じ重さなのだ。ポッキー状の餌も
 
空気と同じ重さらしい。一人暮らしをはじめて三十年近くになる、広い屋敷は逆に窮屈だ、
 
そろそろ帰りたい、と弟に話した。弟は隣の部屋に入っていった。ドアが開いていたので、
 
つづいて部屋に入ると、空気娘たちが部屋のなかに何人も漂っていた。気配がしたので振
 
り返ろうとすると、弟がぼくの肩に手を置いて「兄さんは、興味がなかったかな?」と言
 
う。外見はぼくのほうが父親に似ていたが、性格は弟のほうが父親に似ているのだった。
 
まったく思いやりのない口調であった。
 



パーティー


 ぜったい嫌がらせに違いないと思うのだけれど、弟に屋敷を出たいと言ったつぎの日の

 
今日に、なんのパーティーか知らないけれど、パーティーが開かれた。空気牛や空気山羊
 
や空気象や空気熊や空気豚などが宴会場になっている大広間で空中にただよっているなか
 
に、弟に呼ばれた客たちが裸で牛や山羊や象や熊や豚などに扮して、かれらもまた空中に
 
ただよいながら酒や食事を空中にふりまきながら飲食や会話をしているのだった。不愉快
 
きわまる光景であった。あしたの朝いちばんに屋敷を出ることにした。






最終更新日  2015年05月06日 21時54分50秒
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カテゴリ:象の椅子
百人のダリが曲がっている。

中庭でベンチに腰掛けながら、ジョン・ダンの詩集を読んでいると、小さい虫がページの

 
うえに、で、無造作に手ではらったら、簡単につぶれて、ページにしみがついてしまって、
 
で、すぐに部屋に戻って、消しゴムで消そうとしたら、インクがかすれて、文字までかす
 
れて、泣きそうになった、買いなおそうかなあ、めっちゃ腹が立つ。虫に、いや、自分自
 
身に、いや、虫と自分自身に。おぼえておかなきゃいけないね、虫が簡単につぶれてしま
 
うってこと。それに、なにするにしても、もっと慎重にしなければいけないね、ふうって
 
息吹きかけて吹き飛ばしてしまえばよかったな。ビールでも飲もう。で、これからつづき
 
を。まだ、ぜんぶ読んでないしね。ああ、しあわせ。ジョン・ダンの詩集って、めっちゃ
 
陽気で、えげつないのがあって、いくつもね。ブサイクな女がなぜいいのか、とかね。吹
 
き出しちゃったよ、あまりにえげつなくってね。フフン、石頭。いつも同じひと。どろど
 
ろになる夢を見た。
 



科学的探究心


 きょうも、中庭で、ジョン・ダンの詩集を読んでいた。もう終わりかけのところで、昼

 
食の時間を知らせるチャイムが鳴った。ぼくは詩集をとじて、立ち上がった。ちょっとよ
 
ろけてしまって、ベンチのうえにしりもちをついてしまった。すると、噴水の水のきらめ
 
きと音が思い出させたのだろうか。子どものときに弟のところに行こうとして、川のなか
 
でつまずいておっちんしたときの記憶がよみがえったのであった。鴨川で、一年に一度、
 
夏の第一日曜日か、第二日曜日に、小さな鯉や鮒や金魚などを放流して、子どもたちに魚
 
獲りをさせる日があって、なんていう名前の行事か忘れてしまったのだけれど、たぶん、
 
ぼくがまだ小学校の四年生ころのときのことだと思う。川床の岩(いわ)石(いし)につまず
 
いて、水のなかにおっちんしてしまったのである。そのときに、水際の護岸の岩と岩のあ
 
いだに密生している草の影のところの水が、日に当たっているところの水よりはるかに冷
 
たいことを知ったのだった。しかし、川の水は流れているわけだし、常時、川の水は違っ
 
た水になっているはずなのに、水際の丈高い草の影の水がなぜ冷たいのかと不思議に思っ
 
たのであった。ただし、ぼくが冷たいと思ったのは、川のなかにしゃがんで伸ばした手の
 
さきの水だったので、水面近くの水ではなくて、水底に近い部分だったことは、理由とし
 
てあるのかもしれない。水底といっても、わずか2、30センチメートルだったとは思う
 
のだけれど。子ども心に科学的探究心があったのであろう。水のなかで日に当たっている
 
ところと水際の草の影になっているところに手を伸ばして行き来させては、徐々に手のひ
 
らを上げて、その温度の違いを確かめていったのだから。水面近くになってやっと了解し
 
たのだった。水の温みは太陽光線による放射熱であって、直射日光の熱であったのだった。
 
すばやく移動しているはずの水面近くの日に当たっているところと影になって日に当たっ
 
ていないところの温度は、太陽光線の放射熱のせいでまったく違っていたのだった。いま
 
でも顔がほころぶ。当時のぼくの顔もほころんでいたに違いない。40年以上もむかしの
 
ことなのに、きのうしゃがんでいたことのように、はっきりと覚えている。あっ、あの行
 
事の名前、鴨川納涼祭りだったかな。それとも、鴨川の魚祭りだったかな。両方とも違っ
 
てたりして。
 



ゴリラは語る


 弟の子どもの双子の男の子たちの勉強をみているときに、大谷中学校の2013年度の

 
国語の入試問題のなかに、山極寿一さんの『ゴリラは語る』というタイトルの文章が使わ
 
れていて、その文章のなかに、おもしろいものがあった。「「遊び」というのは不思議な
 
もので、遊ぶこと自体が目的です。」「ゴリラは、日に何度も、しかもほかの動物とは比
 
べものにならないほど長く、遊び続けることができるのです。」、「時間のむだづかいに
 
も見える「遊び」を長く続けられるのは、遊びの内容をどんどん変えていけるからです。」
 
いや~、これを読んで、ぼくが取り組んでる詩作のことやんか、と思った。ゴリラとは、
 
ぼくである。ぼくとは、ゴリラであったのだ~と叫んで、弟の子どもたちとふざけて、部
 
屋じゅう追いかけっこして騒いでいたら、突然、部屋に入ってきた弟に叱られた。ちょっ
 
とイヤな気がした。
 



死父


 朝、死んだ父に脇腹をコチョコチョされて目が覚めた。一日じゅう気分が悪かった。






最終更新日  2015年05月06日 21時53分38秒
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2015年05月04日
カテゴリ:象の椅子
開戦

 きょう、日本が宣戦布告したらしい。仕事帰りに、駅で配られていた号外で知ったのだ

 
った。それは、地下鉄から阪急に乗り換えるときに通る地下街にある、パン屋の志津屋の
 
まえで受け取ったものだった。まだ20歳くらいのやせた若い青年が配っていた。押し付
 
けられるようにして受け取ったそれをチラ見すると、バックパックにしまって、阪急の改
 
札に入った。階段を下りていくときに、ちょっとつまずきかけたのだけれど、戦争ってこ
 
とについて考えていたからではなくて、ただ単に疲れていて、その疲れが足元をもつれさ
 
せたのだと思った。烏丸から西院まで、電車のなかで戦争についてずっとしゃべりつづけ
 
ていた中年の二人連れの女たちがいた。こういうときには、なにも考えていなさそうな男
 
たちが大声で戦争についてしゃべるものだと思っていたので意外だった。むしろ中年の男
 
たちは何もしゃべらず、手渡された号外に目を落として、うんざりとした顔つきをしてい
 
た。若い男たちも同じだった。西院駅につくと、改札口で、いつも大きな声で反戦を訴え
 
ていた左翼政党の議員が、運動員たちとともに、警察官たちに殴られて連行されていくと
 
ころだった。人が警察官たちに殴られて血まみれになるような場面には、はじめて遭遇し
 
た。捜査員なのか、男が一人、その様子を見ている人たちの顔写真をカメラでバチバチと
 
撮っていった。ぼくはすかさず顔をそむけて駅から離れた。部屋に戻ってPCをつけると、
 
ヤフー・ニュースで戦争の概要を解説していた。ほんとうに日本は宣戦布告したらしい。
 
ふと食べ物や飲み物のことが気になったので、近所のスーパーのフレスコに行くと、みん
 
な、買い物かごに食べ物や飲み物を目いっぱい入れてレジに並んでいた。ぼくも、困った
 
ことにならないように、数少ない野菜や缶詰や冷凍食品などを買い物かごに入れてレジに
 
並んだ。酒もほとんど残っていなかったのだが、とりあえず缶チューハイは二本、確保し
 
た。値段が違っていた。清算するまで、いつもと違った値段が付けられていたことに気が
 
つかなかった。人間の特性の一つであると思った。こんなときにも儲けようというのだ。
 
どの時代の人間も同じなのだろう。どの時代の人間も同じように愚かなことを繰り返す。
 
ようやくレジで代金を支払い、買ったものを部屋に持ち帰ると、すぐにキッチンの棚や冷
 
蔵庫のなかにしまい込んだ。
 



蜜の流れる青年たち


 屋敷のなかを蜜の流れる青年たちが立っていて、ぼくが通ると笑いかけてくる。頭のう

 
えから蜜がしたたっていて、手に持ったガラスの器に蜜がたまっていて、ぼくがその蜜を
 
舐めるとよろこぶ。どうやら、弟はぼくを愛しているらしい。白い猫と黒い猫が追いかけ
 
っこ。屋敷には、ぼくの本も大量に運ばれていて、弟が運ばせていた。弟は、寝室で横た
 
わっているぼくの耳にキスをして部屋を出て行った。白い猫と黒い猫たちが後方に走り去
 
っていった。と思った瞬間、その姿は消えていて、気がつくと、また前方からこちらに向
 
かって、くんずほぐれつ白い猫と黒い猫たちが走り寄ってきて、目のまえで踊るようにし
 
て追いかけっこして後方に走り去り、またふたたび前方からこちらに向かって、くんずほ
 
ぐれつ走り寄ってきた。猫を飼っていたとは知らなかった。でも、よく見ると、それが母
 
親や叔母たちが扮している猫たちで、屋敷の廊下をふざけながら猛スピードで駆け巡って
 
いるのだった。ぼくのそばを通っては笑い声をあげて追いかけっこをしているのであった。
 
完全に目を覚ましたぼくは、廊下中に立っている蜜のしたたる青年たちの蜜を舐めていっ
 
た。
 



戦時下の田舎


 戦時下だというのに、弟の屋敷では、時間の流れがまったく別のもののように感じられ

 
る。中庭に出てベンチに坐って、ジョン・ダンの詩集を読んでいる。ページから目を上げ
 
ると、ふと噴水の流れ落ちる水の音に気がついたり、小鳥たちが地面の砂をくちばしのさ
 
きでつつき回している姿に気がついたり、背後の樹のなかに姿を隠した小鳥や虫たちの鳴
 
く声に気がついたりするのであった。ぼくが詩を読んでいるあいだも、それらは流れ落ち、
 
つつき回し、鳴きつづけていたのであろうけれども。足元の日差しのなかで、裸の足指を
 
動かしてみた。気持ちがよい。夏休みのあいだだけでも巷の喧騒から逃れて田舎の屋敷で
 
ゆっくりすればいいと、弟が言ってくれたのだった。西院に比べて桂がそんなに田舎だと
 
は思えないのだけれど。ぼくはふたたび、ジョン・ダンの詩集に目を落とした。ホラティ
 
ウスやシェイクスピアもずいぶんとえげつない詩を書いていたが、ジョン・ダンのものが
 
いちばんえげつないような気がする。






最終更新日  2016年01月24日 17時28分28秒
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