時代屋 1-2 恋歌(二)竜田姫と楓の木 (詩小説:泡沫恋歌さん) ※四季の素材 十五夜さんの絵と
絵:四季の素材 十五夜さん 詩小説:泡沫恋歌さん ツイッター:泡沫恋歌 @utakatarennka1 時代屋シリーズ 其の二 【 竜田姫と楓の木 】 日本には四季を司る四柱の女神がいます春を司る佐保姫(さほひめ)夏を司る宇津田姫(うつたひめ)冬を司るのは筒姫(つつひめ)錦秋の紅葉の華やかさは竜田姫(たつたひめ)風神でもある、秋を司る女神ですある日、竜田姫は白い牝鹿に変身して竜田山の森林を散策しておりました山では楓が真っ赤の染まり柿や栗の木にはたわわに実って古い木の株にはきのこも生えています今年も豊穣の秋だと満足に微笑む竜田姫でしたその時、一本の矢が飛んできて、牝鹿の脚に突き刺さりました痛みに嘶く、白い鹿の姿の竜田姫に、弓矢を持った若武者が走り寄ってきました「ああ、なんてことをしてしまったんだ」薬草を牝鹿の脚に塗ってくれたのです「白鹿は竜田山の精霊に違いない」どうかお許しくださいと、額ずいて若武者は何度も謝りました鹿に変身した竜田姫は元の姿に戻り「そこな、若武者よ。吾は竜田姫じゃあ」美しい女神の出現に若武者は驚き目を見張った燃えるような楓の木の下で竜田姫と若武者は惹かれあったのですこの場所でふたりは会うようになりました永遠に時が止まったようにふたりは手を握り見つめ合っています不老不死の女神と人間との儚い恋若武者の国に隣国から兵が攻めてきました「竜田姫、私は戦(いくさ)に行かねばなりませぬ」「どうか、ご無事に! 武運長命じゃあ!」そう唱えると、真っ赤な楓で鎧甲冑を紅く染めた「吾はこの楓の木に宿って、そなたの帰りを待っています」紅い鎧甲冑で馬に跨り、若武者は出陣していきましたそれから、ずっと楓の木の下で来る日も、来る日も、来る日も……ひたすら若武者の帰りを待ち焦がれる不思議なことに、楓の木は一年中紅葉していたまるで燃える竜田姫の恋心のように美しい唐衣裳(からぎぬも)を広げたようにそんな或る日、紅い鎧甲冑姿が通りかかるだが、その者は待ち望んでいた若武者ではなかった「紅い鎧甲冑では目立つ、戦では数多の矢が放たれる」これを身につけていた者は矢に当って死んだというああ、なんてこと! 吾が紅く染めた鎧甲冑のせいであの若武者が矢に討たれたというのか!?嘆き、悲しみにくれる竜田姫宿っていた楓の木が一気に落葉してしまった葉っぱが風に舞い 秋の空を真っ赤に染め上げて女神の流した涙で「竜田川」が生まれた秋風に吹かれると、なぜか切ない気持ちになるのは……竜田姫の悲恋のせいかも知れません ― 終り ―