番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

2017/04/21(金)20:50

携帯への電話から。

今年、1月5日の夕方6時過ぎ、携帯が鳴った。母が入院していた病院からだった。 なにかあったな、と思いつつ出ると、 「お母さまの血圧が急に上がって・・・何分で来られますか?」 と、看護師さんの声。 「10分で」 答えて、ジャージを着替えて車で向かう。歩いても5分程度の距離だけど、車で行った方がいいような気がした。 病院に着いたのは、電話をもらってから10分たってなかったと思う。 病室へ上がるエレベーターを待つ。 降りてきたエレベーターのドアが開くと、移動ベッドに載せられた母が若い担当医の付き添いで出て来た。酸素吸入をしてもらっていたような気がする。 そのままCTスキャンを撮る部屋へ。 ドアの脇のベンチで待つこと10分程度。撮影した画像を見つつ担当医が言うには、脳の中央付近に出血が見られるとのこと。 「この病院では脳外科の対応が出来ないので、病院を移します」 そう言って、担当医と母のベッドはどこかへ消えた。 病院のロビーで待っていると、玄関のすぐ脇で救急車のサイレンが鳴り出した。 担当医がやってきて、 「近くの脳外科病院に移送しようと思いましたが、満床なので、別の病院に向かいます。救急車に同乗しますか?」 車を病院の駐車場に起きっぱなしにするわけにもいかないので、搬送される病院の名前と住所を聞いて、救急車に先立って出発する。 冬の7時過ぎ。メインストリートももう暗い。 搬送される病院を目指して走っていると、後ろから救急車がサイレンを鳴らして近づいてきた。 他の車同様、停止してやり過ごす。母が乗る救急車だった。 「あちらの世界に旅立とうとしている母親が運ばれる救急車に追い越される体験って、そうそうないよなぁ・・・」 なんてことを考えていた。 搬送先の病院に着くと、母は集中治療室に入ったらしく、誰もいない。 救急の待合室に座っていると、救急車に同乗してくれた担当医が通りかかる。 その若い先生も、母が今後どうなるかはわからないし、 「十分お世話できずにすみません」 「いえいえ、こちらこそどうもお世話になりました」 といった挨拶ぐらいしか交わしようがない。 待合室で待つこと1時間少し。 治療室に呼ばれて行くと、母はベッドに横たわり、グースカ眠っていた。 救急担当の医師は、パソコンにCTスキャンの画像を表示しながら、 ・脳室の壁を破って、脳室内に出血がみられる。 ・出血の量は大量ではないが、わずかと言える程度でもない。 ・場所が脳の中央付近なので、手術は出来ない。 ・出血が続くのか、止まるのかは、経過をみなければわからない。 ・意識が戻るかどうかはわからない。 ・予後は決して楽観できない。 等々、要するに命を閉じる時も近いという冷厳な事実を、簡潔に、ひとつひとつ、きちんきちんと説明してくれた。 ぼくは、なるほどね、と思いながら、かなり冷静に聞いていた。 そのまま、母はこの病院に入院することに決定。病状を説明してくれた医師が僕に、 「個室にしますか、それとも相部屋に?」 「どう違うんですか?」 「差額ベッド代が1日6000円ほどかかりますね」 「あ、なるほどぉ・・・」 夜10時過ぎの救急センターで交わすにしては奇妙な会話だなぁと思ったけれど、でも大事なことだな。 夜遅くでもあり、相部屋だと他の患者さんを起こしてしまいそうで申しわけないので、個室へ入れてもらうことに。 3階の病室に落ちついた母は、ただひたすら深く深く、眠っていた。

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