Jazz Guitaristのひとりごと

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2009年09月06日
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二ヶ月前、僕が出版している教則本の会社から突然電話がありました。

電話に出ると「大泉さんと言う方から、加藤さんと連絡を取りたいという問い合わせがあったんですが、その人に加藤さんの連絡先を教えても宜しいですか?」との事でした。


大泉さん・・・、その名前は、勿論覚えていました。
今から20年くらい前に知り合って、音楽繋がりで仲良くなった親友でした。
でも、その後、引越したりして、いつの間にか、お互い連絡も取れなくなっていました。


僕が出版社の人に「その人は僕の親友なので、電話番号を伝えて下さい」と言いました。




その日の夜に、彼から電話がありました。



もう、声を聴いた瞬間、あまりに懐かしい声に、胸打たれました。

ああ、懐かしい・・・


彼は僕に、こう言いました。
「もうすぐ一年になるんだけど、あれからお店を開いてさ。時々ライブやってるお店なんだけど、今度、ギター持って遊びに来てよ!」

「それは凄いね!じゃ、早速、来週にギター持って遊びに行くよ!」


僕もそう言って、電話を切りました。




そして、来週の月曜日、気持ち高鳴る中、彼のお店に行きました。




"ON THE RAILROAD"と書かれた看板をくぐりお店に入ると、そこは木の匂いに包まれた、凄く温かみのある空間でした
お店に入ってすぐ左にはライブステージがあって、カウンターもテーブルも全て手作りの木で出来ていて、椅子に座った瞬間、とても心地よくて、ずっとそこに居たくなりました。




大泉さんとの、20年ぶりの再会。
それは、何とも嬉し過ぎる再会でした。


「こんな素敵なお店を開いて、頑張ってるんだなあ・・」とか、「未だにギター弾いてて、嬉しいなあ・・」とか、とにかくお互いを讃え合う、最高の時間でした。


大泉さんは、シンガー・ソング・ライターです。
凄く歌が上手くて、フィーリング抜群で、そして、何しろ声が凄く魅力的です。
あんな深い声の持ち主は、なかなか居ないなあと思います。







その再会の日から、一ヶ月半。

じつは昨日、その"ON THE RAILROAD"の開店一周年の日だったんです。



勿論、駆けつけました。

お店に入ると、既にお客さんでいっぱいでした。

つくづく、大泉さんの人徳だなあ・・・、と思いました。



途中、大泉さんのライブがあって、ボーカリストのマヤンさんと、先日から僕の所にギターを習いに来ている弟子の拓美君のライブ、その後、僕もギターを弾きました。



僕は最初、ソロでギターを弾いていたんだけど、その後、先日、"ON THE RAILROAD"で初めて会ったベーシストの西やんと一緒に、キャラバンと、ウォーター・メロンマンを弾きました。
凄く盛り上がって、なんと明け方まで、本当に幸せな時間でした。



そして、最後には大泉さんがバラードの曲を歌って、ライブは終わりました。




でも、そのバラードの曲・・・、詩もメロディも、聴いた事がある・・・

耳を傾けている内に、ふと思い出しました。


「そうだ、あの時に聴いた曲だ!」



あの時とは、20年前に一度だけ行った、大泉さんのライブを聴いた時のことです。


それは、大泉さんのオリジナル曲でした。


ああ、20年経っても、心に沁みる良い曲は忘れないんだなあ・・・








大泉さんのお店、"ON THE RAILROAD"

http://on-the-railroad.verse.jp/coupon.html

是非、一度立ち寄ってみて下さい。
きっと、また行きたくなる、温かみのあるお店です。










最終更新日  2009年09月07日 03時32分39秒
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2009年05月24日
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「そう言えば、最近、日記を書いていないなあ」と、昨日ふと思ったので、そろそろ書こうかなあと思って書いています。




「最近」



ずっと、いつも、ついつい外食ばかりになってしまっていたので、最近は自炊を心掛けています。
ご飯を炊いて、味噌汁を作って、納豆&玉子ごはんとか、たまに魚焼いたりとか、そんな健康的な生活をしています。



でも、なんと言っても辛いもの好きの自分にとって、どうしても欠かせないものがあります。


LEEの20倍カレー(レトルト)です。

かなりカレ~カレーです。



最近どこのコンビニやスーパーに行っても売っていなくて、「もしや、もう製造中止になってしまったのかな・・」とヒヤヒヤしながら毎日捜していたのですが、なんと、わりと近くの7イレブンに売っていて安心しました。



だから、6袋くらい纏め買いをしてしまいました。

今朝もカレーを食べました。



という訳で、最近はよく買い物にも出掛けるのですが、先日なんちゃらマーケットに出掛けたら「陳 建一の麻婆豆腐」という、ただ豆腐を入れて炒めるだけのインスタントのやつがあって、感激して思わず買ってしまいました。

なぜ感激したかと言うと、僕は立川駅ビルにある「陳 建一の麻婆豆腐屋さん」の大ファンだからです。
以前、立川にあるライブハウスのハーフトーンに行く時、必ずライブ前にそこに行って食べていました。
辛くて美味しいのです。

という訳で、さすが陳 建一の麻婆豆腐だけあって、インスタントでもとても美味しかったです。
しかも一袋で2食分入っているので、明日の朝も麻婆豆腐食べるしかないあるよ。












最終更新日  2009年05月24日 16時18分14秒
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2009年01月18日
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本日、僕の大親友が池袋でジャズバーをオープンします。
お店の名前は、「P's Bar」。
http://ktmhp.com/hp/psbar/top

彼は、もう一年以上前から「お店を出したい・・」、と言っていました。
でも山あり谷あり、僕の想像を遥かに超えた苦労があって、今日という日を迎えたのだと思います。

でも、その熱い気持ちは、この一年数ヶ月ではなくて、彼の中ではもっともっと前から芽生えていたのだと思います。
その長年の夢が、やっと今日花開くのです。


男は人生の中で、一度は大きな夢に向かって、精一杯の力を出すものだと思います。
彼も、その人生の一つの大きな夢に向かって、歩き始めました。
でも、それは、彼にとってあくまでも一つの出発点であって、彼の中には、もっともっと大きな「夢」を感じます。

夢とは、先ず、抱かなければ実現しないものだと思います。
ただ考えていたら、何も始まらない。
ずっと考えているだけだったら、ずっと、何も起こらない。
そこで、最初の一歩を踏み出すか出さないかで、本当に大きな違いがあると思います。
でも彼が、その偉大なる第一歩を踏み出した事、本当に素晴らしい事だと思いました。
僕の大親友が長年夢見てオープンしたお店、ぜひ皆さんに来て欲しいです。

僕もたまに出演しますが、他の日も素晴らしいミュージシャンが沢山出演します。
そして何よりも、このお店のオーナーは、気さくで人間味溢れた、とっても魅力的な人なので、是非会って欲しいです!


















最終更新日  2009年01月18日 12時52分08秒
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2009年01月01日
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新年明けましたおめでとうございました!


昨年中は、大変お世話になりました。
ライブに来て頂いたお客様も、遠くから応援してくれている方々も、その応援があっての自分だと深く感謝しております。
今年も昨年以上に頑張って行きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

日記は、ちょっと書かないと、何となく書くのにテレが出て、遠ざかってしまいますが、これからはちょくちょく書くように心掛けたいなと思っています。


昨年暮れは連日の忘年会続きで、ちょっと飲み過ぎてしまったので、お正月は身体を労わりつつ、のんびりと過ごしています。
たまには、こんなのんびりした日を過ごすのもいいなあと思いました。








最終更新日  2009年01月01日 15時40分57秒
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2008年01月07日
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新年明けましておめでとうございます!



と言っても・・・、もう七草、ご挨拶が大変遅くなりました。(笑)



この正月は、新年会セッションなどに出掛けましたが、その他の時間は、ずっと家で練習をしていました。
ピッキングについて、やはり結局なかなか良いものが見つからなかったのですが、去年暮れからちょっと掴み掛けて来たものを感じたので、どうしても到達したいと思い猛練習に入っていました。

去年は、音楽を演奏する上でも、精神的に何か大きなものを掴みたいと思い、一人で急勾配の山を20キロの荷物を背負い、8時間(下りは4時間)登って、一人用テントで一泊して降りて来ました。
自分にとって、人生を賭けた(笑)大きな試みでした。

精神的にも、技術的にも、更に大きな音楽に取り組んで生きて行きたいです。
今年も頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。



2008.1.7

加藤 泉














最終更新日  2008年01月07日 22時38分27秒
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2007年01月31日
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今年に入って早いもので、もう2月ですね。
日記も、随分滞ってしまいました。

去年暮れから、またピッキングの悩みが生じて、大スランプに陥っていました。
ピックを替えたり弦を替えたり、そしてピックの微妙な角度、宛て方、持ち方など・・、試行錯誤の日々でしたが、今日やっと何かが見つかった気がしました。

いや、じつは何を隠そう、もう何十年も、こんな事ばかりずっと考えています。
まさにピッキング人生です。



ん?

いや・・、人の家に忍び込むとか、そんなんじゃないんですよ!




家でギターの練習をしていて「これだ!」と思っても、いざステージに立つと全然違くて、また振り出しに戻されるんです。
それで、「違う・・」と思い、また練習をして、ステージに立つ。


この繰り返し・・・


本当、家の練習で何かを見つけても、ステージでそのまま通じるかと言うと、全く違います。

今日は少し明かりが見えたのだけど、次のライブの時、また違うかも知れない。
でも、もしかしたら、上手く行くかも知れない。
それは、本当に全く分からないのだけど、少しづつ理想に近づきたいです。


本当に本当に、もっともっとギターが上手くなりたい!!!


この2月はライブも少ないので、思いっきり充電期間にしよう。
今日得た感触を忘れないように、練習漬けになろうと思っています。


僕は、じつは練習嫌いです。
いつも、重い腰を上げて「さあ、練習しなくちゃ・・」という感じで、毎日を過ごしています。
でも、こんな、何かにチャレンジしている時は、何故か練習が楽しくて楽しくて仕方がないです。
不思議なものですね・・・
もう、一日中ギター弾いていても飽きないです。



よし、やるぞ!!











最終更新日  2007年02月01日 19時15分37秒
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2006年12月29日
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皆さん、今年もあとわずかですね。

本当に、今年もあっと言う間でした。




今年も、皆さんの温かい応援のお陰で、とても心温まる一年でした。

どうもありがとうございました。

そして、本当に素晴らしい出会いも沢山ありました。

本当に、心から感謝しております。

来年も、今年以上に頑張って行きますので、どうぞ宜しくお願い致します。




来年は、皆さんにとって、素晴らしい年でありますように・・・

みんなが幸せでありますように・・・

心より、お祈り申し上げます。




尚、今年は喪中なので、新年のご挨拶は控えさせて頂きます。

どうぞ宜しくお願い致します。




加藤 泉













最終更新日  2006年12月30日 02時34分31秒
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2006年07月28日
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本日、滞りなく、父の葬儀を終える事が出来ました。
皆さん、本当に、どうもありがとうございました。
そして、皆さんには、この度は大変ご心配をお掛けした事、深くお詫び申し上げます。




加藤 泉









あの日、僕は昼から3人の生徒のレッスンがあり、授業をしていました。
そして、夜は、都内にあるホテルでの演奏の仕事だったのですが、いつも通り、夕方5時に家を出ました。

家を出る前、玄関の近くの扉を開けて、父に、「じゃ、行って来るね。」と、挨拶をしました。
父は、「いってらっしゃい。」と、いつもの通りの声で言いました。
その時父は、いつもの通り、変わりなく、黙々と絵を描いていました・・・



僕は、車を走らせ、仕事場へ向かいました。
そして、夜中24時頃に仕事が終わり、また家路に向かいました。



家に着くと、父が寝ている部屋の扉は閉まっていて、小窓からは、小さい豆電球が灯っていました。
僕は、「ああ、親父は寝てるんだな・・・」と、いつも通りに、心の中で、ごく普通に思いました。

僕は、2階へ行き、自室に入りました。
そして、いつも通りに、パソコンを観たり、本を読んだりして、仕事帰りの時間をひとりで過ごしていました。

明け方の4時過ぎ頃、そろそろ寝ようかと思った時、下から呻き声がかすかに聞こえました。
僕は、父に何かあったと直感し、急いで階段を駆け降りました。
階段の途中で、もう一回呻き声が聴こえました。
その後、「ドスン」という倒れる音が聴こえたような気がしました。
僕は、緊迫しました。

父の寝室へ着くと、さっき閉まっていた扉が開いていて、父が廊下から部屋へ向かった状態で、部屋の中央で倒れていました。
それを見た時、僕は、本当に驚きました。
すぐに、救急車を呼ぼうとしました。

僕はまず、1階にある電話の子機を探しました。
1階の部屋中、駆けずり回りました。

でも、見つからない。
(この時、普段使わない電話の親機の存在を、完璧に忘れていたのです・・・)

僕は、すぐに階段を上り、自分の携帯から119番しようと思いました。

しかし、その時、携帯を見ると、充電が殆ど(メモリ1)残っていませんでした。
僕は、慌てて、充電器に携帯を差込み、119番しました。

でも、気が動転してしまい、119番が思うように押せない・・・
手が震えました。
気持ちをしっかり持つよう、自分に言い聞かせながらの時間でした。

やっと119番を押して、救急隊員が電話に出ると、今度は、自分の住所が思い出せなくなってしまった。

でも、何とか気持ちを落ち着かせて、住所を告げました。
救急隊員から、心臓マッサージをするよう、指示されました。
僕は、父を仰向けにして、懸命に心臓マッサージをしました。
その時、どの位の強さで押せば良いのか分からなかったのですが、以前観たテレビドラマのシーンで心臓マッサージをしていた場面を思い出し、そのイメージで行いました。




10分程して、サイレンの音が遠くから聴こえ、救急車が到着しました。
サイレンの音で、僕は気づき、外へ出て見ると、何故か消防車が近づいていました。
進行方向の先を見ると、救急車が既に家を通り過ぎていたので、慌てて手を振って、合図しました。
消防車は、家のすぐ前で停まりました。
中から、数人の救急隊員が走って来ました。
救急車は、その後すぐに家の前に停まりました。

6~7人の救急隊員が、部屋へ、一斉に、どっと入って来ました。
すぐに、心臓マッサージと、心電図、それから、風船みたいな物を使って、口から空気を入れていました。
点滴もしました。
でも、その時注射針を刺し間違えて、沢山血が流れました。
それを見て、父を可哀相に思った。

その間、他の救急隊員が、無線を使って、病院とやりとりをしていました。
本当に、緊迫した時間でした。


約15分程して、父は、担架に乗せられ、救急車に運ばれました。
僕も、急いで同乗しました。
救急車は、かなり速いスピードで走っていました。


所沢市、防衛医大病院。
到着すると、15人位の医師や看護師が、入口で待機していました。
その人数を見て、僕は驚きました。


到着後、すぐに集中治療室に運ばれました。
僕は、待合室で待つよう言われましたが、その間、兄に電話しました。
携帯の充電が残りわずかだったので、公衆電話から掛けました。
その時、兄の電話番号は携帯の中に記録してあったので、一度携帯の電源を入れ、それを見ながら公衆電話のダイヤルを押し、電池を節約するために、すぐに携帯の電源を切りました。
ダイヤルしている間、「いつ電源が切れるんじゃないか・・・」とヒヤヒヤしていました。


兄が電話に出ると、父の状態を告げました。


15~20分程して、集中治療室から一人の医師が、僕のいる待合室に来ました。
その医師は、「お父さんは今、心臓停止、呼吸停止、その後、回復が見られなかった為、只今、心臓マッサージをやめました」と、僕に言いました。
臨終という言葉は、言いませんでした。


1時間程して、兄の家族が病院に到着しました。
僕はその時、集中治療室の中の、父のそばに居ました。
ドアが開き、兄が部屋へ入って来て、近寄り、父を見ました。
兄は、その時、何が起こったのか解らなかったと思います。

後から聞いた話ですが、僕が兄に電話で伝えた時、兄は入院の用意もして来たとの事です。
元気だった父が、まさか、死んでしまうなんて思っていなかったのです。


その後、兄も、医師から告げられ、父の死を知りました。









僕の父は、僕が生まれるずっと前から油絵を描いていました。
そして、僕が子供の頃は、日本では最高峰の展覧会の日展や、数々の上野の大きな展覧会に出展して、都知事賞など、幾つかの賞も受賞しました。
その後、版画に転向し、個展を開いたり、また、近年では、県の展覧会に出展して、2年連続して受賞しました。

昔から、母との喧嘩を見た事がありません。
人に優しく、自分にとても厳しい人でした。

父は、愛知県瀬戸市に生まれ、小学生の頃、両親を亡くしました。
16歳で上京。
食べるお金もなく、大変苦労をしたと聞きます。


僕は、小さい頃、父に、よくいろんな場所へスケッチに連れて行かされました。
浜に横たわる廃船、港の風景、工場地帯など、いろいろな風景を父と一緒にスケッチしました。
父は描くのがとても早く、僕はいつも着いて行けませんでした。
「さあ、次へ行くぞ」と父が言う時、僕は、いつも半分も描けていませんでした。




僕が生まれる前から、ずっと絵画を描き続け、亡くなる直前まで絵画を描いていた父。
偉大な、芸術家でした。

そして、人間として、心から尊敬出来る、歴史に残るくらい素晴らしい人格の父でした。




僕は、大した親孝行が出来なかった事を悔やむ。
もっともっと、いろんな事してやれば良かったと、つくづく悔やむ。

でも、唯一、小さな親孝行が出来たかな、と思うこと・・・
それは、小さな喫茶店で僕がライブをした時、同じ場所で、同時に父の個展を開たこと。

その時、僕はお客さんに向かって、「父のこの絵は30万ですが、僕のCDは、その100分の1の値段で買えますので、是非CDを買われる事をお奨めします!」なんて、冗談を言ったっけ。





お父さんへ

人に何一つ迷惑を掛けなくて、自分の人生を全うした父。
本当に、お疲れさまでした。
天国で、母と共にゆっくりと休まれて下さい。



加藤 泉














最終更新日  2006年08月01日 03時07分49秒
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2006年07月24日
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本日未明、父が逝ってしまいました。

今年2月に母を亡くしたばかりだったのに、本当に悲しいです。

今は、頭の中が真っ白で、何も書けません。


加藤 泉







最終更新日  2006年07月24日 08時27分04秒
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2006年05月18日
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先日、こんなニュースを見ました。


「両足義足で初のエベレスト登頂成功。」(5月15日)

ニュージーランドのマーク・イングリスさん(47)は、登山家として今迄数々の山を登り、
その苦難の上凍傷になって、両足のひざから下を切断。
両足に義足を付けて、世界の頂エベレスト登頂に成功した。
登頂後、下山して、約450メートル下にあるキャンプ4に戻った時に、妻アンさんに「成功
したよ。」って電話したそうです。

こんな感動する良いニュースの後、
また、凄いニュースが飛び込んで来ました。

「鎌倉の70歳荒山さん、世界最高齢でエベレスト登頂成功。」(5月17日)

鎌倉市手広の経営コンサルタント荒山孝郎さん70歳7か月と13日で世界最高峰のエベレスト
登頂を果たした。



この二日の間、同じエベレスト山で、素晴らしい快挙を成し遂げた二人が居たのです。



「成せばなる」という言葉があります。

この言葉は、「ことわざ」として皆さん知っていると思います。
でも、この言葉は、「成せばなる、成さねばならぬ、なにごとも、成らぬは人の成さぬなりけり」
山形藩の第九代藩主である、上杉鷹山の短歌からきています。

「やり遂げようとすれば、何事も必ず達成出来るもの。でも、出来ないのは、『やろうと思わない』
からに他ならない。」
という意味にとれます。




このエベレストへ登った二人を思うと、まさに「成せばなる」という言葉があてはまる気がします。
この二人に、心から拍手を送りたい気持ちです。






















最終更新日  2006年05月19日 11時52分26秒
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