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雀坊の納戸~文鳥動向の備忘録~

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2013年03月17日
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 私が脳内抹消している動物病院を、高評価する人もいる。例えば、「柏」では「(飼い主の飼育の仕方が悪いから病気になったと)罵倒され」、「世田谷」では「今まで助けてもらえ」なかったとし、手術と入院で費用が「8万円」かかったものの、お腹の膨張が治ったと喜び、インコ飼育歴20年、パソコン情報収集歴10年で、ようやく信頼できる獣医さんに巡り会ったと、他人にも勧められているのを見かけた。
 確かに、それはそうだったのだろうし、気持ちはわからないでもない。獣医さんに、これまでの飼育方法を全否定されては、飼育歴が長ければ長いほど、思い入れが深ければ深いほど、反発を感じるのは当然で、獣医さんの「診療室トーク」などご自分たちが信じているほど説得力を持っていないことも多いので、納得出来なくて腹が立っても不思議はない。しかし、それは、動物病院に行く主目的である症状に対する治療とは直接関係がないのである。獣医さんの治療以外での発言は、個人的な意見のひとつに過ぎないので、「あ~、思い込みが激しいんだな」と聞き流しておけば良いはずなのだ。あまり腹が立つなら、「いらんことゆーなや、ボケぇ!」くらい、関西弁でぼそっと言ってみればその場で済んだものと思う。
 お説教したがり屋さんの獣医さんから見れば、『20年の飼育歴』といったあまり根拠にならない自信を持つ飼い主は、一番危険な存在に相違ない点を認識したほうが良いだろう。頑迷に昔の方法論を繰り返すだけの存在に見えてしまうらしいのである。従って、全力で(自分も頑迷だとは気づかずに)否定しにかかってくるわけだが、そういったその獣医さん個人の特性は、(有名なので)情報収集力と分析力があれば、予め認識出来たはずである。認識していれば、「あぁ~、なるほど、『困ったちゃん』が始まったか~」くらいにしか感じなかったのではなかろうか。
 「今まで助けてもらえ」なかったのは、今までが今より重篤なケースであった可能性が高い。危篤状態や不治の病では、どのような獣医さんでも救命は不可能なのは言うまでもない。むしろ、この飼い主さんが言うところの「柏」や「世田谷」が、私が想定する獣医さんたちなら、漏れ伝わる専門外の飼育面や栄養面でのどーしようもない非科学性や、飼い主に対する応接面での稚拙さを別にして、専門の小鳥の医療面でのみ評価するなら、日本では有数の存在のはずだ。従って、彼らであれば、8万円の開腹や手術を必要とせず、その場でちょいちょいと切開したり、穿刺するくらいで治った症例ではなかったかと想像するのが、むしろ自然であろう。

 ベテラン飼い主の経験論の落とし穴は、客観性に欠けることだ。自分が見た事実は自分の解釈を伴い、その解釈は正しいとは限らないが、それに気づかず、誰でも同じ解釈になると、無意識のうちに信じているのである。例えば、たびたび話の種にして申し訳なく思っている某文鳥漫画に、文鳥が「自分のウンコをちゃんと認識していて」、自分の脚の指に自分のフンが付いているのに気づかなければ普通に行動するのに、気づいた途端にショックを受けた様子になる、といったことが描かれている。そして作者は、フンを汚いものと認識するからショックを受けるのだと解釈しているわけだが、私に言わせれば、フンと認識していないことを示す行動でしかない。なぜなら、フンを汚いとする認識そのものが、人間的な解釈、それも文明人にのみ理解される解釈に過ぎないからである。なぜ、フンが不浄なものなのか?犬など大喜びで糞まみれになるではないか?汚いと思わなくてもショックを受けるのでは?自分の身に得体のしれないものがくっついていればどうするか?まして飛翔の障害にならないように、身繕いを完璧にし続けるのが小鳥の習性では?だから、飛び出した羽などを気にするあまりに、羽毛曲げがエスカレートするのが文鳥的「毛引き」ではなかったか?と、普通にブツブツといろいろ考えていく客観性があれば、別の解釈に落ち着くはずだ。「間違えて(フンを)口にしちゃったりすると、すごくイヤな顔に」なるに決まっている、食べ物ではないのでまずいのだ。「飲み水にウンコが入って」いると「ものすごく哀しい顔に」なるに決まっている、それがない状態に慣れているに過ぎない。面白くはないが、「ウンコは汚いもの」とする固定観念に縛られなければ、明らかではないか?
 客観的にものを見ようと意識しない限り、場当たり的な印象に過ぎない経験をいくら繰り返しても、比較など不可能に近い。病院行きました。怒られて腹立ちました。違うとこ行きました。死んじゃいました。また違うとこ行きました。手術して治りました!これでは、永遠に経験は生かされない。どういった症状でどのような診断を受け、どのような治療をとるに至ったか、それは合理的と言えるのか否か。手術などという重大な話なら、その場で別の動物病院に診せに行き、その見解を踏まえて比較し、どちらの診断が合理的なのか、どういった点でそのように判断したのか、そういった検討を経ない限り、少なくとも他人にこっちが良くこっちが悪いと、簡単には言えるはずがない。その場その場の自分の主観だけの印象論で、信じる信じないなどと決めてしまうのは危険だということを、理解すべきだと思う。
 ネットで情報を仕入れるなら、客観的に正しく比較検討する能力が必要だ。事例を検討し、報告者の客観性も考慮しなければならない。その主張が、ベテランのものであれ、何らかの権威のものであれ、そんなことは関係ない。人は思い込みをする生き物で、ベテランやら権威やらと自分を位置づけてしまうと、それは『固陋』『頑迷』の始まりとなる。経験を聞いて参考にする他人が、そんなものに振り回される必要はない。

 私は、「飼育歴20年、パソコン情報収集歴10年」の人に、「歴」の点で勝るとも劣らないが、それがほとんど意味を持たないことを自覚している。そうした『無知の知』が身につくほど賢くないが、認識はしていようと努めている。従って、客観的に検討しようと努力するし、主観的な推奨よりも、経過がよくわかる体験談をもとに考える。考えて、ごく単純な治療以外で、評価できるケースが無いので、脳内抹消に至っている。その評価を覆しうる事例に、お目にかかりたいものである。
 そもそも、批判能力に欠けた善良な飼い主の体験談に頼らなくとも、獣医師であれば、奇跡的な施術の数々を、論文にまとめて公表しているはずなので、それを(内容は理解出来なくとも、何か書いたり発表しているのが分かるだけで良い)確認すれば、ある程度技量は想像できてくる。実際、そういった症例研究を掲げる動物病院のサイトも多い。また、小鳥の医療は特殊なので、誰から医療技術を学んだかを知ることができれば、どの程度期待して良いかも想像出来よう。実際、自分の修行先研修先をサイトに掲げている獣医さんも多い。翻って、飼い主への宣伝効果も見込めるそういった行動を、他の面では宣伝熱心な獣医さんが実施していなければ、疑惑しか起きないと、私は思うのだが、如何なものであろうか?そうしたことを考慮せず、一体どういったところに注目し、ネットを利用した情報収集や分析をされているのか、不思議と言わねばなるまい。
 人間として、騙され上手なのは、(特に日本では)一種の美徳と言える。「お人好し」が悪いはずがない。しかし、動物病院選びに関しては、ペットが身体的な危難にさらされるのである。「お人好し」では済まないので、しっかりしたいものである。






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Last updated  2013年03月27日 21時59分10秒
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