
1月13日の新聞朝刊「読者:声の欄」に、久々目に留まる投稿があった。お題は、
「批判は簡単 参画・提言型になろう」
というものだ。確かに・・・新聞の投稿欄は、業者へのクレームや、もの申す式の苦情のたぐいが実に多い。思わず
「だから?」 と逆に問いたくなることもある。「だから、どうすればいいのですか?」と。

例えば、
後期高齢者医療制度は廃止せよ、という批判は数多い。
「それでは、廃止した後は各自でしのいで下さいね」
ということだろうか。それは違う、とみんなが言うだろう。ところが、 「こういう制度がマシだと思うので、そっちに変えた方がいいと思います」 というたぐいの意見を、私は見たことがない。
社会構造が成熟し、パイの分け前が少なくなっている以上、バラ色のようなお話は簡単に出て来ないのは明らかだ。しかしながら、誰かが苦し紛れに素案なるものを示したとして、待ってましたと叩く人しかいないのでは、バカバカしくなって誰も考えることをやめてしまう。投稿欄の辛辣な 「批判」 を見るたび、こうした閉塞感を強く感じてはいた。
職場の提案制度~単なる不平・不満を述べるだけだと却下

職場に 「提案制度」 なるものがあり、問題点を改善するための提案を考える、ということを私もやっている。上司からは常に、
改善策の具体例を必ず挙げること、という注意が出る。現場で起きる問題点・不満は確かに 「上」 への批判めいた言動につながる訳だが、いざ 「たたき台」 をこしらえるとなると、それが 「他人の批評・批判」 の的になることを覚悟せねばならない。「批判はしたいが、批判の矢面には立ちたくない」 という、卑怯な態度を悔い改めるところから始めなければならない。これは、言うは易いが、けっこう難しいものだ。

結局のところ、先の投稿者がおっしゃるように、「参画・提言型」 に気持ちを切り替え、クリエイティブな発想を尊重する職場文化をみんなで作っていかねばならない訳だ。まずは自分の手の届くところから取り組むべし・・・か。