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テーマ:政治について(22932)
カテゴリ:東宝の映画、映画館
稚内滞在中、資料館にて「旧真岡郵便電信局事件」の展示を拝見する。大東亜戦争末期、ソ連軍による不意打ちの攻撃によって南樺太は地獄の戦場と化した。ソ連軍の無差別攻撃によって民間人が次々と銃弾に倒れる極限状態の最中、真岡郵便電信局に勤務していた女子電話交換手達が、「みなさん、これが最後です。さやうなら、さやうなら」と云う最後の通信を行った後、青酸カリで集団自決したのである。
この史実を映画化したのが「樺太1945年夏 氷雪の門」~昭和48年にクランクインした此の映画は、戦闘シーンに陸上自衛隊が協力するなど、リアリティにこだわった力作として前評判も上々であった。稚内市では街をあげて撮影に協力、稚内市内における先行上映では記録的な入場者数であったと云う。「ひめゆりの塔」に匹敵する国民的な反戦映画となるはずだった。 ところがだ。此処から「吐き気を催すような」事態が進行する。ソ連側の「クレーム」である。あの国がクレームを付けると云うことは、自国の恥部を暴露された時と相場が決まっている訳で、今回も正しく其のとおりであった。国際法に則り白旗を掲げて降伏の交渉に挑もうとする日本兵を、ソ連軍がことごとく射殺するシーンが「問題」となったらしい。あの国の知的レベルは相当なもので、例えば赤十字の旗などと、攻撃目標にされるだけの話だったことは当時のドイツ軍兵士らが証言している。此の種の国際法違反行為となれば挙げたらキリがないのは近年のウクライナ戦争でも同様で、既にプーチン何某などと「戦争犯罪人」に指定されている有様だ。 さて、例のクレームとやらだが、其の矛先が向かったのはあの「東宝」であった。 タイミングが悪かっただけかも知れない。当時、東宝は「モスクワわが愛」なる日ソ合作映画を完成させた頃であった。ソ連側は「氷雪の門」を東宝系の映画館で上映したら「モスクワわが愛」の完成フィルムを引き渡さない、などと脅迫したのである。如何にも共産国家らしいやり口だ。 東宝側は「ソ連との友好関係を損ねる恐れがある」と「総合的に」判断し、氷雪の門を手掛けた制作会社への劇場賃貸を断ることを決めた。だったら東宝以外で大々的に放映すれば良かっただけの話だが、不可解な現象は此の後にも起きる。興行規模の縮小が全国に波及したのである。其の理由が未だに解っていないらしいのだ。日本社会は、たまに時々こういった現象が起きる。何らかの「空気」が醸成され、誰もが忖度せざるを得なくなるのだ。 東宝側の判断は、一企業として間違っている訳ではない。正解不正解で測れない次元のハナシである。株主の為に利益をあげる必要があるし、従業員の雇用も守らねばならない。利害関係者が渦巻く現実社会で妥当な判断を下そうと呻吟したであろう姿も想像できる。然しながら、ソ連側からの「圧力」に毅然とした態度を取らなかったことで、思わぬ波紋をもたらしたことは事実である。 其れでは、東宝が「氷雪の門」は見捨てても成功に導きたかった「モスクワわが愛」とは、一体如何程の映画だった云うのだろうか。其の映画のストーリーは、被爆二世のヒロインが、ボリショイ・バレエ団への入団が許され、現地で出会った青年と恋に落ちると云う「所謂メロドラマ」である。メロドラマはやっぱりメロドラマでしかなく、ヒロインが「アメリカの原爆のせいで白血病に倒れる」と云う安直な設定は、モスクワの意向に忖度したような反米プロパガンダが垣間見える。 ソ連は、例えば千羽鶴の貞子さんのような存在を、反米教育の恰好のネタとしたことが判明している。病に苦しむ被爆者達が、ソ連の核兵器開発を正当化する口実に散々利用されたのである。モスクワわが愛も、其の一連の流れに酷似した設定であると云えよう。其のことを念頭に置くと、まったくしょーもないメロドラマである。全日本人が見るべき、ひめゆりの塔に匹敵する歴史大作よりも、そっちの方が大事だったとは、如何に当時のマスコミや知識人層が「反米親ソ」の「進歩的文化人」に溢れかえっていたことを割り引いても、まったく残念としか云いようがない。 「氷雪の門」が「幻の映画」となったことの代償は大きい。南樺太の歴史が忘れられ、国内で行われた地上戦が、まるで沖縄だけであったかのような誤解を招く結果になったかも知れない。 もう過ぎたことは取り戻せないことだが、最後に昭和天皇・皇后両陛下が、南樺太に散った乙女達を偲んで御詠みになられた御製・御歌を反芻し、精神衛生を取り戻すとしたい。 御製「樺太に 命をすてし たをやめの 心を思へば むねせまりくる」 御歌「樺太に つゆと消えたる 乙女らの みたまやすかれと たゞいのりぬる」 そして次に起きたことは 稚内駅からバスで宗谷岬へ向かった訳だが、有名な日本最北端云々の記念碑から少し離れたところに、大韓航空機撃墜事件の犠牲者の慰霊と恒久平和を願うモニュメント「祈りの塔」が設置されている。撃墜現場となった樺太沖の海域は、日本では稚内が最も近い場所に位置する。事件当時、稚内の航空自衛隊レーダーサイトが事件の一部始終を捕らえていた訳だ。ソ連軍戦闘機による民間機の撃墜と云う事態に世界が震撼した訳だが、稚内もまた東西冷戦の最前線であることを示した事件であった。 ソ連による明らかな国際法違反事件であり、進歩的文化人共もいい加減此の犯罪国家に愛想を尽かしたかと思いきや、 「アメリカが意図的にソ連の領空を侵犯させ、ソ連を罠にかけた」等と主張する輩が出る始末。四十年前の事象を現在の物差しで評しても仕方ない面もあるが、「氷雪の門」に纏わるトラブルとは比較にもならない大事件=つまり269人もの人命が奪われ、日本人28人が含まれていると云う事実をもってしても此の体たらくな訳だから、あの映画はどの道潰される運命にあったことは想像に難くない。 平和主義だの人権重視だの、もっともらしいことを並べておいて、最も追及すべき事実にだんまりを決め込んだ当時の知識人層は、まぁ平たく云えば平均的日本国民の写し鏡だったのかも知れない。思い出すだけで恥ずかしいし、ずばり「痛い」訳だが、決して其の恥部を忘れてはならない。そうでなければ犠牲者達の「みたまやすかれ」にならないのだから。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.07.20 00:10:04
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