|
カテゴリ:歴史
世界一受けたい授業で河合敦氏の『教科書に載せたい新歴史』から、面白いものを紹介する。
水戸黄門にはひげが無かった。 肖像画や木像などの水戸黄門にも実際、髭はない。 その髭を生やさなかった理由は、幕府が髭禁止令を出したから。 自分のひげにロウや松脂(まつやに)をつけ、非常に風紀を乱すということらしい。 戦国時代はひげがブームで、ひげの薄い人はバカにされた。秀吉の付け髭をしていたが、江戸時代になるとなくなってしまった。 明治になってからできた物語で、最初のお供は格さんと助さんではなく、俳句を作る人がお供のなっていた。 全然強くないが、格さんと助さんも強くなく、身と藩士の学者で、歴史の編纂が仕事で、とても拳法もできなかった。 江戸の初期であり、家来には中国人や黒人の家臣がいた。 織田信長にも黒人の家来がいた。 タモリのヒストリーXでの話も紹介する。 印籠は携帯用薬箱だったのだが、最初のドラマシリーズでは3回してでていないが、スポンンサーから好評で毎回出すようになった。 若かりし時は不良で傍若無人で家臣に下ネタばかりしていたが、正義の見方のように描かれているかは、農民に対して思いやりのある政策を行っていた。 不作のときは年貢を軽くしたり、広大な敷地を東京ドームと後楽園遊園地あたりにもっており、その一部を使って米をつくった。 その米を自ら率先して年貢として納めて、それを知った農民は快く年貢を納めるようになったという。 身寄りのない年寄りや子供を救済したり、親孝行した町人を派手に表彰して町全体のモラルを高めたり、そういうすばらしいことをした一部だけが芝居の題材となり、正義の味方像ができたのではないかとされている。 2話完結だったが、視聴者からの苦情(前のストーリを忘れてしまうなど)で1話完結になった。 実際は旅にはでていない。 水戸藩は御三家の一つで幕府の一大事に備えて常に江戸でスタンバイしていなければならず、一度も江戸を離れたことがないのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年10月08日 09時35分35秒
コメント(0) | コメントを書く
[歴史] カテゴリの最新記事
|