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スポーツ

2011年01月02日
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カテゴリ:スポーツ
「(秘)ノムラの考えと記されたノート 2006~」
いわゆる「野村ノート」には選手として大切な心構えが記されており
紹介します。

「思考が運命や人生を決定する。」

 考え方が変われば行動が変わる。  
 行動が変われば習慣が変わる。
 習慣が変われば人格が変わる。
 人格が変われば運命が変わる。


考え方は行動と連動しています。
自分を高めていく自己啓発に努めよ!

と記されている。

野村氏は言う。
「考え方というのはすべての起点になっています。
しっかりしたものの考え方をするような選手をつくっていくのが
育成の第一段階です。
変わることが進歩ですから、変わらないと何も進歩しない
ということです。






Last updated  2011年01月02日 22時16分50秒
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2009年12月09日
カテゴリ:スポーツ
2009年の今年、メジャーリーグで史上初の9年連続200安打を達成したイチローは名実ともに世界のICHIROだ。

それにしてもバランスの取れたイチローのフォームは美しいが、そのイチローはしばらく腹筋はしていない。とにかく体を柔らかくしなやかにし意識通りにコントロールできる身体に仕上げている。
日本から取り寄せた運動機器があるが、それらは効率良く体を柔らかくすることが主目的で、機械がないと自在にうまくできないためだそうだ。

今までどちらかというとスポーツの世界では体を固くする一方で、けがをしやすい体作りをある意味推奨していた。
失礼ながら清原和博さんをイメージすると良い。語弊があるかもしれないが、体を直線的に激しく動かし太くする一方で、関節等をすり減らし筋肉などが硬くなり、けがを誘発したのとは対照的だ。

ヨガや気功のようにスローで複雑な動きによりインナー・遅筋全体を鍛え均整のとれたスマートな体造りの時代に来ている。

スロージョギングが流行っているが、いずれにしてもストレッチが重要であり、早くも10万部突破したがストレッチ・メソッドをオススメする。

ストレッチ・メソッド






Last updated  2009年12月09日 22時37分04秒
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2009年03月08日
カテゴリ:スポーツ
「三洋電機(SANYO)ラグビー前優勝監督宮本勝文が語るビジネスとラグビー2」の続き。

◆2004年10月に監督になる時、井植会長からだと思うがその時の社業の状況含めどんな説得を受けたのか。
中国とインドの営業の責任者をやっていたので、市場はそんなに大きくないが人口的には地球の半分くらいやっていたので、仕事をいぇっている自負があったので、ラグビー監督やったら仕事誰がするのですかと言ったら、仕事の代わりは誰でもいるが、ラグビーの変わりはいないといわれ、それならそうdすねと・・・。

◆井植会長はなぜそれまでしてラグビーチームを強くしたかったのか?
これはいろいろな経営者の想いとか考えがあると思うが、ラグビーの存在価値って何かと考えた時にオリンピックで国民が応援するのと一緒で一体感がでるのと一緒で、そこに会社としては強いラグビーをもとめていた。それは応援してくれる地元であるとか、社員であるとか、そういう方々がラグビーが勝姿を見て元気になって社業で専念してくれるというところを強く願っていたと思う。
一体感を求めていた。

◆相当な決意をもって監督になったわけですね?
これが失敗したら会社に残れないくらいの気持ちでいた。

今年の3月決算で久方ぶりに黒字になったが、黒字で復帰と全日本選手権で初優勝と第三者としてみていても社員はどれだけ胸を熱くして勇気づけられたかわからないなと思った。

人間の美しい姿って一生懸命にやっている姿だと思う。僕のチームはそれができた。
すごくみんな一生懸命だった。そういうことで昨シーズンは開幕戦から試合を追うごとに社員の数が、こちらから来てくださいと言っていないのに、どんどん増えてきてくれて、最後の決勝では多くの方が自分のお金で実費で試合の観戦にきてくれて、そういう意味では指示通りのことができたかなと。社員の喜ぶ姿を見れたかなと。ちょっとええかっこすぎるかなと思うがこれは本音なんですよ。

◆一般のひとは来年も監督で連続優勝かと思っていたらさっと止めて海外営業の統括部長になったがこの人事は希望だったのか?

僕が監督になった時に選手が自分で考えないというところがあったがこの3年間で完全に選手が自分でできるようになって僕が言うことはほとんどなくなってきた。練習でも気づいてきて言おうかなと思ったら、選手間でここが違っていた、あれば間違っていた、こうしようああしようと、もう本当に選手間でできるようになって、試合中でもほとんど何もいうことなく選手に任せっきりなところがあり、もうそこまで選手が育ってくれたのでもうここは僕がいる必要ないと。またもう一度社業に復帰してもう一つの夢があったのでそっちにプレーヤーとしてやりたいという気持ちがあった。

◆もう一つの夢とは?
ラグビーをやっていると、どこのチームも一緒だと思うが、胸にブランド入っていて僕らSANYOというブランドでブランドに対する思いって非常に強い。たとえばサンヨーがトヨタに勝つことはあっていいのかな?ないかもしれない。でもラグビーであればでかい会社に絶対負けないという自分のブランドに対する誇りをもっている。
今は自分のブランドのついた商品をもう一度世界で見たいという、大苦戦しているが、もう一回世界中の量販店に並べたいという思いがある。

◆ビジネスに戻って気持ちのマッチングはどうか?
それはラグビーの世界より厳しい(笑)。この世界は厳しいですよ本当に。相手は日本人ではなくグローバルなので。

◆趣味・拘りの品は?
馬の絵や置物も祀っている。
もともとうま年で丙午というのがあって自分では勝手に出世馬と思っているが、たまたま香港に駐在した時代に非常に業績が厳しい時にある馬の置物をもらった。それは金色で鳥の上を踏んで飛ぶ馬でそれをもらった瞬間から急に業績がよくなって、僕自身もそこからすごくウナギ登りというか調子よくプロモートしてもらって、監督になっていきなり7位から2位までいった。次は優勝だと思ったが、クラブハウスに大事に置いていたがマネージャーが足を折ってしまって、接着剤でくっつけていて、なんかおかしいなと思ったらすみませんと言ってお前これおれの守り神やないかといった。その年は案の定というか(笑)勝てなくってそこから馬をけっこう買いあさってあちこちに置いている(笑)

◆座右の銘は?
随処作主立処皆真(ずいしょにしゅたればたつところみなしんなり)
禅の言葉で俺が俺がというのではなく自分が立っているところで自分らしく真剣に生きていたらそれは自分が主人公なのである。どんな立場、どんなところあっても自分のやることをしっかりやっていれば自分が主人公でそれでいいんだということだと理解している。






Last updated  2009年03月08日 11時50分52秒
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カテゴリ:スポーツ
「三洋電機(SANYO)ラグビー前優勝監督宮本勝文が語るビジネスとラグビー1」の続き

◆よくラグビーと企業という話をする時にどちらかというと管理職の目線の話が多いが、プレーヤーの共通項はあるか?

しょせんラグビーは15人というスポーツの中で一番多い人数だが、基本的には個人対個人の戦いの集大成が組織対組織になっている。もちろん組織としてしっかりしていないといけないが、その前に個人のスキルというのが必ずあって個々人対個人の戦いがあって、そういう意味では監督とかそういう目線でいくのもそうだが、やはり個人対個人のスキルをあげながら一緒に戦っていくことは、一歩楽しいことで逆にそっちの方が今でも楽しいと思っている。

◆プレーヤーとして三洋電機の社員として結果を出していって2004年10月に突然ラグビー部監督になった背景・経緯は?

ちょうどラグビーチームが危機に瀕している中で当時の経営幹部がチーム入れ変えようという中で、大学時代全日本に入ってワールドカップに2回出てキャプテンも2回していたのと、プラス、逆にラグビーばかりやってきたというのではなくて仕事で別でやってきたという経験をチームに生かしてほしいという意向もあって白羽の矢がたったのかなと。自身は仕事が楽しかった時期なので非常に悩んだが、会社の命令事項なので・・・

◆ラグビーの現場で違ってみえたのは?
チームに入った時にまずひとつ驚いたのは選手に自分で考える能力がなかった。自分でどうしたら良いかというのがなくてどちらかというと受け身の状態だった。僕はラグビー離れて仕事をやっていたので目標に向かってどうするかということ、それはラグビー以外のことで、自分自身は上達者だと思うが、選手は逆に僕らの時より退化していたというギャップがかなりあった。

◆一番最初は何を?
もう言葉で説得できないので、自分を鍛えて選手と一緒になってトレーニングして測定とか定期的にする際選手に負けないような測定結果を出してお前ら弱いなと、口では勝てないので実践して。
ただ体が悪いのであれもこれもできないので、ベンチプレスと1500mの2つに賭けた。

監督って終った今わかることだが、好かれようとしたらダメ。好かれない職業だと思う。ただ認めてもらわないとダメで、認めてもらってはじめてものを聞いてくれる。だから好かれようと思っていない。好かれようと思ったらどうしても楽させてあげたり妥協してしまったりするので、妥協はぜったいしないけど認めてもらわなければならない。その部分でどうするかというのがあって、そこはひとつずつできたかなと思う。






Last updated  2009年03月08日 11時21分31秒
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カテゴリ:スポーツ
2008年9月11日、BS日テレ財部ビジネス研究所で、財部誠一氏がラグビーで創部48年目にして日本一になった三洋電機の前監督宮本勝文氏に迫り、多くの学びを得たので紹介する。

ラグビー部前監督で大阪府出身の宮本勝文氏(42歳)は同志社大学商学部出身、日本代表として二度のワールドカップへ出場した。全日本選手権で2008年3月までのシーズンで初優勝に導いた監督で同じく3月期決算で久方ぶりに黒字に転換と見事にリンクしてくる。
中心人物はどんな人物でどういう状況に至ったか、成功へのヒントを探った。

◆経歴
1988年エアコン事業部・資材購買部配属
1994年三洋電機貿易(現海外営業本部)中国営業部配属
2000年三洋電機香港市場営業責任者
2004年ラグビー部監督就任
2008年海外営業本部地域営業統括本部統括部長

◆優勝直前に男泣きした時の気分は?
自分の中ではやるべきこととはすべてやりつくした。試合前に選手の表情をみても今日はぜったい勝てると思った。しかし僕の過去の歴史は、大学時代から三洋電機時代まで優勝したことが一度もなくて、本当にここまでやっても優勝できないのかなと思っていたが、選手があそこまでばんばって優勝できたというのは、やはり自分の中でも足りなかったというのはあるが、それがやることやれば勝てたんだという非常な満足感、これ以上ないものだった。
決勝戦に8度進出して7回1分けで一度も勝ったことがなかったのでまた負けるのかとも思った。

◆2004年からはじまって2005年には経営危機だと言われ、経営者は変わり会社本体は激動期で歴史の中で一度も経験したことがないとんでもない時に監督を引き受けて優勝したのは特別な意味があったか。

他のチームより存在意義を示さないといけないという気持ちは強かった。
ラグビーは複雑で一つの言葉に言い表せないが、昨年は背水の陣というのを掲げた。
戦術的なものもあるが気持ちの中で一歩も引かないぞと後はないという気持ちがあった。

◆選手としては?
サンヨーの選手としては6年間でひざのケガをして28歳で引退した。

◆ビジネスの現場に入った違和感は?
ラグビーも仕事も結局勝負の世界。
ビジネスの世界も勝った、負けたがあって成績があって、そこで負けたくないというのがあって、もちろん他社に負けたくないというのがあってそうこうしていると非常に楽しく入れた。

続き






Last updated  2009年03月08日 11時58分07秒
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2008年12月07日
カテゴリ:スポーツ
野村克也監督が村上龍の番組、カンブリア宮殿で部下の叱り方に関した話は印象的だったのでメモしてみた。

星野仙一氏とは対照的、知将、野村克也監督はけっして怒鳴らない。
「良かったところは何もない・・・」「基本通りのピッチングをしていない・・・」
ぼやいてぼやいて時々ほめる。「マー君、神の子、不思議な子・・・」

人間は、「無視」「称賛」「非難」という段階でよく試されているというんですよ。
あっそれはなるほどそうだと。だからもう素質のない二軍のこの辺の選手は本当にまったく無視ですよね。
それでこいつはよくなってくるなと思うと、自然に褒めたり、声をかけたりしますよね。
主力選手をやってくれないと困ると言う段階の主力選手になると、やっぱり自然に非難する。言うことが厳しくなる。だからその辺のことを、「無視」「称賛」「非難」という話は選手によくしたんですよ。

叱ると褒めるは同義語だっていいますよね。同義語の裏には結局、情熱とか愛情とかいうものがないと叱ってもただ怒られているっていうふうな捕らえ方をすると思うんですよ。怒ってるんじゃない、叱ってるんだという、その辺の勘違いをするなと。お前がやらきゃこのチームどうするんだよ。っていうふうなね。そういう叱り方をするんですけど。叱られても説得力があると思うんですよね。

古田敦也氏もビデオでエピソードを語った。
「野村監督から一流の人間には非難しかしないと。一流には一流なりの責任もあるし、ある程度求められているものがあるから、それができたところでいちいち褒めない。しかし、それができなかったら俺は非難すると。だからお前らには非難すると言って、それは褒め言葉かなと思ったときもあったんですけど、結論からすると怒られてばっかりでしたけどね(笑)。」と。

ぼくは人間というものはね。何かにすぐれた人はいても、偉い人なんているわけないと思ってますから。威張っている人大嫌い。
オーナー来たってあんた偉いと思わない。あんた経営がちょっとだけうまいだけだろ。俺は野球が人よりうまいんだよ。同じじゃないかと思うからと。

野村再生工場






Last updated  2008年12月07日 21時17分06秒
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カテゴリ:スポーツ
日本代表監督を務めた星野仙一が村上龍の番組、カンブリア宮殿(金言集)で部下の叱り方の話は印象的だったのでメモしてみた。

ナレーション
時に鉄拳制裁の持さない熱き闘将、
「おまえなんとかせんかい!」「ボコボコっとビンタくらってスキッとした方が・・・」

小池栄子
星野さんは叱り方で悩むことは?

星野仙一
感情的になればいいんですよ。冷静な感情的。もう「うまく叱ろう」「うまく怒ろう」なんて思うから戸惑うんじゃないですか。もう感情のまま一瞬ポーンと出して後でうまくフォローするということを周りで考えればうまく叱れるようになるんじゃないかな。

村上龍
星野仙一だからやれることじゃないですかね。

星野仙一
それもあると思いますよ(笑)。
いろんな考え方があると思いますけども、僕はそういうやり方をしてきましたね。
それはあのー、手を出す時に「愛のムチだよ」なんて出しませんよね。その瞬間は感情ですよ。子どもを叩く時も感情ですよ。「あんたが可愛いからね」って後でつけるんですよ。

村上龍
でも愛情がないと叱れないですものね。

星野仙一
根底に愛情がないからうまく叱れないということです。

■話を聞いて
粗治療的な感情の発露は、多くの人がまねてもうまくいかないであろう。実績と人間力というか、周りから尊敬を集めているからこそ、部下は付いてくる。

また、感情的な人の多くは、自己愛による感情の発露でしかなく暴走しいつまでも引きずりがちである一方、星野仙一の根底は冷静なので怒りは瞬間的であり、フォローに気をつかっていることが伺える。

おそらくタイミングというか間の取り方も的確であり、実は自分の感情をコントロールできているので、部下をも真の意味でコントロール(納得し動く)できているのであろう。
どんな分野でも成功するであろう数少ない人物と思えた。






Last updated  2008年12月07日 16時52分33秒
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2008年11月08日
カテゴリ:スポーツ
■スポーツ・身体
・選手
イチロー、ウサイン・ボルト、ダルビッシュ有、イ・スンヨプ、石井慧、魔裟斗

・監督
星野仙一、野村克也

・元選手
中田英寿、桑田真澄

・元気を与えてくれる人物
アントニオ猪木、松岡修造

・その他
二宮清純、甲野善紀






Last updated  2008年11月09日 20時09分38秒
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カテゴリ:スポーツ
2008年11月3日のSMAP×SMAPに北京五輪金メダリストの石井慧(21歳)が出演した。
片岡鶴太郎がでてくる「ニッポン道場」でのこと。
はじめてバラエティー出演とのことだったが、意外な一面とさすがだと思えたので、その時のコメントを紹介する。

注目されることはすばらしいこと。
自分は注目されなかったり、プレッシャーがかからないとダメになってしまう。
総合格闘技は練習をして実力をつけて勝負したいと思っている。
なぐられるのは抵抗ある。
SMAPの歌の中で一番すきなのは“朝日を見に行こうよ”。
好きな女性は杉本彩。
会いたい人は田中邦衛。

遊ぶのは現役退いてからできると思っているので今は全然・・・
お酒は好きだが控えている。飲む日を決めて、飲む日は思いっきりのむ。
いろんな人の本を呼んで教わった。
時代劇、歴史ものが好き。忠臣蔵とか。木村拓哉の武士の一分は映画館で見た。
戦国武将で一番好きなのは上杉謙信(戦国時代の大名で毘沙門天の転生であると信じ武田信玄や織田信長らと合戦を繰り広げた)。
私利私欲で戦わず仁義で戦ってきたという生き方が好き。
写経(お経を書き写す)とかをよくやる。

練習は普通の選手とは違うことを行っている。
山があるが木を切ったり丸太を運んだりというトレーニングを。ヨガとかもやっていた。
デートは?格闘技のことで頭がいっぱい。
何もかも欲しがっていると本当に欲しいものは神様がくれないので
全部ガマンしないと。

昔から総合格闘技をみていて、絶対将来ここで戦ってみたいと思っていた。
オリンピックは通過点であった。
60億分の一(世界一)になることが第一の目標で、そしてそれにちゃんとついてくる精神力とか、心の面でも立派な男になりたいと思う。






Last updated  2008年11月08日 16時10分24秒
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2008年03月15日
カテゴリ:スポーツ
2008年 1月 2日にNHKで新春スペシャル対談 “野球”と“ベースボール”~ヒルマン監督・バレンタイン監督~が放映された。

大リーグビジネスに学べ
バレンタイン:日本の監督、コーチ、選手たちは大リーグ級だよ。しかし、ビジネスとしての日本のプロ野球は試合をつまらなくしているのでは。いいビジネスモデルとはいえない。日本が選手の大リーグ流出を防ぐのは日本のチームに大リーグと戦えるだけの強さがなければならないと思う。

ヒルマン:その通り。マーケティング手法については、僕にもいいたいことがある。選手の大リーグ流出を嘆き不満ばかり言っているのは間違いだ。日本の球場にはどこにでも、巨大なモニターがあってその巨大な画面にイチローと夢の共演をする日本のビジネスマンの姿が映ったり、松坂がビールの宣伝をする映像が流れたり、まったく意味がわからない。それは大リーグを若者にPRしているのと一緒だと思う。

バレンタイン:大リーグのビジネスのやり方は日本より優れている。大リーグは30球団一緒になってやっている。収益を分け合い、アイデアを持ち寄り、マーケティングにかかる負担も分担し、選手も共有している。例えばヤンキースは自前の放送局で、ロイヤルズがニューヨークへ来ることを宣伝し、ロイヤルズで好調な選手までも紹介する。個人主義の国アメリがで相互補助の仕組みができているんだ。

ヒルマン:ホームページも一緒だしね。

バレンタイン:1995年のストライキの後、選手会とオーナー会が互いに支えあうことの大切さを学んだ。経営者側が選手をPRし、選手も経営者側を宣伝するようになった。それに対して日本は、島国でグループ意識も高い、にもかかわらず、12球団がそれぞれ別に運営している。収益の分配もなく、アイデアも持ち寄ることもなく、マーケティング費用を分担することもなく、ともに何かをやることは一切ない。でもパリーグには6球団が一緒になって何かをやろうという意識がある。しかし、12球団が一緒にやらなければダメなんだ。一緒になって大リーグのビジネスモデルに習えば同じレベルになる。野球の世界的な発展のためにはすばらしいことだけどね。

ヒルマン:12球団が一つにまとまれば、大リーグに追いつくと思うんだ。ただ、一部には旧態以前とした考え方が残っているのも事実で、方向性を変えることは難しいだろうけどね。

バレンタイン:さあどうだろう。自分だけがよければいいという考え方なのか、考え方が古いのか、私にはわからない。
ところで、今年の開幕カードで札幌ドームに遠征し日本ハムと対戦するとき、東京では大リーグの試合が行われるという。これはどういうことだろう。どんな業界でもこれほどヘンな状況は作り出せない。でもなんと日本プロ野球連盟自ら作り出した状況なんだ。大リーグの試合が行われる日に、パリーグの開幕カードを行うと決めたんだ。大リーグは全国放送。私たちの試合は全国放送されないかも。それも去年の覇者日本ハムとロッテという好カードだよ。ローカル中継だけかも。

でも日本の選手の力は証明されてる。日本からアメリカへ渡る選手は日本でもらえる以上の年俸を手にすることができる。かつては大リーグの選手が日本へ出稼ぎに来たけど。今は日本の選手が大リーグで大金を稼いでいる。それというのも、日本では価値に見合った年俸を得られないからでしょ。以前の大リーグは有望選手をドラフトしマイナーリーグで育成していたが、今は日本で出来上がった選手を引き抜いて、チームに不足している選手を補強しているね。大リーグにとってはいいことだけど、日本プロ野球にとってはよくないことで、日本選手をいかに引き止めるか、対策をとるべきだ。

監督業というのは常に修正を迫られ、修正を続け、学び続け、楽しみ続けることが肝心なんだ。

対談を終えてヒルマンは、日本選手のレベルがどれほど高いかわかっていたことはうれしく思ったね。そのことを大リーグで広めてもらいたい。






Last updated  2008年03月15日 22時21分15秒
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