カテゴリ:カテゴリ未分類
昨日の日記の続きです。
思いがあるうちに書いとかなくちゃ・・・・ >その中で『人との出会い』『最近楽園展で購入した、お気に入りのCD』『心引かれる物>事』に共通する『あること』に気がつきました と書きましたが、ほんと、帰ってきてなにげ~にIZのCDを聞きながら用事をしているとき、ポンっと出てきたことがあったんですよ。 わたしね、『本物に触れる』ってことをここ2年くらい意識してきたんです。『本物』です。 どういことかっていうと、皮ならフェイクではなく『本物』を持つとか、ポスターではなく美術館で『絵』を見るとか、ミュージカルを生で見るとか、本なら著者に会って見るとかコンタクトを取るとか、自分の中の本物を求めている人達と出会うとか、出会ってる人・経験している人の話を聞くとか。 ネームバリューとか値段ではなく、その人や物の中に『魂』がやどっているのを直接感じるために、なるべく肌で触れて魂で感じて心で観るってことを意識してきたような感じなんだって改めて思ったんです。 CDから聞こえてくる会ったこともないIZの声があまりにも魂に響きました。HAWIANの彼が神にささげる歌。まるで自然界からさずかった大きな力を『肉体』をツールとして表現しているような感じを受ける彼の声は、なんだか風や雨雲を動かし、虹を呼び出し、光を導くような力を持ったような、そんなPOWERを感じさせます。彼の魂からの声。魂の歌う声。聞けば聞くほど、そんな風に聴こえてきます。 それを感覚で捕らえたとき、『本物』というキーワードが出てきたんです。 彼は『本物』だ・・・って。 うわべでどんなきれいごとを並べても、素敵に見えてもかっこつけても、私的にはピンとこないことがいっぱいあります。有名だ、すごい人だって聞いてもピンとこない。そんな人や物もあるわけ。 どんなに上手な歌を聞いても、そこに心が・魂がこもっていなければなんだか味気ない。 どんなに上手に説明できても、そこにが入ってなければ伝わってこない。 たとえ音が外れていても、一生懸命歌ってくれる子供達の歌に涙しちゃったりする ことば少なくても、心のこもった一言が一生の宝物になったりしてる。 きっとそういう感覚って誰しもが持ってるものなんじゃあないかな。ただ、自分の求めているものや方向性がはっきりしてないと『響かない』んですよね。アンテナたててないと電波がひっかららないのと同じで。 いつのまにか、無意識に『本物』だけに響くようになっている自分がいるのに気がついたのでした・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007/07/06 04:33:14 PM
|
|