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テーマ:肺塞栓症の怖さ(2)
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先月の21日の朝4時過ぎに主人の携帯のベルがなりました。
義母が危篤との知らせ… 急いで身支度をしている時再び携帯が鳴りました。 今息を引き取ったとの本当に思いもかけない知らせでした。 義母が家の中で転んで大腿骨を骨折し緊急手術をしたのが1月の中頃のこと わたしたち夫婦が病院に行った時には食欲もあり、病院から出された食事をおいしいと言って食べていた姿を思い出されます。 それら少しして血栓が肺に飛んで容態が急変し、結局義母とはそれ以来話しも出来ず入院して約40日で逝ってしまいました。 本当にあっけない死で今もまだ信じられません。 義母はとても温厚でのんびりとした性格、よく笑う人でした。 義父は若い頃から単身赴任で東京暮らし、そんな中二世帯で暮らしていた彼女の母親と姉に子育てを手伝ってもらいながら5人の子供たちを育てました。 今でも主人や弟妹たちはその叔母のことをとても慕っています。 年に少ししか家に帰らない義父は頑固で少し気難しく、義母はすべて夫の言うことに従うと言った感じ、また子供たちは父親が家にいる時はいつも隣の叔母の部屋かまたは自分の部屋に移動、家族団欒と言った姿をこれまで一度も見たことがありませんでした。 食事の時も義母は全員が食べ終わってから一人で食べていました。 葬儀は家族葬で執り行い、お通夜の後5人の兄弟姉妹とそれぞれの伴侶が付き添いながらそんな義母のことをいろいろと思い出しながら語りつくしました。 義母は本当に優しい人でした。 子供が出来なかった私には一言もそのことは触れずいつも優しく接してくれました。 義母の容耐が急変して2週間くらい立った頃でしょうか、義母から電話がかかってくる夢をみました。 「…さん、私です。…… 」 とても元気な明るい声で話した内容は全く覚えていないのですが、 夢から覚めてから、今のはなんだったのだろう… 今は話が出来る状態ではないのにどうして??、ただただ不安な思いが残りました。 それがただの夢だったのか、義母からの何かのメッセージたったのかはわかりませんが、あの夢の中での義母の明るい声が今も耳に焼き付いています。 義母は私にとっては本当に良いお姑さんでした。 長男の嫁として全く役割を果たせていなかったことにとても心苦しく思います。 今は義母が天国でも笑顔でのんびり過ごしているような、そんなことを想像しています。 お義母さん、82年間お疲れ様でした。 ゆっくり休んで下さいね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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