2024/03/02(土)18:19
水海道 坂野家 2018.11
当主は、惣名主のような存在で、新田開発の頭取のひとりにも任じられ、尽力したらしい。大生郷村の荒地再興の任に付いた二宮金次郎がここに逗留して仕法を施したとの記録が残っていると。
別窓24吋
藤田東湖と当主は交流があり、東湖から礼の品を贈られる関係であったとも。江戸期の豪農で地域や知識人、文化人の支援者であったのだろう。凝った装飾にためいきがでたが、辛うじて残されたものしか残っていない現実に、失われていく昔の風雅をいとおしく思う。
つくばの周辺は、時代劇の撮影によく使われると聞いていたが、紹介のパネルをみると、ここも随分いろいろな撮影に使われていた。ワープステーション江戸は、撮影専用の施設だったかと思うが、ここのような凝った現物の家は、本物の舞台に違いない。
印旛郡の房総のむらも現物を移築したものもあり、よく再現されていたが、ここのように現物の屋敷の一式の棟々がのこされていて、敷地内に奥行があるところは、格別だ。
佐倉の武家屋敷や旧堀田邸も実物の奥行が重厚で、旧堀田邸などは、元大名の屋敷で天皇を迎えられるほどの格式、煌びやかさもあった。ここは、豪農の屋敷として、武士とも商家とも違う贅をつくした見事な奥行だと思えた。土蔵の他に、文書庫用の土蔵もあった。豊かな農村での豊かな文化水準が確認できると思う。