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JE2LUZ・熊野

2019/11/09
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カテゴリ:世の中
今日の良い天気でした。
 本当に「天高く」という感じです。
 「天高く」と言えば「馬肥ゆる秋」と言われますが、この辺では「馬」は馴染みがないです。
 畑が無いのと、平坦な道が無いからか。「農耕・も「荷役」も昔から「牛」が使われてきていました。
 私が子供の頃は百姓の家には「牛」が居ました。
 今まで言う「黒毛和牛」で、「但馬牛」でした。
 「博労」という家畜商がまだ活躍していた時代です。
 子牛と靑牛を交換して回っていました。
 大きく育つ子牛は高いですし、「雄牛」は安かったようです。
 雄牛は気が荒いので、去勢・きんぬきをして居ましたね。
 田んぼで使った牛は大きくなったら卜選ろうが引き取るのですが、連れて帰って「肥育」して「肉牛」になるのですからそこでも「雄牛」は安いですからね。
 しっかり、丁寧に育てた牛は「松阪牛」になって居たようです。
 
 荷車引きも牛だったようです。
 戦前や戦時中は材木運びも「牛車」だったそうです。
 「評議越え」「八丁坂越え」なども牛車だったそうで、馬は使われていませんね。
 荷馬車専用の牛では、赤毛の牛も使っていたようで「朝鮮牛」なんてのを効いたことありますが、私の時代にはトラックになって居ましたね。
 牛は賢いので帰りには飼い主が寝ていてもちゃんと家に帰ってくれたそうです。

 家族のように可愛がって育てて、一緒に働いた牛との別れはその先が見えているのでつらかったようです。
 お袋などは博労さんとの商談が決まると引き取られるまで大泣きして居ました。
 牛も気配を察して鳴いていました。
 機械の自動車でさえ廃車にする時は寂しいのですから・・・
 百姓ってそんなことを乗り越えて生きてきたんですね。








最終更新日  2019/11/09 05:33:16 PM
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