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カテゴリ:思い出
これは日本交通公社のように歴史のある[トーマス・クック社という旅行業者の発行する時刻表です。 1978年11月号で2.50ポンドです。 当時の為替レートだと1ポンド500円ほどですから。一冊1250円ほどです。 紙は良くないですがヨーロッパを中心の国際版です。 日本も5ページ乗せていますが、残念ながら紀勢線は入っていません。 これが手元にあるのは、国内旅行の時同様時刻表を片手にヨーロッパを旅したからです。 約一ヶ月、切符はユーレ0ルパスを有効に使いました。 まだ30代で若かったですからね。 夜行をフルに使ってホテル代を浮かしました。 だから、順番に回るのでは無く、眠れるほどの時間を夜行に乗るので400Kmとかを行ったり来たり・・・ 楽しいものですよ。 学生時代も交通公社の大きな方の時刻表を持って旅をしていました。 日本の場合は。旅館情報から駅弁まで旅には欠かせませんでした。 先ほど中を見たのですが、今だとこの時刻表は拡大鏡が無いと使えないようです。 私は記念列車とかに乗る趣味が無いのであまり変わったことは無いのですが、ロンドンーパリ間を結んでいた「ナイトフェリー」に乗りました。 トーマスクック社に予約を入れ本社まで出かけて切符を受け取ってまで乗った列車です。 「Wagon lits」社の寝台列車でドーバー海峡を寝たままでわたれるたった一本の列車でした。 私が乗ったすぐ後の1980年10月31日で廃止されたものです。 このページは他のホームページの「ナイトフェリー」紹介のページにも載っています。 この列車は1等寝台だけがロンドン-パリ間直通で座席車の客は徒歩でフェリーに乗り換えました。 とにかくこれに乗ってドーバーを越えないと・・・というこだわりで乗ったのです。 ロンドン・ビクトリア駅からパリ・ノルド駅まで・・・ と言っても、夜行ですから「乗った」と言うだけですね。 でも、それが「旅の楽しみ」なんです。 人気ブログランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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ああなつかしい。
1980年7月末にまさしくこれに乗りました。 もちろん歩いて乗り替えましたよ。 当時はどこに行っても大きいリュックを背負った(ちょっと臭い)日本人学生がいました。 北海道のカニ族の次はアンノン族、そして海外カニ族が流行った時代です。 南回りのチケットが50万円以上した時代です。 大平さんが亡くなって、日本に帰ったら善幸さんになっていました。 ロンドンではクィーン・マザー(今のエリザベス女王のお母さん)のお誕生日を盛大に祝っていたのを覚えています。 (2019/11/11 08:31:29 AM)
1979年から1980年にかけて外貨完全自由化が実施されましたが。私がわたることはそのほんの少し前なので、一ヶ月うろつくには業務出張をでっち上げて、日銀大阪で外貨枠を貰ったのです。
ポンドもフランも高いのでカフェに入るのも考えました。 通貨の安定したスイスフランで持ち出したのです。 まだ、日本円は肩身が狭かったです。 それでも日本のパスポートは田舎でも通用しました。 韓国のパスポートの人などは入国審査で時間掛かっていました。 (2019/11/11 03:55:32 PM) |