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「太陽がいっぱい」(1960年)など多くの映画に出演したフランスの名優アラン・ドロンさんが18日、中部ロワレ県の自宅で死去した。 遺族が同日、AFP通信に明らかにした。88歳だった。
「二枚目スター」の代名詞で、日本でも女性ファンをとりこにした。死因は不明だが、脳卒中で療養していたほか、リンパ腫も患っていたという。 35年、パリ郊外ソー生まれ。4歳の時に両親が離婚し、里親に育てられた。後年、仏誌パリ・マッチのインタビューで「不幸な幼少期だった」と振り返っている。17歳で軍に入隊。インドシナへ出征後、放浪の末に映画界を目指した。 57年、「女が事件にからむ時」で銀幕デビュー。ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」で、友人を殺し財産を狙う貧しい青年役を好演して一躍脚光を浴びた。「太陽はひとりぼっち」(62年)、「山猫」(63年)、「地下室のメロディー」(同)などでも主役級を担った。 一時ハリウッド入りしたものの水が合わず、フランスに戻って「冒険者たち」(67年)、「サムライ」(同)、「ボルサリーノ」(70年)などで男の友情や孤独、執念を演じた。「真夜中のミラージュ」(84年)で仏セザール賞主演男優賞を受賞。「危険なささやき」(81年)では監督も務め、俳優ジャンポール・ベルモンドさんらと共に仏映画界を代表する地位を確立した。 私生活では、俳優ロミー・シュナイダーさんとの婚約を解消、ナタリー・ドロンさんと結婚・離婚し、ミレーユ・ダルクさんと事実婚。女性関係は華やかで、晩年には連れ添ってきた日本出身の女性とドロンさんの家族が訴訟合戦を展開するスキャンダルもあった。 自身の名をブランドにした香水が人気を博すなど、実業家としても成功した。2017年に81歳で引退を表明。19年にカンヌ国際映画祭で長年の功績をたたえる「名誉パルムドール」を受賞後、脳卒中で手術を受けたことが明らかになった。最近は衰弱した様子が伝えられていた。 ![]() 太陽がいっぱいの最後のシーンは誰もに忘れられない衝撃が残ったことだろう。 ![]() 映画斜陽期に入ったころ、豪華な三大スター共演で大いに楽しめた。 僕らの時代の昭和の映画の大スターもほとんどが鬼籍に入り、現存するのはアメリカでは90歳代に入ったクリント・イーストウッド、日本では80歳代半ば過ぎの小林旭だけとなってしまった。この二人もいつ旅立ってもおかしくない年齢となっている。大変寂しいがいい時代に生きられて大いに楽しめた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.08.20 09:30:03
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