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2025.03.01
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ジョン・ウエインについての論評が出ていたので、載せておきます。

トランプ2.0時代と最も親和性の高いハリウッドスター
ドナルド・トランプが米大統領に返り咲いて、その動向を世界中が注視しているが、就任に先立つ1月16日、彼はシルヴェスター・スタローン、メル・ギブソン、ジョン・ヴォイトの3人を「ハリウッド特別大使」に任命して話題を呼んだ。

伝統的にリベラル派、つまり民主党支持者の圧倒的多いハリウッドにあって、3人とも珍しい共和党支持者であり、かつトランプ支持を表明していたスターである。しかしハリウッドの歴史上、最もタカ派として知られていた共和党支持者はジョン・ウェインだ。


ハリウッドの実力者として、左翼がかったリベラルな人々への睨みを利かせていたウェインは、赤狩りの時代にはアメリカ社会から共産主義者やそのシンパを追い出すことに正義を見出し、その後もヴェトナム戦争を支持することを堂々と主張していた点で、元祖“アメリカ・ファースト”を体現していたとでもいうべき存在だった。ゆえに、もしも40年ほど時間軸がずれていたら、トランプ政権のハリウッド特別大使どころか閣僚として起用されたかもしれない。

アンチ『真昼の決闘』としての『リオ・ブラボー
赤狩りの時期のハリウッドでのウェインは、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)の中で描かれている。即ち、下院非米活動調査委員会(HUAC)を全面的に支持する組織の議長であるウェイン(デヴィッド・ジェームズ・エリオット)は、ハリウッドで強い影響力を持っていたゴシップ・コラムニストのヘッダ・ポッパー(ヘレン・ミレン)と共に、言論と思想の自由を訴えてHUACに反対していた脚本家ダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)に対していわれなき非難の言葉を浴びせ、間接的にトランボをハリウッドからの追放に追い込んだ。

その後、ウェインがハワード・ホークス監督と共に作った西部劇『リオ・ブラボー』(1959年)は、先輩西部劇スターのゲイリー・クーパーが主演してアカデミー主演男優賞を受賞した『真昼の決闘』(1952年)を“アカの映画”とみなしたウェインが、そのアンチテーゼとして作った作品である。


『真昼の決闘』は、悪党一味が襲ってくる町の保安官クーパーに対して、先輩保安官だった老人を含む町の人々は静観を決め込み、酔っ払いと少年だけが味方になると言ってくれたものの戦力にはならないため断り、たった一人で戦う、という物語。しかし、その心は「赤狩りという理不尽な脅威に対して、とばっちりを受けないためにダンマリを決め込む人ばかりのコミュニティは崩壊しますよ!」というメッセージで、脚本を書いたカール・フォアマンは赤狩りの被害者だった。

これに対して『リオ・ブラボー』は、ほぼ同じシチュエーションで、保安官チャンス(ウェイン)は老人と酔っ払いと少年を助手に携えて悪党一味と戦うのだが、その心は「アメリカという国では悪に対して銃を手に取って堂々と戦うものだ!」というメッセージだった。

ヴェトナム戦争を肯定する『グリーンベレー
ウェインは長いキャリアの中で150本以上の作品に主演したが、監督としても2作品を手掛けている(兼主演)。西部劇『アラモ』(1960年)と、ヴェトナム戦争で戦う米軍特殊部隊を描いた『グリーンベレー』(1968年)だ。

今日でこそ、アメリカにとって最後の正しい戦争は第二次世界大戦で、朝鮮戦争やヴェトナム戦争は正義の戦いだったとはいえない、というのが一般的な理解だろう。しかしこの作品のスタンスは、「共産側はこの戦争を解放戦争などと呼んでいるが、米軍は自由世界の戦士として戦っているのだ」というものだった。ウェインと同じ共和党から大統領になった当時のリチャード・ニクソン大統領は、ヴェトナムからの撤退を公約として当選していたのだから、ある意味でウェインは合衆国政府や大統領自身よりも、もっとタカ派だったのだ。


製作は長男マイケル・ウェイン、助演に次男のパトリック・ウェイン、自らは監督・主演という力の入れようだったこの作品。戦争の大義に疑問を持つ従軍記者としてデヴィッド・ジャンセンも登場させているものの、基本的スタンスとしては“ヴェトナム戦争肯定派”作品だ。――当時、既にアメリカ国内でも反戦運動が高まりを見せ、若い世代を中心に<ラブ&ピース>のフラワー・ムーブメントが大きなうねりを示していた中での本作品の登場は、もちろん世間から総スカンを食らったものの、そんなことを気に病むウェインではなかった。


馬を車に変えただけ?『マックQ』で刑事アクションに転向
日本の時代劇と同様、ハリウッドでも西部劇というジャンルの観客動員があまり見込まれなくなった結果、その製作本数が減り、西部劇の王者だったウェインも1970年代に入ると刑事アクションに挑戦した。その最初の先品が『マックQ』(1973年)だが、実はその3年前、ウェインは自身の許に持ち込まれた刑事アクションの企画を断ってしまっていた。それが『ダーティハリー』(1971年)で、結果としてこれが大ヒットし、マカロニ・ウェスタンで人気の出たクリント・イーストウッドに第二の黄金期をもたらした。


ウェインの『マックQ』もまた、警察組織からのはみ出し者で、執念で悪党を追う一匹狼の警部補が主人公なのだが、ウェインにとっては西部劇と何ら変わりはなかったようで、保安官が警部補に代わり、馬が車に代わっただけ。ウェイン自身が「車に乗っているぶんには、鞍ずれの心配がない」から楽なのだと、同作品のキャンペーンで来日した際に語っていた。実際、『マックQ』の監督を務めたのは『OK牧場の決斗』(1957年)や『荒野の七人』(1960年)といった西部劇の傑作を撮ったジョン・スタージェスだった。

長年の相棒を殺されたウェイン扮するマック警部補は、事件の真相を究明しようとして麻薬王を締め上げたため署長から手を引くように命じられ、辞表を提出して私立探偵の登録申請をして事件を追う、という内容だが、要は相手がアメリカ社会にいるアカ野郎だろうが、共産主義を信じて自由社会の正義の米軍と戦う相手国兵士だろうが、麻薬でもうける悪党だろうが、この国にとって害となる野郎どもは懲らしめなくてはならない、そのために自分は銃を手に取ってこの国のために戦うのだ、という超愛国主義に他ならない。

“アメリカそのもの”とみなされたウェイン
時代遅れの愛国者として、若い世代からは眉を顰められていたウェインだが、それでも彼には政治的イデオロギーを超えてアメリカ人の心の琴線に触れる何か――開拓者精神を体現する何かがあった。……癌との戦いに敗れて1979年6月に亡くなった際にはロサンゼルス郡監督局はすべての官庁で国旗を半旗としてその喪に服したし、彼がまだ病床にある時、現職のカーター大統領が見舞いに訪れたというのも異例のことだった。

そして、アメリカの連邦議会では、建国以来83回しか例のなかった名誉勲章の授与を全会一致で決めたのだが、その審議のための公聴会ではエリザベス・テイラーやモーリン・オハラといった大スターたちが「彼こそはアメリカそのものだ」と涙ながらに訴えたという。そして、生前のウェインが目にすることのなかった名誉勲章には、たった一言、「ジョン・ウェイン、アメリカ人」とだけ刻まれたという。


ウェインと同時代のハリウッドスターで、共和党の赤狩り推進派だったロナルド・レーガンが大統領に上り詰めた時、多くの人が冗談のようだと冷笑したものだったが、いまや一部でレーガンはアメリカ史上最も偉大な大統領だったとさえ言われている。……トランプ2.0時代の今、インテリ層が頭を抱える一方で、大多数のアメリカ人がトランプに大きな期待を寄せているさまを見ると、ジョン・ウェインがアメリカで愛されたのと根っこは同じだと思えてならない。








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Last updated  2025.03.01 22:59:05
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