プロローグプロローグ―――以下は2018年現在の情報である。 2008年9月26日 ブラジル高原奥地の村々と連絡が取れなくなり始める。 2008年10月9日 サンパウロとの連絡が『ゾンビが来た』との通信を最後に途絶える。 2008年10月11日 ベロオリゾンテのアメリカ軍との連絡が断絶。 アメリカは調査隊を送ったが、調査隊もブラジル高原で消息を断つ。 2008年10月16日 リオデジャネイロから緊急の援軍要請。 アメリカ軍は大西洋の艦隊から援軍を発するが、リオデジャネイロに人影は無かった。 アメリカ軍は着陸を諦め、退却した。 2008年10月20日 難民がパナマ陸峡に現れる。 数日後には数万人に及んだ。 パナマ陸狭諸国は対応に困り、難民を追い返し始める。 2008年10月28日 ブラジルのサルバドル、クリティパ、ポルトアレグレからの連絡が途絶え、ブラジル政府は原因不明な出来事による緊急事態宣言という極めて異例な命令を発令する。 2008年11月1日 ブラジルで連絡の取れない街が2万を超える。 2008年11月5日 ベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ各国でも連絡の取れない街が出始める。 2008年11月14日 ブラジリアからの連絡が無くなる。 ブラジル政府とは完全に連絡が取れなくなり、国家間連絡が断絶した。 2008年12月2日 アルゼンチン、チリでも連絡不能な街が発生。 スリナム、ガイアナ、ウルグアイ、パラグアイからの音沙汰が完全に無くなる。 2008年12月11日 国連は南アメリカでの異変を『殺傷能力の極めて高い新型ウイルスによる脅威的感染』とし、アルゼンチン、チリ、エクアドル、ペルー、コロンビアからの住民の救済を開始。 2009年2月2日 南アメリカからの連絡は完全に途絶えた。 パナマは国境を封鎖し、南アメリカは、事実上、暗黒大陸となった。 2009年~2015年 南アメリカ大陸喪失による世界的な資源不足と経済的混乱の時代。 紛争はそれまでの2倍に拡大し、世界各国は資源を狙っていがみあった。 暗黒の6年間とも呼ばれる。 2016年 経済が回復し、世界情勢はようやく安定した。 そして2018年――― 悪夢の物語は再び始まろうとしていた。 「レイ、チビってないか?」 後ろでアランのにやついた声がする。 「まさか。だったらお前は?」 レイは肩をすくめ、聞き返した。 アランがばか笑いした。 「もうとっくに漏らしてる!」 レイはにやりと笑うと、下を見た。 ヘリから垂れ下がったロープが下の地面までとどいている。 「おしめをかえとけ、よっ!」 レイは掛け声と共にロープを伝って飛び降りた。 ヘリのガトリング砲座から弾が勢いよく射出されている。 ギュルギュルギュルギュルギュル 手にはめた軍用グローブとワイヤー・ロープがこすれ、音をたてる。 レイは砂塵の吹き荒れる地上に着地した。 辺りには中東風の民家が建ち並んでいる。 ここは某中東国。 アメリカ海兵隊はこの街を制圧した武装組織への攻撃を行っていた。 レイ達<SAF>はその武装組織の首領の身柄を取り押さえるべく、投入されたのだ。 銃声が近づいてきた。 「OK, Let's move out!」 チームの隊長、シュナイダーが叫ぶ。 地上に降りた<SAF>達が頷く。 次の瞬間、迫撃砲弾がすぐ近くの民家に炸裂した。 爆発と共に壁が吹っ飛ぶ。 「うわああああああ!?」 <SAF>の1人がその瓦礫に押し潰された。 「カラード!」 レイは慌てて駆け寄った。 しかし、カラードの顔は既に血の気が無かった。 脳髄が飛び出していたのだ。 「In comei---ng!」 シュナイダーが狼狽して叫ぶ。 次の瞬間、付近に次々に迫撃砲弾が着弾した。 「退避!退避ーーっ!」 誰かが叫ぶ。 レイはカラードを救うのをあきらめ、近くの民家に避難した。 激しい爆発音が響く。 「大丈夫かな……」 レイは一緒に逃げ込んだ黒人に言った。 ガードナーという名のその黒人は、迷いなく首を横に振った。 「死ぬ」 レイはそれを聞いてため息をつくと、近くの窓に駆け寄り、そっと覗き見た。 遠くの広場に浅い塹壕が掘ってあり、そこの迫撃砲が砲弾を撃ちまくってくる。 レイは通信機を取り出すと、そっとつぶやいた。 「こちらレイ。ガードナーもいる。シュンハ、応答頼む」 通信機がしばらく雑音をがなりたてた後、少しなまってはいるものの、流暢な英語が聞こえた。 『こちらリ・シュンハ。ベイネルがやられました。アランとシュナイダー隊長が近くにいます』 「敬語じゃなくていいって。シュンハ、迫撃砲が見えるか?」 『いえ』 「1時方向。広場が見えるか?」 『ちょっと待って………。ああ、はい、見えました』 「狙撃できるか?」 『位置さえわかれば、赤子の手を捻るようなものです』 レイは頷くと、ガードナーを手招きした。 「殺ってくれ。オレが奴らの気を引く」 『了解』 レイは通信機を切ると、連射銃を構え、そろそろと移動し、戸口の側で照明弾を投げた。 カッと光が閃く。 武装組織員の混乱した声が聞こえた。 その直後、立て続けに銃声が聞こえ、迫撃砲を制御していた3人の兵士が倒れた。 「OK!Let's attack!GO、GO、GO!」 レイの声と共に、ガードナーが扉から飛び出し、手にしたサブマシンガンを連発した。 ロケット・ランチャー、RPGを担いでいた武装組織員が、体に2発の弾丸を受け、血を噴き出しながら倒れる。 別の武装組織員が支離滅裂な事をわめきながら、連発銃をガードナーに向けた。 鋭い銃声が響く。 武装組織員はバタリと倒れた。 狙撃。 シュンハだ。 爆発音と共に、右手の方角から銃閃が見えた。 シュナイダーとアランだ。 武装兵が次々に倒れていく。 テレビ局の方で、火の手が上がった。 海兵隊の連中は派手にやっているらしい。 「サムは!?」 レイはサブマシンガンで辺りを警戒しながらアランに訊いた。 「さあな。俺は見てな―――」 次の瞬間、2人は近くに着弾したポータブル・ミサイルによって薙ぎ倒された。 RPGだ。 「くっ!」 レイはゴロゴロ転がって物陰に隠れると、応戦した。 民家の壁にいくつもの弾痕がはっきりと残る。 肩を撃ち抜かれた敵が、悲鳴をあげて転がった。 「レイ!アランとシュンハを連れて港へ向かえ!サダ・アサラディがそちらで見つかったらしい!ここは僕達に任せろ!」 シュナイダーが叫ぶ。 サダ・アサラディは敵の首領だ。 「了解!」 レイはそう言うと粉塵の渦巻く道を走り出した。 アランとリ・シュンハが続く。 アメリカ兵やテロリスト達の死体が地面に転がり、砲撃を受けて崩れかけた民家には大量の弾痕がある。 アフガニスタン爆撃やイラク戦争以降、アメリカ軍は中東で武装組織と戦い続けていた。 そしてようやく武装組織の首領、サダ・アサラディを追い詰めたのだ。 銃声が激しくなる。 海兵隊がアサラディを港に追い詰め、猛攻をしかけているらしい。 「くそっ!こんなに埃っぽいなんてな!きちんと掃除してんのかよ!」 アランが毒づく。 「黙って走れ!」 レイが叱りつけた。 その時である。 破壊音と共に、港の上空を飛んでいたアメリカ軍の武装ヘリの右側が爆発した。 RPGを受けたのだ。 ヘリは制御を失い、回転しながらレイ達の方向に突っ込んできた。 「退避ーーっ!!」 レイは血相を変えて叫ぶと、近くの民家に飛び込んだ。 次の瞬間、耳をつんざくような破壊音と共に、ヘリがレイ達のいた通りに突っ込んできた。 民家が崩れ、破片が銃弾のように飛ぶ。 レイは必死に身を屈めた。 瓦礫が崩れてくる。 …………静かになった。 「う……」 レイは動こうとした。 そして気づいた。 足が瓦礫に挟まれている。 「くっ………」 どかそうとしたが、重すぎて動かせない。 突然、すぐ近くで銃声がした。 アランの叫び声が聞こえる。 中東の言葉が聞こえ、銃声がそれに続いた。 サブマシンガンの発射音。 悲鳴が聞こえた。 中東の声と銃声はますます増えていく。 「shit!」 アラン達は押されているらしい。 レイは腰から拳銃を抜くと、何とか撃てる位置まで移動しようとした。 しかし、やはり動けない。 アランとシュンハが倒れた民家を盾に、レイからは見えないが、武装組織兵と戦っているのが見えた。 彼らの周りで銃弾が跳ね、炸裂する。 手榴弾が爆発した。 「GO back!GO back!」 アランが左腕を振り回し、右手でサブマシンガンを撃ちながら叫ぶ。 シュンハが頷き、2人は後退射撃を行いながら退却を始めた。 「アラン!シュンハ!助けてくれ!」 レイは叫んだが、その声は銃声にかき消され、2人の耳には届かなかった。 2人が通りを後退していき、見えなくなった。 その代わり、見たく無い連中が視界に入ってきた。 先程アラン達と撃ち合っていた武装組織員達だ。 何人もいる。 恐らく、海兵隊の包囲を突破し、血路を開いているのだろう。 武装組織員達が銃を撃ちまくりながら通りを前進していく。 崩れた民家の中で這いつくばり、こちらを見ているレイには全く気づいていない。 その内、悠然とした歩調で、1人の男が視界に現れた。 サングラスをかけ、他の者より数段上等な服装をしている。 サダ・アサラディだ。 チャンス。 レイは拳銃を這いつくばったまま、拳銃を構えた。 撃った後に場を逃れる術は無いが、長らく中東を混乱に陥れてきたアサラディを殺せるなら、文句は無い。 拳銃が火を噴いた。 血が飛び、悲鳴が響く。 アサラディが、悲鳴をあげたすぐ側の武装兵を見て、ギョッとした顔をする。 レイは思わず舌打ちした。 外した。 アサラディがレイに気づき、拳銃を向ける。 レイは急いで撃鉄を起こそうとした。 次の瞬間、レイの拳銃はアサラディの放った銃弾を受け、吹っ飛んでいた。 アサラディの拳銃の銃口が、正確にレイの頭を狙う。 レイはアサラディを睨み、せめてもの抵抗を示した。 アサラディがにやりと笑い、指先に力を込める。 重い銃声が鳴り響いた。 アサラディの額に、穴が空いた。 アサラディは、訳が分からない、という表情をすると、バタリと倒れた。 武装兵達が悲鳴をあげて倒れていく。 通りに銃弾が掃射されていた。 武装ヘリだ。 アラン、リ・シュンハ、シュナイダー、ガードナーが通りを前進してくる。 レイは声を張り上げ、手を振った。 シュナイダーが気づいた。 「レイ!」 シュナイダーが駆け寄ってくる。 「大丈夫か?」 「まさか」 レイは疲れた笑みを見せた。 「足を挟まれてる。あげてくれ」 シュナイダーは頷き、ガードナーを呼んだ。 「おいおい、レイ、なにドジってるんだよ」 アランがあきれたように言う。 「うるせーや、いろいろ苦労したんだよ」 レイはシュナイダーとガードナーがどかしてくれた瓦礫から這い出しながら言った。 「まあまあ、2人共、落ち着いて落ち着いて」 シュンハがニコニコしながら言う。 「任務も無事、完了したんだしさ」 レイはゆっくりと頷いた。 「……カラード達の冥福を祈ろうじゃないか」 中東の空には、煙がたなびいていた。 |