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JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

第2章 血みどろの会戦 <2>

―――………お前の意思は強いようだ。記憶の痛みからお前の弱さを引き出そうとしたが―――

<マザー>のあきらめたような声が聞こえた。

―――無理だった。お前は記憶の痛みを、後悔を、恨みを、受け入れたのだな。そういう人間は、強い。…………しかたがない。強引だが、これしか方法はないな―――

「!?」
クレイジーは自分の脳が一気に侵食されるのがわかった。
走馬灯のように記憶が駆け抜けていく。


「<SAF>にようこそ」
ザーンが言った。
男は目の前のザーンに皮肉な笑みを見せた。
「あんたが俺の隊長ですか」
ザーンは頷いた。
「ドクやジョージにはもう会ったな。我々はこの素晴らしい世界を守るのが任務だ。しっかりと―――」
「こんな腐った世を守るのが任務、でしょ?」
男は皮肉な笑みを絶やさずに言った。
ザーンはムッとした顔をしたが、平静を装って男に訊いた。
「確か………ロランだったな」
「俺をその名前で呼ばないでください」
男は冷たく言うと、にやりと笑った。
「クレイジー<イカれた野郎>とでも呼んでくれよ」


<マザー>の膨大な思念が、クレイジーの思念や精神を押し潰す。
クレイジーは<マザー>からUウイルスの情報が身体に注入されたのを感じた。
それもただのUウイルスではない。
<マザー>に遺伝子を改造されたウイルスだ。
まず、皮膚がどす黒く硬化し、指が鉤爪のようになり始めた。
鋭い爪が長くのびる。
やがて、手は完全に長く頑丈な鉤爪を有した獣の手となった。
太ももや腕に驚異的な筋肉がついていくのも感じた。
血が血管を勢いよく流れる。
足はとてつもなく強靭になった。
背中から毒々しい触手が大量に生えてくる。
触手はうなされるかのようにじたばたと動いている。
触手の表面は硬化しており、とても固いが、そのくせに動きは妙にしなやかだ。
クレイジーは自らの意思が消えていくのを感じた。
吐血した。
身体が<マザー>に改造されていく。
クレイジーが最後に聞いたのは、<マザー>の予想外に優しい言葉だった。

―――おやすみ―――

クレイジーの瞳は消え、彼の目は、フィアと同じ、瞳無き濁眼となった。



九十九里の戦いは、人類が敗北の一途に追いやられていた。
デストロイヤーの砲撃がイージス艦を撃破していく。
「押さえきれない!」
ローグは<サラマンダー>の甲板で、仲間と共に敵を銃撃していた。
デストロイヤーからも、フィアが負けじと撃ち返してくる。
「援軍はないのか!?」
クロウが叫んだ。
「そんなのわかるわけ―――」
マージョラムの言葉は、爆音によって遮られた。
上空でサイクロプスと激しい空中戦を展開していた戦闘機が撃破されたのだ。
戦闘機はエンジンから火を噴きながら墜ちていき、<サラマンダー>の甲板に轟音をたてて墜落した。
破片が凶器となって辺りに飛び散る。
ローグは必死に身体を丸めた。
アメリカ兵の悲鳴が聞こえる。
砲弾が近くに落ちたのか、<サラマンダー>が激しく揺れた。
「どうすれば!?」
シュナイダーが混乱して叫ぶ。
再び、引き裂くような爆音が響き、片翼を失った戦闘機が歪回転しながらデストロイヤーに突っ込んでいった。
「とにかく戦うんだ!」
ドミニクがそう返した瞬間、<サラマンダー>が今までとは比較にならないくらい揺れた。
横腹に被弾したのだ。
艦が危なっかしく揺れる。
ローグは思わずよろめき、倒れた。
レーザーが空中を飛び、悲鳴と爆音が鼓膜を揺さぶる。
目の前でマットが倒れた。
胸から血を流している。
レーザーを被弾したのだ。
「マット!」
ローグは慌てて起きあがると、傷を看た。
酷い傷だ。
「Medic!」
ローグは看護兵を呼び、マットの傷を止血しようとした。
だが、血は止まらない。
マットが恐怖にかられ、奇声を発しながらじたばたと暴れる。
「ちょっと!暴れないで!」
ローグは必死に押さえたが、マットは痛みを無視して跳び起きた。
その瞬間、彼の脳髄をレーザーが貫いた。
脳みそが穴から噴き出し、血が甲板にばらまかれる。
マットの骸はぐらりと揺れ、倒れた。
「マット!」
ローグは慌てて脈を取ったが、既にマットは息絶えていた。



フィアの上陸船が、大量に九十九里浜に押し寄せてきていた。
浜に設置された迫撃砲が凄まじい抵抗を展開している。
<せつな>は艦砲を撃ちまくり、上陸船を牽制していた。
爆発が起き、フィアが飛び散る。
川口は<せつな>を指揮しながら、戦況にも目を光らせていた。
自衛隊は圧倒的な戦力差に押し込まれている。
浜の防衛線はまもなく突破されてしまうだろう。
イージス艦にサイクロプスが虫のごとく群がっているのが見えた。
「ぬぅ………。圧倒的だな………」
川口は悔しげにつぶやいた。



<サラマンダー>に、デストロイヤーが接近していた。
デストロイヤーの甲板にはフィアが大量にいる。
「おい、あのデストロイヤー、どんどん接近してくるぞ!」
ビッドが銃撃しながら叫んだ。
『白兵戦、用意!』
オゼルの声が、マイクを通して聞こえた。
ネイオが喘いだ。
「正気かよ!?奴ら、突っ込んでくるつもりだ!」
デストロイヤーは波を切り裂きながら突進してくる。
乗っているフィアの顔が、はっきりと見える程だ。
「回避ーーーっ!」
クロウが必死に叫んだ。
しかし次の瞬間、<サラマンダー>の横腹にデストロイヤーのトゲだらけの舳先が突っ込んだ。
鉄が引き裂かれ、舳先が<サラマンダー>に深く突き刺さる。
艦は狂ったように不安定な動きをした。
「来るぞ!」
シュナイダーは叫び、銃を構えた。
デストロイヤーから<サラマンダー>に突き刺さっている舳先を利用して、フィアが<サラマンダー>になだれ込んで来た。
「うわっ!?」
リッドが狼狽して叫ぶ。
「んのやろ!味な真似を……」
クロウはライフルを構えると、素早く連射した。
フィアが悲鳴をあげて海に落ちた。
しかし、フィアもブラスターを乱射し、甲板に侵入してくる。
たちまち、<サラマンダー>の甲板は修羅と化した。
マージョラムにフィアが殴りかかった。
マージョラムは素早くかわすと、敵の腹に膝蹴りを食らわせ、一瞬の間も置かずに背負い投げた。
フィアが悲鳴をあげながら柵を飛び越え、海に落ちる。
「敵を押さえきれない!」
ローラナが遮蔽物から応戦しながら叫んだ。
「任せろ!」
スコットが、どこから調達したのか、小さなタルのような単発式ミサイル・ランチャーを手に叫んだ。
「これで奴らを吹っ飛ばしてやる!」
スコットは素早く照準を敵に向けると、引き金を引いた。
ポータブル・ミサイルはあさっての方向へ飛んでいった。
「へたくそ!どんな撃ち方したらああなるんだよ!?」
シュナイダーがわめいた。
しかし、小型ミサイルは<サラマンダー>のブリッジの直上にあるレーダーや通信アンテナの基部に命中した。
レーダーや他の機器が爆発の衝撃で吹っ飛ばされ、下に落ちる。
その重い機器は、甲板のフィア達を押し潰した。
「計算通り!さっすが俺!」
「いや、明らかにマグレだから」
ガッツポーズをしたスコットに、ローグがすかさずツッコんだ。
「それに……」
ドミニクが後退しながらつぶやいた。
「腕に自信があるなら、あいつを殺ってくれ」
ドミニクの視線を皆がたどると、そこには甲板で暴れまわる大蛇、ヴィシスがいた。
「……………ネイオ、出番だ」
「はぁ!?俺!?」
「頑張れ!リッカー・キラー!」
「貴様もだろうがああああああ!」
「コントしてる暇があったら、なんとかしろ!」
ビッドが冷や汗をかきながら、言い争っている2人に叫んだ。
「ヘビさんがこっちに気づいたみたいだぜ?」
見れば、ヴィシスは大量の死体と血溜まりの中、生気の無い白い濁眼を彼らに向けていた。
「さあて」
シュナイダーはつぶやいた。
「まずいぞ」



「突っ込まれた部分は大破!1―Gから3―Jまでは完全に破壊されました!」
<サラマンダー>のブリッジでオペレーターが叫んだ。
「甲板の状況は!?」
オゼルが怒鳴る。
「味方が死戦を繰り広げています!」
「敵、甲板で優勢!艦内にも侵入を開始しています!」
別のオペレーターが悲鳴のように叫んだ。
「オゼル艦長、退きましょう!」
ブライドンはオゼルに叫んだ。
「我々だけで突出すべきで無かったのです!周囲は敵影しかありません!日本軍は浜の近くに追い込まれていますよ!」
「うるさい!黙っとれ!」
オゼルはこめかみに青筋をたてて怒鳴った。
彼は功を焦り、突出してしまったのだ。
「艦ダメージ、70%に到達!」
オペレーターが叫ぶ。
「艦長!4時方向の敵が手薄です!脱出を―――」
「黙れ黙れ黙れ!」
オゼルはやけになって怒鳴り散らした。
彼はブライドンに指示された通りに動くのが嫌だった。
確かに、よく見れば4時方向は手薄だ。
だが、今4時方向に攻撃すれば、ブライドンが艦を救った事になり、自分の立場が無くなる。
くだらないプライドが、彼を突き動かしていた。
「わしがこの艦の艦長だ!この艦の動向はわしが―――」
「もううんざりだ!あんたには失望した!」
ブライドンは語気荒く叫ぶと、足音も荒くブリッジを出ていった。
オゼルはにやりと笑った。
邪魔者が、消えた。
「敵機だーーーっ!」
突然、恐怖にかられた悲鳴が起きた。
ふと前方を見やると、傷ついたサイクロプスがソーラー・パネルから火を噴きながら突っ込んできた。
「大至急対空砲撃!」
オゼルは必死に叫んだ。
「間に合いません!」
オペレーターが答える。
オゼルが最後に見たのは、ガラスを破って突っ込んできたサイクロプスと、紅蓮の炎だった。



ヴィシスは奇声をあげると、一気に襲いかかってきた。
だが、突然放たれたポータブル・ミサイルがヴィシスの顔面に直撃し、ヴィシスはつんざくような悲鳴をあげてのけぞった。
スコットが驚く。
「俺がやったのか!?」
「違う!俺だ!」
死んだアメリカ兵のミサイル・ランチャーを構えたマージョラムが叫ぶ。
「マージ、ナイスだ!」
リッドがそう言った瞬間、ブリッジにサイクロプスが突っ込んだ。
爆発が起き、火花やガラスが降ってくる。
「うわぁっ!」
皆、慌てて身を屈めた。
ヴィシスが半分焦げた顔をあげ、怒りに満ちた咆哮を放つ。
「ちっ………」
ネイオは舌打ちすると、銃の銃口下部についているグレネード投擲器にグレネードを装填し、放った。
グレネードがヴィシスに直撃する。
「いいぞ!やっちまえ!」
リッドが叫び、皆、一斉にグレネードを放ち始めた。
彼らの銃は、アメリカ兵のよく使うごく一般的な物だ。
つまり、グレネード投擲器も普通で、グレネード・ランチャーなどより威力や射程も劣る。
しかし、何発ものグレネードを食らえば、ヴィシスといえどもお手上げだった。
肉片が飛び散り、血飛沫が飛び散る。
「手を休めるな!」
ドミニクが叫び、彼らはひたすらにグレネードを撃ち続けた。
いつしか、ヴィシスの悲鳴は聞こえなくなり、辺りにはグレネードの煙が漂っていた。
視界はほとんど0だ。
自然と、皆、銃を握る手を緩め、銃口を下げた。
「………………やったのか?」
ローグがつぶやいた次の瞬間、戦吼と共に煙のただなかから血だらけ傷だらけのヴィシスが飛び出し、マージョラムの喉を一瞬で噛み裂いた。
マージョラムが首から大量に血を噴き出しながら倒れる。
「マージ!」
リッドは叫び、銃をヴィシスに向けて撃ちまくった。
ヴィシスが狂ったように叫び、太く長い尾を振り回した。
リッドが腹に尾の直撃を受け、吹っ飛ぶ。
彼は壁にぶつかるとずるずると倒れた。
ヴィシスが咆哮をあげ、ローグに飛びかかる。
しかし、ヴィシスは横殴りの凄まじい衝撃を受け、おびただしい血や肉、そして脳髄を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
「やったぜ!」
スコットが小型ミサイル・ランチャーを構え、ガッツポーズをとる。
「いや、殺ったの俺だから」
銃のグレネード投擲器を構えたネイオがツッコんだ。
しかし、喜びもつかの間、ブラスターを構えたフィア達がにじり寄ってきていた。
「お、おい、どうするんだよ、こいつら………」
シュナイダーがリッドを助け起こしながらつぶやいた。
フィア達は余裕しゃくしゃくで近づいてくる。
数が数だ。
当然だろう。
たかが数人の人間達など、彼らの前には塵介に等しかった。
しかし、必ず勝てる戦いは、とんだ飛び入りによって敗北となった。
「撃て!」
誰かが日本語で叫ぶと同時に、射撃の嵐がフィアを襲った。
フィア達が悲鳴をあげ、倒れていく。
沈みつつある<サラマンダー>の側には、いつの間にかイージス艦がいた。
艦の横腹には<せつな>の文字がある。
自衛隊だ。
自衛隊員が銃を手に<せつな>の甲板からフィアを狙い撃ちしていく。
<せつな>の主砲が<サラマンダー>に突っ込んだデストロイヤーに零距離砲撃を食らわせた。
自衛隊員がはしごを持ってきて、<せつな>と<サラマンダー>の間に即席の橋をつくった。
「早く乗れ!」
自衛隊員の1人が日本語で叫んだ。
もちろん、クロウ達にはわからない。
それに気づいた自衛隊員は、近くの仲間に困った顔を向けた。
「隼人、『来い』って英語でなんだっけ?」
「はぁ!?長嶋、お前ちゃんと中学行ったのか!?Come onだよ!」
「そう、それ!HEY!Americans!Come on!」
「発音がめちゃくちゃだな」
ローグは思わずぼやいた。
「来い、と言ってるみたいだ。行こう!」



ブライドンは血みどろの甲板を駆け抜けると、沈みゆく<サラマンダー>から即席の橋を渡り、<せつな>に飛び乗った。
辺りには救助されたアメリカ兵が疲れきった様子で座り込んでいる。
自衛隊員が怒鳴りながら走り回り、砲塔が火を噴いていた。
<せつな>は戦域外に向かって全力疾走していた。
夕日の照らす戦場に、味方の姿はもはや無かった。
浜の方角からは真っ黒な煙がいく筋も立ちのぼり、沈みかけたイージス艦が燃え盛っている。
「くそ………」
ブライドンは唇を噛んだ。
人類は、九十九里浜の戦いに敗北したのだ。



同時刻、富士自衛隊基地司令本部―――

「<せつな>より入電!九十九里浜は敵に制圧されました!味方は壊滅!」
オペレーターの言葉に、防衛大臣である安田は、地図の広げられたデスクに拳を叩きつけた。
近くには森内にアロー、アーサーやリアナ、それにリードもいる。
安田はため息をつくと、森内に向き直った。
「首相、九十九里浜は陥落しました」
それを聞いたアローが渋い顔をした。
「うむ……」
森内は表情を変えずに頷いた。
「東京湾守備隊が全滅!」
オペレーターが叫んだ。
「敵の大飛行部隊、東京湾を通過し、東京に接近!大規模な爆撃を開始しました!」
「な、なにっ!?」
安田がびっくりしたように叫んだ。
「バカな!九十九里浜の敵は囮にすぎなかったのか!?」
「フィア艦隊、名古屋に出現!」
「高知沖にフィア艦隊を確認しました!」
「釧路港にフィアが攻撃を開始しました!」
「日本海に大規模な爆撃部隊を確認!目標は新潟柏崎の原発だと思われます!」
オペレーターが次々に叫ぶ。
「ぐぬぬ………。奴らを甘く見ていたか……」
安田は唸ると、矢継ぎ早に指示を下した。
「アメリカ軍に救援を要請しろ!富士基地のヘリを名古屋に回せ!柏崎の防衛に回せる戦闘機部隊はあるか!?」
「東京での被害、さらに拡大!死傷者は数えきれないようです!」
東京からの住民の避難は完了していなかった。
そんなところに大規模空襲を受ければ、かつての東京大空襲よりも甚大な被害が出るだろう。
「名古屋にて戦闘開始!敵は名古屋港より侵入し、味方を蹴散らしている模様です!」
「ちぃ!援軍を―――」
「静岡に敵!東名高速、東海道新幹線、両者とも敵の攻撃により遮断されました!」
「な、なにっ!」
東名高速と東海道新幹線が寸断された。
それは実質、日本が東と西に分裂させられたのと一緒だった。
東名高速と東海道新幹線が無ければ、東と西の連携、補給能力は格段に下がるだろう。
けんけんがくがくしている首脳陣を見て、リードがつぶやいた。
「人間は、負けちゃうね」
「いいえ、戦うわ」
リアナはリードを抱き寄せた。
「フィアに地球を渡しはしない」
「その考えは傲慢だな」
アーサーが言った。
「それはつまり、自分達が地球の支配者という意味だ」
「………だったらなんだというんです?」
そう言うリアナに、アーサーはフッと微笑みかけた。
「地球は誰の物でもない。だから、人類が絶滅してもしかたがない………」
アーサーは怒鳴ろうとしたリアナの口に人指し指を当てて制すると、ウインクした。
「だけど、あのトカゲもどき達にみすみす地球を明け渡す程私のプライドは堕ちてはいないよ。リアナ、手伝ってくれ」
アーサーはそう言うと身を翻し、歩き始めた。
「どうするんです?」
リアナが後ろを走りながら訊く。
アーサーは豪快に笑った。
「簡単さ。奴らの弱点を見つけだす。さあ、リアナ、地球を僕達の手で救ってやろうじゃないか」


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