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JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

最終章 FALL<堕落> <2>

「よし!そっちの通路に逃げろ!」
ネイオが銃を撃ちまくりながら言う。
銃閃に照らされる彼の顔は鬼神さながらだ。
スコットとシュナイダーが銃を撃ちまくりながら通路に入っていった。
カトリーナとクロウが続く。
リッドとビッドはなおも口論をしていた。
それも、戦闘しながら。
すごいような、はたまた呆れるような光景である。
「結論は早くしろ!」
アーサーがライフルを撃ちながら叫んだ。
空薬莢が飛び、カランと床に落ちる。
彼はすぐにシリンダーに次弾を装填し、トリガーを引いた。
頭蓋に銃弾の直撃をうけたグールが後ろへ吹っ飛ぶ。
「もういい!早く逃げて!」
ローラナが叫んだ。
「嫌だ!」
リッドもだだっ子のように叫び返す。
次の瞬間、リッドの腹に拳がめり込んだ。
リッドが変なうめき声をあげ、倒れる。
ビッドは気絶したリッドの体を抱えあげ、ローラナに哀しげな視線を向けた。
「…………すまないな」
ローラナは涙を流しながら、しかし笑顔で首を横に振った。
ビッドはきびすを返し、通路に駆け込んでいった。
ローグは最後にローラナを見つめた後、思いを断ち切って通路に入った。
ネイオはローラナを見た。
ローラナもネイオを見て、ゆっくりと頷く。
ネイオは苦渋の思いをしながらも、通路へと飛び込んだ。
グールが動けないローラナに近寄ってくる。
ローラナはハンドガンを撃った。
3発ばかり撃ち込むと、グールは朽ちた死体のごとく倒れた。
しばらくの間、ローラナはハンドガンを撃ち続けた。
しかし、ハンドガンの弾数などたかがしれている。
すぐに弾は尽きた。
抵抗をやめた彼女に、グールが喜び勇んで向かってくる。
ローラナはとっておきの1発を取りだし、ハンドガンに装填した。
「………じゃあ、ね」
彼女は現世に別れを告げ、自らのこめかみを撃ち抜いた。



松崎と川口は<せつな>の火薬庫にいた。
ハンドガンの弾から主砲の砲弾まで、様々な弾や爆弾がある。
不気味に<せつな>が揺れ、急に感覚が変わった。
「…………クラーケンが<せつな>を沈め始めたな」
川口が静かに言う。
松崎にはまるで死の宣告に聞こえた。
空気圧も変わったようだ。
水が侵入してきたのだろう。
濁流がここに到達するまで、そう時間は無いはずだ。
バキバキと激しい音がし始めた。
クラーケンの鋭いクチバシが船底を噛み砕きだしたのだ。
「いよいよだな」
川口の言葉に、松崎はゆっくりと頷いた。
恐怖は無かった。
ただ、不自然なまでの穏やかさがあるだけだ。
唐突に数メートル先の床が裂け、海水と共にクラーケンのクチバシがのぞいた。
血のようにどす黒いクチバシだ。
「今だ!」
川口が叫ぶ。
「このタコ野郎!燃える鉄槌でも受けやがれ!」
松崎は怒りを込めて叫ぶと、火薬庫に栓を抜いた手榴弾を投げ込んだ。



クラーケンは、もう何隻目となるかもわからない戦艦を、海の底へと引き込んだ。
腕で戦艦を抱え込み、鋭利なクチバシで船底から戦艦をどんどん切り裂いていく。
金属がまるでティッシュペーパーのように裂かれていく。
それは、クラーケンに破壊された幾隻の内の1隻となるはずだった。
しかし、違った。
クラーケンが破壊しようとしていた<せつな>は、唐突に猛烈な爆発を起こした。
松崎が火薬庫に手榴弾を投げ込み、凄まじい誘爆を引き起こしたのだ。
あまりの衝撃にクラーケンの腕は引きちぎられ、クチバシは粉々になった。
クラーケンは凄絶な悲鳴をあげ、年老いた哀れなネズミのようにじたばたしながら海の底へと沈んでいった。



「クラーケン、撃破!」
<ヴァルキリー>のブリッジでオペレーターが叫ぶ。
ブライドンは笑顔で頷いた。
「よし!引き続き攻撃続行!あのヴェノムに砲撃をしかけろ!」
ブライドンは日本兵を攻撃しているヴェノムを指さした。
<ヴァルキリー>から放たれた砲弾が、ヴェノムを吹き飛ばす。
「ヴェノム撃破!」
「<フォース・リーコン>全滅!セイバー・チーム、残り121人です!」
オペレーターの言葉に、ブライドンは顔を曇らせた。
その121人が全滅すれば、人類の未来は無くなる。
その時、タワーを包んでいたシールドが唐突に途切れ、何かゴマ粒のような点がタワーのてっぺんから跳躍した。
大量の触手を背中から生やしているその物体は、大きな跳躍を繰り返しながら<ヴァルキリー>に迫ってきた。



リアナは<ヴァルキリー>のある一室で、リードを介抱していた。
<マザー>に接触したためか、リードは意識が吹っ飛び倒れてしまったのだ。
リアナはリードをかいがいしく看病しながら、南アメリカの出来事に少々思いを馳せていた。
フィアとの遭遇。
リオデジャネイロ。
アジトでの戦い。
そして、レイ。
やはり彼はあの場所で死んだのだろう。
フィアの、そして自らの血にまみれて―――
その時、リードが突然飛び起きた。
「来る!」
飛び起きた瞬間、リードはパニックを起こしたように叫んだ。
瞳孔は恐怖に見開かれ、脂汗が額でテカっている。
「奴が来るよ、リアナ!」
「落ち着いて、リード」
リアナはリードを何とか寝かそうとした。
リードの意識が戻った事は何よりだが、今は体力の回復が先決だ。
しかし、リードは喚き、暴れ、まるでリアナの言うことを聞こうとしない。
リアナはイラついて叫んだ。
「もう!いい加減に―――」
その時、猛烈な衝撃が<ヴァルキリー>を襲った。
悲鳴がこだまする。
「な、なんなの?」
リアナは狼狽して叫んだ。
わけがわからない。
クラーケンは倒したはずだ。
サイクロプスだろうか?
はたまたデストロイヤーか?
「来たよ、奴が」
リードの言葉は、まるで血の滴る音のようだった。



「シュナイダー」
「ん?」
シュナイダーは突然己を呼んだローグを振り返った。
ローグはシュナイダーの後ろをとぼとぼと歩きながら訊いていた。
「シュナイダーはこの戦いが終わったら何がしたい?」
「…………唐突だな」
シュナイダーは苦笑いした。
「やりたい事、か……」
正直なところ、この血塗られた日々のせいで、そんな事は考える暇も無かった。
「………家族と会いたい……かな。フィアに殺されてないといいんだが……」
「へえ、シュナイダー、家族いるんだ」
「当たり前だろ。スプリング・フィールドに住んでる。まだあそこはフィアの攻撃を受けてないよな?」
「ボストンが無事だから、田舎のスプリング・フィールドは大丈夫だよ」
「だよな。で、母さんのシチュー喰って、父さんと狩りして、リリスとだべって……」
「リリス?誰?彼女?」
「女の話題にすぐ飛びつくな、お前は」
シュナイダーはローグの頭を小突いた。
「妹だよ。奔放な奴さ。俺や父さん達の言う事もまるで聞きやしない奴だ」
「ふーん」
「…………で、お前は?」
シュナイダーがローグに訊くと、ローグは顔を赤らめた。
シュナイダーはうんざりした。
他人の色恋ざたなど、からかう気にもなれない。



リッドは、先ほどから明らかにビッドを無視していた。
やはり、ローラナの一件が尾を引いているのだろう。
一行は気まずい沈黙の中、黙々と進んだ。
果てしないような通路を歩き、何回もいろんな部屋を横切ってしばらくした頃、先頭を歩いていたクロウが唐突に足を止めた。
「…………どうしたの?」
カトリーナがクロウに訊く。
クロウは、シッ、と人指し指を唇に当て、通路の角の向こうに顎をしゃくった。
カトリーナが覗き込むと、そこはエレベーター・ホールだった。
12枚程の扉がある。
フィアが何匹か警護しており、人間の死体が何体か転がっていた。
制服からして、グリーン・ベレーだ。
スコットの悪態が聞こえた。
クロウが素早くライフルを構えた。
もちろん、目標はエレベーターを守るフィア達だ。


フィア達はあっという間に片付けられた。
クロウはエレベーターに駆け寄り、ボタンらしき物を押した。
エレベーターの1つが開く。
さすがはタワーを貫くメイン・エレベーター。
なかなかの広さだ。
<SAF>とデルタ・フォースはそれに乗り、ひたすら上を目指した。



リアナは<ヴァルキリー>の甲板に飛び出した瞬間、悲鳴をあげた。
甲板には死体がごろごろ転がっていた。
皆一様に目を見開き、声無き苦悶をあげている。
その時、リアナは気づいた。
誰かが舳先に立っている。
燃え盛るいくつもの戦艦を後ろに、その人影は堂々と立っていた。
…………いや、人では無い。
その影の周りには、大量の触手がのたくっていた。
ディザスター<異常者>だ。
リアナは鋭い悲鳴をあげ、必死に後ずさった。
しかし、かかとが死体につまづき、転んでしまった。
ディザスターがゆっくりと振り返る。
影の中、赤く血走った白い濁眼だけが異様に光っていた。



物音に振り向いたディザスターは、甲板で転んでいる女性を目に止めた。
ブロンドの髪が死体の血に汚れている。
ディザスターは貪り喰っていた死体を投げ捨て、女性に向き直った。
食いかけの死体を見て、女性が悲鳴をあげる。
「ブライドン!」
ディザスターは触手を波うたせながら、ゆっくりと女性に近づいた。
女性がかん高い悲鳴をあげ、這いつくばったまま後退していく。
唐突に、ディザスターは女性に見覚えがある気がした。
豊かなブロンドの髪、子供っぽい顔立ち……。
女性も唐突に後退をやめ、ディザスターの顔をまじまじと見つめた。
どうやら、女性も見覚えがあるらしい。
…………長い静寂の後、女性は遠慮がちに声を発した。
「レイ………?」
ディザスターの脳に、『レイ』という言葉が弾けた。
失いかけていた人としての記憶が、ディザスターの脳を激しく揺さぶる。
南アメリカ……
フィア……
ヴィシス……
アラン……
レイは激しく身悶えし、頭をかきむしった。
走馬灯のように、記憶が浮かんでは消えていく。
レイは女性の名前も思い出していた。
リアナ。
リアナ・ブルックベルだ。
「レイ!レイなんでしょ!?」
リアナが確信を持ってレイに問う。
レイは、その通りだ、と叫びたかったが、それを<マザー>が押さえつけた。

―――惑わされるな!彼女はお前の敵だ!一思いに殺せ!

レイは苦痛に唸りながら、リアナを見た。
実質、殺そうと思えばいつでも殺せた。
触手の1つを槍のように繰り出せば、彼女の頭でも胸でも薄板のように突き通せるだろう。
しかし、レイにはできなかった。
<マザー>がテレパシーを通してレイの頭脳で叫び、リアナが必死にレイに呼びかける。
彼女は今や、レイのすぐ側にいた。
「しっかりして、レイ!あなたは人間なのよ!」
レイは猛烈に吼えると、どうしようも無い問いに答えを出した。
リアナを触手で捕縛し、大きく跳躍したのだ。
―――タワーへ向かって。
夕闇がおり始めた空に、リアナの悲鳴が響き渡った。



エレベーターの扉が開いた。
全くの暗闇だ。
クロウはライトを点け、足を踏み出した。
闇が足に絡みつく感覚がする。
他の者達もぞろぞろとエレベーターから出てきた。
「ここが最上階だよな?」
シュナイダーが囁くように誰かに訊く。
全てを飲み込んでしまいそうな深淵なる闇に気圧され、どうしても声が小さくなってしまう。
「だけど、もし最上階に<マザー>がいるとしたら、護衛くらいは置くだろうね」
ローグが答える。
その時、デルタ・フォースの1人が声も無く倒れた事に、一番近くにいたリッドですら気づかなかった。
「おい、灯りないか?」
ネイオがうんざりしたようにつぶやく。
「なんならヒトダマでも構わないぜ?」
ネイオの言葉は妙に暗闇に響き、言った本人ですら背筋に寒気が走った。
また1人、デルタ・フォースが倒れた。
「それにしても、広いな」
先頭を歩くクロウがぼやく。
ライトの領域に、壁がなかなか入ってこない。
この部屋は広いホールなのだろう。
「暗闇ってのはほんとに―――」
言いかけたビッドは、足首を何かに噛まれた感じがして、思わず悲鳴をあげた。
いや、あげようとした、という表現の方が正しいだろう。
悲鳴の代わりに口から発せられたのは、ため息のような声だった。
身体が麻痺してしまったのだ。
ビッドは床に倒れ、混乱した意識の中、虚空を見つめた。
何かが身体に貪りついてくる感覚をぼんやりと感じた。
血が出ていく。
『何か』は首の側までやってきた。
おぞましい感覚がするが、声に出せない。
次の瞬間、ビッドはその『何か』に喉を食いちぎられた。



クロウの、この手の事に関しては外れた事の無い直感が警鐘を鳴らしていた。
この部屋は、危険だ。
オレ達は今、愚かにも暗殺者に斬ってとばかりに腹を突き出しているのと同じだろう。
そんなシチュエーションは非常にいただけない。
ジェイクのクソ臭い屁をかいだ方がまだマシだ。
次の瞬間、クロウは振り返りざまにライフルを撃った。
銃閃が一瞬、驚いた仲間達の顔を照らし出す。
ライフルの弾は正確に敵を貫いていた。
カトリーナが悲鳴をあげた。
銃弾に貫かれたクモが、おぞましい足をピクピクと動かしていたのだ。
今まさにカトリーナの足首を噛もうとしていたクモは、小型犬程の大きさがある。
「こいつ、なんだ………?」
シュナイダーがつぶやく。
クロウがハッと顔をあげた。
そして後方を素早くライトで照らした。
カトリーナの鋭い悲鳴が響く。
大量のクモがぞろぞろとついてきていた。
ビッドやデルタ・フォース隊員の死骸に群がっているのもいる。
見つかったクモ達は、人間達に忍び寄って少しずつ殺していくのをやめ、手っ取り早い手段に出る事にした。
―――攻撃である。
「走れ!」
クロウは叫び、行く先に出口があるかどうかもわからずに走り出した。
仲間達が必死に追う。
今まで音もなく忍び寄っていたクモ達も走り始めた。
がさがさという音が不気味に響く。
小さな黒い津波が、クロウ達に向かって押し寄せてくる。
突然、壁に突き当たった。
クロウはとりあえず右に曲がった。
後ろから誰かの悲鳴があがった。
転んだデルタ・フォース隊員が、立ち上がる暇も無くクモ達に喰らわれたのだ。
最後尾のシュナイダーが悲鳴とも怒鳴り声ともつかぬ声をあげ、足に噛みつこうとしたクモをしゃにむに蹴飛ばしている。
一行がなおも暗闇を疾走していると、唐突にエレベーターが現れた。
あまりにも突然で、まるで暗闇がエレベーターの形をとったかのようだ。
クロウはすぐにボタンを押した。
扉が開く。
エレベーターは小さかった。
全員乗れないかもしれない。
クロウはライフルを背中に回すと2丁のハンドガンを持ち、クモの群れに連射した。
アーサーとカトリーナがエレベーターに飛び込み、ネイオとスコットが続く。
ローグとリッドはサブマシンガンを撃ちながらエレベーターに乗った。
デルタ・フォースの生き残りの2人が入る。
クロウも入った。
シュナイダーが必死にクモから逃げてくる。
しかし、クロウは恐ろしい罠にようやく気づいた。
ボタンが無い!
そう。
エレベーターの中にはボタンが無かった。
外側のボタンを押すしかないらしい。
しかし、そうなると1人はこの部屋に残らなければならなくなる………
「なんだ?どうしたんだ?」
シュナイダーが荒い息をつきながらクロウに訊く。
クロウは何も言えなかった。
しかし、言う必要も無かった。
クロウの表情から、シュナイダーは全てを読み取ったのだ。
「なるほど、ね」
シュナイダーはまるで図鑑で新しい知識を得た子供のようにつぶやくと、クロウが止める間もなくエレベーターから飛び出し、外側にある上昇ボタンを押した。
無機的な灰色の扉が閉まっていく。
「シュナイダー!」
クロウは閉じていく扉の隙間から必死に叫んだ。
「乗れ!早く―――」
しかし、扉は無情にもピシャリと閉まった。
エレベーターがどんどん上昇していく。
クロウはその場に崩れ落ちた。
扉の隙間から見えたシュナイダーの表情が、クロウの頭の中で何回もフラッシュバックしていた。
『俺の事は捨てろ。早く行け』
クロウはもはや何回もそういったシーンを見てきた。
映画などといったちんけな物ではない。
かつて島で、南アメリカで実際に起きたシーンだ。
そしてまた1人、仲間が散っていった。
クロウは、声も無く涙をこぼした。



シュナイダーは閉じた扉から目を離し、振り向いた。
クモの大群が目の前に迫っていた。
彼らの頭の中には、シュナイダーを貪り食う事しか頭にないのだろう。
シュナイダーは無言でバレルの下部に装着された器具のギアを起こした。
バレルの下部には普通、グレネード投擲器が装備されている。
しかし、シュナイダーの銃に装着されたそれは、グレネード投擲器とは若干違うようだった。
クモがシュナイダーのすぐ側まで迫る。
シュナイダーはギアを思い切り引いた。
火炎放射器が火を噴いた。
一瞬、周りの物がことごとく浮かび上がった。
炎の塊が床を嘗め、一気にクモを燃やし尽くす。
クモは突然の地獄の業火に焼き尽くされていった。
シュナイダーはまるで農薬を散布する農家のように、銃を左右に振った。
バレル下部に装着された火炎放射器から放たれた灼熱の塊が、次々にクモを灰へと変貌させていく。
しかし、しばらくすると火炎放射器は『プスン』と情けない音をたて、火を吐くのをやめてしまった。
クモ達がざわざわと再び接近してくる。
シュナイダーは空になった小さな燃料パックをほうり捨て、ガンベルトの新たな燃料パックを装着した。
再び火炎放射器が火を噴いた。



エレベーターの扉が開いた。
そこは、広大なバルコニーだった。
スタジアムぐらいもの広さがある。
フィアの対空砲がバルコニーのへりに2つばかり設置されていたが、それを使用しているフィアの姿は無かった。
いつの間にか夕闇のとばりが降りかけていた。
時折空が明るく照らされる。
それは爆音と共に起こっていた。
いまだに戦闘は続いているのだ。
セイバー・チームはあと何人いるだろう?
ローグは広大なバルコニーに足を踏み出しながらぼんやりとつぶやいた。
おそらく、自分達が唯一のセイバー・チームの生き残りだろう。
それにしても。
ローグは思った。
単純だが、恐ろしい罠だ。
外にしかボタンが無いから、必ず1人はあのクモの部屋に残らなければならない。
そしてエレベーター内部にボタンが無いという事は、このバルコニーからあのクモの部屋へ後退するのも不可能ということだ。
「<マザー>はどこだ?」
ネイオが誰ともなしに問う。
辺りに<マザー>らしき物体は無い。
「さあ、わからないよ」
答えたローグは、ある変化に気がついた。
シールドが消えている。
なにかあったらしい。
ヘリが近くに飛んできた。
近くといっても、向こうは離れた場所からこちらを見ているだけだ。
自分の肩につけた通信機から声が聞こえてくる。
『こちら<ヤンキー・マン>。タワー最上部付近のバルコニーにセイバー・チームと思われる人影を複数確認した』
自分達の事だ。
ローグはぼんやりと思った。
『シールド消失の理由はいまだ不明。セイバー・チームのいるバルコニーに応援部隊と補給品を降下しま―――』
通信の最後は、悲鳴に遮られた。
『おい!なんだ、あれ!こ、こっちに来るぞ!退避だ!退避―――』
次の瞬間、ローグ達の見ているなか、バルコニーを観察していた武装ヘリにドラゴンが襲いかかった。
鋭い爪がコクピットを切り裂き、尾翼が圧倒的な力を前にへし折られている
ドラゴンは巨大な翼をせわしなくはばたかせ、ヘリから離れた。
ヘリがプロペラから火を噴き、ぐるぐる回転しながらこちらに向かってくる。
しばらくして、ヘリは壮絶な音をたててバルコニーに不時着した。
しかし、通信機から声は聞こえない。
機体が大きく引き裂かれ、血が飛び散っていた。
プロペラがゆっくりと回転を止める。
「なんてこった!」
目を見開き、リッドが喘ぐ。
黒龍はバルコニーにいる人影を認めると、降下し、バルコニーに降り立った。
襲いくる死。
ローグはぼんやりと考えた。



シュナイダーは火炎放射器を振り回しながら、クモの群れに切り込んでいった。
クモが必死に道を開ける。
しかし、貪欲な火の手から逃れる事はできなかった。
邪悪な蜘蛛を、シュナイダーが次々に浄化の炎で殺していく。
しかし、シュナイダーは焦っていた。
燃料パックはそう多くないのだ。
それが尽きたら………
シュナイダーは頭を振り、嫌な考えを振り払った。
今はこの気味が悪いクモと戦うだけだ。
次の瞬間、シュナイダーは心臓が止まるかと思った。
闇の中から、巨大なクモが現れたのだ。
ここのボスだろう。
シュナイダーの脳裏に、昔見た映画『スパイダー・パニック』や『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のワンシーンが浮かんだ。
スパイダーマンまで浮かんできたが、このバカでかいクモは明らかにスーパーヒーローとは言いがたい。
こんなバケモノがニューヨークの摩天楼をクモの糸で空中ブランコしたなら、まるでゴジラがきたような騒ぎになるだろう。
巨大蜘蛛が牙を向いた。
ライトの光を恐ろしい牙がギラリと反射する。
シュナイダーは慌てて銃を巨大蜘蛛に向け、火炎放射器のギアを引いた。

プスン

燃料が尽きていた。
「嘘だろ!?」
シュナイダーは狼狽しながらもトリガーを引いた。
銃弾が連続して放たれる。
しかし、巨大蜘蛛の皮膚は板金鎧のように硬く、弾を簡単に弾かれてしまった。
シュナイダーは巨大蜘蛛の腹部も狙ってみたが、やはり結果は同じだった。
クモ達と巨大蜘蛛がじりじりとにじり寄ってくる。
シュナイダーは慌てて後退しながらマガジンを交換した。
次の瞬間、巨大蜘蛛が飛びかかってきた。
「うわあぁっ!
シュナイダーはとっさに跳びのいて難を逃れたが、かかとをつまずかせ、転んでしまった。
巨大蜘蛛が足を擦り合わせ、ごそごそとい不気味な音が響く。
シュナイダーは覚悟を決め、目を閉じた。
巨大蜘蛛の牙が彼の肉体に深く突き刺さる―――ことは無かった。



シュナイダーは驚いて目をぱちくりさせた。
見ると、巨大蜘蛛や小さな(といっても小型犬程もある)クモ達が、あきらかに混乱し、当惑していた。
まるで、追い詰めた獲物が突然消えたようなうろたえぶりだ。
シュナイダーは当初、訳が分からなかったが、クモ達の足元を見てようやく気がついた。
クモ達の足元、つまりこの広大な部屋の床には、細い蜘蛛の糸が格子状に綿密に張られていたのだ。
蜘蛛は、巣に引っかかった獲物が暴れる振動を糸で感じ、獲物を察知するが、それと似たようなものだろう。
床に敷き詰められた糸を人が踏んだら、クモ達はそれを感じてそちらに向かうのだ。
そしてシュナイダーの倒れている床は、火炎放射器の炎を浴びていた。
つまり、糸が焼失しているのだ。
それゆえに、クモ達はシュナイダーを見失ったと思い、混乱しているのだろう。
チャンスだ。
シュナイダーはそう思った。
クモ達は暗闇で生活する内に、視覚等はすっかり衰えてしまったに違いない。
彼らは床に敷き詰められた糸のセンサーが無い限り、獲物を感知する事ができないのだ。
現に、巨大蜘蛛は目の前でうろうろしているだけだ。
こんなに近くにシュナイダーがいるというのに。
チャンスだ。
シュナイダーは再び思った。
この状況は彼に限り無く有利に傾いている。
もちろん、うだる程の敵、という圧倒的コストを除けばだが。
しかし、どうやってこのバケモノ蜘蛛を倒そうか。
シュナイダーは糸が無い範囲から出ないように最小限の注意を払いながら、首をかしげた。
巨大蜘蛛の皮膚は鋼鉄のように硬い。
一番ヤワな腹部ですら、銃弾を弾いたのだ。
火炎放射を試してみたかったが、あいにく燃料パックは全て空だ。
手榴弾は…………この至近距離だ。
使った瞬間、己の肉体までバラバラになるだろう。
さて、どうしたものか……。
シュナイダーが思案に明け暮れていると、唐突に目の前の巨大蜘蛛がシュナイダーに尻を向けた。(厳格に言えば腹の後部を向けたのだ)
目の前で巨大な尻が揺れ動く。(厳格に言えば(ry
それを見たシュナイダーは、名案を思いついた。
彼はガンベルトの鞘からコンバット・ダガーを抜くと、ためらう事なくバケモノ蜘蛛の尻の穴―――もとい、糸を出す穴に突き刺した。
バケモノ蜘蛛が悲鳴のような声をあげる。
蜘蛛に声帯は無いはずだが、シュナイダーはそんな事に構っている暇は無かった。
彼はダガーで糸を出す穴をほじくり、ある程度のスペースをつくると、手榴弾の栓を抜き、突っ込んだ。
バケモノ蜘蛛は糸を出す穴に違和感を感じたが、すぐに振り向き、感じないがそこにいるであろう敵に牙を向いた。
次の瞬間、手榴弾が爆発した。
爆発が巨大蜘蛛の腹部を内部から吹き飛ばす。
バケモノ蜘蛛は凄絶な悲鳴をあげ、悶絶した。
バケモノ蜘蛛はもはや助からないだろう。
腹部のあらかたが吹き飛ばされたのだ。
しかし、シュナイダーにも余裕は無かった。
この攻撃でシュナイダーの位置を察知したクモ達が、それっとばかりに襲いかかってきたのだ。
シュナイダーは飛びかかってきたクモをサブマシンガンで撃ち落とし、ひたすら前方へ向けて走り出した。
足首にクモ達が噛みつこうとする。
シュナイダーは死にものぐるいで蹴飛ばした。
クモに噛まれたら一瞬で身体が麻痺し、無惨にも奴らに食い殺されてしまう。
そんなラストはごめんだ。
ふいに、クモ達の包囲を突破した。
しかし、背後からクモ達が追いすがってくる。
シュナイダーはひたすらに駆けた。
闇は永遠に思われたが、意外とすぐに壁に突き当たった。
「クソッ!」
シュナイダーは毒づき、振り返った。
ライトがクモの群れを照らす。
ライトの領域は狭かったが、明らかに包囲されていた。
背中には壁。
そして前と左右からはクモの群れ、だ。
「万事休す、か……」
シュナイダーはボソッとつぶやいた。
まさか、この暗闇に満ちた部屋が人生の終着駅とは。
自らの骸がクモに食い尽くされる事は、出来る限り考えたくなかった。
シュナイダーは大きく息を吸い込み、怒鳴った。
昔、祖父から教えられたサムライのように。
「かかってこい!俺は逃げも隠れもしない!」
次の瞬間、何千匹ものクモがシュナイダーに飛びかかった。
シュナイダーの視覚はクモで一杯になった。



全長30メートルはあろうかという黒龍は、翼を大きく広げ、凄まじい咆哮を放った。
ローグは急いで耳を押さえた。
鼓膜が一瞬でつんざかれそうだ。
このドラゴン。
リオデジャネイロの最下層で<マザー>をかき抱くように眠っていたドラゴンだ。
<マザー>の生み出した最強の護衛。
最凶の怪物だ。
だが、ローグは望みを持っていた。
これまで生き残ってきたんだ。
仲間と力を合わせれば、こんな奴―――
次の瞬間、黒龍は身体をその場でぐるんと横に回転させた。
トゲの生えた尾が鞭のようにしなり、床をかすめる。
尾がかすめた床は、ざっくりと削りとられていた。
突出していたデルタ・フォースが吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
ぐちゃ、という音が不気味に響く。
あ、無理。
ローグは今しがた出てきた勇気や希望が一気に萎えるのを感じた。
こいつは正真正銘のバケモノだ。
Uウイルス・クリーチャーの頂点に立つ存在だろう。(もちろん<マザー>を除けばの話だ)
「あれ、クロウ?」
ローグは隣に立っていたクロウがいつの間にかいなくなっているのに気がついた。
こんな時に一番頼りになるのは彼だというのに。
とりあえず、今は戦うしかない。
「スコット!」
ローグは黒龍を見てボーッとしているスコットに怒鳴った。
「そのバズーカでドラゴンをしとめよう!みんなは彼をカバーするんだ!」
ローグはそう言うと、駆け出しながらサブマシンガンを連射した。
金縛りにあっていた仲間達が、慌ててローグに続く。
スコットが背負っていたバズーカを急いで準備するのがチラリと見えた。
黒龍が唸り、ローグを睨む。
小さなサブマシンガンの弾など、黒龍にとってはまるでおもちゃだ。
黒龍は鋭い爪を繰り出した。
ローグは鍛え抜かれた反射神経をいかし、すぐさま側転して難を逃れた。
誰かが見たら、こういうだろう。
―――ブラボー!あんた、ジェダイになれるぜ!
ローグはできればジェダイの反射能力が欲しかった。(この状況であれば当然であろう)
ただ、明らかな事は、この黒龍が、たとえジェダイであっても倒すのに骨が折れるであろうという事だ。
人間など一瞬で切り裂けるほど鋭い爪がローグをかすめる。
ローグは転がりながらも銃を撃ち続けた。
弾が鎧のような鱗に跳ね返っている。
リッドとカトリーナが銃を撃ち、黒龍を引き付ける。
黒龍はいらついたように唸り、尾を振り回した。
尾が壁を叩き壊し、破片が凄まじい勢いで飛び散る。
リッドは慌てて伏せた。
顔のすぐ近くに大きな破片が落ちる。
わずか10センチでも横に落ちれば、リッドの脳髄が飛び散っていただろう。
カトリーナがライフルで翼を撃つ。
銃弾はなめし革のようにつややかな翼に穴を空けたが、たいしてダメージを与えられたようには思えなかった。
最後のデルタ・フォースが黒龍の爪にかかり、真っ二つに切り裂かれた。
黒龍が咆哮をあげる。
ネイオはマガジンを入れ換え、再び撃ち始めた。
銃が手の中で震える。
「準備ばんたんだ!」
スコットが叫び、バズーカを構えた。
「あの鱗を貫通できるのか!?」
アーサーがライフルのシリンダーに弾を込めながら、心配そうに言った。
空薬莢がカランと落ちる。
「はずすなよ!」
ネイオは怒鳴った。
「任せとけ!俺はここぞという時は当てる男……」
スコットはそう言うと慎重に狙いを定めた。
黒龍は撃ってくるローグ達にいらつき、身悶えしていた。
スコットはトリガーを引いた。
反動と共に、ポータブル・ミサイルが飛び出した。
弾道を残し、ミサイルが一気に飛んでいく。
ミサイルはあさっての方向へと消え去った。
「へたくそーっ!!」
「ごめーん!」
ローグは舌打ちすると、ナイフを抜き、リッドに怒鳴った。
「リッド!ドラゴンの気を引き付けてくれ!」
リッドが頷き、回避運動を行いながら、しきりに黒龍を攻撃し始める。
まるでハエのようにうるさい攻撃に、黒龍はいらだちの戦吼をあげ、尾を思い切り振り回した。
リッドは間一髪で伏せ、難を避けた。
尾が空気を切り裂いて大きく回転する。
それは、偶然にもアーサーとネイオ、そしてスコットに命中した。
ネイオ達が吹っ飛ばされ、バルコニーの外に飛び出す。
彼らは悲鳴をあげて落ちていった。
「教授!ネイオ!スコット!」
カトリーナが悲鳴に近い叫び声をあげる。
だが、今は彼らに気をとられている場合ではなかった。
カトリーナは殺気をうなじに感じ、とっさに横へ転がった。
彼女の今までいた場所が、黒龍に噛みつかれた。
牙が宙を噛み、ガチンと大きな音をたてて閉じる。
側転しているカトリーナから、30センチと離れていなかった。
ローグはカトリーナの無事を認めて安心すると、黒龍の足に駆け寄り、アキレス腱にナイフを突き立てた。
刃がかけた。
黒龍の被害は、わずかに鱗一枚だった。
とんでもなく硬い。
まるで岩のようだ。
その時、ローグは近くに壁の破片を見つけた。
先程、黒龍が尾で壁を破壊した際の物だ。
ツララのように鋭く尖っている。
ローグは慎重にそれを持ち上げ、勢いをつけると、レイピアのように黒龍のアキレス腱に突き刺した。
黒龍の苦渋に満ちた声が響き渡る。
鋭い破片はドラゴンの比較的ヤワなアキレス腱を貫通していた。
どす黒い血が噴きだす。
黒龍はバランスを崩し、倒れた。
地震のように辺りが揺れる。
「ローグ、ナイスだ!今度は俺の番だ!」
リッドはそう言うと、手榴弾を手に、黒龍の頭に接近した。
黒龍の口に手榴弾を投げ込んでやろうという魂胆なのだ。
しかし、黒龍は異常だった。
ドラゴンは足の激痛を無視して立ち上がったのだ。
てっきり黒龍が動けないと思っていたリッドは、予想外の出来事に硬直した。
黒龍の顔が彼の目と鼻の先にある。
黒龍が呼吸をするたび、熱い息がリッドの髪をたなびかせる。
リッドと黒龍はしばし見つめあった。
しばらくの静寂。
リッドは唐突にため息をついた。
「ここで終わり、か」
次の瞬間、黒龍の牙がリッドを引き裂いた。



「つつ………」
ネイオは頭をさすり、ゆっくりと身体を起こした。
焦点がぶれており、目の前に落ちている銃が4つに見えた。
派手に肋骨を折ったようだ。
骨盤にも鈍痛がある。
ヒビがはいったかもしれない。
ネイオは苦労して起き上がった。
擦り傷や切り傷が身体のあちこちにある。
よく死ななかったな。
ネイオはそんな事をぼんやりと考えながら周囲を見回した。
落ちた場所は、それなりの広さのあるバルコニーだった。
ところどころにコンテナのような物資が置いてある。
見上げると、先程のバルコニーのへりが見えた。
あのバルコニーの下に、このバルコニーがあって本当に良かった。
ネイオは心からそう思った。
だが、あのバルコニーまで這い上るのは不可能だろう。
何か別の方法は……。
突如、黒龍の咆哮が響き渡った。
それが苦痛によるものか、それとも敵をしとめた勝利の咆哮かネイオには知るよしも無かったが、黒龍は空も飛べる事を思い出し、いまだ気絶しているスコットとアーサーを起こしにかかった。
「おい、スコット、起きろってば」
「う~ん、あと5分……いや、5時間……」
「お前は熟睡中の小学生か!」
「ふぎゃ!」
スコットはみけんにネイオのチョップを受け、飛び起きた。
「ん?なんだ?どうなったんだ?ここは天国か?」
スコットはわけがわからないといった様子で周りを見回した。
「ここは地獄の中枢のタワーさ」
ネイオはそうとだけ答えると、今度はアーサーを起こしにかかった。
スコットは周りを見回しながら、自らの銃を手にとった。
残弾が少ない。
そろそろ限界だろう。
体力的にもだ。
スコットは皮肉に笑った。
折れた肋骨が肺や心臓に突き刺さる事だけは免れたようだが、激しく運動すれば危ないだろう。
次の瞬間、スコットはぽかんとだらしなく口をあけ、一点を凝視した。
ネイオを呼びたかったが、驚きのあまり声がでない。
ネイオはようやくアーサーを起こしたところだった。
「ん?どうしたんだ?スコット」
ネイオは呆けた魚のように口をパクパクさせているスコットに言った。
スコットは必死に何かを伝えようとしている。
「う、う、う、後ろ!!」
ネイオはわけがわからなかったが、後ろを見た。
心臓が止まるかと思った。
タワー内部からバルコニーに出てきたのは、背中から触手を生やしたリッカーだった。



武装ヘリが2機、バルコニーに接近し、黒龍に激しい攻撃を浴びせ始めた。
黒龍は吼えるやいなや、強力な翼をはためかせ、武装ヘリの1つに容赦なく襲いかかった。
ガトリングがもぎとられ、爪が機体をティッシュペーパーのように切り裂く。
すぐにもう一機も同じ運命をたどった。
ローグはマガジンを装填し直した。
あんなバケモノ、どうやって倒すと言うのだろう。
今やバルコニーに立っているのは、ローグとカトリーナだけだった。
なにか………なにか方法は………
「ローグ!」
カトリーナが突然叫んだ。
「あの対空砲よ!」
ローグは気づいた。
バルコニーのへりには、フィアの対空砲が設置されている。
武装ヘリを叩き墜とした黒龍は、悠々とバルコニーに戻ってきた。
しかし、右後ろ足のアキレス腱に突き刺さった破片からは血がとめどなく噴き出し、痛みにさいなまれた白い濁眼は、猛烈な殺意に満ちている。
「ローグ、援護して!わたしがあの対空砲でドラゴンを倒すわ!」
「いや、それなら僕が……」
カトリーナはローグを見つめた。
「あなただけが命を張る必要はないわ。だって、仲間でしょう?」
ローグはしばらく黙った後ゆっくりと頷き、黒龍の気を引き付けるため、ドラゴンの顔面に向けてサブマシンガンを連射した。
もはや残弾は少ないが、出し渋りでこの黒龍に勝てるはずがない。
しかし、黒龍はローグにとらわれるような事はせず、脇の方を走っているカトリーナに注意を向けた。
彼女の思惑を見抜いたのだ。
黒龍は唸るやいなや、飛びかかる構えを見せた。
「カトリーナ!」
ローグが必死に叫ぶ。
カトリーナはハッと黒龍に気づき、凍りついた。
黒龍は吼え、一気にカトリーナに飛びかかった。
いや、飛びかかろうとしたという表現の方が正しいだろう。
黒龍は苦悶の叫び声をあげ、身悶えした。
ナイフが深々と黒龍の左目に突き刺さっていたのだ。
刃先が涙腺を見事に貫いている。
どす黒い血が一気に噴き出してきた。
黒龍は右後ろ足を引きずり、のたうち回った。
クロウだ。
しかし、どこから。
ローグは周りを見回したが、クロウの姿は見えなかった。
カトリーナが対空砲に乗り込み、黒龍に砲口を向けている。
すぐに猛烈な攻撃が始まった。
レーザーが次々に黒龍に突き刺さっていく。
鱗が弾け飛び、血が噴き出した。
黒龍は悲鳴に近い声をあげ―――傷つくのも恐れずに対空砲へ突進した。
「カトリーナ!」
ローグは叫んだが、間に合わなかった。
黒龍の頭突きが、対空砲もろともカトリーナを粉砕したのだ。
黒龍は身体のあちこちから血を流しながらローグに向き直った。
血が頭から顎にかけて赤き川となって流れている。
もはや、自分だけだ。
ローグは銃を構えた。
相討ちでもいい。
こいつだけは必ず殺してやる。
黒龍はローグに突進した。



ローグは避けようとしたが、間に合わなかった。
黒龍の牙と爪がローグの身体を無惨に切り裂き、命を無理やり身体から引き剥がした。
やめろ。
アーサーは自分自身に言い聞かせた。
そんな暗い想像をするな。
ローグは大丈夫さ。
しかし、落ちてきたカトリーナの骸は、そんな暗い妄想をさらに掻き立てた。
アーサーはカトリーナの美しい顔についた血をぬぐってやり、彼女の見開かれた目を閉じた。
カトリーナの死に顔は安らかなものになった。
ネイオ、スコット、アーサーは、油断なく新手の怪物を見つめた。
リッカーは背中に生えた8本の触手を槍のように構えながら、一歩一歩ネイオ達に接近してくる。
まるでドラグーン・システムだな。
ネイオはぼんやりと思った。
昔見た事のある『ガンダムSEED DESTINY』という日本のアニメで、あんな感じのシステムが出てきたのだ。
リッカーが吼えた。
「まずいぞ」
アーサーが汗をだらだらと流しながらつぶやく。
「カトリーナの血の臭いに興奮している」
「かわいいネコちゃんだこと」
スコットが軽い調子で応じるが、言葉とは裏腹に滝のような冷や汗を流している。
新種のリッカーは牙を剥き出し、襲いかかってきた。
3人はそれぞれ転がって牙を避けた。
すぐに触手が襲いかかり、床にドスッと突き刺さる。
ネイオは立ち上がりながら、襲いかかってきた触手を撃った。
触手がのけぞる。
彼はその隙にコンバット・ダガーを抜き、触手の先端を斬り飛ばした。
汚い緑色の膿を噴き出し、触手がのたうちまわる。
ネイオは気にせずリッカーにサブマシンガンを撃った。
しかし、まるで意味がない。
アーサーがライフルを撃ちながらリッカーに接近していく。
スコットがそれをカバーしていた。
アーサーは襲いきた触手をライフルで殴り倒すと、背中のショットガンを手にし、撃った。
触手が吹っ飛び、リッカーが怒りの声をあげる。
今だ!
リッカーがアーサー達に気をとられている間に、ネイオはナイフを手に、リッカーへと突っ走った。
リッカーが牙を剥き、ネイオに向き直る。
来る!
とっさに、ネイオはスライディングした。
彼のすぐ上を爪が切り裂く。
ネイオは転がって立ち上がり、ナイフを容赦なくリッカーのみけんに突き刺した。
そのまま力を込めて押し込む。
血が噴き出した。
リッカーが凄絶な悲鳴をあげ、暴れまわる。
ネイオはナイフから手をはなし、よろよろと後ずさった。
ナイフはリッカーのみけんにしっかりと突き刺さっている。
「ネイオ!」
スコットが叫び、ネイオを串刺しにしようとした触手を撃ち抜いた。
触手がのけぞり、後退していく。
ネイオも再びサブマシンガンを構え、引き金を引いた。
しかし、銃撃は行われなかった。
弾切れだ。
「スコット!バズーカだ!」
ネイオは弾の無くなったサブマシンガンを投げ捨て、ハンドガンをホルスターから抜きながら叫んだ。
「悪い!落としたみたいだ!」
「使えん奴だ!」
「う、うるさい!」
ネイオはスコットに構わず、ハンドガンで触手を迎撃しながらアーサーに目くばせした。
アーサーが頷き、ショットガンのポンプアクションを行った。
ガショッという音と共に、空薬莢が床に落ちる。
ネイオはハンドガンをパンパン撃った。
軽い音が響き、弾がリッカーの足や顔に当たる。
アーサーもショットガンを撃ち、リッカーを倒そうと奮闘していた。
突然、ネイオは足首を何かに掴まれ、引きずり倒された。
触手だ。
ネイオは触手に足首を掴まれ、ずるずるとリッカーの方へと引きずられていった。
「くっ………」
ネイオはナイフを抜き、足首の触手に突き立てた。
触手が緑色の液体を流しながらのたうちまわる。
束縛から逃れたネイオは、再び立ち上がろうとした。
そして気づいた。
全てが遅かった事に。
目の前には、ニタリと笑ったリッカーがいた。
背中では残った触手が気味悪く蠢いている。
ネイオは覚悟した。
リッカーがネイオに食らいつこうと首をのばす―――
その首に、アーサーはショットガンの銃口を押し当てた。
「少しは知性というものを持ったらどうだ?ケダモノ」
ショットガンが全弾、リッカーの首に炸裂した。
リッカーは首がちぎれんばかりの衝撃を受け、悲鳴をあげてよろよろと後退した。
「ネイオ!」
スコットがネイオの襟首を掴み、物資の陰へと引きずっていく。
彼はネイオを物資の陰に引きずり込むと、銃を再び撃ち始めた。
「ネイオ、スコット、私に考えがある」
アーサーがネイオの隣に駆け寄りながら言う。
「あそこに破片が見えるだろう?」
ネイオとスコットは床に落ちた鋭利な破片を見つけた。
落ちてきた対空砲の残骸の一部だろう。
まるでツララのような形をしている。
「あれがなんだってんだ?」
スコットの問いに、アーサーはウインクした。
「リッカーの墓に立てる十字架―――墓標さ」



少なくとも、リッカーのための墓などつくらない。
ネイオはそう思った。



リッカーはいらついていた。
たかが3人に触手を半分近く失い、しかもみけんにナイフを突き立てられたのだ。
ナイフの刺さっている場所は、いまだに痛い。
実際のところ、凄絶な痛みだ。
リッカーは、あの3人をなぶり殺すと誓っていた。(リッカーにそれほどの知能があればの話だが)
今のところ、奴らはコンテナの陰に隠れたまま出てこない。
ならば、こちらから出向いてやろう。
リッカーは足を踏み出した。
次の瞬間、コンテナの陰から男が飛び出してきた。
手にはサブマシンガン。
男はウインクし、銃を構えた。
「俺はやるときゃやる男だぜ?」
グレネード投擲器から手榴弾が飛び出し、リッカーの頭に炸裂した。



「ネイオ、今だ!」
もがいているリッカーを見て、アーサーが怒鳴った。
ネイオは1メートル近くあるツララのような破片を手に、リッカーへと突進した。
リッカーは頭の炎を必死に振り払おうとしている。
「く、た、ば―――」
ネイオは破片を思い切り振りかぶった。
リッカーが呆然とネイオを見る。
「れえええええええっ!!」
ネイオは破片をリッカーの頭部に振り下ろした。


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