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JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

第2章 厄日 <1>

あらすじ―――

<大変動>によって砂漠化した北米大陸の街、プロム。
その街でなんでも屋を営む少年、ヴァイスは、偶然にも、傭兵に狙われている少女―――ハクと出会う。
白石という男からハクの保護を頼まれたヴァイスは、辛うじてその場を切り抜けることに成功する。
しかし、喜びもつかの間、彼らは大地球連邦によって捕らわれてしまうのだった……。




第2章 厄日



北米大陸の新興都市、プロム―――
そのバザールの中を、様々な物でいっぱいの紙袋を抱えた少女が歩いていた。
年は16、7。
栗色のセミロングをした、おとなしそうな少女である。
彼女は賑やかなバザールを抜け、今やプロムの『名物』である巨大なスラム街へと入っていった。
薄汚れた子供達が喚声をあげてサッカーをしている側を通り抜け、傾きかけた家に入る。
「ただいま」
彼女はそう言うと、狭い台所に紙袋を置いた。
「今日はタマネギが安売りしてたの。鶏もスジ肉が手に入ったし……。久しぶりにスープが作れそうよ、母さん」
すぐ近くの擦りきれた布団から、やつれた女性が顔をのぞかせる。
「ありがとうよ、ミスト…。すまないね、いつもいつも…」
「もう、そればっかりなんだから。わたしはたいしたことしてないよ、母さん」
ミストは笑って返すと、汲んでおいた井戸水で、買ってきたタマネギを丁寧に洗った。
しなびかけたタマネギに付着した泥が剥がれていく。
「ところで、街で小耳にはさんだんだけど、昨日街の近くで戦闘があったらしいよ。ガントレットが4機もやられたんだって」
「まあ、物騒なこったね。革命軍との戦いの前線はずっと南だって聞いてたけど……」
「うん。でも、この戦闘のことで基地が慌ただしくなってるみたい」
基地とは、プロムのすぐ隣にある連邦の兵器性能試験場のことである。
「街にまで戦火が及ばないといいんだけど……」
ミストが物憂げな顔でつぶやきながら、タマネギを擦りきれたまな板に乗せる。
「さ!母さん、待っててね、すぐにおいしいスープを―――」
その時、扉がどんどんと叩かれた。
ミストが手にした包丁を慌てて置き、扉を開ける。
「はい、どちらさま……って、ニコラさん?」
そこにいたのは、ミストが働いている食料品店の店長、ニコラだった。
「やあ、ミストちゃん」
ニコラが禿頭の汗を布でぬぐいながら挨拶する。
「急にどうしたんですか?」
驚いた表情で訊くミスト。
今日は確か非番のはずだ。
その問いに、ニコラが申し訳なさそうな顔をする。
「ミストちゃん、非番の日に悪いんだけど、食料品を基地に届けてくれないかい?急に基地から注文が入ってしまってな……。わしは仕入れ先との交渉もあるし、手が離せんのだよ」
「わかりました、配達ですね」
ミストは快くうなずいた。
もちろん仕事は無いに越したことはないのだが、ここで断って勤め先との関係を悪くするのはおいしくない。
ニコラの食料品店はこの時代においてはかなりまともな職場だ。
いくらスラム暮らしとはいえ、病気の母を抱えたミストの生活が成り立っているのは、ニコラの力によるところが非常に大きい。
ここでクビを切られでもしたら、スラム街に溢れる売春婦にめでたく仲間入りだ。
「母さん、行ってくるよ。2、3時間で帰ってくるから」
ミストの言葉に、母が布団の中で弱々しくうなずく。
「行ってらっしゃい、ミスト……。気をつけてね……」
「うん」
ミストは手早く手荷物をまとめると、ニコラに続いて家を出た。
「おふくろさん、まだ悪いのかい」
扉を閉めたミストに、ニコラが問いかける。
「はい、最近は安定してるけど、衰弱はどんどん進んでるみたいなんです……」
そう答えながら、ミストはため息をついた。
「この街なんかの治療設備じゃダメ……。連邦の大きな病院に連れてかないと治らないんだ……」
「そうか……」
ニコラも悲しそうにうなずく。
「わしも気の毒でならんよ……」
「………とにかく!配達は任せてください!バリバリ働きますよ~!」
ミストは気丈に明るい笑顔を振り撒いた。



この日を境に、ある少女の運命が大きく変わるとは、この時は誰も考えすらしなかった。



「コーヒーでもどうですか、大佐」
ジン・シュヴァルツは香り立つコーヒーを手に、タチバナに訊ねた。
銀髪に眼鏡の男―――セデス・S・タチバナがパソコンから目をあげ、嬉しそうな顔をする。
「おお、すまないね、中佐。君にまるで雑用のような真似をさせてしまって」
「いえ、当然の事です」
そう言うジンからコーヒーを受け取りながらタチバナが笑う。
「私はコーヒーにうるさくてね……。最近のカフェはコーヒーとも呼べんコーヒーを平気で出すものだよ」
コーヒーの香りを味わい、一口飲む。
タチバナの顔がほころんだ。
「うむ、君のコーヒーは及第点のようだ」
「光栄です、大佐」
ジンは微笑みながら自らのマグにもコーヒーを注いだ。
黒く熱い液体がマグに満ちていく。
その様子をじっと見つめながら、ジンは口を開いた。
「タチバナ大佐……いくつか質問してもよろしいでしょうか」
「……君のことだ、<HAKU>のことだろう?」
タチバナがにこやかな表情のまま、飲みかけのマグをパソコンの側に置く。
「はい。あのような少女を戦場に出すのは、私はどうしても納得がいきません」
「彼女は人間とも呼べないよ」
タチバナが再びキーボードを打ちだす。
「人の皮をかぶった<HAKU>という兵器。それ以上でもそれ以下でもないのさ。アレに少女も何もないんだよ」
「ですが……」
「シュヴァルツ中佐」
タチバナが手を止め、パソコンから顔をあげる。
相変わらず、食えない笑みだ。
何を考えているのかわからない。
「君の仕事は兵器の性能実験、私の仕事は兵器を作ることだ。わかるね」
「……はい」
「つまり君の仕事は<HAKU>の性能を実験すること。アレの存在が在るべきかどうかなど、君が考えることじゃないよ」
「……了解…しました」
「……さてと、じゃあここからは仕事の話だ。中佐、午後までに<ブレイズ>の準備をしておいてくれないかな」
タチバナの言葉に、ジンが目を丸くする。
「<ブレイズ>を……ですか?ですが<HAKU>はまだ保護したばかりです。少々お早いのでは?」
「それだけ私は<HAKU>の完成を為し遂げたいんだよ」
感慨深そうに言うタチバナ。
その目は夢見るような輝きを放っている。
「アレが完成すれば、我が連邦軍は革命軍やインシャラフ皇国に対して非常に優位にたてる。それだけの力が<HAKU>にはあるんだ。兵士の犠牲も、結果として少なくなるはずさ」
「……わかりました」
ジンは渋々うなずいた。
「ブレイズを準備させます」
「ありがとう。それと、頼んでおいた<ディアブロ>と<イェーガー>のパイロット選出の件はどうなってるかい?」
タチバナの問いに、ジンは首を横に振った。
「ディアブロのパイロットは既に適正のある者が選出されています。ですがイェーガーは……」
「……まだ、なのかい?」
「弁明するつもりはありませんが、“速すぎ”ですな、あれは」
「そうだねぇ、パイロットがなかなか見つからないのも無理はないかな」
そう言うと、タチバナはふと思い出したように顔をあげた。
「そういえば、拘束した少年はどうしたんだい?」
「ああ、あの金髪の少年ですか?彼なら―――」



「……う…」
最悪の目覚めだった。
身体中が殴打の痛みに泣いているし、おまけになんか臭い。
腫れ上がったまぶたをどうにか開けると、陰鬱なコンクリートの壁が目に飛び込んできた。
どうやら牢にぶちこまれたらしい。
「……ッてて」
ヴァイスは痛む体をどうにか起こしながら、周りを確認した。
コンクリートに囲まれた小さな牢屋だ。
当然ながら、ハクの姿はない。
「起きたか」
突然の背後からの声にヴァイスは思わず肩を弾ませ、振り返った。
見ると、鉄格子の向こうから男が覗いている。
男はだいたい50歳で、肩幅はそれほど広くないが、ガッシリした筋肉質の体つきをしていた。
髪は黒く、無精な感じながらきちんと整えてある。
おそらくは連邦の軍人だろう。
「少年、名はなんという?」
「人に名前を聞く時は自分からだぜ、おっさん」
男の質問に、ヴァイスは痛みを隠すかのように虚勢を張ってみせた。
「貴様!中佐殿を愚弄するか!」
近くにいた男の部下がいきりたったが、男が手をあげて制した。
「いい、ファルマン。…少年、失礼だったな。私はジン・シュヴァルツ、地位は中佐だ。このプロム性能試験場の責任者を任されている」
「俺はヴァイス・クロスフィールド。プロムで何でも屋みたいなことをしてる。で、なんで俺が連邦の牢にぶちこまれないといけないんだ?」
「君は連邦の機密と接触したのだよ」
ジンの言葉に、ヴァイスは怪訝そうに首をかしげた。
「機密?……ハクがか?」
「そのとおりだ。ゆえに、君を拘束させてもらった。これから先、尋問等が待っているだろうな」
と、急にジンが声色を落とした。
「―――対応を誤れば殺されるだろう。仮にも君は連邦軍の最高機密に接触したのだからな。それに、尋問するであろうタチバナという男は……そうだな……優しいとは言えない」
「……そりゃご丁寧にどうも」
ヴァイスのボヤきに耳を貸さず、ジンが言葉を続ける。
「ヴァイス、尋問が始まったらとにかく尋問官の言うことに従いたまえ。悪いことは言わない。とにかく従順にして、偶然に巻き込まれた事を主張すれば、殺される可能性は減るだろう」
「……どうして俺にそんな忠告をするんだよ、おっさん」
ヴァイスの問いに、ジンが微笑む。
「未来ある少年の死を見たくない……。ただそれだけのことだ」



「止まれ」
銃を持った警備兵がそう言いながら近づいてくる。
ミストは軽トラのブレーキをかけ、窓を開けた。
「こんにちは、カラードさん」
「お、なんだ、ニコラんとこのミストちゃんじゃないか」
ミストの顔を見た兵士が笑顔になる。
「今日は配達かい?」
「はい、ニコラさんは用事があるからわたしが…」
「ふーん……」
兵士はそう言うと、出入記録をつけ、基地への入り口を開けた。
「はい、進入どーぞ。今度一緒に遊ぼうね、ミストちゃん」
「うん、母さんの容態が良くなったらね」
ミストはそう言うと、食料を満載した軽トラを基地へと進めた。
プロム性能試験場は、確かにいつもより慌ただしい様子だった。
昨日プロム近郊で起きた戦闘のためだろう。
ミストは行き来するたくさんの兵士やジープに注意しながら、基地裏手の搬入場に車を停めた。
待機していた運搬メカが軽トラに積み込まれていた食料を運ぼうと近づいてくる。
と、その時、ミストは自らを呼ぶ声に気づいた。
「おーい、ミストちゃーん」
「スコールさん?」
ミストを呼びながらドタドタ走ってきたのは、基地の料理係のスコールだった。
「どうしたんですか?」
軽トラを降りたミストに、スコールがハアハアと荒い息を吐きながら手をあげる。
「や、やあミストちゃん。……ゼェ、ゼェ……と、突然ですまないけど、キッチンを手伝ってくれないかな?料理人が3人も休んじゃってさ、残りじゃとても手が足りそうにないんだよ」
「え、でも……」
家で待っている母の姿が脳裏をかすめ、思わず渋るミスト。
「もちろん給料付き!お望みなら食事もつけるよ」
「やりましょう」
速攻でうなずいていた。
稼げる時に稼ぐ。
貧乏暮らしの鉄則だ。
それに食事ももらえるなら、母の夕食も少しは豪華にできるかもしれない。
スコールの顔が明るくなる。
「ありがとうよ!じゃあ早速だけどジャガイモを………」



―――数時間後

「つ、疲れた……」
ミストはすっかり疲れ果てた様子でへばっていた。
軍人達はとにかく食べる上にたくさんいるため、調理も配膳もとんでもない忙しさだったのだ。
おまけに、食堂は筋肉ムキムキの軍人達のせいで非常に暑苦しかった。
今もクーラーがフル稼働しているが、全くと言っていいほど涼しくない。
「大変だったろ?ほら、水」
「ありがと、スコールさん」
ミストはスコールのさしだしたコップを受け取ると、一気に飲み干した。
冷たく爽やかな液体が喉を流れていく。
「今日は助かったよ、ミストちゃん。帰っておふくろさんにうまい飯を作ってやりな」
「はい、もちろん!」
ミストは腰のエプロンを外すと、スコール達料理人に手を振って食堂を出た。
もう既に夜だ。
早く帰って母に夕食を作ってやらなくては。
臨時収入もあったし、スコールからお残りの食材ももらった。
母も喜ぶだろう。
「と、その前に……」
ミストはいそいそと女子トイレへと入っていった。
便器に座り、安心のため息をつく。
「こればっかりはどうにもならないからね」
顔を若干赤らめ、小さくつぶやくミスト。
誰に言い訳しているのだろう。
と、洗面台で化粧を直していた女性軍人達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた?昨日の戦闘の敵……」
「ガントレットを4機もやったって奴ら?」
「そう。噂によると、<センチネルズ>って傭兵団らしいよ。なんでも、世界中を転戦してる傭兵団なんだって」
「傭兵団ってガラ悪そ~……。でも、どうしてそんな連中と戦う事になったの?」
「それがさー、どうやら女の子を傭兵団と奪いあってたらしいよー」
「うわー、何それ。今回の指揮官ってシュヴァルツ中佐だっけ?ドン引きなんですけどー」
「ねー。いい感じのオジサマだと思ってたのに、女の子を傭兵団と奪いあうなんて、幻滅だよねー」
「ていうかさー、その<センチネルズ>って結局取り逃がしちゃったんでしょ?また攻撃してくるってことはないの?」
「大丈夫よー、この基地にはガントレットが8機も配備されてるのよ?さすがにヤツらもわざわざ死にに来るような馬鹿じゃないでしょー」
彼女達はそんな他愛もない噂話をしながらトイレを出ていった。
個室の中で会話を聞くともなしに聞いていたミストも、後始末をして扉を開け、洗面台に向かう。
「<センチネルズ>、か……」
彼女はそうつぶやくと蛇口をひねった。
冷たい水が手を打つ。
「ホントに攻めてこないといいんだけど―――」
次の瞬間、猛烈な爆音が基地に響いた。




「なにが起こった!?状況を報告しろ!」
指令室に早足で入りながら、ジンは大声で怒鳴った。
ヘッドホンを片耳に当てていたオペレーターが振り向く。
「シュヴァルツ中佐、第1燃料タンク付近で爆発がありました。現在確認を行っています」
「わかった」
ジンはうなずくと近くのマイクをひっ掴んだ。
「試験場の全連邦兵!総員戦闘態勢をとれ!敵がこの基地に潜入している可能性がある!すぐに各自の班に集合せよ!」
「よいのですか?」
傍らのファルマンが訊く。
「ただの事故の可能性もありますよ?」
「手は早めに打っておくべきだぞ、ファルマン。特に敵が我々に比べて小規模な場合、敵は奇襲等によって我々を出し抜こうとするものだ」
「はあ」
ファルマンが、そんなものか、といった表情で頷く。
と、先程のオペレーターが、相変わらずヘッドホンを片耳に当てながら手をあげた。
「中佐、確認が取れました。燃料タンクでの爆発は、どうやら爆薬によるもののようです。現在消火班が消火中」
「やはりか。よし、ガントレットを全機出せ!戦車も準備しておけよ!」
「さすがに傭兵団は軍隊と違って動きが早いね。戦闘の翌日にもう襲撃してくるとは」
その声に、ジンは慌てて振り返った。
「た、タチバナ大佐!?」
「やあ」
銀髪にメガネの男―――タチバナが、相変わらず食えない微笑みを浮かべて立っていた。
「傭兵どもの目的は、やはり<HAKU>だろうね。悪いけど、私はデスクワーク派なんだ。指揮は頼むよ、中佐」
「はッ!」
ジンはタチバナに敬礼すると、各所に指示を出し始めた。



「……ッたた…」
ミストはぶつけた頭をさすりながら立ち上がった。
猛烈な爆音と振動に、思わず倒れてしまったのだ。
基地はいつの間にか騒がしくなっていた。
サイレンが鳴り響き、兵士達が走り回る音が通路から聞こえてくる。
「な、なに……?」
ミストはふらつきながら立ち上がった。
なにがなんだかさっぱりわからない。
と、急に放送がスピーカーから鳴り響いた。
『試験場の全連邦兵!総員戦闘態勢をとれ!敵がこの基地に潜入している可能性がある!すぐに各自の班に集合せよ!』
「て、敵襲!?」
ミストは思わず叫んだ。
ほんとに攻めてきたんだ!
「おい、民間人が何してる!」
と、怒鳴り声がトイレに響き、ミストは思わず肩をはずませた。
見ると、連邦兵がトイレの入り口に立っている。
「敵襲だ!早く逃げろ!」
「逃げろって……どこにですか!?」
「どこでもいい!早く逃げろ!」
その連邦兵はそうとだけ言うと、近くの連邦兵と話し始めた。
「タチバナ大佐の言っていた<HAKU>とやらはどうするんだ?第一格納庫で調整中なんだろ?」
「シュヴァルツ中佐がなんとかするだろ。それより燃料タンクの爆発は……」
とにかく安全な場所を探そう。
ミストはそう思い、怒号と混乱した声が響く中を走り出した。



「おーし、いい感じに混乱してるな」
アーヴィンは望遠カメラでプロム性能試験場の様子を見ながらつぶやいた。
試験場のタンクからは煙があがり、人が慌てたようにうろちょろしている。
「頃合いだ。いくぞリリア!」
「よーし、やっちゃうよー!」
後部座席のリリアはアーヴィンの言葉に応えると、ガンナーサイトを覗き込んだ。
このサイトでグレイハウンドの右肩部ロングレンジキャノンの狙いを定めるのだ。
「仰角20゜、右角10゜……」
つぶやきながらキャノンの射角を調整する。
「目標、燃料タンク!発射ッ!」
次の瞬間、ロングレンジキャノンから轟音と共に砲弾が放たれた。
衝撃波で、グレイハウンドの周りに砂ぼこりがたつ。
そして放たれた砲弾は見事な弾道を描き―――試験場の燃料タンクに直撃した。



凄まじい爆音と衝撃が指令室を襲い、シュヴァルツは思わず膝をついた。
女性オペレーター達が悲鳴をあげている。
「うろたえるなッ!なにがあった!?」
「だ、第2燃料タンクが被弾し、大破炎上したようです!」
シュヴァルツの問いに、そばかすの浮いた若い女性がビクつきながら答える。
「被害の詳細は不明ですが、他タンクの誘爆の危険性も……」
女性の言葉に、周囲が青ざめる。
この試験場はもともと敵の襲撃を想定した施設ではない。
つまり、攻撃に対して脆弱なのだ。
当然、燃料タンクにも装甲は施されていないため、撃たれれば簡単に爆発してしまう。
それが全て誘爆でもすれば―――
「……わかった。君、名前はなんという?」
「わ、わたしですか!?」
シュヴァルツの言葉に、そばかすの浮いた若い女性が慌てていずまいを正す。
「ま、マーガレット・クローサーといいます!い、一ヶ月前に入隊した新米です!」
「よし、マーガレット、弾道と着弾位置、弾速、今日の天候から弾の発射位置を特定しろ。できるな?」
「は、はい!」
マーガレットがコンソールに向き直り、作業を始める。
シュヴァルツはため息をつき、タチバナに話しかけた。
「……タチバナ大佐、非常に言いづらいのですが…」
「この基地は危ないかも、ということだね」
シュヴァルツの言葉に、タチバナが食えない笑みを全く崩さず返す。
「まあ、もともと攻撃を想定して作られた施設じゃないからねぇ。……<ブレイズ>を<ユニセロス>に搬入しておく。精一杯頼むよ」
そう言ってタチバナはシュヴァルツに背を向けて指令室から歩み去っていった。
「……感謝します」
「中佐、発射位置を特定しました!」
マーガレットが叫び、指令室のメインスクリーンに地図が表示される。
「北方10キロ地点の山間部森林地帯です!」
「………厄介だな。よし、遠距離には遠距離だ!ガントレット・バスターを出撃させろ!」



盛大な爆音が聞こえてから数十分。
何かあったらしく、看守の姿も見えなくなっていた。
「脱出の大チャーンス☆」
ヴァイスは牢の中で一人にやりーんとすると、意気揚々と靴を脱ぎ、靴底をずらした。
数個の針金や小さなドライバーといった脱獄道具が顔を覗かせる。
「ちゃーんと準備してあるんだぜ……」
ヴァイスは誰ともなしにつぶやき、早速作業を開始した。



ガントレット・バスターは、バスター・パックを装着したガントレットの事である。
バスター・パックは頑強な増加装甲、肩部240mmツインバスターキャノン、撃ち切り式グレネードなどから成り、機動力や格闘能力を犠牲に強力な遠距離攻撃能力を手にいれることができるアタッチメント・パックである。
そのガントレット・バスターが2機、低い機動音と共に試験場の格納庫からのっそりと出てきていた。
「敵は北10kmの山間部の森林地帯から砲撃を行なっている!」
指令室のスクリーンでその様子を眺めながら、シュヴァルツは通信機を通してガントレット・バスターのパイロット達に話しかけた。
「よって焼夷弾でいぶりだし、フォーミュラ300による一斉射撃で黙らせる!各機、発射態勢!」
スクリーンに映る2機のガントレット・バスターが大地に踏ん張る姿勢をとる。
次の瞬間、射角調整された肩部240mmツインキャノンが火を噴いた。
続けざまに焼夷弾が放たれる。
数秒後、合計12発の焼夷弾が遠方の山肌に着弾した。



「アーヴィン、砲撃来るよ!数、12!」
「チッ!バスターか!」
リリアの言葉にアーヴィンはそう毒づくと、分厚いシールドをグレイハウンドの前にかざした。
「バスターがいると、こっちの優位性が失われるな……」
と、近くにバスターから放たれた砲弾が着弾し、辺りの木々に猛烈な火の手があがった。
「うげっ!焼夷弾かよ!」
アーヴィンは慌てて火の元から機体を離れさせた。
「ヤツら、ここらを黒焦げにするつもりか!」
「燃料タンクをやられて、よっぽど頭にきてるみたいねー」
「のんきに言ってる場合かッ!」
既に、火の手はあちこちであがっている。
「チッ!しかたない、森から出るぞ!」
アーヴィンは舌打ちし、グレイハウンドのイオンブースターを噴かした。
AGは火でやられるようなことはないが、中の人間はとてもたまったものではない。
鉄の塊の中で蒸し焼きにされるようなものなのだ。
グレイハウンドのガッシリした漆黒の機体が痩せた木々を薙ぎ倒していく。
だが、アーヴィンは嫌な気分だった。
「……計算通りにいぶりだされた…か?」
「ん?なんか言った?アーヴィン」
「……リリア、しっかり索敵しとけ。嫌な予感がする」
「……わかった、任せて」
と、グレイハウンドが燃え盛る森林地帯から、赤茶けた山肌へと飛び出した。
途端、リリアが叫び声をあげた。
「アーヴィン、戦闘機が5機!試験場の方向から!」
「クソッ!やっぱ来やがったか!」
確かに、試験場の方から5機の戦闘機―――フォーミュラ300(※)が接近していた。

(※フォーミュラ300はAC300年に就役した連邦軍の汎用高速戦闘機。その完成度の高さからガントレットと並び連邦の代表兵器と賞賛される傑作機である。フォーミュラはミサイルポッドを4つ装備しており、従来型に比べて搭載弾数の底上げが行われている。また、AGなどに使われているイオンブースターを流用しているため、出力、燃費共に高パフォーマンス、それでいてコストダウンに成功。さらには密閉状態にさえすれば宇宙での使用も可能という、まさに代表機にふさわしい戦闘機なのだ)

「あたしがキャノンで迎撃する!」
「バカ!キャノンがフォーミュラに当たるわけねぇだろ!お前はチェインガンだ!いいな!」
アーヴィンはリリアに怒鳴ると、素早く照準をフォーミュラ300の編隊に向け、トリガーを引いた。
グレイハウンドが右手に構えたリニアマシンガンが火を噴き、何発かの弾を連続して放つ。
が、フォーミュラ達は素早く散開してそれを回避すると、一斉にミサイルを撃ちこんできた。
コクピットにアラートが鳴り響く。
ミサイルの数は15発。
しかも強力な対AGミサイルだ。
間違いなく機体がバラバラになるだろう。
「んなろッ!」
アーヴィンは急いで別のトリガーを引いた。
グレイハウンドが左手のずっしりとした分厚いシールドを構える。
次の瞬間、大量のミサイルがシールドに激突し、コクピットが激しく揺れ動いた。
衝撃波が辺りの大地をえぐる。
が、爆煙が晴れた時、そこには無傷のグレイハウンドが立っていた。
「シールド損傷率、27%!機体ダメージ、軽微!さっすが特注のメガ・シールド!硬さが違うね!」
後部座席のリリアが嬉しそうに報告する。
だが、グレイハウンドはリリアから鈍牛と呼ばれるほど鈍い機体だ。
いくら頑強な盾や装甲があるからといって、高速が売りのフォーミュラが5機も相手ではさすがに分が悪い。
しかし、ここで退いては作戦に支障をきたすかもしれない。
アーヴィンは汗ばんだ手で操縦桿を握り直した。
「リリア、踏ん張るぞ!援護しろ!」
「あたしに命令しないでよね!」
「まだまだ乳臭いガキが吼えんな!」
アーヴィンはリリアに怒鳴り返すと、フォーミュラの1機にリニアマシンガンを放った。
きりもみしながら器用に銃撃をかわすフォーミュラ。
が、すぐにその翼を別の銃弾が捉えた。
フォーミュラの翼が弾けとび、機体が一瞬にして爆炎に包まれる。
「やりぃ!」
後部座席から聞こえる嬉しそうな声。
リリアの操作する左肩部小型チェインガンがフォーミュラを撃墜したのだ。
「アーヴィン、これであたしをガキだなんてもう―――」
次の瞬間、アーヴィンが薙ぎはらうかのようにリニアマシンガンを放ち、一気にフォーミュラ300を2機、見事に撃ち抜いた。
「なんか言ったか?」
爆発する2機のフォーミュラを尻目に、アーヴィンが余裕の口調で訊く。
「……まだ2機いるもんね!残りはあたしがもらう!」
「はいはい。殺されない程度に頑張れ、よッ!」
グレイハウンドのリニアマシンガンとチェインガンが一斉に火を噴いた。



「フォーミュラ300、3機撃墜されました!」
「くっ!」
シュヴァルツは思わず歯ぎしりした。
フォーミュラ5機が一斉にミサイルを当てた時点で撃破を確信したが、あの漆黒の機体が装備しているシールドは非常に頑強な物だった。
何発もの対AGミサイルの雨を余裕で耐えきったのだ。
あれがメガ・シールドというヤツだろう。
「中佐、燃料タンクの誘爆の危険性が高まっているそうです。もはやいつ爆発してもおかしくないかと」
どうやらクセなのか、ずっとヘッドホンを片耳に押し当てた男性オペレーターが、とんでもないことを落ち着いた口調で言う。
「全てが一気に誘爆すれば、この試験場は間違いなく吹き飛びますね」
「……君、名前は?」
「ミラー・D・レーヴェン」
シュヴァルツの問いに、ヘッドホンを片耳に当てたオペレーターが相変わらず落ち着いた口調で答える。
「<ユニセロス>の状況ですか?中佐」
「……察しがいいな。<ユニセロス>は出せるか?」
「この指令室のスタッフがいれば、飛ばすぐらいはできますね。急いだ方がいいでしょう」
「うむ……」
シュヴァルツは頷き、マイクを掴んだ。
「プロム性能試験場全連邦兵に告ぐ!現在、燃料タンクに大規模爆発の恐れがある!冷静に、かつ迅速に地下ドッグに集合せよ!」



ミストは今の放送の意味がわからなかった。
大規模爆発?
もちろん、そんなものには巻き込まれたくない。
だが、地下ドッグの場所もわからない。
「……どうしよう」
ミストはあてもなく通路を走りながら、凄まじい恐怖を感じていた。
プロムのスラム街では、病気の母が、聞こえてくる戦闘の音を聞きながら、帰ってこない我が子の心配をしているだろう。
ここで死にたくない。
「死にたくないよ…ッ!母さん……!」
と、急に通路の陰から少年が飛び出してきた。
「きゃあッ!?」
「うおッ!?」
次の瞬間、2人はお約束のように衝突した。



ヴァイスは何が起きたのか全く分からなかった。
誰かと勢いよく衝突し、世界がぐるぐる回ってしまっている。
「…ッてて………ん?」
ヴァイスは回転する世界を必死に把握しようとして、あることに気づいた。
彼の下に、なにかやわらかいものがあった。
手には、さらにやわらかななにか。
握ってみると、確かな弾力が返ってくる。
しばらくして、彼は自分が栗色の髪の少女を押し倒していることをようやく理解した。
そしてあろうことか、彼の手はとても文章にはできないモノをしっかりとつかんでいた。
「……でええええええええええええ!?」
彼は慌てて立ち上がる―――前に思わずもう2、3回揉んでから急いで立ち上がった。
「…あ、あう……痛いです……」
少女も目が回ってしまっているのか、ふらふらしながら目をこすっている。
ば、ばれてないよな……。
ヴァイスは冷や汗をだらだらと流しながら、混乱したままの少女に手をさしのべた。



「わ、悪い、大丈夫か?うっかりしてたよ」
先に立ち上がった金髪の少年がミストに手をかす。
「い、いえ。わたしも考えごとしてましたから……」
ミストはいまだに回転する目をこすりながら答えた。
……混乱していたからよくわからないが、なにか体中をまさぐられたかのような感覚がある。
特に胸が。
ミストは体をまさぐられていたかのような感触と、少年の額に浮かぶ滝のような(冷や)汗に違和感を覚えながらも、少年の手を取った。
少年がミストを助け起こしながら再び口を開く。
「その格好……、あんた、民間人か?」
「は、はい。……あなたも?」
ミストの問いに、金髪の少年がうなずく。
見たところ、同年代のようだ。
「ああ、俺はヴァイス・クロスフィールド。もちろん民間人だ」
「わ、わたしはミスト・レインズっていいます、ヴァイスさん」
「ヴァイスでいいよ」
少年が、ヘヘッと快活な笑みを見せる。
「見たとこ同年代だろ?ミスト」
「は、はい。……ヴァイス。……ん、なんだろ…」
「どうした?」
「いえ、ただ、よくわからないんですけど、体中をまさぐられたみたいな感覚が……って、ヴァイス、どうしたんです?」
急にビクッとしたヴァイスに、ミストは思わず声をかけた。
「顔色が悪いですよ?」
「いいいいや、ななななんでもないですよ、AHAHAHAHAHAHAHAHA(ry」
「ちょ……怖いです、ヴァイス……」
と、その時、ミストはひじあたりに痛みを感じた。
見ると、擦り傷ができ血がにじんでいる。
倒れた時にでも作ってしまったのだろうか。
「あ……」
「おい!ケガしてんじゃねーか」
ヴァイスが急いでミストの腕を取り、ケガを看る。
「あ、あのヴァイス、たいしたケガじゃありませんから……」
「なに言ってるんだよ。菌が入ったりしたら、こんな綺麗な肌に痕が残っちまうんだぜ?ちょっとじっとしててな、すぐ手当すっから……」
ヴァイスはそういうと、自らのつばを傷口に少量つけ、真っ赤な上着の袖口を裂き、ミストのひじに素早く巻いた。
「これでよし、と……」
「あ、ありがとうございます……」
はにかみながらも礼をつぶやくミスト。
その頬にはわずかに朱がさしている。
「ほんとに、わざわざこんなことしてくれるなんて……」
「別に全然かまわないぜ?俺はそれ以上においしい事したわけだし……」
「え?」
「ななななんでもないですAHAHAHAHAHAHAHA(ry」
「あ、あはは……」
互いに小さく笑った後、ヴァイスが頬をポリポリとかきながら、言いづらそうに訊いてきた。
「……えーと、ミスト、いきなりで悪いんだけど……」
「はい?」
「ハクって娘の居場所知らないか?アッシュブロンドの銀髪に翡翠の瞳の女の子なんだけどよ」
そう訊くヴァイスの眼は真剣そのもので、ミストは若干気圧された。
「ハク……?」
なんだか、聞いたことがある気がする。

『タチバナ大佐の言っていた<HAKU>とやらはどうするんだ?第一格納庫で調整中なんだろ?』

「ハク……たしか、わたしに逃げろって言ってくれた連邦の人が言っていたような……」
「本当か!?」
「きゃあッ!?」
ヴァイスにいきなり肩を掴まれ、ミストは思わず悲鳴をあげた。
「それで!?ハクは今どこに!?」
「い、痛いですヴァイス!そんなに強く掴まないでください!」
「あ、ああ、悪い」
ヴァイスは慌てて手を離した。
痛んだ肩を揉みほぐしながら、ジト目でヴァイスを見つめるミスト。
「もう……。えと、ハクって娘なら、第一格納庫で調整中って言ってましたよ」
「第一格納庫だな!それさえわかりゃ動ける!」
そう言ってヴァイスはいきなり走り出した。
「ちょ……ッ!どこへ行くんですか!?」
「決まってるだろ!第一格納庫だよ!」
「え…ええええええ!?」
わざわざ危険な場所に飛び込むっていうの!?
「あーもう!今日は厄日じゃないの!?」
ミストは頭を抱えて叫んだ。
本当にめちゃくちゃな一日だ!
「待ってください、ヴァイス!わたしも行きます!」



「ブレイズとイェーガーの搬入が終わっていないだと!?」
シュヴァルツは<ユニセロス>のブリッジで怒鳴った。
「どういうことだ!?」
報告したマーガレットが肩をビクリと震わせる。
「は、はい!ブレイズは、調整中だった<HAKU>が、襲撃のせいで状態悪化したので、現在タチバナ大佐の指揮のもと調整中です。イェーガーは……格納してある第四格納庫と連絡がとれません。おそらく、先程の燃料タンクの爆発で……」
マーガレットの沈黙が状況を物語る。
シュヴァルツは大きくため息をついた。
「……総員、<ユニセロス>を飛ばせる状態にて待機。タチバナ大佐と<HAKU>を待つぞ」



ミストは先を走るヴァイスの背中を必死に追っていた。
息は既にあがってしまっている。
しかし、ヴァイスは疲れなど感じていないかのように速かった。
どんどん引き離されていく。
「ヴァ、ヴァイス!ちょっと待っ―――」
ミストが思わず叫びかけた瞬間、不気味な崩壊音と共にヴァイスとミストとの間に瓦礫が崩れ落ちた。
先程の燃料タンクの爆発の影響で、天井が弛んでいたのだろう。
粉塵が舞い上がる。
ミストは悲鳴をあげ、後ろに慌てて後退した。
「ミスト!大丈夫か!?」
通路を塞ぐ瓦礫の向こうからヴァイスの声が聞こえる。
「は、はい!大丈夫です!」
ミストは返事を返しながら、自らのスカートについた埃を払い落とした。
「わたしはさっき放送で言っていた地下ドッグを……安全な場所を探します!ヴァイスも気をつけて!」
「わかった!死ぬなよ、ミスト!」
ヴァイスが去っていく足音が聞こえてくる。
「さて、と」
ミストは辺りを見回した。
近くの標識には、第四格納庫と処刑室への案内が書かれている。
「さすがに処刑室に行く気にはなれないよね……」
そうつぶやくと、ミストは第四格納庫を目指し、走り出した。



ヴァイスは誰もいない通路を走っていた。
先程のミストという少女―――ぶっちゃけ超好み―――によれば、ハクはこの先の第一格納庫にいるという。
……そういえば、ハクは連邦兵から何もされなかっただろうか。
ヴァイスはふと考えた。
たしか、戦いで捕虜にされた女性は拷問と称していろんな事をヤらされるのではなかっただろうか。


『オシオキの時間だぜ、嬢ちゃん。俺達連邦に逆らう事の愚かさを、体に教えこんでやるぜ、グへヘ……』
『い、いや!助けてヴァイス!ヴァイスーッ!』


「さ せ る か あ あ あ あ あ あ !ハクに手出ししたらブチコロス!!」
ヴァイスは自らの妄想に勝手に逆ギレ(?)すると、さらに速く走り出した。
その瞬間、爆音と共に近くの扉が吹き飛んだ。
思わず足を止めるヴァイス。
「な、なんだぁ!?」
と、爆煙渦巻くさなかから、藍色ロングコートに射抜くような視線の男が飛び出してきた。
「………………おいおい、またあんたかよ……」
「……お前は……昨日のガキか」
ヴァイスのげんなりした声と、ゼグラムの動じない声がかぶる。
扉から飛び出してきたのは、ゼグラムとその部下達だった。
「まだハクをあきらめてないのかよ、おっさん」
「……ふん、相変わらずの減らず口だ。俺達に時間がないことに感謝するんだな、クソガキ」
そう言うとゼグラムはヴァイスに背中を向けた。
「うせろ。ガキがうろちょろする場所じゃない」
「へいへい、わかりましたよ……」
ゼグラムと数人の傭兵が走り去っていく。
おそらく、この混乱に乗じてハクを奪う算段だろう。
「……そうはさせるかよ」
ヴァイスは小さくつぶやき、再び走り始めた。



「まだ安定しないか……」
タチバナはパソコンのディスプレイを見て小さくつぶやいた。
ハクとブレイズの精神接続が、なかなか安定しないのだ。
このまま精神接続を切断したいところだが、パソコンの電源をいきなり切るのが好ましくないように、いきなり精神接続を切断するのはよろしくない。
だが、安定もしていないので、どうにも中途半端なのだ。
タチバナはため息と共に、ハンガーに直立不動で立つAG―――<ブレイズ>を見つめた。
白と灰のツートンカラーにカラーリングされたブレイズは、今は拘束器具でハンガーの壁にくくりつけられている。
そしてブレイズの胸のコクピットの後部座席では、カーキ色のバンダナのような精神接続器具を頭に取り付けた<HAKU>が、目を閉じて静かに座っていた。
「シンクロ率22%……」
タチバナはつぶやき、コクピットの側にいるエンジニアに声をかけた。
「<HAKU>の様子はどうだ?」
「相変わらずダンマリですよ、大佐」
エンジニアがやれやれといった調子で言う。
「声をかけてもまるで反応が―――」

銃声。

エンジニアがぐらりと揺れ、コクピット近くの足場から、7m下の床にドサッと落ちた。
連邦兵達が慌てて銃を構え、ハンガーの入り口を向く。
入り口には、硝煙の立ち昇るライフルを構えたゼグラムと、数人の傭兵が立っていた。
「誰だい?」
全く動じてない様子でタチバナが訊く。
「ま、答えは見え透いているけどね」
「その通り。<センチネルズ>だ」
ゼグラムがニヤッとしながら宣言する。
「<HAKU>はいただいていく……。恨むなよ」
誰かが引金を引いた。
次の瞬間、ハンガー内で凄絶な銃撃戦が始まった。



「よっと……」
ヴァイスは換気扇の蓋を器用に外し、第一格納庫の隅に這い出した。
そのまま素早く機材の陰に隠れ、様子をうかがう。
格納庫の入口では、傭兵達と連邦兵が激しく銃火を交えている。
そして格納庫には―――
ヴァイスは思わず息を飲まずにはいられなかった。
格納庫の壁に拘束器具で取り付けられた、白と灰にカラーリングされたAGがそこにはいた。
そのAGは機械らしくゴツゴツしながらも、どこか滑らかな独特のフォルムを有し、また、左手の甲にはジェネレーターのような物がついていた。
そしてその胸のコクピットには―――
「ハク………!」
思わずつぶやくヴァイス。
彼の言う通り、開いたハッチの向こうにはハクが座っていた。
たくさんのコードのついたカーキ色のバンダナをつけて、ジッと目を閉じている。
ヴァイスは再び銃撃戦の様子をうかがった。
当分、連邦も傭兵もそちらに必死だろう。
今しかない。
ヴァイスはAGの足元に素早く近づくとパネルを開き、ボタンを押した。
コクピット近くのパネルが開き、取っ手のついたワイヤーが下りてくる。
搭乗用ワイヤーだ。
ヴァイスはそれに掴まって素早く上昇し、コクピットに飛び込んだ。
「ハク!」
飛び込むや否や、彼はハクの肩を掴み、叫んだ。
「ハク!俺だ!ヴァイスだ!」
しかし、ハクは目を開けようとしない。
「おい、ハク!頼む、目を開けてくれ!」
ヴァイスの声に、ようやくハクがまぶたを開いた。
翡翠の瞳が、ポケッとヴァイスを見つめる。
「………ん……よく寝た……」
「寝てたのかよ!!Σ( ̄Д ̄;」
まさかの展開だった。
しかもガチで寝起きらしく、ん……、と伸びをし、可愛いおくびまでもらしている。
「えと……メガネメガネ…」
「そういうお約束はやらなくていいから!てかメガネかけてないじゃん!」
「起きたらやらなきゃいけないって白石が……」
「あのオッサン、娘に何しこんでんの!?」
「白石は四股を踏んだことなんてないよ?」
「だろうね!」
「ところで四股ってなに?」
「ググれ!」
ハクが、わめくヴァイスを不思議そうに見つめる。
「…………ねぇ、ヴァイス、ハッチ閉じないの?」
「へ?なんで?」
「だって―――」


チュンッ


銃撃戦の流れ弾がヴァイスの頭をかすめた。
金髪がハラリと舞い落ちる。
「―――危ないよ?」
「どぅわああああ!?」
ヴァイスは慌ててハッチを閉じ、前部座席に収まった。
ハッチを閉じると起動する仕組みになっていたのか、コンソールやディスプレイが次々に灯り、コクピットに満ちていく。
さらに、パソコンの起動画面のように、ディスプレイに大量のアルファベットが流れ始めた。
中でも、巨大なアルファベットの綴りがメインディスプレイに浮かび上がる。
「BLAZE……<ブレイズ>?」
ヴァイスはそのアルファベットを読みあげ、首をひねった。
「なんだ?これ」



「なに?これ……」
ミストもまた、同じ言葉をつぶやいていた。
ヴァイスから別れた後、彼女は第四格納庫にたどり着いていた。
いや、正確には第四格納庫『だった』と思われる場所だ。
格納庫の屋根は半分以上吹き飛び、焼け焦げた整備士の骸があちこちに転がっている。
おそらく、先程の燃料タンクの爆発の影響だろう。
ミストは彼らの冥福を祈りつつ、格納庫の真ん中に横たわる巨人に歩み寄った。
「蒼い……AG?」
小さくつぶやくミスト。
彼女の言う通り、格納庫の真ん中には蒼いAGが、燃料タンクの爆発を耐え抜き、横たわっていた。
AGの背中には強力そうなイオンブースターが装着されている。
「……入ったら怒られるかな?」
ミストは頬に人指し指を当て、小さくつぶやいた。
AGに入れば、機体自体がシェルターとなって彼女を守ってくれるだろう。
だが、勝手に入って怒られないだろうか―――
次の瞬間、天井の一部が崩壊し、ミストのすぐ隣に轟音をあげて突き刺さった。
「………うん、こんな非常事態だもん、きっと許してくれるよね!!」
ミストは冷や汗をダラダラ流しながら自分を納得させると、蒼いAGの体をよじ登り、コクピットに飛び込んだ。
ハッチがゆっくりと閉まる。
やがて、コンソールやディスプレイが点き、コクピットが光で満たされた。
メインディスプレイにアルファベットが浮かび上がる。
「JAEGER……」
ミストは小さくそのアルファベットを読み上げた。
「ドイツ語かな?イェー……ガー……<イェーガー>?」
小首をかしげるミスト。
肩にかかった栗色の髪がわずかに揺れる。
「<イェーガー>……この機体の名前……かな?」



「ハク、とりあえずこのAGに乗って逃げるぞ!」
ヴァイスは両手の操縦桿の調子を整えながら叫んだ。
「AGさえありゃこっちのもん―――」
「どうして?」
「へ?」
ハクの言葉に、ヴァイスは思わず後ろを振り返った。
ハクは、今までになく暗い色をした瞳でヴァイスを見つめていた。
「どうしてあなたはわたしを助けるの?」
「へ?いや、えっと……」
突然の問いにとまどいながらも、ヴァイスの脳裏に疑問が浮かんだ。
そういえば、なんでだ?
なんで俺はハクを助けるようとしている?
ハクはさらに続けた。
「普通、人はわたしのような得体の知れない存在なんて助けようとしないわ。ましてや、明らかに追われている人物……」
「そ、それは……」
ハクが、さらに暗い表情でヴァイスを見つめ、続ける。
「ヴァイス、わたしは連邦や革命軍から禍罪の娘と呼ばれている存在。これ以上わたしに関わると、あなたにも危害が―――」
「だーッ!めんどくせぇ!!」
「!?」
ヴァイスは叫ぶや否や、身を乗り出してハクの肩をガシッと掴んだ。
ハクが驚きで目を大きく見開く。
「俺は助けたい!助けたいんだ!!」
大声で叫ぶヴァイス。
その表情は真剣味に溢れている。
「そこに理由なんていらないだろ!?俺はハクを助けたいんだ!」
「で、でも、わたしは禍罪の娘で―――」
「知るか!」
「連邦軍が―――」
「連邦だろうと革命軍だろうと俺がぶっ飛ばす!」
「………え、告白?さすがにクサくない?」
「いやいや、告白と違うからね!?」
「………………ん」
ハクがうつむく。
そして小さな、とても小さな声でつぶやいた。
「……信じるよ、ヴァイスのこと…」
ヴァイスは慌てて正面に向き直った。
少し赤くなった顔を隠すために。
「うっし!行くぜ、ハク!」
ヴァイスは叫び、操縦桿を押し出した。
「<ブレイズ>、起動ッ!!」
ブレイズのツインアイが、起動音と共に輝いた。



「キャ、キャプテン!ターゲットがッ!」
「なにッ!?」
ゼグラムは部下の言葉に、慌ててターゲットのいた白と灰のAGを見た。
いつの間にかAGのハッチは閉まり、AG自身が拘束器具を引きちぎっている。
見ると、連邦兵達も慌てていた。
「い、いったいどうし―――」
その時、ゼグラムの脳裏に閃きが走った。
先程会った、金髪碧眼の少年―――
「クソガキがッ!」
ゼグラムは歯ぎしりすると、部下達に号令を出した。
「態勢を立て直す!いったん<ノーティラス>に退くぞ!」



「うおらあああああ!」
ヴァイスはブレイズの拘束器具を引きちぎると、格納庫のシャッターに向かって突進した。
ブレイズの機体がシャッターを突き破る。
外に出たのだ。
プロムの夜空は、燃え盛る性能試験場の炎で、この世の終わりのごとく赤く染まっていた。
「さーて」
ヴァイスは唾を飲み込んだ。
「敵さんのおでましだ」
デザート・ガントレットが2機、リニアマシンガンを手に、ブレイズに詰め寄ってきた。



「タチバナ大佐!?」
シュヴァルツは、<ユニセロス>のブリッジに飛び込んできたタチバナを見て、思わず叫んだ。
「無事でしたか!」
「私の事はいい」
タチバナが珍しく余裕のない表情で答える。
「あのブレイズを捕らえるんだ!最悪破壊も構わない!<HAKU>を奪われるわけにはいかない!」
「ブレイズを、ですか?では、やはり今外にいるブレイズは―――」
「ああ、何者かに乗っ取られた」
歯ぎしり混じりに答えるタチバナ。
「一生の不覚だよ!」



「ヴァイス、来る!」
「ああ!」
ヴァイスはハクの言葉に答えながらアクセルを踏みこんだ。
ブレイズがイオンブースターを噴かし、リニアマシンガンの射線から逃れる。
途端に体にかかった猛烈なGに、ヴァイスは思わずうめき声をもらした。
「くッ……。これが戦闘用AGってヤツか…。作業用とは全然違う……」
デザート・ガントレット達が、イオンブースターを噴かしてブレイズを追いながら、再びリニアマシンガンを向ける。
「反撃が必要か……。何か武器は……」
ヴァイスは急いでブレイズの武装を検索した。
ディスプレイに現在ブレイズが装備している武装のリストが表示される。
「<アミュレット>……<リジェクト・リング>」
固有名詞すぎてわけがわからない。
「ヴァイスッ!」
「!!」
ヴァイスはとっさに機体を横にステップさせ、リニアマシンガンの雨を間一髪で逃れた。
しかし。
「バスター!?」
逃れた先には、強力なキャノンを肩に備えたガントレット・バスターが待ち構えていた。
しかも、その240mmツインキャノンはブレイズを正確に狙っている。
「南無三ッ!」
ヴァイスは祈るような気持ちで<アミュレット>を起動した。
頼むから何か起きてくれ!
次の瞬間、ガントレット・バスターのツインキャノンが火を噴いた。



「仕留めたか!」
<ユニセロス>のブリッジのスクリーンで戦闘の様子を眺めていたシュヴァルツはそう叫び、身を乗り出した。
そう思う程、見事なクリティカルヒットだったのだ。
周りのオペレーター達も思わず腰を浮かせる。
が、しかし、すぐに驚きの声がブリッジに満ちた。
爆煙が晴れた時、そこにはブレイズが無傷で立っていたのだ。
左手のジェネレーターから展開した盾状のイオン粒子が、完全なまでにブレイズを防御している。
「<アミュレット>……」
タチバナが暗い顔でつぶやく。
「最新鋭のエネルギーシールドだ」






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