第2章 厄日 <2>「なんだ…これ…。すっげえ……」 ブレイズのコクピットで、ヴァイスは思わずつぶやいた。 ブレイズの左手のジェネレーターから放たれている盾状のイオン粒子が、キャノンから彼らを守ったのだ。 「これがアミュレット<護符>……。まさしく、だな」 ヴァイスは小さくつぶやき、操縦桿を汗ばんだ手で握り直した。 「ヘッ!勝負はここからってな!行くぜッ!」 ヴァイスがアクセルを踏み込むと共にブレイズが高速でガントレット・バスターに詰め寄り、シールド・バッシュを食らわせる。 衝撃音と共にイオンシールドがガントレット・バスターの顎下にクリーンヒットし、相手をよろけさせた。 しかし、シールド・バッシュ程度ではさすがに致命的とまではいかない。 実際、ガントレット・バスターにも大したダメージはなく、すぐに体勢を立て直している。 「ハク!なにかこのAGに武器はないのか!?」 ヴァイスはバスターの脚から放たれたグレネードを<アミュレット>から展開されているビームシールドで受け止めながら叫んだ。 「さすがにじり貧だぜ!?」 「大丈夫、わたしが導くよ、ヴァイス」 ハクはそう言うとまぶたを閉じ、意識を集中させた。 ―――刃を 次の瞬間、アミュレットから出力され、ビームシールドを構成していたイオン粒子の滝が、剣状に形を変えた。 ほとばしるイオン粒子の剣が空気を焼き、独特のオゾン臭を発生させる。 「ヴァイス、あなたに、剣を」 「サンキュ、ハク!うおらあああああッ!」 ヴァイスは再びアクセルを踏み込んだ。 ブレイズが低い姿勢でガントレット・バスターの懐に飛び込み、<アミュレット>からほとばしるエネルギーソードを一閃させる。 一瞬の静寂。 直後、ガントレット・バスターの肩から先が斬り飛んだ。 240mmキャノンが真っ二つになって地面に落ちる。 「ヴァイス、後ろ!」 「オーケーッ!」 ヴァイスはハクの言葉に応えると、振り向きざまにアミュレットをシールドに出力した。 イオンブレイドが一瞬にしてエネルギーシールドに姿を変え、リニアマシンガンの嵐からブレイズを守る。 「……なあ、ハク」 シールドで攻撃を防ぎながら、ヴァイスは後部座席のハクに話しかけた。 「なんで、敵の攻撃をそんなふうに感知できるんだ?」 「………わかるの」 「は?」 ヴァイスは疑問符と共に振り返り―――思わず息をのんだ。 ハクが今までになく暗い顔をしていたのだ。 「わたしには、わかってしまうの……」 「……そう、なのか」 ヴァイスは小さくつぶやき、前方の敵に集中した。 予知に関しては、触れられたくないのだろう。 雰囲気でわかる。 ……とにかく、今は目前の敵だ。 「ハク、揺れるぞ!しっかり掴まってろよ!」 ヴァイスはそう怒鳴ると、シールドを構えたままイオンブースターを噴かし、ガントレット達に突撃した。 ガントレット達がブレイズからの猛烈な斬撃から慌てて逃れている様子が、<ユニセロス>のスクリーンに映し出される。 「クソッ!」 シュヴァルツはその光景に毒づかずにはいられなかった。 ブレイズは<HAKU>専用に開発され、ディアブロやイェーガー同様、実験のために試験場に配備されていた最新鋭の試験機である。 その基本性能はガントレットを大きく上回り、まだ試験段階のイオンジェネレーター<アミュレット>を装備している。 ガントレットが束になっても太刀打ちできる相手ではないのだ。 ―――だが、同じ最新鋭機なら? 「ディアブロとイェーガーはどうしている!?」 シュヴァルツはオペレーター席についているミラーに叫んだ。 「ブレイズを止めるにはそれぐらいしか方法がない!」 「残念ですが」 気分の乱れを押さえきれないシュヴァルツと違い、冷徹なまでに落ち着いた声でミラーが答える。 「ディアブロのパイロット、アドルフ中尉は、先程の燃料タンクの爆発により死亡しています」 「クソッ!なら、イェーガーは!?」 「……ご自身の目でお確かめを」 そう言うとミラーは、ブリッジのメインスクリーンに映像を回した。 メインスクリーンがイェーガーのコクピットと繋がる。 場にいる全員が思わず息を飲んだ。 コクピットの座席に座っていたのは、栗色の髪の少女だった。 「ったく、ゼグラムのダンナもめんどうな仕事を押し付けてくれるぜ……」 アーヴィンはグレイハウンドのコクピットでげんなりとつぶやいた。 ようやくフォーミュラ300を全機撃墜したと思ったら、ゼグラムから無茶難題な指令が届いたのだ。 「あの白と灰のAGを捕縛しろ、ってさ……」 「いーじゃん、やってやろうよ、アーヴィン!」 うだうだしているアーヴィンとは対照的に、リリアはやたらと張り切っていた。 「前回の失敗を埋めるチャンスだよ!汚名挽回だね!」 「……名誉挽回な?汚名を挽回してどうする」 「………」 「……………」 「…………………」 「…………………………」 「細かいことは気にせずレッツゴー!」 「……不安だ……」 光刃がリニアマシンガンを真っ二つに斬り裂いた。 デザート・ガントレットが急いで後退しながら、腰の斬鉄剣を必死に抜こうとする。 だが。 「おせえよッ!」 ヴァイスは叫ぶと、アミュレットの剣先をデザート・ガントレットの顔面に思い切り突っ込んだ。 熱くほとばしる光刃がガントレットのゴーグルアイを貫く。 ヴァイスは素早くイオンブレイドを引き抜くと、アミュレットをシールドに出力した。 瞬間、ガントレットが爆発し、激しくコクピットが揺れた。 ハクが小さく悲鳴をあげる。 「大丈夫か?ハク」 シールドで爆発をしっかりガードしながら、ヴァイスはハクを気づかった。 「う、うん。ちょっとびっくりしただけ……」 ハクの若干ビクビクした声。 「ん、そうか」 ヴァイスはハクの無事を確認して安心のため息をもらした後、辺りの様子を確認した。 どうやら、敵は分が悪いと見て後退したようだ。 が、すぐにまた押し寄せてくるだろう。 それまでに逃げ道を見つけないと――― 次の瞬間、ハクが叫んだ。 「ヴァイス、上から!」 途端に、アラームが狂ったように鳴り始めた。 「な、なんだってんだよ!?」 「ミサイル!」 次の瞬間、何十発もの小型ミサイルの雨がブレイズの周辺に降り注いだ。 「あれ?ちょっとやりすぎた?」 リリアは少々焦りを感じた。 ディスプレイはもうもうと立ち込める黒い爆煙で埋まってしまっている。 ブレイズの姿は確認できなかった。 「……えーと、やっぱりミサイル全弾発射はやりすぎだったかもね、てへっ♪」 「……はあ」 アーヴィンのあきれたようなため息が聞こえてくる。 リリアはバツが悪そうにグレイハウンドの全身のミサイルコンテナを閉じた。 冷却システムがフル回転し、ミサイル発射によって一瞬に高温になった機体を冷やしていく。 「まさか……壊しては……ないよね」 リリアは不安げにディスプレイを見つめながらつぶやいた。 ターゲットを殺しでもしたら、ゼグラムに何をされるかわからない。 と、爆煙の中でなにかが光った気がした。 「……?」 慌てて目をこらすリリア。 次の瞬間、爆煙から白と灰のAG―――ブレイズが飛び出してきた。 イオンブースターを噴かし、凄まじいスピードでこちらに向かってくる。 「は、速―――」 「リリア、迎撃しろ!」 あっけにとられているリリアに、アーヴィンがせっぱつまった様子で叫ぶ。 グレイハウンドとブレイズの間は、だだっ広い赤茶けた大地が約5km。 だが、あの速さでは迎撃の時間はあまりないと言っていいだろう。 リリアは急いで右肩部ロングレンジキャノンのガンサイトを引き寄せ、覗きこんだ。 素早く狙いを定め、トリガーを引く。 しかし、ブレイズは放たれた砲弾を軽々と回避した。 「しっかり狙え!やっこさん、すぐ来るぞ!」 「わかってるってば!」 第2射。 が、それもすぐにかわされた。 まるで撃たれる前から砲弾がどこに来るかわかっているかのような動きだ。 「リリア!チェインガンに操作を切り替えろ!来るぞ!」 アーヴィンが怒鳴り、リニアマシンガンを連射する。 リリアも急いで狙いを定め、チェインガンのトリガーを引いた。 左肩部の小型チェインガンがけたたましい音をたてながら弾を発射していく。 しかし、ブレイズが出力したシールドがそれを全て防いでしまう。 今や、ブレイズとグレイハウンドは白兵戦の距離に突入していた。 ブレイズを守っていたシールドが光刃へと姿を変え、グレイハウンドに斬りかかる。 リリアが悲鳴をあげた。 「クソッ!」 とっさにアーヴィンはメガ・シールドで光刃を受け止めた。 激しい火花が溢れ、辺りの闇を押し返す。 アーヴィンは思わず目を見開いた。 特殊コーティングされ、凄まじい強度を誇るはずのメガ・シールドが、徐々にだが熔けている。 「う、嘘だろッ!?」 うろたえた声をあげるアーヴィン。 これが連邦の技術力なのか!? と、凄まじい轟音が響き、ブレイズが慌てて逃げるかのように後退した。 「な、なん―――」 疑問を浮かべたアーヴィンだが、すぐに気づいた。 右肩部ロングレンジキャノンが砲口から硝煙をあげ、後部座席でリリアが荒い息をついている。 メガ・シールドとつばぜり合い状態にあったブレイズを、彼女がとっさにロングレンジキャノンで至近距離から撃ったのだ。 「は、外れた……」 「いや、よくやった、リリア!」 どうやら命中はしなかったらしいが、距離をとることができた。 それだけでも上出来だろう。 アーヴィンは急いで弾数とメガ・シールドの状態を確認した。 弾は底を尽きかけているし、メガ・シールドの損傷率は70%を超えている。 見やると、アミュレットを受け止めていたメガ・シールドの上半分が熔けかけていた。 「戦闘継続は不可能、か……。リリア!死ぬ気で逃げるぞ!」 アーヴィンはリリアにそう言うと、ブースターを最大限に噴かしながら後退を開始した。 しかし、アミュレットを構えたブレイズがしつこく追いすがってくる。 だが、アーヴィンはブレイズの動きの中に、ぎこちなさを見つけた。 左右に回避するたびに機体が大きくぶれすぎているし、アミュレットの構え方にも違和感がある。 「まさか……こいつ、素人か!?」 なら、まだ手段はある。 アーヴィンは半分熔けかけたメガ・シールドを思い切り投げつけた。 ブレイズがアミュレットを一閃し、メガ・シールドを両断する。 そしてそのまま、剣先がグレイハウンドの右足を捉えた。 人間で言う太腿の辺りが激しく斬り裂かれ、部品が飛び散り、青白いスパークが走る。 しかし、そのために生じた隙に、アーヴィンはグレイハウンドの左腕からグレネードを発射した。 グレネードを足元に食らったブレイズがもんどりうって倒れる。 その間に、グレイハウンドは全速力でイオンブースターを噴かし、山岳地帯の森林へと逃げ込んでいった。 『おい、民間人がどうしてそんなところにいる!?』 ディスプレイに映っている男―――胸の紋章によると中佐らしい―――が、戸惑っているような、しかし怒っているような声でミストに問いかける。 ミストは慌てて答えた。 「え、えと、戦闘に偶然巻き込まれたから、なにかシェルター代わりになるものを、と思って……」 『………』 中佐が黙りこくる。 さすがに追い出すわけにもいかないと考えているのだろう。 その時、今まで中佐の側で黙っていた銀髪にメガネの男が口を開いた。 『君、名前は?』 「み、ミスト・レインズです!」 『よし、レインズ、君に頼みがある』 男の目が、ディスプレイごしにミストを見つめる。 『君の乗っているAG、<イェーガー>を、我々のいる<ユニセロス>が回収しやすいよう、動かして欲しい』 ミストは思わず言葉を失った。 中佐も、さすがにギョッとした顔で男を見る。 『た、タチバナ大佐!?彼女は民間人ですよ!?』 『イェーガーはなんとしても回収したい。だが、誰も乗っていないAGを回収するのは骨が折れる。今、いつ燃料タンクが大爆発を起こすかわからないこの状況でその作業を行うのは愚の骨頂としか言えない。だが、イェーガー自身がこちらに乗り込んでくれるならどうだい、シュヴァルツ中佐?』 タチバナの言葉に、シュヴァルツが黙りこくる。 たしかに、その方が手間も時間もかからない。 『やってくれないか、レインズ』 シュヴァルツとの話は終わったと判断したらしく、タチバナがミストに話しかける。 『もちろん、回収に成功した暁には、軍から謝礼金を出そう。どうだい?』 その提案に、ミストは唇を噛み締め、小さくつぶやいた。 「………ほんとに今日は厄日……」 『? なにか言ったかい?』 「お金はいりません」 ミストはタチバナの問いを無視して答えた。 「でも、病気の母をいい病院にいれてもらいたいんです。……それが、条件です」 タチバナが頷く。 『連邦最高の病院を紹介しよう。やってくれるかい?』 ミストは墓石のように黙りこくったまま頷き、両手に操縦桿を握った。 「ナビゲート、お願いします」 シュヴァルツはミストにAGの基本操作を教えるようマーガレットに命令すると、ブレイズの状況を確認した。 ブレイズは現在、試験場から5kmほど離れた地点でぶざまに転んでいる。 「こちらの残り戦力は?」 「ガントレット・バスターが1機にデザート・ガントレットが5機。うち3機がバズーカ装備です」 シュヴァルツの問いに、ミラーが素早く答える。 「既に攻撃準備はできています。…ご命令を」 シュヴァルツは頷き、一瞬脳裏に浮かんだあどけない<HAKU>の顔を振り払うと、号令を下した。 「全機、弾を惜しむな!てぇい!!」 「ってて……」 ヴァイスはブレイズを起き上がらせながら、ぶつけたでこをさすった。 「くっそ、あの黒牛め……」 「大丈夫?ヴァイス」 後ろからハクが心配してくる。 ヴァイスは、平気平気、と返すと、グレイハウンドを探した。 しかし、既に逃げたらしく、レーダーに反応がない。 と、急にハクが叫んだ。 「ヴァイス、来るよ!」 「またかよッ!」 アミュレットをシールドに出力し、素早く防御の体勢をとる。 次の瞬間、ブレイズの周辺に弾が大量に着弾した。 衝撃がブレイズを襲い、コクピットが激しく揺れる。 「きゃあああッ!」 「チィッ……」 レーダーで周囲を索敵する。 反応は6つ。 ブレイズをぐるりと円状に包囲し、射撃の雨を降らせている。 「くそッ、いつの間に……」 リニアマシンガンやバズーカの弾が休むことなくブレイズの周りに降り注ぐ。 アミュレットのシールドが攻撃をある程度遮断してくれるものの、全方位から攻撃を受けているため、さすがに防ぎきれない。 ほどなく、アラームが鳴り始めた。 赤いランプが点き、装甲の損傷率が上昇していることを警告する。 「だ、ダメだ!防ぎきれない!」 ヴァイスはそう叫ぶと、武装リストから<リジェクト・リング>をピックアップした。 「さっきアミュレットを使ったら、危機を脱出できた……。なら、これだって―――」 「ダメ!!」 鋭い制止の声が響く。 見ると、ハクが怒っているような、それでいて哀願するかのような眼でヴァイスを見つめていた。 「それを使わないで!」 「け、けどよ!」 「……お願い」 心なしか、ハクの瞳が潤んでいる。 よほど使って欲しくないらしい。 「…………わかった」 沈黙の後、ヴァイスは頷き、ハクの手を握った。 「大丈夫だ、使わない」 「……ん…」 「つっても、どうすっかな……」 そう言いつつ、コクピットを襲う激しい震動に顔をしかめるヴァイス。 装甲の損傷率は徐々にだが上昇しているし、包囲は厳重で逃げられそうにもない。 「このままじゃ、ただやられるだけ……」 爆音が響き、衝撃がコクピットを襲う。 つらそうにうめくヴァイス。 そのヴァイスの後ろ姿をジッと見つめ、ハクはしばらく考えた。 <リジェクト・リング>は使いたくない。 だが、このままでは彼を、ヴァイスを死なせてしまうだろう。 ハクはまぶたを閉じ、決意と共に開いた。 「……ヴァイス、あなたは、本当にわたしを守ってくれる?」 「当たり前だろ!」 突然のハクの問いに、ヴァイスはためらわず叫んだ。 「ハクは、絶対俺が守る!守ってみせる!」 「……なら、わたしは―――」 ハクがまぶたを閉じ、祈るかのように手のひらを組む。 「―――あなたに、守る力を」 「た、タチバナ大佐!」 ブレイズをモニターしていたマーガレットが割れるように叫んだ。 「ブレイズのシンクロ率が上昇しています!」 「なんだとッ!?」 タチバナが身を乗り出す。 「今まで同調の兆しなどなかったが……<HAKU>自身の意思で同調したということか!」 「……タチバナ大佐、<HAKU>がブレイズとシンクロすると、どうなるのですか?」 シュヴァルツが尋常でない事態に緊張しながらタチバナに問う。 「………<HAKU>の機密に関わるから、多くは語れないが…………君も、<賢者の石>の話を知っているだろう?」 タチバナが険しい表情で答えた。 その眉の間の谷を、汗の玉が滑り落ちる。 シュヴァルツはうなずいた。 「ええ、知っています。はるか昔に錬金術師達が求めた、無から有を生み出す伝説のシロモノですね。………ですが、それと<HAKU>になんの関係が?」 タチバナが、死を告げるかのようにゆっくりと答えた。 「彼女が、それだ」 機体のエネルギーゲインがはねあがった。 アミュレットからイオン粒子が氾濫したかのように溢れだし、辺りの闇を青白い光で押し返していく。 「な、なんだ!?どうしたってんだよ!?」 アミュレットや背中のイオンブースターから溢れだしたイオン粒子が、まるで天女の羽衣のごとくブレイズを覆っている。 ―――あなたはわたしを守ってくれる ハクの声が、まるで自分の声のように頭に響く。 いつの間にかヴァイスは、ブレイズと―――ハクと一体化するかのような感覚を覚えていた。 ―――だから、わたしはあなたに、守る力を 「…………わかった、ハク」 ヴァイスは表情を引き締めると、両手の操縦桿を強く握りしめた。 「ハクは俺が守る―――絶対に」 ブレイズがアミュレットのシールドを解除し、低く腰に構えた。 と、洪水のごとく辺りに溢れだしていたイオン粒子が、一瞬にしてブレイズに凝縮する。 ブレイズを遠巻きにして攻撃していたガントレット達が、ブレイズの不穏な様子に思わず攻撃を止めた。 「いかん!彼らをさげろ!」 <ユニセロス>のブリッジで、タチバナが血相を変えて叫ぶ。 「この辺り一帯が吹き飛ぶぞ!」 次の瞬間、ヴァイスは頭に流れこんだイメージのまま叫んでいた。 ―――リジェクト・リング<草薙の環>!!!!!!!! ブレイズが横方向に一瞬にして回転し、腰にためたアミュレットで辺りを斬り払う。 キンッという高い音。 刹那の後、イオン粒子の羽衣が薄い光刃となり、放射状に全方位に向けて放たれた。 ブレイズの居合い斬りにより放たれた光刃は疾風のごとく全方位に向かって突き進み、AGや基地の残骸、そしてプロムの街を一瞬にして斬り抜けた。 「し、信じられない……」 シュヴァルツはスクリーンの映像を見て絶句していた。 オペレーター達も皆目を見開き、言葉を出せないでいる。 唯一、ミラーだけが、ごく小さなため息と共に顔を伏せ、状況確認を続けていた。 そして彼らの視線の先にあるスクリーンには、シュヴァルツの言う通り信じられない光景が映っていた。 ブレイズを中心として、放射状に全てが斬り払われている。 そう、まるで鋭利な刃で辺りの草を薙いだかのように。 ブレイズを遠巻きにしていたAGは全て腰の辺りで真っ二つに斬り裂かれ、試験場の建物も見事に斬り抜かれている。 そしてそれはプロムの街も例外ではなかった。 居合い斬りにより一瞬にして瓦礫と化した街は、既に火災が発生しているようで、闇夜に炎の手があがっている。 「リジェクト・リング<草薙の環>……」 タチバナがうつむいたまま、神に裏切られたかのごとくつぶやく。 「<HAKU>、なぜ使った……」 そしてプロムの崩壊を、信じられない思いで見つめている者がもう一人いた。 「そん……な……」 ミストは<イェーガー>のディスプレイに映るプロムの惨状を見て、小さくつぶやいた。 スラムはブレイズの放った超広範囲の居合い斬りに見事に斬り払われ、火の手をあげている。 「かあ……さん……」 『気をつけてね』 母の姿が脳裏に蘇る。 まだ母が死んだと決まったわけではない。 しかし、その考えは、異常事態の連続に麻痺したミストの頭には浮かばなかった。 ミストはしばらく呆けた後、怒りに瞳を燃え上がらせると、ギリッと両手の操縦桿を握り、叩きつけるかのごとく一気に押し出した。 全てが薙ぎ払われた円の中心にたたずむブレイズの中で、ヴァイスは荒い息をついていた。 「なんだ……さっきの感覚……」 ついさっきまで、ヴァイスは、ブレイズやハクと一心同体だった。 リジェクト・リング<草薙の環>という言葉も彼の頭に響いたものだ。 「…………ッ!そうだ、ハク!」 ヴァイスは慌てて後ろのハクを確認し―――絶句した。 ハクは頭を抱え、ガタガタ震えながら、うわごとのように何かをつぶやいている。 翡翠の瞳は見開かれ、瞳孔が不気味な程に開いてしまっている。 「おい!ハク!」 ヴァイスは急いでハクの肩に手をかけ、声をかけた。 「しっかりしろ!俺がわかるか!?ハク―――」 そこまで言ったところで、ヴァイスはハッとした。 ハクがうわ言のようにつぶやいている言葉。 それは、『ごめんなさい』だった。 「は、ハク―――」 次の瞬間、アラートが鳴り響き、ヴァイスは慌ててディスプレイを見た。 美しい蒼のAGが機体にかぶった瓦礫をはねのけるかのようにして立ち上がっている。 高さはブレイズと同じ約12m。 背中には流線型の強力そうなイオンブースターが装着されている。 そしてブレイズと同じツインアイは、強い意思を持っているかのように輝いていた。 「イェーガー<狩人>!?」 <ユニセロス>のブリッジでシュヴァルツは驚いた声をあげた。 格納庫の残骸から、蒼いAGが飛び出してきたのだ。 立っていたため居合い斬りの餌食となったガントレット達とは違い、イェーガーは横たわっていたために直撃をまぬがれたのだろう。 だが、たしか乗っているのはミスト・レインズという少女のはず。 なぜ彼女が――― 次の瞬間、イェーガーが背部のイオンブースターを思い切り噴かし、ブレイズに向けて突進した。 イェーガーは一瞬にしてブレイズに肉薄していた。 「ちょ、早……」 ヴァイスは慌てて対応しようとしたが、イェーガーはもっと素早かった。 イェーガーのタックルが、ブレイズに炸裂した。 衝突の轟音がコクピットを揺さぶる。 しかし、ミストはまるで気にせず、怒りの声をあげた。 この白と灰のAGが故郷を―――母を! 「絶対許さないッ!」 ミストは倒れたブレイズに殴りかかろうとして、ハッと気づいた。 仰向けになったブレイズが、アミュレットのついた左腕を動かそうとしている。 次の瞬間、ブレイズが起き上がりざまにイオンブレイドを一閃した。 しかし、光刃はイェーガーを捉えることなく空気を焼き、独特のオゾン臭を発生させただけだった。 ミストがとっさにイェーガーを後退させたのだ。 「武器!武器をッ!」 ミストはメインコンピューターで武装リストを検索した。 「ッ!?これだけ!?」 イェーガーの両腿の外側が開き、それぞれから特殊コーティングされたダガー<短刀>が顔を覗かせる。 ミストは仕方なくそれらを抜き放ち、両手で逆刃持ちの構えをとった。 ダガーが燃え上がる試験場とプロムの炎で、ギラリと光る。 ブレイズも立ち上がり、左腕のアミュレットからほとばしるイオンブレイドを構えている。 ミストは怒りの叫びをあげると、アクセルを思い切り踏み込んだ。 「彼女は……ミスト・レインズはなぜイェーガーを操れる?」 <ユニセロス>のブリッジで戦いの様子を眺めながら、シュヴァルツは呆然とつぶやいた。 イェーガー<狩人>は超高速戦闘を想定してつくられた試験機だ。 その背部に装備された強力なハイパー・イオンブースター<鎌鼬>により、どのAGよりも速いスピードと高い機動性を持っている。 しかし、『速すぎる』ゆえに、パイロットの動体視力や反射神経が追いつかず、誰にも乗りこなせなかったのだ。 そのイェーガーを、操縦経験皆無の民間人の少女が乗りこなしている。 そしてあろうことか、最新鋭機ブレイズと刃を交えている。 「……悔しいが、世の中に天才という者はいる」 シュヴァルツの側で、タチバナがつぶやいた。 「彼女には天性のパイロット能力がある……。今はこの事実だけで十分だろう」 イェーガーが両手にダガーを構え、突進してきた。 相変わらずとんでもない速さだ。 ヴァイスはイオンブレイドで慌ててガードの構えをとった。 イェーガーがすれ違いざまにダガーで斬りつけてくる。 特殊コーティングされた刀身とイオン粒子の刃がぶつかりあい、激しい反発音をたてた。 急速に離れたイェーガーが遠距離でこちらに振り向き、再び猛スピードで向かってくる。 と、思った瞬間には既に目の前にいた。 「速すぎだろッ!?」 光刃とダガーが再びぶつかりあう。 一瞬のつばぜり合い。 だが、イェーガーがブレイズに膝蹴りを思い切り食らわせ、すぐに距離があいた。 「ッ……!クソッ!」 ブレイズがイオンブースターを噴かして立ち上がり、大きく斬りあげる。 が、そこには既にイェーガーの姿はなかった。 <鎌鼬>を急速に噴かし、大きく跳びあがったのだ。 高く跳びあがったイェーガーはイオンブースターで勢いをつけ、思い切りブレイズの顔に足裏を叩きつけた。 ミストはブレイズの顔面を思い切り踏みつけた後、素早くブースターを噴かして距離をとった。 荒い息が機関銃のように口から飛び出してくる。 額には玉の汗がいくつも浮かび、左右の操縦桿を握る両手は震えが止まらない。 「……痛」 ミストは小さくつぶやき、胸をおさえた。 肋骨や肺が痛む。 この機体の速さのせいだ。 急激な加速の際に生じる猛烈なGが体に負担を与えているのだろう。 「痛いし……怖い……でも!」 ミストは荒い息をつきつつ、叫んだ。 イェーガーが構えた両手のダガーを握りなおす。 「許さない……ッ!」 そうだ。 あの白と灰の機体が、そしてそのパイロットさえいなければ、プロムが火の海になることなどなかった! ミストは再び怒りの声をあげると、アクセルを踏み込んだ。 離れていたブレイズが一瞬で目の前に迫る。 イオンブレイドが袈裟懸けに振られる。 だが、ミストの動体視力と反射神経はそれを上回っていた。 イェーガーがかろうじて斬撃をかわし、手にしたダガーをブレイズの左肩に叩きこんだ。 ダガーが鍔まで埋まり、青白いスパークがほとばしる。 ブレイズが明らかにうろたえ、ミストはその隙に、思い切り回し蹴りを食らわせた。 ブレイズが吹っ飛び、地面を転がる。 そして、そのきり動かなくなった。 ミストは荒い息を吐きながら残ったダガーを掴み直し、横たわったまま動かないブレイズに、ゆっくりと歩み寄った。 「わたしは、あなたを許さない……」 ミストは小さくつぶやくと、手にしたダガーを振り上げた。 燃え上がるプロムの炎が、ダガーとイェーガーの装甲にギラリと反射する。 「―――死んで!」 ダガーが振り下ろされる。 その瞬間、ミストの第六感が危険を告げ、彼女はとっさに操縦桿を引いた。 イェーガーがバックステップでブレイズから離れる。 と、つい今の今までイェーガーがいた地点に、熱いイオン粒子の塊が着弾した。 立て続けに砲弾がイェーガーの周りに着弾していく。 ミストは必死にそれらを回避し、敵を探した。 それは、すぐに見つかった。 山間部の方角に、くたびれた空中戦艦が浮かんでいる。 イメージとしては、宇宙戦艦ヤ〇トを近未来っぽくシャープにし、グレーで彩色を統一した感じだ。 その空中戦艦の甲板の砲座が、正確にイェーガーを狙っている。 と、再び熱いメガレーザーが発射された。 イオン粒子がイェーガーをかすめ、その熱でイェーガーの蒼い塗装を煮えたぎらせる。 その時、ミストは気づいた。 先程逃走していた黒いAG―――グレイハウンドが、動かないブレイズを抱え、グレーの空中戦艦に向かっている。 「ッ!逃がさないッ!」 ミストは叫び、アクセルを踏んだが、空中戦艦から放たれた大量のミサイルに、思わず歯ぎしりした。 これでは、とてもではないが追う余裕などない。 ミストはどうにもならない感情に、再び叫び声をあげた。 「<ブレイズ>、ハンガーに格納完了!」 赤毛にふちなしメガネの女性―――エルザが叫ぶ。 「すぐにターゲットの拘束作業に入ってください!」 『こっちも忘れないでくれよな!』 ディスプレイに通信ウィンドウが開き、アーヴィンが顔を出す。 『片足が破損した状態で搬入するっていう無理難題をやってのけたんだぜ?少しは労ってくれても……』 「任務は遂行するのが基本よ」 興味なさそうに答えるエルザ。 「貴重なAG乗りなんですから、もっとしっかりしてください」 「あらら、アーヴィン、嫌われちゃいましたね~」 エルザの近くに座るブロンドセミロングのオペレーターが微笑む。 「しょうがないからリリアちゃんに手、出しちゃえば?アーヴィン」 『ハッ!誰がこんな乳臭いガキを―――』 『キャーッ!幼女を部屋(コクピット)に連れ込むなんて、アーヴィンのロリコーンッ!』 『だあってろ、リリア!!!』 「あらあら、アーヴィン、顔が真っ赤よ?」 『キ レ て ん だ よ !』 「大丈夫☆リリアちゃんが相手してくれなくても……」 『………してくれなくても?』 「―――キャプテンがあなたを優しく癒してくれるわ☆」 『だ あ っ て ろ 腐 女 子 ! !』 エルザはため息をついた。 またいつものごちゃごちゃだ。 「毎回毎回よくやるわね、ソフィア……」 その言葉にブロンドセミロングの女性―――ソフィア・エルフィードが、食えない笑みを浮かべる。 と、今までブリッジの指令席で黙っていたゼグラムが口を開いた。 「いつまでふざけているつもりだ。あの蒼い機体をさっさと追い払え。ソフィア、攻撃指示を」 「了解。ミサイル1番管から5番管まで発射準備。目標、蒼いAG。………ロックオン完了!発射!」 ソフィアの指示と共に空中戦艦の横腹に設置されたミサイル発射管が開き、次々にミサイルが飛び出す。 放たれたミサイル達は青白いイオン粒子の放物線を描き、イェーガーの周囲に降り注いだ。 イェーガーが回避行動を繰り返しながら、瓦礫の山と化したプロムへと後退していく。 どうやら、追撃をあきらめたらしい。 「敵、退却!追撃してくる敵影はありません!戦闘エリアからの離脱を続行します!」 エルザの言葉に、ゼグラムがうなずく。 「どのみち武器はダガーだけ。ろくな追撃にはならなかっただろうがな。……エルハンス!南方に向けて前進!革命軍の勢力圏に向かうぞ!」 「りょーかい!飛ばしていきますよ~!」 操舵手を務める茶髪のイケメン―――エルハンス・ハンターがうなずく。 「ところでキャプテン知ってます?『飛ばす』といえばとっておきのギャグがあr―――」 通信音と共に通信ウィンドウがディスプレイに開き中年のくたびれた感じの男が顔を覗かせた。 『こちらAGハンガー。ブレイズと搭乗者2名を拘束したぞ』 エルハンスがムスッとした顔で舌打ちする。 「空気の読めないオッサンだぜ……」 『は?なに言ってるんだこいつは』 「いい、気にするなヴィクター。報告を続けろ」 ゼグラムが催促する。 通信ウィンドウに映るオッサン―――ヴィクターは、気を取り直すように咳払いをすると再び口を開いた。 『あー、ターゲットは、なんらかの精神的ショックか、完全に無気力。コクピットから引きずり出した時もされるがままだった』 「……死んでないなら契約は反故(ほご)にしてないな。で、もう一人は?」 『金髪碧眼の少年。さっき蹴られた衝撃か知らんが、気絶してる』 「…………ヤツか」 ゼグラムは小さくつぶやいた。 ターゲットの周りをうろちょろする金髪碧眼の少年。 「………牢にぶちこめ。それと、ブレイズとかいうAGも解析しておけよ。革命軍に高値で売りつけることも可能かもしれないからな」 『あー、わかったよ、キャプテン』 ヴィクターがため息をつく。 『新型機の解析にメガ・シールドの発注、おまけにグレイハウンドの脚部修理ときたもんだ。もっとうまくやってもらいたいもんだな、おい』 『しょうがないでしょー!?』 突然新たに通信ウィンドウが開いた。 リリアだ。 『アーヴィンがちんたらしてるもん!それに、ロングレンジキャノンの調整甘過ぎだよ、オッサン!新型機に1発も当たらなかったんだから!』 『なにぃ!?俺の整備にケチつけるってのか!?このクソガキ!当たらなかったのはお前の腕だよ腕!』 『ひっどーい!オッサンのくせに心が狭いよね!だからどんどん大事な頭髪が抜k―――』 ブチッ! 音をたてて通信が切れる。 エルザが強制的に切断したのだ。 ソフィアが残念そうな顔をする。 「あーん、おもしろかったのに~」 「歪みすぎよ、ソフィア……」 ため息をつくエルザ。 と、ゼグラムが小さくつぶやいた。 「ターゲットは保護した。あとはクライアントに引き渡すのみ……」 ブリッジクルー達がゼグラムを見つめる。 ゼグラムは近くの艦内放送ボタンを押し、指令席に備え付けられた簡易マイクを握った。 「<センチネルズ>各員に告ぐ!これより<ノーティラス>はニューヨーク、ワシントン、リッチモンド、フロリダ半島跡を経由し、キャンプ・パナマにて革命軍と合流する!が、連邦軍の追撃も予想される。各員の努力を期待する」 そう言ってゼグラムは辺りの空気が震える程の声で号をかけた。 「<ノーティラス>、前進!!」 ―――数分後 ゼグラムは通信をアーヴィンに繋げた。 『どうかしたんですか、ダンナ』 アーヴィンが怪訝そうな顔で通信ウィンドウに映る。 「ああ、アーヴィン」 ゼグラムが真顔でうなずく。 「俺は、お前を優しく癒す気などないからな」 『期 待 し て な い で す よ ! ? つーか忘れかけてたネタを今更持ちださんでください!!』 「だが、どうしてもというなら―――」 『誰得!?誰得ですか!?』 「冗談だ」 『アンタの冗談は冗談に聞こえないんだよおおおおおおおおおおおお!!!!!』 |