短編小説 - 風 ー-------- 風 ------------- 窓から見える風景が僕の全てだった 不治の病を宣告されてから、もう一年がたった 「余命半年」医師から告げられた時、まるで他人のことのようだった 日に日に体力が落ちていくのを感じる 宣告されてからこんなに長く生きてるなんて思うわけもなく、 宣告された瞬間、全てが灰色になり もう既に死んでしまったかのような気がしていた でも現実は違っていた 僕は、まだ生きている。 ------------- 「吉岡くん」 看護婦の松本さんの声で、現実に引き戻される 最近では松本さんとの会話がゆういつの楽しみになっている 「どう、調子は?」 いいわけないが、悪いと言っても、何かが変わるわけでもないので いつものように 「いいですよ」 って答える、 彼女は小さく微笑んで 窓辺にいる僕の隣に立った 「死んだら人はどうなると思う」 僕は、独り言のように言った。 彼女は、多分この質問をぼくだけじゃなく、たくさんの患者さんにされてきたのだろう 窓の外を見ながら、 「きっと仏様になるんじゃない」 困った顔をすることもなく、あっさり答えた。 「 ふーん それって、看護士のマニュアルに書いてあるの」 彼女は僕のほうを振り向くとちょっと怒った振りをして 「なわけないでしょ、私がそう思うのよ」 「じゃ、吉岡くんはどうなると思うの?」 「僕は死んだら風になりたい」 「風?」 「そう 風」 「なんで?」 「自由だから」 「そうか、自由だもんね風は」 その夜、僕は夢を見た 気が付くと僕は「風」になっていた。 病室の窓を抜けて、すーって外に飛び出し、10月のひんやりとした空へ 月へ向かって、どんどん上っていく、そして、 町全体が見渡せる高さまで上ると、今度は下に見える森を目指して急降下 森の中を通り抜ける風と一緒になり、木々の間をすり抜け はらはらと落ちる落ち葉を、すくいながら、森をどんどん抜けていく 森を抜けると、今度はゆっくりゆっくりと漂う、 静かな月明かりの下で、ただ漂う。 ゆっくりと、ゆっくりと・・・・・ ------------- 看護士の松本は、窓を開け放ち、なれた手付きでベットのシーツを替え 新たな患者が入る用意をしていた、 この部屋にいた彼のことを思い出さないわけではないが、 悲しみに浸っている時間もなかった、 もう慣れてしまっていた、これが彼女の仕事だから でも、涙が一粒だけこぼれた。 「私らしくないな・・・・」 その時、彼女の頬を優しく風が撫ぜた。 |