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「……失礼します」
美根子は、怒りに任せて何か反論をしようとした。しかし自分がやってきた数々の過去の失敗を思いだすと、言葉を飲みこむしかなかったのだった。確かに幸いなことに、今までは自分の失敗やドジが深刻な医療事故に結びついたことはないが、今後はどうなるか分からない。たわいもない失敗をしたりドジなところが患者に愛されているとは言っても、それだから許されるというものでもない。 優しさや情のかけらもない院長の態度ではあったが、むしろ非難されるべきは自分のほうであると悟った美根子だったのである。 「うむ、ご苦労。では仕事に戻ってくれたまえ」 後ろを向いたまま、こちらに顔を向けることもなく答える院長。その口調は悪い意味での事務的という表現が、もっとも似合うものであった。 見られていないのだからどのような態度をとっても院長には分からないのであるが、美根子は院長の事務的な態度に対して、これ以上はないというほどの見事な礼をしながら院長室を後にするのだった。 (出て来るわよ) 別に言わなくてもみんな分かっているので言う必要はないのだが、奈里佳は克哉に注意を促す為にあえてその一言を言った。 (分かってる。もしかしてあの看護婦さん、ほぼ完全に結晶化してない? 昨日の様子では完全な結晶化までにまだずいぶんとあると思ったのに……) 魔法少女♪奈里佳に変身する直前まで魔力が高まっている克哉にしてみたら、結晶化の度合いを見るぐらいのことは、変身前でも簡単にできてしまうのだ。 (結晶化は、時として急激に進みますからね。今回の場合は、あの院長とのやりとりで色々とあったんじゃないでしょうか。でも良かったですよ。まだあの看護婦さんの結晶化を解除する余裕はありますからね。それもこれも克哉君の努力のたまものですよ) 変身現象の後遺症が出ている人達から、残存魔力を吸収する為に克哉が努力したことを、クルルは誉めた。確かにそれがなければ今回の件には克哉の変身が間に合わなかったかもしれない。 「よし、とにかくまだ間に合うんだったら急ぐよッ!」 もうここまで来たら声を出してもかまわないと思ったのか、克哉は気合を入れるかのように声を出してそう言った。そして何やらぶつぶつとつぶやきながら幽霊のようにふらふらとした足取りで正面から近づいてくる美根子に向かって歩き出した。 「猫の手が何だって言うのよ。私だって失敗したくて失敗しているわけじゃないのよ。ドジをしたくてドジをしているわけでも、もちろんないわ。一生懸命やろうとすればするほど、なぜかそうなっちゃうのよ。なのに院長先生ったら、私のことを使えない猫の手だなんてッ! 確かに私は失敗ばかりするドジよ。でも、私のおかげで暗い病室が明るくなったって言ってくれる患者さんもいるんだから。そうよ、猫の手だって役に立っているのよ。でも、院長先生の言うように、もしも大変な医療事故でも起こしちゃったら。ううん、そんなことないわ。だって今までだって大丈夫だったんだもの。でも、もしかして今度はそんな大きな失敗をしちゃうかも。そしたら、私、どうしよう。辞めるしか、ないのかな? ええ、そうよ。私なんて看護婦を辞めるべきなんだわ。そうしたほうがみんな幸せになれるのよ。ああ、もう、嫌ッ! 私、私、私、辞めちゃう、辞めちゃう、辞めちゃう。ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…………。」 美根子に近づいた克哉の耳に聞こえて来たのは、暗く果てしなく落ち込んでいく美根子の声だった。顔を見てみると、目の焦点は合っておらず、どうやら回りが何も見えていないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 16, 2005 10:28:20 PM
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