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カテゴリ:妖精的日常生活 第15話
「仮に痛みを感じたとしても、羽を完全に出してしまえば痛みは無くなりますから、一気にやってください」
力強く言い切る仁村さん。これが剣持主任や詩衣那さんだと、ちょっとその言葉を疑ってしまうんだけど、仁村さんのことばなら何となく信じても良いように思えるから不思議だ。ふたりにはないしょだけど。 「今、何か失礼なことを考えてたでしょ?」 詩衣那さんがワタシのほうを見ながら決めつけたように話す。す、鋭い。 「え、そんなことは無いですよ」 とりあえずとぼけてみる。基本だね。でも、どうやら信じてはくれそうにない。詩衣那さんは、じとっとした目で静かにワタシを見つめつつ、笑顔を浮かべる。 「隠してもダメなのよねぇ。妖精になってからの私は、こういうことには何故か感覚が鋭いのよ」 詩衣那さんはワタシの前に半屈みで立つと、つんつんとワタシの胸を軽く指でつついた。 「やめてくださいよぉ~」 慌てて胸を押さえてガードすると、身体をよじりながら、ワタシは詩衣那さんに抗議した。ゆ、油断も隙もないとはこのことをいうんじゃないだろうか。あうう、詩衣那さんの指の感触が胸に残っちゃってるしい。 「失礼なことを考えた罰よ♪ いいじゃない減るもんじゃなし」 ワタシの胸を触ることができて機嫌が良くなったのか、笑顔が無駄にまぶしい。 「詩衣那さん、今はそういう場合では無いですよ。それから剣持主任、カメラを出すのは禁止です」 やんわりとした口調ながら反論を許さぬその雰囲気に、詩衣那さんは名残惜しそうにワタシの胸をぷにぷにするのをやめた。あ、でもちょっと残念。微妙に気持ち、……良かったし。 「仁村君、美姫君のあらゆる状況を記録するのは仕事の内だと思うのだが?」 剣持主任がまた勝手な理屈を持ち出してきたけど、詩衣那さんがワタシの胸をつついてぷにぷにしているところを写真に撮るのは、仕事じゃないと思う。 「記録を取るのは私の仕事で剣持主任の仕事じゃありませんし、第一、そのカメラは主任の私物ではありませんか? もしも仕事なら、仕事上知り得たあらゆる情報を個人所有の情報機器へ記録すること自体が禁止されているはずですが」 正論で反論する仁村さん。剣持主任は言葉に詰まると、無言のまま手にしたデジカメを内ポケットの中へとしまったのだった。ちなみにその間、私はちょっとだけ荒くなった呼吸を整えていた。だって妖精少女の身体って感じ過ぎちゃうんだもん。 「詩衣那さんも良いですね?」 最後に詩衣那さんにも念を押す仁村さん。もしかしなくても影の実力者? 「OK、触るのは後にするわ」 影の実力者に屈しない妖精がここにひとり。両手を上に上げて、【今この瞬間は】ワタシに触っていないことを仁村さんにアピールする詩衣那さん。何かがずれているし。 「まあ、良いでしょう。それでは美姫さん、雑音はカットしましたので安心して羽を出して下さい」 何が良いのか少々疑問が残るものの、仁村さんが言うならこれ以上状況が改善することはないのだろう。ワタシはうなづくと、羽を出してみることにした。それにしても今のちょっとした騒ぎで、またあの激痛を感じるかもしれないという羽を出すことに対する恐怖心が薄らいでいるのは、計算されたことなんだろうか? まさかね。 「出します」 一言だけそう言うと、ワタシは目を閉じて意識を集中し、背中から羽が生えてくるイメージを脳裏に思い浮かべた。そしてイメージ上のワタシの背中から光とともに白い鳥の羽が伸びて、夜空に浮かぶ満月に吸い寄せられるように身体が浮かんだところで目を開けてみると、現実のワタシもテーブルから数十センチほど浮かんでいた。 「痛みは無いでしょ?」 ワタシを見る仁村さんの表情は、ワタシが痛みを感じることが無いことを確信したような、自信のあるものだった。確かに痛みは感じない……、かな。ワタシは背中の羽を軽く羽ばたかせると、仁村さんの顔の高さまで上昇した。そしてくるりと身体を半回転させて、背中を仁村さんに向けてみる。 「痛みは感じないんですけど、見た感じはどうです。怪我の跡とか残ってたりしませんか?」 怪我の跡が残ってないかどうかを訊くだなんて、まるで顔に怪我をした女の子が傷跡が残っているかどうかを心配するかのようかもしれないが、きっと切実さでは今のワタシのほうが上だと思う。だって妖精にとっての羽って、人間にとっての足以上のものなんだもん。 「大丈夫。むしろより綺麗になってるぐらいよ。それから羽を出して新しい感覚を脳が記憶したから、もう幻肢痛は感じないわよ。保証するわ」 仁村さんは手元の端末を操作しながら太鼓判を押す。ワタシの体調とかモニターしているんだろうな。 「ありがとうございます」 何がありがとうなのか自分でも分からないけど、とりあえずお礼を言うワタシ。空中でぴょこんと頭を下げる。 「大丈夫と言うなら、もうスーツを脱いでも良いんじゃない? 剣持さんもそれで良いでしょ?」 詩衣那さんが、仁村さんと剣持主任のふたりに対して提案する。 「あ、もう脱いで良いなら、ワタシも着替えたいです」 このプラグスーツってやつはとても良くできていて、身体全体を覆われているのに、暑いと感じたり、圧迫感があるとかいうことはまったくないんだけど、身体のラインが完全に出ちゃっているから少々恥ずかしいのだ。 「そうだな。では美姫君、着替えてきなさい」 剣持主任は軽くうなづくと、普通のドアの上にある妖精用の出入り口を指し示す。 「じゃあ、一緒に行きましょ。手伝ってあげる♪」 ワタシが返事をするよりも早く、詩衣那さんがワタシも左腕につかまるようにくっついてくる。 「え、ひとりで大丈夫ですよ」 詩衣那さんの手伝いってアレなんだもん。ワタシは慌ててお断りをしたのだが、詩衣那さんがワタシから離れていく気配は微塵も無い。うう~、どうしよう。 「だ~め♪ 病み上がりなんだから独りだけにはしちゃおけないわ」 やっぱり離れてくれない~。ワタシは助けを求めるために仁村さんと、ついでに藁をもつかむ気持ちで剣持主任を見上げてみる。 「仁村君、そういえば例の件のことだが、そろそろ先方に返事をしなければいけなかったんじゃないかね?」 ワタシの視線を受けた剣持主任はワタシを見返すのではなく仁村さんのほうを向き直り、一見するとまったく関係ないような話をし始めた。 「もう、こんな時にそんな話を蒸し返さないでよ」 仁村さんに向かって話しかけた剣持主任の質問に反応したのは、仁村さんではなくて詩衣那さんだった。急に怒りだした詩衣那さんは、紫の蝶の羽を出すと、剣持主任の顔の高さまで羽ばたいていった。いったいどうしちゃったんだろう。 「ささ、今のうちに着替えていらっしゃい」 ワタシのことなんかすっかり忘れてしまったかのような詩衣那さんに驚いていると、仁村さんがこっそりとワタシに耳打ちをする。なるほど。訳が分からないけど、そうしちゃおうかな。気にはなるけど。 「じゃ、そうしてきます」 ひそひそとそう言うと、ワタシはその場を飛んで離れて行った。ま、気にはなるけど、とりあえずワタシには関係ない話みたいだし。その時のワタシは気楽にもそう考えていたのだったが、それは大間違いだった。まさかあんなことになるだなんて……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 3, 2006 03:45:55 AM
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