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JEWEL

ヒバナ〈3〉

「何の事?」
「とぼけてんじゃねぇ!」

飯田がそう言って“天使”を睨みつけた後、拳を“天使”の前に振り翳した。
しかし、彼の拳が“天使”の顔に届く前に、飯田のそれは軽くあしらわれてしまった。

「てめぇ、ふざけやがって!」
「そんなに怒らないで。」

“天使”は笑顔を浮かべたまま、飯田の喉を軽く突いた。

「何の騒ぎだ?」

飯田が“天使”の一撃を受けて激しく咳込んでいると、そこへ大田教官がやって来た。

「いえ、何でもありません。」
「そうか。もうすぐ午後の授業始まるぞ。」
「はい・・」
登達はまだ咳込んでいる飯田を引き摺りながら教室へと急いだ。
「遅かったな、どうしたんだ?」
「ちょっと色々あってな・・」

登達が教室に入ると、“聖女”が怪訝そうな表情を浮かべながら校庭を見た。

「どうしたの、安理沙、校庭に何かあるの?」
「人が、倒れてる・・」
「え、マジか!?」
「何処!?」
「あそこ。」

そう言って“聖女”が指し示した先には、一人の若い男が蹲っていた。

「近くまで行って見て来ない?」
「何言ってんの、もうすぐ授業始まるよ?」
「でも、放っておけないよ。」
「大丈夫だって、ここは警察学校だよ?あたしたちが何かしなくても、教官達が何とかしてくれるって。」

そう言いながら登達が事の成り行きを見守っていると、そこへ数人の教官達が駆けつけてきた。

「あの男、一体誰だったんだろうな?」
「さぁな・・」

その日の夜、登達がそんな話をしていると、男子寮のロビーに突然、昼間校庭で見かけた男が現れた。

「すいません、ここは、部外者は立ち入り禁止なんだけど・・」

飯田がそう言って男を男子寮から追い出そうとした時、男は飯田の背後に立っている“天使”を見つめていた。

「あの、俺に何か用ですか?」

“天使”が恐る恐るそう男に話し掛けると、男はいきなり彼に抱き着いてきた。

『皇太子様!』

男はロシア語でそう叫ぶと、顔を涙と鼻水で濡らしながら胸の前で十字を切った。

「え~と、あの・・」
『嗚呼、こんなにご立派に成長なされて・・あの戦乱の中を、よくぞ生き抜いて下さいました!』

男は一方的に“天使”に向かって捲し立て、一向に彼から離れようとしない。

『すいません、ちょっといいですか?』

登がそう男にロシア語で話し掛けると、男は少し驚いたような顔をした。

『お前、ロシア語を・・』
『大学で専攻していたので、日常会話程度なら話せます。』

登は横目でこちらを興味津々な様子で見つめている飯田達を見た後、男に向かってこう話した。

『ここは人目があります、どこか静かな場所でお話し致しましょう。』
『しかし、わたしは・・』
『さぁどうぞ、こちらへ。』
登はロビーに残ろうと渋る男を半ば強引に外へと連れ出した。
『あなたが何処の誰なのかは存じ上げませんが、ここは警察学校です。俺達の迷惑になるような行動はやめて頂きたい。』
『わたしはただ、皇太子様に一目お会いしたかっただけだ!』
『あなたはそうしたかっただけでしょうが、その所為で多くの人に迷惑を掛けているとは思わないのですか?』
『それは・・』
『どうか騒ぎが大きくなる前に、お引き取り下さい。』
登の言葉に、男は俯いた後、静かに頷いた。
「あいつ、何だって?」
「どうやら、向こうの勘違いだったようだ。」
「なんだぁ、びっくりしたぜ。」
「人騒がせな奴だよなぁ~」

ロビーに戻った登が飯田達にそう言って適当に誤魔化すと、彼らは少し拍子抜けたような顔をした後、一斉に笑った。

翌朝早く、謎の男は煙のように姿を消した。

(あの男は、一体何者だったんだろう?)

登がこの時抱いていた長年の疑問が解けるのは、ずっと後の事になる。


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