竜胆と桜 第7話
「薄桜鬼」の二次創作小説です。制作会社様とは関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。「あんたの所為で、うちの人生滅茶苦茶や~!」「まぁ、八千代さん、こんな夜中にうちに何の用どす?」 歳三がそう言いながら外に出ると、八千代は彼の頬を平手で打った。「あんたやろ、うちの事を旦那さんに告げ口してカフェーをクビにさせたんは!」「いやぁ、そないな事うちは何も知りまへんえ。逆恨みも大概にしとくれやす。」 飄々とした歳三の態度に、八千代はますます苛立ちを募らせた。「あんたなぁ!」「おいあんた、何してるんや!」「この疫病神~!」 警察官に連行されながらも、八千代は歳三に向かって怨嗟の言葉を吐き続け、しまいには彼に草履を投げつけた。「姐さん、大丈夫どすか?」「大丈夫や。おかあさん、顔洗うてきます。」「わかった、お休み。」「へぇ。」 翌朝、歳三達は昨夜の事を一切話さなかった。「ほなおかあさん、舞の稽古に行って来ます。」「そうか。気ぃつけてな。」「へぇ。」 歳三は舞の稽古へと向かったが、稽古場で日頃彼を目の敵にしている梅がやって来た。「いやぁ、あんたその顔どないしたん?」「昨夜畳に突っ伏して寝てもうたんどす。」「そういえば、昨夜あんたの所に警察来てはったけれど、何かあったんか?」「あぁ、酔っ払いがうちの前で暴れてなぁ、えらい迷惑でしたわぁ。」「そうか、それは難儀やったなぁ。」「へぇ。」 舞の稽古が終わり、歳三が稽古場から出ると、外は雨が降っていた。(チッ、ついてねぇな・・) 風呂敷を頭の上に掲げて雨を凌ごうかと歳三が思った時、すっと誰かが彼に傘を差しだしてきた。「どうぞ。」「おおきに。」 歳三は自分に傘を差しだしてくれた青年に礼を言うと、彼は、“門屋の仲吉どす”と自己紹介してくれた。「そうどすか。」「姐さん、気を付けて。」「へぇ。」 歳三が“野村”に戻っても、雨は止まなかった。「今日はよう降るなぁ。」「へぇ。夜までに止めばええんどすけど。」「そうやなぁ。」 雨は、夜更けまで降り続いた。「トシちゃん、入るえ?」「おかあさん・・」「あんた、どないしたん?」「何や、頭が痛うて堪らへんのどす。」「気圧の所為やろか?」「そうやろうなぁ。暫くお座敷を休みよし。」「へぇ。」「余り無理したらあかんえ。あんたは頑張り過ぎる所があるさかいなぁ。」「すいまへん。」「謝らんでもよろしい。これは神様から与えられたお休みやと思うてゆっくりしおし。」「へぇ。」 謎の頭痛に襲われた歳三は、数日お座敷を休む事になった。(一体何だってんだ、帯状疱疹が治ったっていうのに・・) 布団の中で寝返りを打ちながら、歳三は溜息を吐いた。「春月、おまんの姐さんはどうした?」「竜胆さん姐さんは、体調を崩してもうて・・」「そうかえ。八千代の事は聞いたぜよ。あの毒蛇な女につきまとわれて、竜胆もとんだ災難ぜよ。」「へぇ。」「まぁ、こういったものは中々治らんぜよ。気長に待つしかない。」「そうどすな。」「春月、竜胆の事頼んだぜよ。」「へぇ。」 坂本は、風呂敷包みの中に入っていた菓子の箱を千鶴に手渡した。「これは?」「この前、ちょいと仕事で札幌まで行ったんじゃが、美味いクッキーを見つけてのう。みんなで食べや。」「おおきに。」「“人生は山あり谷あり”じゃ。嫌な事ばかりじゃないぜよ。」「そうどすな。」 千鶴が“野村”に戻ると、玄関先には見慣れない男物の靴が置かれてあった。「おかあさん、ただいま帰りました。」「春月ちゃん、お帰り。」「お客様どすか?」「そうや。春月ちゃん、それは?」「坂本様からの、札幌土産どす。」「そうどすか。竜胆は後でうちから渡しておくさかい、あんたはもう部屋に戻ってお休みや。」「わかりました。」 千鶴は、あの靴の持ち主が誰なのか、何となく察しがついた。 それは・・「トシさん、大丈夫?」「あぁ。」「ねぇ、本当に大丈夫なの?」「耳元で喚くな、うるさい。」「ごめんなさい。」「それで、わざわざ東京からこっちに来た理由は一体何なんだ、八郎?」 歳三はそう言うと、突然自分を見舞いに来た八郎を睨んだ。「ねぇトシさん、本当にあの人とは縁が切れたの?」「それは、お前ぇには関係のない事だ。」「でも・・」「俺の為を思ってくれているのなら、もう俺とあの人との事を尋ねるのはやめてくれ。」「わかった。」「トシちゃん、入ってもええか?」「どうぞ。」「これ、坂本様から札幌土産や。」「お気遣いして貰うておおきにと、坂本様にお伝え下さい。」「わかった。邪魔してもうて、堪忍え。」 さえはそう言うと、部屋から出て行った。「八郎、これからどうするんだ?」「そうだよなぁ、今夜は何処かのホテルに泊まるよ。」「八郎、俺ぁもうあの人と別れた。」「え?」「向こうの奥さんから、もううちの亭主と会うなと直接言われたら、そうするしかねぇだろう。それに、俺は他人の家庭を壊す事なんざ考えちゃいねぇよ。」「そうか。」「八郎、まだ泊まる所を決めていないのなら、うちに泊まるのか?」「え、いいの?」「あぁ。」 歳三はそっと布団から起き上がると、さえの元へと向かった。「そうか。あんたがえぇと言うのなら、うちは何も言わへん。」「おおきに、おかあさん。」「さてと、もう夜ももう遅いし、ゆっくりお休みや。」「へぇ。」 翌朝、歳三が目を覚ますと、隣に寝ていた筈の八郎の姿は何処にもなく、丁寧に畳まれた布団の上には、“お世話になりました”という、置き手紙があった。「おかあさん、おはようさんどす。」「おはようさん。伊庭様なら、つい先程出て行かはったえ。」「そうどすか。」「それにしても、これから忙しゅうなるさかい、余り無理したらあかんえ?」「わかってます、おかあさん。」 数日休んだだけで、歳三を襲った謎の頭痛は治まった。「竜胆さん姐さん、お久しぶりどす。」「久しぶりやなぁ、元気にしてたか?」「へぇ。これから、師走やさかい忙しくなりますなぁ。」「そうやなぁ。」「竜胆さん姐さん、素敵な簪挿してはりますなぁ?」「これは、この世で一番大切な方から貰うたんえ。」 そう言った歳三の髪には、勇から贈られたルビーの簪が光っていた。にほんブログ村