「お帰りなさいませ。」
大学からルドルフが帰ると、濃紺の燕尾服に身を包んだユリウスがそう言って彼に頭を下げた。
「よく似合っているぞ。」
「馬子にも衣装ですね。」
ユリウスはそう言って苦笑した。
「夕食はどうなさいますか?今から作るとコンサートに間に合いませんし・・」
「そうだな、外で食べよう。ユリウス、私が着ていく服はあるか?今夜はドレスを着て外に出かけたくないんだ。」
「しばらくお待ちください。」
ユリウスはそう言って寝室へと入っていった。
クローゼットを開け、彼はその奥に仕舞われた金モールボタンの豪奢な真紅の軍服を取り出した。
これはルドルフが皇太子時代に好んでよく着たものだ。
ユリウスは軍服を傷つけないよう慎重にそれをクローゼットから取り出し、それを抱えて寝室を出た。
「これは・・?」
ユリウスが大事そうに抱えている軍服をルドルフは目を丸くして見た。
「あなた様の為に、今日まで大事に取っておきました。手元に残っているのはこれだけでしたので。」
ロシアへと発つ際、ルドルフは何着か軍服を持っていったが、長い放浪の旅の末にそれらは戦争や災害で失ったり、または生活費の足しにして売ったりして、手元に残っているのはユリウスが抱えている真紅の軍服だけだ。
「生活が苦しくなっても、これだけは手離さなかったんです。あなたのお気に入りの軍服ですから。」
「そうか・・ありがとう。」
ルドルフはそう言ってユリウスの頬にキスし、寝室に入って軍服に着替えた。
数分後、ユリウスは軍服姿のルドルフを見て、息を呑んだ。
「どうした?」
「いえ・・」
「もしかして、見惚れていたんだろう?」
ルドルフはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。
「よくお似合いです。やはり残しておいてよかったです。」
ユリウスはコートを羽織ながらそう言って頬を赤く染めた。
「もう行こうか。食事は外で適当に取ればいい。」
「ええ。何を召し上がりたいですか?」
「そうだな・・マクドナルドかバーガーキングにでも行きたいな。」
「あなた様という方は・・」
ユリウスは苦笑しながら、ルドルフと共に家を出た。
「最後の晩餐はこの前したのに、今日またするとはな。」
ルドルフはそう言って笑いながらコーヒーを飲んだ。
「ええ。」
ユリウスはポテトを摘みながら、それを口に放り込んだ。
「そうだな・・見ろ、ユリウス。みんな私達に注目しているぞ。」
そう言ってルドルフは周りを見渡した。
店内には家族連れと10代の若者のグループだけしかおらず、空いているが、皆ルドルフとユリウスに注目していた。2人はこの場には似つかわしくない格好を、特にルドルフは軍服姿をしていたので妙に目立っていた。
「それはそうでしょう。あなた様はこの場におられるだけでもオーラがあるのですから。」
「いや、違うな。私達の恰好がおかしすぎるのだろう。特に私はまるで舞台俳優みたいな服を着ているし・・」
ルドルフはそう言ってコーヒーを飲んだ。
「食事が終わったら・・」
「わかっている。」
これが本当の、最後の食事だ。
ここを出たら、自分達はもう2度とファーストフードを口にすることはないだろう。
「ユリウス、お前は私に付いてきてくれるか?」
「何をおっしゃいます。わたしはあなたの傍以外に居場所はありません。」
ユリウスはそう言ってルドルフに微笑んだ。
「長かったな・・昨夜、今までお前と過ごしてきた日々のことを夢に見た。ロシアやフランス、イタリア、ベトナム、そして沖縄での日々を・・だが一番夢に出てきたのは、私がここにいた時のことだった・・」
昔を懐かしむような顔をしながら、ルドルフはそう言って昼間よりも一層静かに降り続ける雪を窓から眺めていた。
「・・ルドルフ様、わたしはいつどんな時でも、あなたのお傍におります。」
ユリウスはそう言って、ルドルフの手を優しく握った。
「・・ありがとう。」
ルドルフはユリウスの唇を塞いだ。
2人は食事を終えて店を出た。
「寒いな・・」
「ええ・・」
「でもこの雪を見るのは最後かもしれない。」
ルドルフはそう呟き、静かに歩き出した。
ユリウスも静かにその後についていった。
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Last updated
2011.07.26 20:40:55
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