(わたしに全てを奪われただと? 一体こいつは何を言っているんだ?)
ルドルフは画面に映るシャルル=ド=ラニエの言葉の意味が判らず、首を傾げた。
「わたしに全てを奪われただと?」
“ええ、そうですよ。あなたはその事は全く憶えていらっしゃらないだろうと思いますけどね。”
シャルルの琥珀色の瞳がきらりと光ったかと思うと、瑞姫の乳房を掴んだ。
“わたしはずっと復讐の機会を待っていましたよ。今日を迎えるにあたって色々と計画を綿密に練りに練ってね。そしてわたしは今、あなたの妻を世界中が見ている前で凌辱する!”
びりびりと瑞姫の瑠璃色のキャミソールが切り裂かれ、豊満な乳房が露わとなり彼女は悲鳴を上げた。
「やめろ、ミズキに手を出したら殺すぞ!」
“どうやって? 何も出来ない癖に。そこであなたは愛する妻が凌辱される姿そこで見ているがいい。”
耳障りな笑い声を上げながら、シャルルは抵抗する瑞姫を殴り、凌辱した。
画面からは瑞姫の泣き声とシャルルの呻き声が聞こえ、瑞姫の顔は苦痛に歪んでいた。
(あの男、殺してやる・・!)
遠く離れたところで妻が凌辱され、ルドルフはこれ程までに他人に対して激しい憎悪と殺意を抱くことなど、生まれて初めてだった。
それと同時に、自分の無力さを感じたのは―何も出来ない自分の姿に歯痒さを感じたのも初めてだった。
“ルドルフ様、どうです? 何も出来ぬ悔しさ、無力さにさぞや胸が焼かれる思いだったでしょう? わたしもねぇ、あなたと同じような思いを抱いたことがありましたよ。”
「同じような・・思いだと?」
絞り出すような声を出しながら、ルドルフはそう言って画面に映るシャルルを睨みつけた。
“ええ。憶えておられますか、皇太子殿下・・今から12年前のことを?”
「12年前?」
“ええ。その頃わたし達兄妹が住んでいたサラエボは、戦火の只中にありました。クロアチア人とセルビア人、アルバニア人・・それまで友人のように親しくしていた者達が突然いがみ合うようになり、血を血で洗うような惨劇が起こりました。いつ命を落としてもおかしくないような状況の中で、わたしと妹は必死に生きてきた。あなた達ハプスブルク帝国が勝手に始めた戦争の中を!”
シャルルはそう叫ぶと、瑞姫の首を絞めた。
「やめろ、ミズキに手を出すな!」
“わたしはあなたが羨ましくもあり、妬ましくもあり、憎んでいました。美しい妻と可愛い子ども達、幸福な家庭・・わたしが全て失ったものばかり持っているあなたが。”
シャルルはそっと瑞姫から首を離すと、彼女の髪を梳いた。
“殿下、全てを奪われたわたしの気持ちは一生あなたには解らないでしょうね? 戦火の中で生きた人間の気持ちなど・・”
「一体お前は何がしたいんだ? 何が望みだ?」
苛々したルドルフはそうきつい口調でシャルルに問い詰めると、彼は溜息を吐いてルドルフに向かって微笑んだ。
“今からお話しするのは、闇に沈んだ真実・・12年前、わたし達兄妹に何があったのかを・・あの戦火の下で何が起こったのかを・・”
突然画面が切り替わり、1枚の写真が映った。
そこには金髪に琥珀色の瞳を煌めかせたシャルルが立っており、その隣には腰下までの黒髪をなびかせたナジャリスタが立ち、その間には金髪を波打たせエメラルドの瞳を煌めかせている少女が映っていた。
“わたしには2人の愛する妹が居ました。1人はブタペストであなたを監視している冷徹な女戦士・ナジャリスタ、そしてもう1人は12年前にあなた方に殺されたわたしが愛した無垢なる天使・エレーナ。”
シャルルはそう言って言葉を切ると、静かに語り始めた。
12年前―バルカン半島で起きた紛争下のサラエボで、ハプスブルク帝国軍が何をしたのかを。
何故、無垢なる天使が殺されなければなかったのかを。
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