犯人グループによって左膝を撃ち抜かれたルドルフは、ブタペスト市内の病院に緊急搬送され、一命を取り留めた。
ルドルフが事件現場から脱出した数分後、軍隊が強行突入し、ナジャリスタを含む犯人グループ5人は全員射殺され、事件は終結した。
「ルドルフ様、ルドルフ様!」
瑞姫がブタペスト市内の病院でルドルフとの面会を許可されたのは、彼が緊急搬送されて1週間後のことだった。
「ミズキ、漸くお前と会えた・・」
「良かった・・あなたが無事で良かった!」
瑞姫は夫の無事を確かめるかのようにルドルフの髪や頬を撫でると、彼に抱きつき滂沱の涙を流した。
「かあさま、ててうえがぼくのことまもってくれたよ。」
遼太郎はそう言うと、ベッドに寝ているルドルフの元へと駆け寄った。
「そう。遼太郎、怖くなかった。」
「うん。ててうえがずっとまもってくれた。」
ルドルフの撃ち抜かれた左膝の傷は、大した後遺症もなく、彼は無事退院の日を迎えた。
「ミズキ、やっと終わったな。」
「ええ・・でも、シャルルさん達は今までずっと苦しんできたんですよね。」
ウィーンへと帰るリムジンの中、瑞姫はぽつりとそう言って俯いた。
「ミズキ・・」
「戦争は悲しみと憎しみしか生まないんですね・・ルドルフ様、わたし彼の言葉がいつまで経っても忘れられない気がするんです。」
「あいつに何を言われたんだ?」
瑞姫はゆっくりとルドルフの方を見ると、口を開いた。
「彼は、“わたしはあの戦争が始まる前まで神を信じていた。けれども神はわたし達を、愛しいエレーナを救ってはくれなかった。今わたしはこの怒りと悲しみを与えた神が憎い”と言ったんです。」
敬虔な信者であったシャルルが、戦争によって傷つき、神にさえ怒りを抱くようになってしまうまでに変わってしまった。
「ミズキ、わたしが無事だったのは、シャルルの妹がわたしとリョータロウを逃がしてくれたからなんだよ。」
ルドルフはそう言うと、瑞姫の手を握った。
「彼女は根っからの悪人ではなかった。わたしを逃がしたのは、もうすぐ自分達が殺されると解っていたからだろう。だからわたし達を巻き込まぬように逃がしたんだ。」
「そうだったんですか。」
瑞姫はシャルルの、あの悲しげな笑みを思い出した。
彼は今何処で何をしているのだろうか。
妹の形見である指輪を握り締めながら、彼は戦争で失った家族に想いを馳せているのだろうか。
「ルドルフ様、事件は終わりましたけれど、何だかすっきりしないんです。」
「わたしもだよ、ミズキ。」
シャルル達の国で戦争を勝手に始め、罪なき人々の命を奪ったのは自分達だというのに、何の罪にも問われずにのうのうと暮らしている。
こんなに不条理で理不尽なことがあっていいのだろうか。
「ミズキ、わたしはこのままではいけないと思っているんだ。お前は、どう思う?」
蒼い瞳でルドルフが妻を見つめると、彼女はじっと自分を見つめ返してきた。
「わたしも、そう思います。」
「そうか・・お前なら、そう言うと思ったよ。」
ルドルフはそう言うと、そっと瑞姫を抱き締めた。
その夜、事件終結と瑞姫とルドルフの結婚2周年を兼ねたパーティーがホーフブルクで開かれた。
「皆さま、お忙しい中集まっていただきありがとうございます。皆さまに、わたくし達から重要なお知らせがあります。」
瑞姫は客達に挨拶をした後、ルドルフと目配せした。
「この度起きた事件で、わたくし達はバルカン内戦におけるハプスブルク帝国軍の蛮行を認め、追及いたします。」
瑞姫が発した言葉を聞き、客達は一斉にどよめいた。
ハプスブルク帝国の皇太子妃が、自国軍の犯罪を認め追及するということは、前代未聞の出来事であった。
彼女の発言は、すぐさま波紋を呼んだ。
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