ルドルフは自分を見つめている少年にいまいち好感が持てずにいた。
「あなたとあなたのお孫さんとはお会いしたくありませんと、5年前に申し上げた筈です。それなのにあなた方はしつこく誕生パーティーまで押し掛けてくるとは・・その無神経さにほとほとあきれてしまいますね。」
毒を含む言葉を聡一郎達に放つと、ルドルフは彼らから背を向けて歩き出した。
「父上、あいつを知ってるの?」
ルドルフの後を慌てて追いかけて来た遼太郎は、そう言って聡一郎達の方を振り返った。
「ああ。でも余り彼らとは親しくしない方が良い。」
「うん。蓉はあいつのこととても嫌ってるよ。」
やがて楽しかった夏休みが終わり、エルジィはフランスへと戻っていった。
「エルジィ姉さん、帰っちゃったね。」
「そうだね。でもクリスマス休暇には会えるじゃないか。それにメールだってくれるし。」
エルジィが帰ったことでしょぼくれた蓉を、遼太郎はそう言って励ました。
「今日兄さんは学校だろう?」
「うん。放課後は一緒に遊んでやるから、それまで待っててね。」
「わかった。」
宿題を入れた通学用のリュックを背負った遼太郎は、女官と共に王宮を出ると、母が待機しているリムジンへと乗り込んだ。
「お母様、樹(いつき)は大丈夫なの?」
「大丈夫よ、ローザがちゃんと面倒を見てくれているわ。それよりも忘れものはない?」
「うん、ないよ。」
遼太郎が宿題をリュックの中から出して母に見せると、彼女は微笑んだ。
やがて2人を乗せたリムジンは王宮を出て、遼太郎が通っている小学校へと向かった。
数分後、白亜の天使像が左右に置かれた鋼鉄の門が見えてくると、遼太郎はリムジンから勢いよく降りた。
「じゃぁね、お母様。」
「今日もお勉強、頑張るのよ。」
瑞姫は息子の頬にキスをすると、リムジンへと戻った。
遼太郎が通う小学校は、上級階級の子息達が通う私立校であるが、児童達の個性を伸ばすという教育方針の下、遼太郎を含む児童達はのびのびとした学校生活を送っていた。
本来ハプスブルク家の皇子として生まれた遼太郎は、父・ルドルフと同じように王宮内で40人もの家庭教師について授業を受けるのがしきたりであったが、少しでも多くの人々を関わって欲しいというルドルフと瑞姫の願いから、遼太郎は小学校に通うようになった。
「リョータロウ、おはよう!」
「おはよう、ヤンネ。宿題やった?」
「うん。それにしてもキャンプ、楽しかったね。湖で競争したのも楽しかったねぇ。」
「湖で泳ぐのなんて初めてだから、興奮しちゃったよ。」
ヤンネと遼太郎がキャンプの話で盛り上がっていると、担任が教室へと入って来た。
「皆さん、おはようございます。夏休みは楽しく過ごせましたか?」
教師の問いかけに、遼太郎達は元気に返事をした。
「今日は皆さんに新しいお友達が出来ます。」
教師がそう言ってドアを開けると、中にあの車椅子の少年が入って来た。
「あ、あいつでしょう? 君に失礼な事言ったの?」
ヤンネの問いに遼太郎が静かに頷くと、教師が少年を彼らに紹介した。
「シュン=ハヤセくんです。シュン君は心臓に病気があって、今まで入院していましたが、2学期からこの教室で一緒にお勉強できるようになりました。皆さん、仲良くしてくださいね。」
(絶対仲良くなんかしてやるもんか!)
遼太郎は誕生パーティーで少年に失礼な質問をされた事にまだ怒っていた。
昼休みになり、遼太郎はヤンネとともに昼食を取っていた。
「ねぇリョータロウ、あの子ひとりだね。」
ちらりと少年の方を見ると、数人でグループとして固まり昼食を取っている中で、彼はぽつねんと自分の席で昼食を食べていた。
「どうする?」
「別に誘わなくていいんじゃないかな? 向こうは僕らと余り親しくしたくないようだし。」
学級委員長のフランクがそう言って遼太郎達の方へと近寄って来た。
「そうだね。」
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