馬車はやがて白亜の美しい門の中へと入って行った。
エリスが窓から外を眺めると、広大な庭園には色とりどりの薔薇が咲き誇り、その奥では馬に乗った貴族達がポロに興じていた。
そこはまるでエリスがいつも孤児院の子ども達に読み聞かせていた絵本に出てくる美しい世界が、そのまま広がっているかのようだった。
「さぁ、着いたわよ。足元に気をつけてね。」
夫人がそう言って夫とともに馬車から降りた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様。」
広大な玄関ホールにエリス達が入ると、使用人達が一斉に彼らを出迎えた。
「みんな、今日からここで暮らすわたしの娘、エリスよ。仲良くして頂戴ね。」
夫人の言葉に、使用人達は一斉に「わかりました」と言って頷いた。
「ここがあなたの部屋よ。」
夫人に案内され、エリスはいままで見た事がない程の豪華な部屋に入った。
美しい装飾を施された部屋の中で立ち竦んでいると、夫人がそっとエリスの肩を叩いた。
「夕食が出来たら呼びますからね。それまでここで休んでいなさい。」
彼女はそう言うと部屋から出て行った。
エリスは広い部屋の中で溜息を吐き、ベッドの端に腰を下ろした。
(こんなところで、わたしはやっていけるんだろうか?)
そう思いながら部屋の中を見渡すと、黒檀の机の上に、革張りの表紙の日記帳が置かれていた。
ベッドから立ち上がり、エリスは日記帳を手にとってそれを開いた。
『わたくしの元に1人の可愛らしい天使がやって来た。けれど、あの子は天使ではなく化け物だった・・』
エリスは日記を読み進める内に、それを誰が書いたのか、“化け物”が誰なのかかがわかってきた。
“化け物”は自分で、この日記を書いた者はあの夫人なのだということを。
自分は、この世に存在してはならない化け物だから捨てられたのだということを。
(帰りたい、神殿に。)
自分が化け物であることを知りながらも、愛情を注いで育ててくれたナサニエルの元に帰りたいと、残酷な真実を知ったエリスはそう思いながら、涙を流した。
「夕食が出来たわよ、下に降りてらっしゃい。」
ドアの向こうから、あの夫人の声が聞こえた。
「今行きます。」
エリスはそう言ってドアを開き、部屋の外から出て夫人と共にダイニングへと入った。
そこには彼女の夫と黒髪の少女が長方形のテーブルに座って自分達を見ていた。
「お母様、その方は?」
黒髪の少女がそう言って瑠璃色の瞳でじっとエリスを見つめた。
「エリィナ、この人はあなたのお姉様よ。」
「へぇ、そうなの?これがあの化け物なの。」
少女の言葉で、エリスは自分の居場所がここにないことを改めて感じたのだった。
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