JEWEL

2012/03/21(水)17:29

孤高の皇子と歌姫 第118話

完結済小説:孤高の皇子と歌姫(154)

泰助の娘・愛子が子を連れて嫁ぎ先から家出してから数日後、件の「鬼婆」こと、彼女の姑が診療所に怒鳴りこんできた。 「愛子さん、やはりここに居たんだね!」 姑はそう言ってカルテの整理をしている嫁を見つけると、有無を言わさず彼女の頬を叩いた。 「てめぇ、うちの娘に何しやがる!」 泰助が診察室から飛び出してきて、猛禽類のような獰猛な瞳で姑を睨み付けた。 「あんたって子は、うちの嫁だというのに勝手にわたしの許可を得ずに家出して!」 「うるせぇ、鬼婆! 愛子が家出したのはな、てめぇが嫁いびりなんざするからだろうが! てめぇが嫁時代に姑にいびられたことを忘れたのか、ええ?」 「うるさいね! とにかく、愛子は連れて帰りますからね!」 2人の怒鳴り声を聞きつけた近所の住民が、何事かと診療所に次々と駆け付けた。 「タイスケ、患者が・・」 ルドルフが白衣の裾を翻して診療室から出て来ると、愛子の姑がぎょっとした顔で彼を見た。 「ひぃぃ、鬼~!」 突然天を衝くような大男が出て来て、彼女は悲鳴をあげて腰を抜かすと、へなへなと床にへたり込んだ。 「こいつはてめぇと違って人間よ。愛子は俺の娘だ、てめぇの勝手にはさせねぇ! 判ったらとっとと帰れ!」 泰助はそう言うと、大股で台所へと向かい、塩が入った壺を持ってきて、その中身を姑に掛けた。 「二度とその面見せるんじゃねぇぞ!」 愛子の姑は、悲鳴を上げながら診療所から飛び出して行った。 「先生、すげぇや、鬼退治しやがった!」 「あの婆の顔、見たかよ?」 「鬼退治鬼退治!」 一部始終を見ていた子ども達は興奮して、やんややんやと囃したてると、泰助は咳払いした。 「てめぇら、とっと家に帰りな。もう見世物は終わりだ、行った、行った!」 騒ぎが収まった後、泰助は何事もなかったかのように診察室へと戻って行った。 「ルドルフ、さっきはすまねぇなぁ。」 「いや、いい。それよりもあの女が姑か?」 「ああ。あの婆は当分ここには来ねぇよ。ま、鬼退治したって訳だ。」 泰助はからからと笑うと、茶を美味そうに飲んだ。 「ルドルフ様、起きて下さい!」 その夜、久しぶりにユリウスと愛し合い、裸のまま彼と抱き合っていたルドルフは、耳をつんざくようなサイレンの音で目を覚ました。 「どうした、ユリウス?」 「このサイレン・・尋常ではありません! 早く服を着て避難しないと!」 「解った・・」 情事の後の甘い余韻を引きずりながら、ルドルフは服を着て愛子が2人の為に作ってくれた防空頭巾を被り、必需品や医療品を入れたリュックを背負ってユリウスと共に庭に出ると、そこには既に泰助と愛子の姿があった。 「ここは危ねぇ、安全な所に避難するぞ!」 ルドルフ達が矢崎診療所から出ると、先ほどまで居たそこに焼夷弾が降り注ぎ、辺り一面紅蓮の炎に包まれた。 「タイスケ、診療所が・・」 「診療所なんざまた建て直せばいい。今は命が大事だ!」 泰助はそう言うと、迷いもせずに炎に包まれている自宅に背を向け、娘達とともに走り出した。 「空襲警報、退避~、退避~!」 耳をつんざくようなサイレンと、上空で低いエンジン音を唸らせる爆撃機が飛び交う中、人々は大八車に荷物を載せて、炎の中を逃げ惑っていた。 「ユリウス、わたしから離れるな!」 「はい!」 ルドルフはユリウスの手を掴み、泰助達と逸れぬよう必死に走った。 彼らが住む下町の密集地域に建てられた木造の家屋は米軍の爆撃によって瞬く間に炎に包まれ、強風によって煽られ、下町一帯は炎に包まれた。 これが一晩に10万人もの死者を出した未曾有の「東京大空襲」である。 「沙良・・沙良・・」 「ん・・」 にほんブログ村

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