JEWEL

2011/07/24(日)14:25

Ti Amo 第75話:紅い月の思い出

連載小説:Ti Amo(115)

空に浮かぶ真紅の月を眺めながら、柚葉は素肌に夜着(よぎ)を羽織ったまま高欄(こうらん)に寄りかかっていた。 「そんな恰好で外にいると風邪をひきますよ。」 有人はそう言って背後から柚葉を抱き締めた。 「月が綺麗だったので・・」 「紅い月は何度も見ましたが、あれほど紅いやつは見たのが初めてだな・・」 有人は月を見上げながらふと母が亡くなった時のことが脳裏に浮かんだ。 母は紅い月が空に浮かんだ夜、この世を去った。 8歳だった自分と、まだ乳飲み子であった弟を置いて。 以来、有人は紅い月が大嫌いになった。月の色が、母の血の色と似ているから。 だが今夜は不思議なことに、紅い月が嫌いにはならなかった。寧ろ、美しいとさえ、思っていた。 「有人様?」 ふと我に返ると、自分の腕に抱かれている柚葉が怪訝そうな顔で自分を見ていた。 「・・すいません、昔のことを、思い出してしまって・・」 「昔のこと?」 「母が、亡くなったときのことを・・わたしがまだ幼かった時に、母は紅い月の夜に死んでし まいましたから・・」 「お母様が?」 今まで有人の口から家族のこと―特に母親のことを聞いたことがなかった柚葉は、突然母親のことを語り出した有人の顔をじっと見つめた。 「お母様は・・どのようにして、お亡くなりになったんですか?」 「母は、父に斬り殺されました・・わたしを庇って。」 重苦しい沈黙が、2人の間を包んだ。 「わたしは産まれた時から鬼や妖(あやかし)が見えて、式神を使って遊んでいたそうです。邸の者や父や親戚達は、そんなわたしのことを“狐憑きの忌み子”と呼んでいたそうです。特に父は、母が妖狐と浮気してわたしを産んだのではないかと、変な勘繰りをして、何かあると、母を責め立てていました。けれども母は、父の辛い仕打ちに耐えながらも、わたしのことを愛してくれました。けれども・・」 14年前の忌まわしい出来事を、何度忘れようと努めていても、出来なかった。 あの夜の記憶は、鮮明に覚えているからだ。 「8歳の時、わたしは近所の子どもと喧嘩をしました。その時、力が暴走して・・その夜、父はわたしを呼び出し、わたしに激しい折檻を加えました。お前の中に潜んでいる魔物はこうしなければ退治できないといいながら・・そして狂った父は、わたしを斬り殺そうとしました。」 目を瞑ると、生温かい液体が頬と服を濡らした。 目を開けると、そこには自分の代わりに父の刃を受け、口から血を出し、倒れている母の姿があった。 「わたしはあの時死んでいればよかった・・そうすれば、母はまだ生きて・・」 有人は急に吐き気を覚えて、口元を覆った。 柚葉はそっと彼の肩を抱いた。 「大丈夫です、有人様。有人様が立派な陰陽師になられたことを、お母様もきっとお喜びになっておられます。ですから、ご自分をお責めにならないでください・・」 「あれからわたしは愛する人と出逢う度に、その人を失うのが怖くて恋愛をするのを止めた。母のように愛する人を失う辛さをもう二度と味わいたくなかった・・だからわたしは・・」 有人の逞しい背中が少し震えた。 泣いているのだろうか。 目の前で母親を斬り殺された幼い有人も、泣き叫んだに違いない。 「有人様、もういいのです。もう苦しまなくてもいいのです。」 この人はずっと、苦しんできた。 幼い頃の、悪夢のような記憶に。 あんな悲しい体験をしないために、わざと人との付き合いを断ち、自分から人を遠ざけた。 自分と同じだ。 貴族の姫君として暮らしていた頃、常に人を遠ざけて厄介事を避けようとしていた自分に。 「有人様・・」 「柚葉さん、ありがとうございました。これでもう、苦しみがなくなる・・」 有人はそう言って柚葉に微笑んだ。 「あなたに、渡したいものがあるんです。」 彼は荷物の中から絹の布に包まれた筝を取り出し、柚葉に渡した。 それはあの日、有人から贈られたものだった。 柚葉は琴爪を付け、紅い月光を浴びながら、筝を奏でた。 にほんブログ村

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