1868年4月、会津・白河口。
鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争は、新政府側の圧倒的勝利になりつつあった。
鈴達新選組は、会津で新政府軍と激闘を繰り広げていた。
だが最新兵器を前に、味方は次々と倒れていった。
会津に来て鈴は、京での日々が懐かしく思えてきた。
あの頃はいつも隣に英人がいた。
初めてあったときの英人の美しさは、未だ忘れることが出来ない。
敵同士であっても、英人とは愛し合っていた。
だがもう彼はいない。
池田屋の時と同じように、彼は敵として自分の前に現れるだろう。
その時は英人を殺して、自分も死ぬー鈴はそう決意していた。
1868年8月23日、母成峠。
旧幕府軍は新政府軍の猛攻に虚を突かれ、激闘を繰り広げていた。
白虎隊も戦ったが、飯盛山で19名が自刃した。
「俺達・・もう駄目かもしれないな・・」
貴はボソリとそう呟いて、溜息をついた。
「そんなこと言うなよ、俺達は必ず勝つんだから!」
「だって新政府側は最新兵器を持ってるんだぜ。」
真也はそう言ってうつむいた。
(悔しいけれど、この戦いも新政府軍に負けるかもしれない・・)
悔しいけれど、それが揺るぎない事実なのだ。
鈴は溜息をつきながら、胸に提げたお守りを取り出した。
あの日、八坂神社で英人と買ったものだ。
薄紅色の袋は何度も触ったせいか、端のところが少しボロボロとなっていた。
京都にいた頃の楽しかった思い出。
今はもう過去となってしまった物。
もう戻ることがない時間。
「それ、確か・・」
「うん・・捨てようかと思ったけど、英人との大切な思い出だから。」
「悪いことしたな、俺・・あの時殴られて当然のことしたよ・・」
貴はそう言ってうつむいた。
「もう過ぎたことだよ。」
過去は振り返っても二度と戻らない。
今は前に突き進むのみ。
「あのさ、俺・・」
貴が何か言いかけた途端、敵の攻撃が始まった。
「行くぞっ!」
貴はそう言って飛び出した。
「貴、待てっ!」
鈴はそう言って貴の袖を掴んだが、貴は既に敵の前に躍り出ていた。
鈴の目の前で、貴は全身に銃弾を浴び、地面に倒れた。
「貴、しっかりしろ!」
「ご・・め・・ん・・な・・俺・・先・・に・・逝く・・わ・・」
貴はそう言って鈴に微笑み、息を引き取った。
「貴、貴ぃぃ~!」
親友の胸に顔を埋めて、鈴は泣いた。
「よくも貴を~!」
いきり立った真也が刀を抜き、貴を撃った男を斬ろうとした。
だがその前に真也の体は頭から真っ二つに割れ、地面に倒れた。
金色の髪が、風に揺れる。
「英・・人・・?」
藍色の瞳が、じっと鈴を見据える。
5年ぶりに再会した英人は、あの頃よりもずっと大人びて見えた。腰まであった金色の髪は背中までの長さになっている。
背も高くなり、あの頃は同じ背丈だったのに、今は鈴を見下ろすようになっている。
英人は刀をゆっくり構えた。
彼は敵なのだ。
思い出に浸っている時間はない。
鈴は刀を構え、英人に突進した。
鈴と英人の腕は互角だった。
鈴が英人の服を破けば、英人も鈴の服を破いた。
刃を交えた英人の藍と鈴の翠の瞳が、雷によって光る。
2人とも体力を激しく消耗している。
次が最後の一撃だ。
英人と鈴は間合いを取った。
その時、背後に光るものがあり、鈴が振り返った。
そこには拳銃を構えた山本重太郎の姿があった。
「菊千代の仇ぃぃっ!」
重太郎はそう叫んで引き金を引いた。
林の中で、乾いた銃声が響いた。
鈴は目の前で英人がゆっくりと地面に倒れるのを見た。
「英人!」
鈴は英人を抱き留めた。
「す・・ず・・」
「英人、しっかりしろ!」
鈴の涙が、英人の顔に落ちた。
「おれ・・は・・だい・・じょう・・ぶ・・」
英人はそう言って笑った。だが英人は血を吐いた。
「英人、しっかりしろ!」
鈴は英人の腹から血が流れるのに気づいた。
「待ってろ、助けを・・」
「もう・・いいんだ・・俺・・は・・死・・ぬ・・お・・前・・の・・こ・・と・・見え・・ない・・」
「ここにいるよ!俺ここにいるから!」
鈴は英人の手をしっかりと握った。
「い・・ま・・ま・・で・・あ・・り・・が・・と・・う・・楽・・し・・い・・思・・い・・出・・作っ・・て・・く・・れ・・て・・お・・前・・に・・会・・え・・て・・よ・・かっ・・た・・」
英人はそう微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。
「英人、しっかりしろよ、英人!」
鈴は英人の体を揺さぶったが、藍色の瞳はもう二度と開くことはなかった。
英人を殺して、自分も死ぬって決めたのに。
英人が死んでしまった。
銃に撃たれて死んでしまった。
「お前も死ねぇ!」
重太郎は鈴に銃口を向けた。
鈴は怒りに燃えた目で重太郎を斬り伏せた。
「英人・・」
鈴はゆっくりと、英人の髪を撫でた。
何かが地面に転がった。
拾い上げると、それは八坂神社で揃いで買った縁結びのお守り袋だった。
「英人・・持っててくれたんだな・・ありがとう・・」
鈴は英人の髪を一房切り、自分のお守り袋の中に入れた。
1869年5月18日、函館・五稜郭で榎本武揚が降伏し、これで約1年半続いた戊辰戦争は終結した。
鈴の心に、癒えない傷を負わせて。
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