2016/05/26(木)14:34
華ハ艶ヤカニ 第二章 09
総美(さとみ)が軽井沢のサナトリウムへと入所してから2ヶ月の月日が経ち、季節は夏を迎えた。
「千尋、今度の休みに葉山の別荘に行かねぇか?」
「葉山に、ですか?」
「ああ。家の事は斎藤達に任せて、俺達2人だけで。」
土方はそう言うと、千尋の手をそっと握った。
「はい。では失礼致します。」
千尋は頭を下げると、ダイニングから出て行った。
「旦那様に誘われたのか?」
「ええ。」
千尋がそう言って斎藤を見ると、彼は少し険しい表情を浮かべていた。
「あの、どうかなさったんですか?」
「千尋君、あくまでも土方さんの奥様は総美様だ。それを忘れてはいけないよ。」
「はい・・」
総美が留守にしているとはいえ、彼女は土方の正妻で、自分はその愛人なのだ。
立場を弁えなければいけない。
「旦那様、今宜しいでしょうか?」
「いいぜ、入れ。」
土方の書斎に入ると、彼は仕事の手を休め、総司を膝の上に乗せてあやしているところだった。
「旦那様、葉山のことですが、お断りしても・・」
「駄目だ。」
「でも、わたくしは奥様を差し置いて・・」
「斎藤に何か言われたんだろう? あいつの言う事は気にするな。」
「ですが・・」
「これは命令だ。」
土方は獲物を狙う猛禽類の目で千尋を睨みつけた。
「旦那様・・」
千尋が恐怖で身を竦めていると、総司が目を覚ました。
「総司、どうしたんだ? 俺の抱っこは気に入らねぇのか?」
あやしても一向に泣き止まない総司を前に、土方は困っていた。
「総司君をかしてください。」
「ああ。」
千尋は土方から総司を受け取ると、彼の小さな身体を優しく揺すった。
総司はまだぐずっていたが、いつの間にか千尋の腕の中で眠ってしまった。
「女親が居ねぇと、駄目なのかねぇ。」
「そんな事ありませんよ。」
落ち込む土方を、千尋はそう言って励ました。
女学校が夏休みに入り、千尋は土方とともに葉山の別荘へと向かった。
「うわぁ、綺麗・・」
車窓から見える海を眺めながら、千尋は初めて見る海に瞳を輝かせ、子どものようにはしゃいだ。
「ここが俺の別荘だ。」
車から降りた千尋は、白亜の瀟洒な別荘を見て溜息を吐いた。
「ここへは良く総美と週末2人きりで過ごす為に来たな。」
「そうなんですか・・」
「これから、総美がどうなるか解らねぇが、この海をあいつとまた見たいもんだ。」
そう言って窓から海を眺めた土方の横顔は、どこかさびしげだった。
「お茶を、淹れて参ります。」
千尋は居た堪れなくなって居間から厨房へと向かい、茶を淹れながらこれからの事を考えていた。
軽井沢に居る総美から時折手紙が届くが、余り体調が芳しくないようで、字が曲がっていたり、読めないものが最近多くなっていた。
(奥様、大丈夫だろうか?)
千尋が溜息を吐きながら薬缶の湯が沸くのを待っていると、突然土方が彼女を背後から抱き締めた。
「旦那様!?」
「済まない、千尋・・暫くこうしておいてくれねぇか。」
「おやめ下さい、旦那様!」
土方から逃れようとした千尋は、誤って沸騰した薬缶の湯を右肩に被ってしまった。
「千尋!」
千尋が火傷をしてしまいました。
はじめは顔に火傷を負う、という設定にしたのですが、女の子に顔の傷は付けたくないので、没にしました。
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