JEWEL

2016/05/26(木)14:37

華ハ艶ヤカニ 第二章 19

完結済小説:螺旋の果て(246)

「どうしたの? 君も食べなよ。」 そう言って桐生理哉はフォークでスクランブルエッグを掬うと、それを口に放り込んだ。 「はい、いただきます・・」 千尋はパンを一口大にちぎって食べようとした時、珈琲の匂いを嗅いだだけで猛烈な吐き気が襲ってきた。 「っ・・」 慌ててナプキンで口元を抑えると、怪訝そうに理哉が彼女の顔を覗きこんだ。 「大丈夫?」 「はい・・」 「つわり、そんなに酷いの?」 理哉の言葉を聞き、千尋は思わず彼を見た。 「あの、どうして・・」 「君が妊娠してる事を知ってるかって? 僕の一番上の姉さんが甥っ子の芳次郎を妊娠してた時、つわりが酷かったから、その時の事を思い出してさ。諒、千尋さんの珈琲を下げて、林檎のジュースを持って来て。」 「かしこまりました。」 諒はそう言うと、さっと千尋のテーブルから珈琲カップを盆に載せると、ダイニングから出て行った。 「今何ヶ月なの?」 「四ヶ月です。」 「もしかしてだけどさぁ、堕ろそうと思ってたりする?」 暫し、2人の間に気まずい空気が流れた。 「早い内に処置をした方がいいと、先生がおっしゃっていたので、明日手術を受ける予定です。」 「人の事に口を挟みたくはないけど、どうして君って勝手に一人で決めようとする訳?」 「桐生様も、わたくし達のことについては色々とお聞きになっておられますでしょう?」 理哉は、じっと千尋の顔を見た。 金髪碧眼の美しい少女は、唇を硬く引き結んだまま黙り込んでいた。 彼女が二ヶ月前、資産家の土方歳三と結婚した事は、理哉のみならず社交界中が知っている。 その事で千尋に関する悪辣な噂が立っている事も、彼は知っていた。 “使用人の癖に主の後妻の座に収まった女狐”、“男を手玉に取るふしだらな女”と、華族の令嬢達が夜会で扇子の陰でそんな囁きを交わしているのを理哉は何度も耳にしていた。 その事で彼女が深く傷つき、折角宿った命を消し去ろうと決意したことが、彼には判る気がした。 「土方さんには・・ちゃんと話したの?」 「いいえ。手術の後に言うつもりです。」 千尋はそう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がった。 「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」 彼女は理哉に頭を下げると、諒と入れ違いにダイニングから出て行った。 「ねぇ、待ってよ! 何処に行くつもりなの!?」 邸の外を歩きだしている千尋に追いついた理哉は、そう言って彼女の腕を掴んで無理矢理自分の方へと振り向かせた。 「あなたには、関係のないことです。」 そう言った千尋は、蒼い瞳に憂いの光を湛えていた。 「わたくしは母親にはなれない・・なれる筈がないんです。」 半ば諦めたような表情を浮かべながら彼女は理哉の手を振り払うと、桐生邸から去っていった。 小さくなってゆく彼女の背中を、理哉は黙って見送るしかなかった。 千尋は息を切らしながら、大鳥が経営する病院の前に立った。 (ごめんなさい・・) 心の中で腹の子に謝ると、彼女は病院の中へと入っていった。 『チヒロ、ここに居たのか!』 中に入った彼女を迎えたのは、土方ではなくアンドレイだった。 「どうして・・」 『話はここの医者から聞いたよ。もうあの男の事は忘れてしまえ。』 アンドレイはそう言うと、半分血が繋がった妹を抱き締めた。 理哉と土方さんは同じ道場仲間という設定です。 にほんブログ村

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