「お前は、確か・・新撰組の・・」
男はそう言って、四郎をじっと見つめた。
男の顔には見覚えがあった。
上洛する半月ほど前、一度江戸の町中で会ったことがあった。
その時、四郎は昼食を取るために、行きつけの蕎麦屋に入ったのだ。
蕎麦屋は昼時とあってか、非常に混雑していた。
四郎は店員に蕎麦を注文し、それが来るのを茶を飲みながら待った。
その時、いかにも武家風の男と町人風の男が、突然激しい喧嘩を始めた。
「何だと貴様、もう一度言うてみよ!」
「へんだ、何度でも言ってやらぁ!おめぇの腰にぶら下げてるもんはどうせ飾りなんだろ、お侍さんよ!」
四郎は2人の様子を何事かと窺っていた。
「どうしたんですか?」
周囲の客に聞いてみると、
「それがねぇ、お侍さんがあちらの男にぶつかってきたんですよ。男は謝れと言ったけどお侍は頑固にも謝ろうとしないんですよぉ。」
という答えが返ってきた。
見て見ぬふりをするか、町人の男に加勢しようかと思いながら蕎麦を待っていた四郎が2人の元へと行こうとした時、背後から声がした。
「2人とも、周りの者に迷惑であろう、控えよ。」
何とも傲岸な口調で壮年の侍が急に立ち上がり、2人の元へとやって来たのだ。
「うるせぇや、お前さんには関係ないだろ、引っこんでろ!」
「そうはいかぬ。大体つまらぬことで何を意地の張り合いをしておるのだ?見苦しいにもほどがあろう。」
壮年の侍に一喝された2人はそそくさと店を出て行った。
「お見事でしたな、さっきのお言葉は。」
四郎はそう言って壮年の侍を見た。
「拙者は当たり前のことをしただけのこと。」
彼は茶を飲み、颯爽と店を出て行った。
あんなに颯爽とした侍には二度と会うことはあるまいと、四郎はその時思ったのだが・・
「あら、彼を知っているの、父様?」
四郎と男が顔見知りであることに気付いた凛が、そう言って“父親”を見た。
「まぁな。凛、お前は向こうへ行っておれ。」
「わかったわ。」
凛はチラリと四郎と父親の方を見ると、部屋を出て行った。
「あなたは、あの時の・・」
「久しいな。済まぬが、そなたには何かと我々に協力してもらう。」
「あなたは一体何をしようとしているのですか?」
「それは知らぬ方がよいかもしれん。そなたの安全にとってはな。」
男の言葉を聞いた四郎は、背筋に悪寒が走るのを感じた。
半月ぶりに会った男の顔は厳めしく、何かが彼の心に棲んでいるような感じがした。
「そなたはあの鬼姫の従者と娘に聞いたが、まことか?」
「はい。それとこの事とはどう関係が・・」
「そなたには関係のないことよ。」
男はそう言って四郎を睨んだ。
「そなたはここで我々に黙って協力すればさえよいのだ。そうすれば鬼姫の命は助けてやろう。話は以上だ。」
有無を言わさぬ口調で四郎を再び睨みつけた男は、静かに部屋から出て行った。
(一体何がどうなっているのだろう・・)
男の正体がわからない四郎は、男の言葉を聞いてますます混乱した。
彼が一体何をしているのか、知らなければならない。
そうしないと自分の身が危ないかもしれない。
巨大な蜘蛛の糸に絡め取られる前に、四郎は自分がここですべき事を考え始めた。
机に筆と硯が置いてあるのを見つけた四郎は、その前に座り、美津への手紙を書き始めた。
たちまち白い紙は、美津への愛の言葉で埋まった。
書き終えた手紙を四郎は懐へとしまった。
(姫様、あなたへの想いは嘘ではありませぬ・・)
その頃屯所では、胸に銃弾を受けた美津が意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けようとしていた。
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Last updated
2012.04.01 22:14:17
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