「本当に、四郎に会わせてくれるの?」
美津はそう言って、自分の前を歩く青年を見た。
「ええ、勿論ですよ。」
青年―榊聖人は天使のような微笑を美津に浮かべた。
「あなたは昔から、あの人を追い続けて旅をしていたのですね?」
「ええ、そうだけど・・あなたとは何か関係があるの?」
「少し興味がありまして。何故そんなに彼女の事を追い続けられるのかと。」
聖人の浅葱色の瞳は、好奇心で輝いている。
「あの女は・・凛は、わたしの憎い仇だからよ。わたしはあの女に、国と両親を奪われた・・」
美津の脳裏に、国と両親を失ったあの夜の事が浮かんだ。
燃え盛る城の前で、嬉しそうに笑う凛。
炎の中で煌めく禍々しい黄金色の瞳を、今まで忘れたことはなかった。
自分の大切なものを全て奪っていった憎い仇。
彼女を倒すまでは、逃がしはしない。
「そこまでして憎いんですね、彼女の事が。許嫁の僕から言わせていただきますと、彼女はあなたが思っているほど酷い女じゃないですよ。」
聖人はそう言って美津を見た。
「あなたは何も知らない癖に。あの女が、わたし達をどれ程苦しめてきたかを・・」
言葉の端々に凛への憎しみを滲ませ、美津は聖人にそっぽを向いた。
凛の“家”に着くまで、2人は一言も口を利かなかった。
暫く歩いて行くと、武家屋敷が建ち並ぶ通りに出た。
その中に、凛の“家”はあった。
「ここですよ。」
彼女の“家”は、昔彼女が住んでいたものよりも少し小さく見えた。
邸の中へと聖人ともに入ると、提灯を持った女中達が2人を恭しく出迎えた。
「お待ちしておりました。お嬢様は奥のお部屋でお待ちになっておられます。」
女中の案内で長い廊下の奥へと歩いてゆくと、突然視線を感じて美津は中庭の方を見た。
中庭には、白装束姿の女が立っていた。
髪は乱れ、紅い櫛しか挿しておらず、その美しい黒い双眸の下には黒い隈に縁取られ、生気を感じさせなかった。
女はじぃっと美津を見ていた。
何かを訴えたいかのように。
(あなたは誰?)
「どうかされましたか?」
「いいえ、何でもないわ。」
そう言って女から慌てて目を逸らすと、突然首筋に生温かい息がかかった。
「もしかして、見たんですか?あの女を。」
聖人は誰もいない中庭を見ながら、浅葱色の瞳を光らせた。
「あなた、彼女を知っているの?」
「ええ、少しは。あまりあの女と目を合わせてはいけませんよ、厄介な事になりますから。」
「・・わかったわ。」
背中に感じたゾクッとした感覚を振り払うかのように、美津は両手で両頬を叩き、女中の後を慌てて追った。
「お嬢様、お客様がお着きになられました。」
「お客様に入って頂きなさい。」
凛の涼やかな声が襖の向こうから聞こえた。
女中が襖を開くと、そこには凛と四郎がいた。
「お久しぶりね、鬼姫様。」
凛は嫣然とした笑みを浮かべて美津を見た。
「四郎、どうしてわたしを裏切ったの?」
「申し訳ありませんでした、姫様。姫様の命を救う為に、わたしは・・」
「言い訳はいいわ、理由をちゃんと話して頂戴。わたしはまだお前を信じているの!だからちゃんと説明して・・」
美津がそう言って四郎に詰め寄った時、閉じていた襖が突風によって急に開いた。
先ほど彼女が中庭で見かけた白装束の女が、じっと彼女と四郎を見ていた。
“やっと見つけたぞ・・”
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Last updated
2012.04.01 22:16:37
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