「・・そうか、あいつがそんなことを・・」
土方は酒を一口飲みながら、沖田を見た。
「そういう事なんですよ、土方さん。あの2人が倒幕派の、しかも我々が目をつけている男の娘に招かれたということは、彼らとその娘とは何らかの繋がりがあるんじゃないでしょうか?」
「そうかもしれねぇな。だが、あの2人は俺達を裏切る様な事はしねぇと思うぜ。現に屯所に戻ってきたじゃねぇか。仮にもしもあいつらが長州の間者だったら、屯所に戻らず奴らの仲間になってたぜ。」
「そうですね・・確かにあの2人、特に四郎さんはわたし達に対しては恩義があるとかで、勤務態度は一番隊の隊士の誰よりも忠実で真面目です。彼らが倒幕派の一味ということはないでしょうね。」
「ああ、そう願いたいぜ。」
土方はそう言って溜息を吐いた。
「今日はとことん飲むぞ、総司。」
「解りました、お付き合いしますよ。」
土方と沖田の間には、試衛館時代の同志という間柄以上の、特別な空気が流れ始めていた。
「磯村、局長がお前にお話しがあるそうだ。」
翌朝、朝食を食べ終わった美津に一番隊の隊士が声をかけた。
「すぐに参ります。」
(局長がわたしに話なんて・・一体何だろう?)
普段あまり話す事のない局長に突然呼び出され、美津は不安を胸に抱えながら局長室の前に座った。
「磯村です、入ってもよろしいでしょうか?」
「入り給え。」
「失礼いたします。」
襖を開けると、上座に敷いてある座布団には近藤勇局長と、副長の土方と山南、そして沖田が座っていた。
「わたしにお話しとは何でしょうか?」
「磯村君、大変言いにくいことなのだが・・君はこのまま隊に残るつもりでいるのかね?」
近藤がそう言って美津をじっと見た。
「はい、わたくしは新撰組に入ってから、ここで骨を埋める覚悟でおります。」
「そうか・・女子の身で男ばかりの所に居て君も難儀をしているだろうと思っていたが、そうではないようだな。縁談の話はなしにしようと・・」
「縁談?わたくしにですか?」
「ああ、先方は大変乗り気になっているのだが・・」
「相手はどんな御方ですか?」
「会津藩士の川松という方で、君がかつて芹沢が呉服屋で無体を働いた時に彼を制止しようとしたのを見て大変凛々しい娘さんだと一目惚れしてしまい、両親にあの娘さんが自分の妻でなければ嫌だと言ったそうだ。」
「そうですか・・」
もう1年以上も前の出来事で、美津はもう忘れかけていたが、近藤の話を聞いて自分に一目ぼれした相手はどんな男なのか一度だけ会ってみたいという気がした。
「局長、一度だけその方に会わせていただけませんでしょうか?その方との御縁談を断るにしても、ちゃんと相手を見極めてからにしたいのです。」
「そうか、では先方にそのように伝えておこう。」
近藤はそう言って美津にニッコリと微笑んだ。
「ではこれで失礼いたします。」
局長室を出て、道場へ向かう途中、美津は背後から視線を感じて振り向いた。
「姫様、ご縁談をお受けなさるというのは本当ですか?」
四郎は眉間に皺を寄せながら言った。
「いいえ四郎、わたしは誰からの縁談をお受けするつもりはないわ。ただわたしを妻にしたいとおっしゃる方がどんな方なのか、会って確かめたいの。」
「それならば、わたしは反対いたしません。」
安堵の表情を浮かべた四郎は、そう言って美津を抱き締めた。
「四郎、わたしの心は全てお前のものよ。昔とは違って、今は何も縛られるものがないんだもの。」
凛がどんな事を企んでいるのかは知らないが、四郎との絆は永遠のものだと、美津はその時そう信じていた。
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Last updated
2012.04.01 22:26:32
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