1864(元治元年)年2月、横浜。
グレース伯爵家の令嬢・マリーは、母親の形見である金剛石の髪飾りがある日突然なくなっていることに気がついた。
「ロゼ、何処に居るの!?」
血相を変えた彼女は、侍女である少女の名を叫びながら、彼女の部屋のドアを乱暴に開けた。
「何でございますか、お嬢様?」
主の怒りに気付いたロゼは、恐怖で震えながら言った。
「お母様の形見の金剛石の髪飾りがないのよ。お前、知らない?」
「いいえ、お嬢様。わたくしは何も存じ上げておりません。それに、金剛石の髪飾りは、ちゃんと宝石箱にしまった筈・・」
「それが、さっき宝石箱を開けたらなくなっていたのよ!きっと誰かが盗んだに違いないわ!」
「わたくしはお嬢様の物に指一本触れてはおりません。」
ロゼはしゃくり上げながらそう言って主を見た。
「お前を疑っているわけではないわ、ロゼ。お前が盗みなんて事する筈がないもの。誰かほかの者が盗ったに違いないんだから。」
マリーは眉間を揉みながら溜息を吐いた。
「昨日わたしの部屋の掃除を担当したメイドは誰?」
「確か、アンジェだったと思います。」
「アンジェ?新しく入って来た子ね?その子は今何処にいるの?」
「今厨房で料理人とお話ししているところでしょう、きっと。」
「そう、ありがとう。」
アンジェという名を聞いてマリーは嫌な予感がした。
父の友人の紹介でグレース家に雇い入れられたメイド、アンジェは豊満な肉体美を持ち、更に天使のような美貌を持った女性だった。
しかしその性格は強欲で、父の後妻になろうと企み、何かと父に色目を浸かっているのを、マリーは何度か見たことがあった。
その彼女が母の形見である金剛石の髪飾りを盗んだに違いないーマリーはそう思い、厨房へと入った。
ロゼの言う通り、アンジェは厨房で流しに腰掛けながら、料理人と他愛のないおしゃべりをしていた。
「アンジェ、お前に話があるのよ。」
「お嬢様、お話しってなんですか?もしかしたらあの髪飾りのことですか?」
「・・お前がお母様の髪飾りを盗んだのね、この卑しい雌狐め!」
マリーはそう叫ぶと、アンジェの横っ面を張った。
「お母様の髪飾りを何処へやったの!」
「宝石商に売ってやったよ、あんなもの。そいつはキョウトとかいう所に行くとか言ってたね。そいつが髪飾りを売り払う前に取り戻せばいいんじゃないかい?」
「お前はクビよ!お父様にあなたの正体を言いつけてやるわ!」
マリーは憤怒の表情を浮かべて、厨房を出て行った。
「アンジェ、あんたが奥様の髪飾りを盗んだのかい?」
「だって先妻の形見をいつまでもこの家に置いておくと旦那様があたしになびかなくなっちまうじゃないのさ。ま、あの小娘がどうやって髪飾りを探しだすかみものだね。」
アンジェは形のいい唇を醜く歪めながら笑った。
「お父様、わたしキョウトに行ってお母様の髪飾りを取り戻すわ!」
夕食後、マリーはアンジェの悪事を全て父親に話した後でそう宣言した。
「しかしマリー、今日本は我々外国人にとって危険な所だ。それをわかって言っているのか?」
顎鬚を撫でながら、父親は愛娘を見た。
「ええ、お父様。わたし、どんなに時間がかかっても髪飾りを取り戻したいの!賛成してくださるでしょう?」
「・・お前がそうしたいというのなら、行きなさい。」
「ありがとう、お父様!」
翌朝、マリーはロゼとともに京都へと旅立った。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.04.01 22:38:31
コメント(0)
|
コメントを書く
[連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~] カテゴリの最新記事
もっと見る