JEWEL

2012/05/19(土)08:38

宿命の皇子 暁の紋章◇第10話:帰郷◇

完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章(262)

聖良はいままで自分が育った家を眺めていた。 初めて自分が養父にここに連れてこられたのは、5歳の時だった。 ここに来る前の事は全て忘れてしまい、思い出そうとしても思い出せない。 自分を誰かから引き取り、実の子同然に育てた養父なら、何かを知っているかもしれない―聖良はそう思い、鉄製の扉を開けた。 軋んだ音がして、扉はゆっくりと開き、聖良は中庭をゆっくりと眺めながら玄関へと向かった。 「聖良ちゃんじゃないの?」 薔薇の手入れをしていた職員の1人が、そう言って聖良に駆け寄った。 「お久しぶりです。」 「ほんとに久しぶりねぇ。あなたがここを出た時は、確か警察学校に入る前だったわよね?あれから10年くらい経ってるのよね。お仕事はどう?順調?」 「ええ。少し厄介な事に巻き込まれてますけど。」 「そう、警察は何かと大変よね。院長先生なら教会にいらっしゃるわよ。」 「ありがとうございました。」 職員に礼を言い、聖良はゆっくりと教会へと向かった。 両開きの扉を開けると、夏の陽光を受けて美しく輝くステンドグラスが、聖良を迎えた。 祭壇に向かって静かに祈りを捧げている長身の神父が、ゆっくりと振り向いて聖良に微笑んだ。 「来ましたね。」 「ただいま帰りました、お義父様。」 黒のカソックを纏った神父は、聖良に駆け寄り、優しく彼を抱き締めた。 「随分と長い間会っていませんでしたね。少し痩せましたか?」 穏やかな口調でそう言った神父は、聖良を見た。 「何かと仕事が忙しくて・・それに今、あることでマスコミに追いまわされて迷惑しているんです。」 「マスコミに?」 信徒席に腰を下ろした聖良は、溜息を吐いた。 「はい・・数週間前、ある王国の大使と名乗る男が職場に来ました。その男曰く、俺が昔行方不明になった皇太子だと言って・・俺は俄かに信じられなかったのですが、ネット上の動画サイトに投稿されたある動画に、小さい頃の俺が映っていた写真があったんです。確か俺がここに来たのは5歳の頃でしたよね?もしかしたら神父様なら何かご存じじゃないかと思って・・」 聖良の言葉を聞いた神父は、俯いて黙り込んでしまった。 気まずい沈黙が、一瞬流れた。 「・・あなたは、もし行方不明の皇太子が自分だと判ったら、どうするつもりですか?」 「それは、まだ考えていません。」 「ならば、あなたにまだ教えることはできません。人は過去があってこそ現在があり、未来がある。でも過去にいつまでも囚われては、前には進めません。あなたは失われた記憶を躍起になって取り戻そうとしても、そう簡単には戻れません。それに、あなたはわたしの大事な息子・・もうそのことは忘れなさい。」 「ですが、お義父様、俺は・・」 「焦ってはなりません、聖良。主はまだあなたが記憶を取り戻すことを望んではいないのです。主の仰せのとおりになさい。あなたはまだ、その時ではありません。」 神父はそう言って聖良に微笑み、愛用している懐中時計を取り出した。 「もうこんな時間ですね。お昼は食べましたか?」 「いいえ。朝早くに来たので・・」 「ではお昼を作るのを手伝ってくれますか?あなたが来ると思って、チョコミントアイスをデザートに買って来たんですよ。」 神父はゆっくりと信徒席から立ち上がり、教会を出て行った。 彼は自分について何か知っていて、それを隠している―聖良はそう確信しながら彼の後について教会を出た。 聖良が教会を出て施設の方へと向かおうとした時、誰かの視線を感じた。 だが大して気にも留めず、そのまま施設の中へと入って行った。 「聖良・・やっと会えた・・」 門の前で1人の青年がそう呟いてゆっくりとその中へと入って行った。 「成程、そういうことか・・」 青年の背中を少し離れたところから見送っていた溪檎は、そう呟いて愛車のところへと戻って行った。 にほんブログ村

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