「あいつは、母に突然抱きつき、リビングのカウチに押し倒すと服を引き裂いて何度も自分の種を母の胎内に注ぎ込んだ!その間母は血の涙を流していたんだろう。そして、母は俺を妊娠した!」
ウォルフはもうこれ以上耐えられないといった様子で椅子から立ち上がると、髪を掻き毟り始めた。
今すぐタンバレイン氏を殺したいという衝動を抑えるかのように。
「妊娠を知ったとき、母は絶望の淵に立たされただろうな・・18歳でまだ将来の夢に思いを馳せていた自分が、まさか雇い先の主に暴行され、望まぬ子を宿したなんて!」
「やめて、ウォルフ・・」
「だが母は俺を産んだ。孤児であった母にとって、息子の俺はたった一人の家族だった。だがあの男は家族ではなかった!」
「やめてよ、もう・・」
「母は俺を必死に育ててくれた。だがそれをあの男の妻が許すはずがなかった。当時不妊症に悩んでいた彼女は、夫の子を産んだ貧乏な白人女が許せなかった。だから、あの女は俺の目の前で母を・・」
「もうやめて、もういいよ!」
アレックスはもうこれ以上彼の話を聞きたくなくて、堪らず椅子から立ち上がると、ウォルフを抱き締めた。
「もういいよ、こんな話やめよう。君がどれほど辛い思いをしてきたか、わかったから・・」
タンバレイン氏に暴行され、その身に子を宿し、祝福されない命を産んだリリアナ。
どんなに辛くても、彼女はプライドを殺して息子を―たった一人の家族を守る為にタンバレイン家で働いた。
その命が奪われる瞬間、彼女は誰のことを想って死んでいったのだろうか。
「リリアナさんは・・君のお母さんは幸せだったと思うよ?家族が出来て、生活は貧しくて苦しかったけど、君の笑顔を見て生きる気力が湧いたんだ。それが、母親なんだと思うよ。」
ウォルフが嗚咽を漏らし、肩を微かに震わせていた。
「もう会えないけれど、きっと天国で君の事を見守っているよ。だからお願い、死なないで・・」
「ありがとう、アレックス・・俺はお前の守護天使だ。」
ウォルフはそっとアレックスから離れると、彼の顎を持ち上げてキスをした。
不思議と彼からキスされて嫌悪感は抱かなかった。
彼のキスに応じたアレックスが舌を入れると、ウォルフはアレックスの髪に手を回すとよりいっそう深く口付けた。
「済まない・・」
「謝らなくていい。だから・・もっとして?」
アレックスの言葉を聞いたウォルフは、そう言うと大きな声で笑った。
舞踏会が開かれるまでの間、タンバレイン家はその準備で忙しく、タンバレイン夫人は容赦なくサボろうとする使用人たちの尻を叩き、始終ヒステリックな声で怒鳴っていた。
ある日の朝、タンバレイン夫人はリビングでディーンにパーティーの準備が忙しいことを愚痴っていた。
「あぁ、全く忙しい!」
「ママ、あいつに全部やらせればいいじゃないか?あいつの母親はここの使用人だったし・・」
「それもそうね。だけど、高価な食器類に触られたくないわ。」
タンバレイン夫人とディーンが話していると、ヘンドリックスが杖をつきながら部屋に入ってきた。
「貴様ら、またよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな?」
「ま、まさか。そんなこと考えていないわよねぇ、ディーン?」
「も、勿論だとも!」
慌ててごまかした二人だったが、ヘンドリックスは彼らをじろりと睨みつけて部屋から出て行った。
「何とか上手くごまかせたわね。」
「うん。」
「さてと、わたしはバーンズさんのところに行かなきゃいけないわ。」
タンバレイン夫人はハンドバッグのストラップを掴むと、そそくさとリビングから出て行った。
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