「失礼いたします。」
皇妃の寝室に入ってきたのは、全身白装束を身に纏った男だった。
「ユーリ、王立研究所のリーヤだ。」
「初めまして。あなた様が、ユーリ様ですね?」
目元以外の全身を覆い隠した男は、そう言って紅の瞳でユーリを見た。
「初めまして。」
「ルディガー様、例の件でご報告が。」
「そうか、ではユーリ、お前も来るがいい。」
「わかりました、兄上。」
「もう、行ってしまわれるのですか?」
ベッドの中で、羅姫が名残惜しそうにルディガーを見た。
「すぐ戻る。」
ルディガーはそっと羅姫の手に口付けると、男を従えて皇妃の寝室から出て行った。
「やはり、疫病の原因はこの麦角菌と思われます。研究所では既にこの疫病の抗生物質が完成しております。」
「そうか。国内では疫病の猛威は沈静化したが、宮廷では汚染されたユーリア麦が入ってきておる。これ以上感染を広げぬ為にはどうすればいいか・・」
「汚染されたユーリア麦は、焼却処分いたしました。宮廷の穀物庫に収納されているものも、焼却処分にする予定です。」
「それでよい。疫病を拡散させぬ為には感染源を絶つことだ。沈静化するにはどのくらい時間がかかる?」
「あと数週間ほどです。では、わたくしはこれで。」
王立研究所のリーヤはそう言ってルディガーに頭を下げると、廊下の向こうへと消えていった。
「兄上、皇妃様の容態は思わしくないようですが・・」
「ああ。ラヒはもう長くはもたぬ。漸く妻を娶り、子が産まれるというのに・・」
そう言ったルディガーの表情は、苦痛に満ちていた。
「ユーリ、暫くここに滞在してくれまいか?」
「何の為に?兄上、あなたが濡れ衣を着せた鴇和一族を根絶やしにしたことは覚えておられますか?今更疫病の原因が判明したところで、彼らの名誉と命は戻りません!」
ユーリが怒りを瞳に滾らせながら兄を睨みつけると、彼女は俯いた。
「お前の言うとおりだ。すぐに鴇和一族の名誉は回復できぬが、出来る限りのことをしよう。」
「そうですか。では、部屋に案内してください。」
「わかった。」
ルディガーは何か言いたそうだったが、ユーリを部屋へと案内した。
「では、ゆっくり休むといい。」
「お休みなさい、兄上。」
部屋に入るなり、ユーリは着ていたドレスを籠の中へと入れ、浴室でシャワーを浴びながら消毒成分が強いシャンプーと石鹸で髪と身体を洗うと、爪の間に至るまで隅々と磨いた。
「ユーリ様、ここに着替えを置いておきます。」
「ありがとう。」
部屋に入ってきた女官は、にっこりとユーリに微笑むと部屋から出て行った。
清潔なシーツを頭から被って目を閉じると、次第に睡魔に襲われユーリは眠りへと落ちていった。
翌朝、皇妃の部屋から悲鳴が聞こえ、ユーリはベッドから飛び起きた。
「一体何が!?」
「皇妃様が、先ほどご逝去されました。」
泣き腫らした目でそう告げた女官を、ユーリは信じられない顔で見た。
あの状態では長くはないだろうと思っていたが、まさかこんなに早くなくなってしまうとは、予想がつかないことだった。
「兄上はどうしておられる?」
「陛下は、葬儀の準備を進めております。ユーリ様は暫く部屋で待機しているようにとのご命令でございます。」
「そうか、わかった・・」
ふと窓の外を見ると、まるで水鳥の羽のような純白の雪が、空から降っていた。
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