「じゃぁ、行ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい。」
翌朝、いつものように香帆は玄関先で歳三を見送った。
「今日は仕事、休みなのか?」
「うん。」
「戸締り、しっかりしておけよ。」
「わかったよ。」
ドアが閉まった途端、香帆は溜息を吐いてこたつの中に入ってテレビをつけた。
画面には、アイドルグループやお笑い芸人が馬鹿騒ぎをしている。
うんざりした香帆はテレビを消し、バッグを持って部屋から出て、ドアに鍵を掛けて自転車で近くのレンタルDVDショップへと向かった。
「いらっしゃいませぇ~」
気だるそうな口調で、レジカウンターに居る店員が香帆を迎えた。
香帆は小さい籠を持つと、韓流コーナーへと向かった。
最近休みの日は、こうしてここに来ては韓国ドラマや昔のトレンディドラマや映画のDVDを借りて一日中それを観ているか、ネットをしているかだった。
以前は近所のカルチャースクールでお花やお琴などを習い、習い事仲間とお茶をしたりしていたが、今はそんな時間的余裕はなかった。
伊豆で仕事を見つけてから、毎日職場と自宅の往復の生活で、休みの日は家に籠もりっきり。
いつまでこんな生活が続くのだろうか―香帆がそう思いながらDVDを探していると、丁度観たいドラマのDVDがあったので、それに手を伸ばして籠の中へと入れた。
「あの、落ちましたよ。」
レジへと香帆が向かおうとしたとき、誰かに肩を叩かれて彼女が振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
茶色くカールされた長い髪に、フレアのミニスカート。
まだ人生これからといった20代前半くらいの女性が香帆に差し出したのは、いつの間にか籠から落ちてしまった長財布だった。
「ありがとうございます。」
「あの、わたし水田沙織と申します。あなたのご主人の同じ勤め先のホテルで働いています。」
「主人と?」
香帆は、まるで小動物のような愛らしい女性の目が、少し険しく光ったことに気づいた。
「ええ。」
「どうも、主人がいつもお世話になっています。それじゃ。」
香帆は沙織から長財布を受け取ると、さっさとレジで会計を済ませて店から出て行った。
「ふぅん、あの人が奥さんなんだぁ。地味な人・・」
自転車に乗った香帆の背中を眺めながら、沙織はそう呟くとヒールの音を響かせながら駅前のカフェへと向かった。
「お待たせぇ~!」
「んもう、遅いよ沙織!待ちくたびれちゃったじゃん!」
彼女がカフェに入ると、窓際の席に座っていたホスト風の男がそう言って沙織に抱きついた。
「敦、ごめん。ねぇ、何処行く?」
「そうだなぁ、ホテルとか?」
「もう、敦のエッチ!」
沙織はそう言って男の肩を叩いたが、その顔は何処か嬉しそうだった。
「沙織、お前さぁ、最近狙っている男居るって聞いたけど、ホントか?」
「まぁねぇ。既婚者だけど狙ってんだぁ。」
「お前、他人(ひと)のもんに手ぇ出すのが好きだよなぁ。」
「そうかなぁ?敦だって同じじゃん。」
沙織はそう言って敦を見ると、彼は少しバツが悪そうな顔をした。
敦と付き合い始めて数ヶ月前になるが、女癖の悪い彼は女だとわかればその尻を追いかけずにはいらない男だった。
沙織は敦と似たようなものだが、彼女が今まで付き合った男性は、全て既婚者だった。
彼女は他人の者を奪いたくて仕方がない女なのだった。
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